第10話 過去との正対

 魔花の襲撃から一週間が過ぎた。しかし、依然として魔花襲来の原因がはっきりと分かっていない現状だった。学院は魔花の襲撃の爪痕を残すも、講義については再開された。しかし、やはり今まで通りとはいかなかった。




 まず、安全のはずの学院が襲撃された事により、一部の生徒が学院を去った。主に、有力者の子供だった。理由は簡単で、自分の子供の安全が第一だからだ。




 他にも、今まで以上に厳重な警備に、講師や生徒の動きの把握。その中でも一番が、外部からの侵入を警戒した見回りに有名な魔花狩りを起用した事だった。それにいち早く反応したのはやはり…




「凄いな、ダーミルに、ガレン…ジェレイドまでいるのか!?」




「・・・何を言っているのよ、あんたは?」




「は?知らないのか、彼らを!?」




「逆に聞くけど、何でテクトは知っているの?」




「当たり前だろう!?逆に、何であんなに有名な魔花狩りのメンバーを知らないんだ!?」




「あのね…実物を初めて見るのに、知っているわけないでしょ?名前は聞いたことがあるけど」




「さっきから何を言っているんだ?見れば分かるじゃないか?大槌で魔花をなぎ倒す、豪快で大柄な男ダーミル。小刀の魔土宇器を5本使い、巧みな素早い動きで魔花を翻弄するガレン。火炎を操る魔土宇器、火炎放射器の圧倒的火力で魔花を寄せつけもしないで蹂躙するジェレイド。みんな、それぞれ特徴的だから分からないわけがないだろ?」




「そこまで細かく説明出来る事も驚異的だけど、それ以上に見ただけで分かる事が異常よ」




「そんなことはないはずなんだが…」




 当たり前の話だが、エクレアの言い分が正しかった。姿を直接見せる手段がない以上、正確な見た目を伝える術はない。だからこそ、テクトがすぐに分かったのが異常なのだが、それには理由がある。




 実は、有名な魔花狩りが使っている魔土宇器のレプリカを作る職人の様な者が存在する。彼らは、すでにある魔土宇器とそっくりな模造魔土宇器を作成出来るのだ。




 もちろん、見た目だけで性能は比べるべくもないのだが、見た目は完全に同じと言っても良いほどだった。




 そして、そういう模造魔土宇器を展示した施設や、写し本が多数存在するのだ。魔花狩りの一種のステータスとして、そこに展示されるようになるのが一つの目標にまでなっているくらいだった。




 つまり、テクトは彼らの外見よりもその魔土宇器を覚えており、その持ち主が誰なのかすぐに判別できたと言うわけだ。魔花オタクの本領発揮である。その範囲の広さに脅威を覚えるくらいではあるが…




「お兄さんったら目をキラキラさせて、可愛いんだから♪」




 そう言って、マティナはテクトの腕にしがみ付く。現在、講義の合間の休憩時間だが、テクトの仲間たちからはその行為による指摘は何も出ない。最早、テクトにくっついているのが当たり前だと受け入れざる負えないくらいにずっと引っ付いているからだ。




 しかし、仲間内以外からは非難の視線がテクトに集中していた。何故なら、マティナが学院に通うに当たって自己紹介をした際、




「マティナ・マジュカです。テクトさんとの婚約者としてよろしくお願いします♪あと、テクトさんとずっとくっついていると思いますが気にしないで下さいね?」




 笑顔でそんな事を言い切った彼女をテクトは呆然と見るしかなかったのは言うまでもない。流石に、余計な事を言うと悪化すると先日学んだのだ。




 しかし、悪化させなくても十分すぎるほどの火種だった。つまり、マティナとくっついているテクトの方に一方的に非難が集まる。




「くそぅ、テクトの奴!見せつけやがって!!」




「あれは犯罪だろ?犯罪だよな?」




「きっと、小さい頃から手なずけていたに違いない!通報だ!!」




「あんな小さな子に手を出すなんて…サイテーね」




「あんた、自分がロリ属性だからってそこまで噛みつかなくても…」




 一部だけでも、そのような感じでテクトに対する非難の声が上がっているのだ。テクトには関係ない部分で燃焼している場合もあるようだが…




「本当に、テクトがマティナにデレデレしてるように見えてるのかしら?そうだったとしたら、盲目としか思えないわよね」




「それはそうなんですが、エクレアも人の事は言えないかと…」




「え?どういう事?」




「全然分かってないんですね…はぁ」




 周りの人間が、二人が本当に婚約者だと信じてしまっている者が多いように、二人がそう演じているだけだと思い込み続けているエクレアも、大概に盲目だと思っているノティアだった。




 そんなこんなで、再開された講義に本来なら喜んで集中するテクト…のはずだったが、上手く集中する事が出来ずにいた。そして、すでに講義が再開されてから四日が過ぎているのだが、全くと言って良いほど状況は変わっていなかった。何故なら…




