第11話 テクトの過去とマティナの覚悟
テクトに残っている一番古い記憶は、両親と共に暮らす小さな集落での暮らしだった。魔花から逃げた者同士で作った、小さなコミュニティ。生きるために、最低限に協力し合う村とも呼べない集まりだ。
故に、裕福とは言えない生活だった。集落の男たちが、交代で毎日のように狩りを行うが、もちろん毎回獲物を得られるわけではない。食べられる、植物や木の実などでは食べ盛りの子供を満腹に満たすことなど出来なかった。
それでも、その頃のテクトは幸せだと今では心から思う。お腹空いたと言って、両親を困らせ、紛らわすために他の子どもたちと駆け回ったり、そんな事がとても楽しかったと覚えているからだ。
その幸せが突然壊れるなどと思ってはいなかった。もちろん、両親からは恐ろしい植物がいるとは聞いていたが、それがどれだけ恐ろしいかなど子供のテクトに理解出来るわけがなかった。だからこそ、今でもその当時の幸せな記憶すら封印してしまいたくなるほど、テクトは過去を思い出すのを拒絶していたのだ。
あの日、何もないはずだったあの日、テクトはいつも通り集落の子供たちと遊んでいた。珍しく、前日に大きな獲物を得る事でお腹も満たされて、上機嫌で他の子どもたちと遊んでいた。お腹も満たされていたこともあり、鬼を決めて追いかけっこをしていた。
「ええっ!?私が鬼!?みんな!同じ方向に逃げてよ!ずるいよ!!」
「こっちこっち!」
「いやこっちだぞ!」
「私が一番捕まえやすいよ!!」
「いや、俺が一番遅いぞ!!」
それぞれが主張しながら逃げる中、テクトはこっそりと逃げた。意外としたたかだったのだ。
しかし、暫く逃げているうちに気が付いた。集落から離れすぎたのだろう、誰もいなくなっていた。心細くなってしまったテクトは
「仕方ないなぁ、みんな!遅すぎるから会いに行ってやるか!!」
そんな風に大声を出して気を逸らしながら、みんながいるであろう集落に向かって歩き出した。走ると何か寂しくなってしまったと認めたみたいで嫌だったので、はやる心を抑えてわざとらしくゆっくりと歩いた。それが、テクトの命運を分けたのかもしれない。
集落に近付くと、大きな音と共に、人々の怒号や悲鳴が聞こえて来た。流石のテクトも焦り、何があったのか分からないが慌てて走って近付いた。そして、見てしまった、未だに思い出したくもない地獄を。
集落は、数体の魔花に襲われていた。ある者はそのまま一飲みにされ。ある者は、抵抗したのか四肢を失っている者もいた。そして、周りには見てはいけない赤く染まったものが多数落ちていた。
そして、テクトと先ほどまで遊んでいた子も、魔花に飲み込まれていく姿を見たテクトは、助けようとか、逃げようとか、そんな事を考える余裕などなかった。ただただ一つの事が頭を占めた。
(死にたくない!あんな風に死にたくない!!)
子どもとは言え、すでに死については知っていたテクトは、魔花に飲み込まれていなくなってしまうなど絶対に嫌だった。だからこそ、その全てから逃れるために、その場から走り出した。
テクトは、夢中で走った。途中、父と母の声が聞こえた気がしたが、それでも走り続けた。そして・・・・次に気が付いた時には、周りの大人から同情されていた。集落の唯一の生存者として。
しかし、テクトの地獄はそれからが本番だった。思い出さない様にすればするほど、思い出してしまう光景。親友と呼べるほど仲の良かった子たちの、優しくしてくれた大人たちの、その全ての人の顔が恐怖と苦痛に歪み、そして…助けを求めていた。
目を閉じて、耳を塞いでも、見えて、聞こえてくる、あの地獄。もう終わったのだと、助かったのだと、そう言い聞かせても無駄だった。時間が解決してくれる…そんな甘い考えは、すぐに打ち消された。
最後に走り続けた時に聞いた両親のテクトを庇うような声、それが末期頃のテクトには、テクトに対する怨嗟の声に変わっていった。
何故、親を見捨てて逃げるんだ?俺たちを見捨てて自分だけ!!いつしか、両親だけではなく、集落の皆がテクトを責めていた。
その頃のテクトは、起きても寝ても悪夢にうなされ、限界が来て気を失っている時間だけが救いだった。最早、周りの誰が見ても長くないだろうと思うほどに衰弱し切っていた。
それを見兼ねた一人の大人が、テクトに声を掛けた。君が生き残ったのには訳があるはずだと。そして、集落のみんなが死んでしまったのにもきっと訳があると。もちろん、テクトを何とかして救おうとした言葉に過ぎないが、その時のテクトにとっては救いの言葉だった。
