第12話 苦慮
自分の過去を話し、マティナの過去を聞いた日から一週間が過ぎた。しかし、未だにテクトは答えを出せないでいた。彼女との生活が何か変わったわけではないが、時々突然壊れてしまうのではないか?と思う事がある。
「テクト、最近の講義に集中出来てないでしょ?」
「・・・分かるのか?」
「当たり前でしょ?何年の付き合いだと思ってるの?魔花狂いのテクトが、魔花の事で上の空何て、明日槍が降るって言われても信じるくらいよ?」
「…そこまで言わないでも良いだろ?」
「やっぱり、反応もいまいちだよね?・・・何かあったの?」
「・・・いや、別に」
「エクレアさん、察して下さい。毎晩、私と激しく運動しているせいでテクトさんは疲れているんですよ♪」
「・・・それはもう聞き飽きたんだけどね」
この問答は、一週間で何度もやったやりとりだった。テクトを心配して誰が話し掛けても、そばにいるマティナがこうやって茶化すのだ。それに対してテクトは何も言わない。だからこそ、それ以上追及できないでいた。
仲間内は、何となく察しているが、その問答を見た周りの…特に、男たちからの非難の声は高まっていた。
「あんな小さな子に手を出すなんて死ね!」や、「ロリコンはこの世から滅ぼすべし!!」など、散々な事を陰で言われているテクトだったが、上の空であり続けているテクトは全く気が付いていなかった。
「しかし、いい加減何とかしてくれませんと…さすがに、私たちと別になってしまうと言うのも困りますし」
ノティアは、テクトが未だに魔土宇器を生成出来ていないのを心配していた。魔花の襲撃があったとはいえ、そんなに期限を延ばしては貰えなかったのだ。
何時までも魔土宇器生成にばかり時間を取られるわけにはいかない。多くの者は、魔土宇器生成を諦め、魔土宇器の扱い方を覚えなければいけないのだから。それ故に、今週中の期限内に魔土宇器を作成出来なければ、魔土宇器を扱う事に専念する者と、作成を視野に入れる者で、大きく講義内容が変わってしまう。
期限が迫っている中、テクトは相変わらず何事にも集中出来ていなかった。もちろん、魔土宇器の作成は全くと言って良いほど進んでいないのが現状だ。
テクトは、何気なく手元にある魔土を見る。周りからの反発や抗議を受けてまで持ち続けている魔土。それに対しても、集中出来ていない現状を、テクトも良いとは思っていない。しかし…
(俺は…どうしたら良いんだ…?)
未だに、過去の事も、マティナの事も、どうするかを決められないでいるテクトは、先に進めずその場に立ち止まったままだった。
この一週間で、他にも変わったことがあった。大きなことはやはり、警備についてだろう。さすがに、世界に名だたる魔花狩りたちを、更なる襲撃が確定していない学院に長く置いておくわけにもいかなかった。
ただでさえ、最近は魔花による襲撃が増えているのだ。彼ら高位の魔花狩りたちに対する出動要請は、増える一方なのだ。よって、数名を残して彼らは学院から去って行った。残ったのはたったの二名、学院長室で出会った凸凹コンビの、ジェイルとガルアだった。
もちろん、何かあった時は素早く近くにいる魔花狩りに連絡が通るようになっているが、それでもすぐに駆け付けられると言うわけにはいかなかった。つまり、もし次に襲撃があった場合は二人だけでやるしかないのだ。
さすがに、緊張を持って挑んでいるかと思えば…
「君、可愛いね?この後、食事でもしない?」
「学生に手を出すな。それに、学院からの外出許可など出ないだろう?」
「硬い事を言うなよ、ジェイ」
「お前が軽すぎるんだ!いい加減に学べ!」
そんなやりとりが、ここ数日で何度も繰り返されたようだ。ある意味、さすがと言うほかなかった。
その後、何事もなく時間は過ぎ、今日の講義も終わった夕刻、いつも通り何もする気も起きずに部屋に帰ろうとしていた時だった。
「ねぇ、今日も何もしないで部屋に帰る気だったら、たまには一緒にトレーニングしない?身体を動かせば、気分も変わるかもよ?」
