赤城あげはの見解 2


あれは四月の半ば、葉桜と呼ぶには緑が多すぎるような季節だった。


「渡辺さんって、男の子なんですか、女の子なんですか?」


鼻歌交じりに窓の外を見る渡辺さん。真剣に捉えてもらえていないようで、足をブラブラさせたりするばかりで、一度目は何も答えてくれませんでした。


「わたべさん!聞いてるんですか?」


「ん〜?」


聞こえてくる声は、明らかに女の子でした。当時も今も髪はボブ、制服もスカートを履いています。下品な話ですが、女子トイレに入っていく様子も見ました。


『渡辺詩、第二中出身、性別不明___』


私には彼女が理解できないのです。ここまで女性らしいのに、何をもって性別が不明だと言っているのか、どうしても分からないのです。


「性別不明って、どういうことですか?特別配慮をした方がいいですか、更衣室とか、トイレとか。」


「あはは、気になるの。」


「気になる気にならないじゃなくて...私、先生に頼まれただけですから。」


「ふぅん。じゃ、教えないね。」


「もう、何でですか?私困っちゃうんですけど。」


何度聞いても彼女はこんな調子で、結局その日は何も聞き出すことができませんでした。


「...そう、渡辺さん、答えてくれなかったのね。」


「はい。教えてあげない、の一点張りで。やっぱり先生が話をした方が、本当のことを話しやすいと思うんです。あそこまで何も答えてくれないということは、何か話しにくい大きな理由があるんだと思うんです。」


「ええっ、でも、私、そういうの苦手で...空気読めずに、何かいけないこと言っちゃうかもしれないわ...。それに、やっぱり年の近い同性との方が話しやすいと思うの。」


「そ、そうですか。そうですよね。私、もうちょっと頑張ってみます。」



その時の私は高校生になってから初めてのクラス委員としての仕事に大きな責任感を感じていました。他のことがまるで目に入らないほど...。


「渡辺さん!お話いいですか!?」


「んー、あっちで吉川優子くんが呼んでるけど?」


「優子くん?そんなことはどうでもいいんです、あなた、性別はどっちなんですか!早く教えてください!」


「だぁからぁ、自分でもわかんないって言ったじゃん。」


「でもスカート履いてますよね?女の子じゃないんですか?」


「おーい委員長さぁん、俺の渡辺氏嫌がってんじゃん。そーいうこと聞くのは不粋ってもんですぞ?だいたいアニメキャラにもゲームキャラにも男装女子とか女装男子とか大量に存在するんだがそれに関しては?」


「なっ、それは...想像上の話であって、現実だと色々と不都合が...」


「はは、小林千夏くんいいね」


「まあ我渡辺氏とソウルメイトですから???」


「聞いてくださいっ!」


「えぇー?」


「っ!!二人ともっ、そんなに足を広げて座って、はしたないですよっ!女の子なんだから、ちゃんとしてください!」


「俺氏おっさん系女子につきそーいうの免除で!なー渡辺氏」



小林さんは元気で...有り余るほど元気で、アニメや漫画が好きな一風変わった人でした。教室で私が渡辺さんに話しかけようものなら必ずやって来るほど渡辺さんと仲がいい様子だったので、小林さんから渡辺さんのことを聞き出そうとしたこともあったんです。

それでも目を泳がせて、「そ、ソウルメイトの秘密はそう簡単に暴露できませんし?その辺のJKの友達ごっことは違うっていうか。」というばかり。そんなに重大なことを隠しているのだとしたら、余計早く先生に真実を伝えなくては!と、これまで以上に意気込みましたね。



そしてようやく、もう一度渡辺さんと二人きりになれたのは先生に言われてから二週間が過ぎた頃でした。放課後、たまたま渡り廊下にいるところを見かけたんです。


「ねえ、渡辺さん。言いたくない秘密って、誰でも持ってると思うんです。」


「ふんふん、ふーん...」


「でも...それを隠し通したまま学校生活を送るのはとっても辛いことですよね?」


「...。」


「どうか一部分だけでいいので、私に教えてくれませんか?渡辺さんのことを。」


「...ふうん」


小さく呟くと、渡辺さんは歯を見せて大きく笑顔を作りました。ニコッ、いえ、ニカっ、という効果音が似合うような笑顔でした。

西日のせいでゴーグルは光を反射し、目を見て話すことができなかったのが心残りです。


「じゃ、さ。このゴーグル、何色よ」


「何色って...赤いレンズが入ってましたよね。違いました?」


「あは。そういうこと。あんたはそういう人ってわけだ。」



けらけらと楽しそうに笑い、私に背を向けて歩いて行ってしまう。何かを間違えたのかもしれない。何を間違えたんだろう。




「んじゃあ、今度は何色よ」




眩しい眩しい、白。

逆光の光が痛いほど目に入ってきました。




「眩しっ...」


「だぁからぁ、自分、別に隠してないし。」


「...でも、人間は染色体で男性と女性の二つにしか分けられないです」


「それを曖昧に言うってことは、何かあるんですよね?大丈夫です、誰にもばらしません。小林さんにも。」




呆れたような表情...と言っても口元だけですが、して見せ、しばらく考え込んでしまいました。

やっと彼女が隠している真実を聞き出せる。先生の頼みをようやく全うできる。そう思って、私はホッとしていました。




「知ってる?認識できる色の幅って動物によって違うし、それぞれ違う色の見え方をするんだよ」


「え?」


「自分が生きていくために都合のいい色が見えるように、どんどん進化していくんだって」




「赤く見えたんだねぇ。」



もう一度、私に向かってにかっ、と笑顔を見せた渡辺さんは、そのまま歩いて去って行ってしまいました。



「でも、赤は、赤...」



私は、私の中で、何か、カタンと音を立てて動いたように感じました。


何か少しわかった気がして、渡辺さんが見つめていた中庭を、同じように眺めてみたのです。



「...赤い、です。」



その時の中庭はあまりにもいつもと同じで、それがさらに私の認識をえぐって行きました。



「彼女は、私と全く違う何かが見えている。」



そう結論づけることしかできませんでしたが、一つの結論を出せたと言う事実だけで私は満足したことを覚えています。


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ゴーグル少女の見る世界 ミモザモチ @mochimochimimoza

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