それからは、テクトは悪夢と戦いながらも自分が生き残った理由、みんなが死んでしまった理由を考え続けた。そして、行き着いたのが魔花の生態を調べる事だった。
魔花について調べ、魔花が何故人間を捕食しているのか?そして、何故突然のようにこの世界に現れたのか?それを解き明かす。そうすれば、テクトが生き残った意味、そして、集落のみんなが死んでしまった意味が見出せる…そんな気がしたのだ。
それから、テクトは出来る限り魔花について調べた。周りの大人たちも、テクトの悲惨な状態を見ていたために、出来るだけ協力した。そのお陰もあり、テクトは世界最高峰の学院、ノルジックスに入学できるほどの知識を手に入れられたのだ。
全てを話し終えたテクトは、どこかスッキリした気がしていたが、その表情は自虐的だった。何故なら
「笑ってしまうだろ?未だに、過去を思い出しただけでこれだぞ?・・・乗り越えた…つもりになっていたんだ。ただ単に、思い出さない様にしていただけなのにな…いや、思い出さない様に出来るようになっただけでも、成長したのかもな」
そう言うテクトは、とても生気のある顔をしていなかった。もうすぐ自殺したとしてもやっぱりそうか、と思われてしまいそうな表情だった。
「お兄さん」
マティナに呼ばれたテクトは、顔を上げた。そして、彼女がすぐに目の前にある事に気付き、そのまま…二人の唇は重なった。
その瞬間、テクトは全てを忘れて目の前の少女に集中してしまった。鼓動が早くなる、このままでは自分は意識を飛ばしてしまうのではないかと思えるくらいに…そして、マティナは小さなささやきを残して離れた。
「この地獄を一緒に生きよう」
そう呟いたマティナに、テクトは何かを言おうと思った。だが、彼女の何処までも真剣な眼差しに、テクトは押されてしまい、結局は何も言えなかった。そして、しばらく時間が経った頃、マティナは不意にテクトに尋ねた。
「私の過去…聞く覚悟はありますか?」
その表情はいつも通りだった。だからこそ、テクトは恐怖を感じた。自分の過去より酷い過去などそうそうないだろうと思いつつも、この世界に全くないとはさすがに思っていない。
そして、自分の過去すら飲み込めていないテクトが、それ以上の話を聞かされたとして…果たして、何をどう思うのかすら全く予想出来なかった。だが…
「聞かせて…くれないか?」
テクトは、初めて自分の思いの丈を聞いて貰った事によって、少しだけでも救われた気がした。ならば、一緒に生きようと言ってくれた彼女に対し、逃げるわけにはいかないと腹を括った。
「私はね…」
テクトは、マティナの話を聞いて自分を恥じた。覚悟など全く出来ていなかったじゃないかと…
「お兄さん、これで当ってる?」
「あ、ああ、凄いな?魔花の知識はかなりのものだな?」
「親切なお姉さんに教えてもらったからね♪」
「親切なお姉さん…か」
現在、マティナが学院の授業について行けるかどうかを判断するために、魔土宇書を使って勉強を見ているテクトだが、もしかしたら自分より知識があるのではないか?と思うくらい完璧だった。
しかし、テクトは自分並に素晴らしい魔花の知識を持つ少女に対し、素直に喜べないでいた。理由は二つあった。
一つ目は、過去と向き合う事を決めたテクトにとって、魔花の知識を極める事が本当に正しいかどうかが分からなくなってしまって来ている事。
そして、もう一つは、マティナの過去を聞いてしまい、その知識の出所を知ってしまったからだ。こちらの方がかなり大きな理由だった。
(このままじゃダメなのは分かってる。だが、どうしら良いのかさえ全く分からない…)
そんな情けない事を考えているテクトが視線を上げると、その当人であるマティナと目が合った。少女は、微笑みながら言った。
「お兄さんとの出会いで私は救われたんだよ?だから、ゆっくり考えてくれれば良いからね?」
そう言ってほほ笑むマティナだが、その表情がテクトには寂しげに見えた。だからこそ焦ってしまう。テクトは、彼女の全てを受け止めてあげる事が出来るだろうか?と改めて自身に問いかけた。
「私はね…人間じゃないんだよ」
その衝撃的な言葉から始まった彼女の過去を、テクトは受け止め切れる自信がなかった。なにせ、自分の過去ですら受け止め切れずに、逃げ続けて来たのだから…
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