そう言って、エクレアが声を掛けて来た。テクトは考えた、確かに、元々身体を動かすタイプではないテクトだが、ここ数日は全くと言って良いほど運動をしていなかった。流石に、身体を壊したら考え事も出来なくなると思ったテクトは
「そうだな、たまには何も考えずに身体を動かすか!」
と、色よい返事をした。
「そうだぞテクト!俺みたいに、一心不乱に筋肉を鍛えた方が身体に良いぞ!!」
「「いや、そこまではやらないから」」
ルイスからの筋肉発言に対し、テクトとエクレアの声は見事に重なったのだった。
イルジックスには、複数のトレーニングルームがある。当たり前の話だが、基礎体力はあるに越したことはない。過密な講義があるので中々基礎体力作りまでは授業では出来ない。だからこそ、こういう部屋を多く配置し、生徒の自主性に任せているのだ。結果は、個人のやる気次第なのは当たり前ではあるのだが。
「ふぅ・・・たまには思いっきり動くのも悪くないな」
「でしょ?誘った私に感謝しても良いのよ?」
「ああ、ありがとうな」
「う、うん、いいのよ…素直にお礼を言われると困るじゃない…」
「ん?何か言ったか?」
「何でもない!」
「テクトさんは落ち込んでいても相変わらずですね、何となく安心はしましたが…」
「相変わらずの意味は分からないが、みんなには心配かけて悪いとは思っているんだ。だが…すまないけど、すぐには答えは出せそうにないんだ」
「何度もはぐらかしているくらいです、言えない事なのは分かりましたが…どうしようもなくなったら相談してくださいね?」
「ああ、ありがとう」
「わ、私も聞いてあげるから!何時も迷惑かけられているし、遠慮しないで良いわよ!」
「あ、ああ…いつもすまないな」
「気にしてないから!遠慮しないで良いからね!本当に!!」
ブンブンと音がしそうなほど手を振りながら否定するエクレア。その光景を見たテクトは、やっぱりみんな優しいなとしか思っていなかった。それを察して、ノティアは、やれやれと頭を振るのだった。
「お兄さん、はい!タオル♪」
「お、おお…助かる。ありがとうな」
笑顔でタオルを渡して来たマティナに、テクトはお礼を込めて反射的に頭を撫でていた。撫でられたマティナは、嬉しそうに目を細めて受け入れている。その光景を見とがめたノティアは、
「やはり、明らかに距離が近付いてますね。今のも自然過ぎるくらいでした…」
二人の距離が近付いているのをしっかりと見定めていた。さすがに、理由までは分からないので、長い時間一緒に居たせいだろうとはおもっているみたいだったが。
「エクレア?あの二人を見て何か思うことはないのですか?」
「え?ええと…本当の兄妹みたいに仲良くなったよね?」
「・・・エクレアには、そのままでいて欲しいような、成長して欲しいような…複雑な気分にさせられますね」
「え?え?ノティアって、たまに意味が分からない事を言うよね…?」
嫉妬しないのか?と言う意味で問うノティアの質問に、見当違いの答えを出すエクレア。このままでいて欲しいような複雑な心境のノティアは、今日も友人のために深いため息をついたのだった。
「しかし、マティナは…そんなに体力がないのに、魔花との戦いでは凄い動きをしていたよな?」
テクトのマティナも参加してみろよ?と言う言を受けて、少しだけとやってみたトレーニング。マティナは本当に少しだけ参加しただけにもかかわらず、もうだめです!と、倒れ込むように肩で息をしている。そのマティナを見て、テクトは思わずそんな事を言ってしまった。
「ハァ・・・えっと、全部お兄さんからもらった愛の結晶の魔土宇器のお陰だよ?魔土宇器が、使用者の身体能力を劇的に高めてくれると言うのは知っているよね?」
息を整えてからマティナはそう発言した。マティナが言った通り、魔土宇器には使用者の身体能力を高める効果がある。しかし…
「そこまで変わるってのは聞いたことないんだけどな…」
首を捻るテクト。実際に、テクトが知る範囲ではここまで劇的に変化はしないはずだった。精々、元々の身体能力を引き上げてくれる程度のはずだ。ただ、テクトも全ての情報を得ているとは思ってはいないので、自分が知らないだけかもしれないと納得した。
「それにしてもお兄さん、私の愛の結晶と言う発言には反応しないんだね?」
「何を言おうが無駄だって最近覚えたからな…」
口ではマティナに勝てない。最近、テクトが学んだ事の一つだ。
「それってつまり…お兄さんが私をパートナーに選んだって事だよね?という事はつまり…今夜あたりにも子宝に恵まれちゃうのかな?」
そう言って下腹部を撫でるマティナに、さすがにテクトも反応せざるを得なかった。
「ま、待て!?も、もしかしなくても…そう言う事をマジで知っているのか?」
「親切なお姉さんが教えてくれたって言ったでしょ?もしかして、本当は分かってないのにお兄さんを誘惑していると思っていたの?」
「いや…そのだな…」
図星だった。所詮は子供、そう思って慌ててはいたもののどこかで大丈夫だと思っていたテクトだった。先日のマティナの過去を聞いてもなお、奥底ではそう言った考えでいたテクト。これも、日頃から女心を全く理解していないテクトの業と言っても良いだろう。
「大体、知っているなら分かるだろ?・・・そんなにすぐに子供は出来ないんだぞ?」
「じゃあ、子供が出来る事はしてくれるんだね♪」
「するとは言ってないだろ!?」
思わず声を荒げるテクト。久しぶりの過剰反応だが、彼の性格から言ったら仕方がないと言えた。しかし、さすがにこの会話には異議を申し出る者がいた。
「待って下さい。テクトさんとマティナさんは、周りを納得させるための偽婚約者ですよね?それなのに、その会話はさすがに不適切だと思うのですが?」
「形から始まるものって多いですよね?私たちの関係も、そうだったって事ですよ♪」
そう言いながら、テクトの腕に自らの腕を絡めるマティナ。その動きは、自然過ぎてテクトは全くと言って良いほど反応出来なかった。それが、ノティアの神経を余計に逆なでした。
「テクトさん…本当なんですか?」
「え?そ、そんなことないです…よ?」
ノティアから放たれる謎の重圧に、内心で冷や汗をかきながら否定するテクト。敬語になってしまったのは仕方ないのかもしれない。
「テクトさんは否定していますよ?マティナさん」
「お兄さんは照れているだけですよ?ね?テクトさん♪」
「そうなんですか?テクトさん」
「いや…その…何と言いますか…」
二人からの圧力を受けて、最早何と答えれば良いのか分からなくなったテクト。助けを求めて視線を残りの二人に移した。しかし、ルイスは我関せずとトレーニングに励んでおり、エクレアは笑顔でこちらを見ていた。
だが、エクレアからも謎の圧力を受け、テクトは最早硬直するしかなくなってしまった。流石のエクレアも、二人のあからさまな応酬を見る事でマティナの想いに今更ながらに気が付いたのだ。そして、二人に言い寄られるなんて良い身分ね?的な視線を送っている。顔には笑顔が張り付いているのが、余計に怖かったりするのだが…
針のむしろに晒されたテクト、最早これまでかと思われたが、意外な所から救いの手が差し伸べられた。
「テクト、少しは気分が晴れたか?トレーニングは良いものだろう!!!」
それは、先ほどまで必死にトレーニングに打ち込んでいたルイスだった。テクトは、助かった!とばかりにマティナから逃れ、ルイスの手を取って答えた。
「本当にそうだな!トレーニングは最高だな!!」
「そうだろう?わっはっはっは!!!」
「そうだな!わっはっはっは!!!」
あからさまに逃げたテクトに対し、3人はジト目で見つめるも、ルイスと二人で謎の高笑いを続けるテクト。それを見て、これ以上は何を言っても無駄だと悟り、3人はお互いに顔を見合わせ、同時にため息をついたのだった。
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