「お兄さん、そんなに根を詰めても良い結果何て出ないよ?たまには、可愛いマティナちゃんを見て英気を養いましょう♪」




 そう言って、覗き込んでくるマティナに全く反応しないテクト。理由は…




「済まないが、一秒でも早くこいつを魔土宇器へと昇華させたいんでな…放っておいてくれ」




 テクトが手にしているのは魔土、しかも、学園で保管出来る最大割合である50%の魔土だった。テクトはこれを一刻も早く魔土宇器とするべく、時間が許す限り向き合い続けていた。何故、テクトがこれを手にしているかと言うと、話は学院長との対談へと遡る。




 あの日、学院長室での報告などの話し合いが中盤に差し掛かった頃、テクトに魔土が渡されこのように言われたのだ。




「テクト君、君が魔土から魔土宇器を作成したと言うのはマティナ君からの証言以外からでは立証するものがない。今後の君の扱いを考える上でも、君には是非魔土宇器を作成してもらいたい。優秀な魔土宇士が多いに越したことはないからね」




 学院長はそう言い、テクトに50%の魔土を提供してくれたのだ。これは、今回の魔花撃退の貢献者への配慮もあるが、学院にとっても優秀な魔土宇士が増える事のメリットが計り知れない物になると言う、打算ありきの事だった。




 つまるところ、例のテクトが魔土宇器を作り出した魔土は、学院に保管されている魔土ではなかったのだ。本来、100%の魔土など危険すぎて保管などしている施設は存在しない。それは、魔花を研究する施設ですらだ。




 理由は簡単で、過去に魔花を調べるために100%の魔土を保管していた施設があった。しかし、たったの数日で大量の魔化に襲われて跡形もなく崩壊した。もちろん、その施設に居た、魔土宇士を含めた人員も全て失われる事となったのだ。




 故に、100%の魔土など正気の者が保有するわけがない。つまり、マティナが持ってきた魔土がどこからかは未だに彼女は口にしていないが、真っ当な者が保有していたものではないのは明らかだった。




 しかし、彼女に救われたのも事実。故に、こちらに友好的であるうちは無理に聞き出すという事は出来ないと言う判断の元、テクトと共にならと行動を制限することもなく学院生として受け入れている。




 もちろん、この場合はテクトが100%だと思ったと言う証言しかその魔土の純度を測るすべがないので、本当にそうだったかは不明でもあった。それも、保留のようにしている要因の一つだったのだろう。




 とにかく、現状はテクトは優遇され、魔土宇器を作り出せる環境としては、学院内では最高峰の扱いだと言っても過言ではないだろう。




 だからこそ、テクトは焦ってしまう。これ以上ない扱いを受けているにもかかわらず、数日経っても全くと言って良いほどの手応えの無さだったからだ。




 もちろん、テクトが何も考えずに魔土宇器作成に打ち込んでいたわけではない。前回の反省を生かし、一つの魔土宇器をイメージし、それを作成出来るように出来る限り雑念を減らして集中した。




 過去に目を奪われた見事な剣の魔土宇器を思い出し、それに負けないくらいの素晴らしい剣型の魔土宇器を作成しようと時間の許す限り集中していたのだ。




 しかし、現実は甘くなかった。前回のマティナに渡された純度の高い魔土から魔土宇器を作成した時の感覚を思い出そうともしたが、一向にあの時の感覚は再現されなかった。




 それどころか、あの時の事は夢だったのではないだろうか?と思うくらい、何の手ごたえを感じなかったのだ。どっしりと構えて集中をし、作成しようとしていたテクトが、焦りを感じてどうにもならないと思うまでに、追い詰められても仕方ない事だろう。




「お兄さん、やっぱり…」




「放っておいてくれって言っただろう!!」




 小さな声を上げて、驚いて固まってしまったマティナを見て、テクトは我に返る。




「すまない…またお前に当たる何て本当にどうしようもない奴だよな…」




「ううん、私も苛立ってるの分かって言ったから…自業自得だよ。それに、そうなるかもと思っていたのに、実際は固まっちゃうなんて私もまだまだだよね?」



 そう言っておどけてみせるマティナに、想像以上に心配されていると感じたテクトは、どう反応したらよいのか分からなかった。




「お兄さんが落ち着いてくれたところで、はっきり言わせてもらうけど…このままだと、ずっと魔土宇器作成は成功しないと思う」




「・・・分かってるよ、そんな事は…俺が一番な」




 どこかでテクトも分かっていた。これだけやって全くと言って良いほど進展がなかったのだ、手応えすらも全くだ。つまりは、自分には才能がないのではないかと思ってしまうのが当たり前だった。




 だが、そこでマティナの鎌を生み出した事を思い出してしまい、諦めきれなかったのが実際の所だった。それでも、これだけやっていれば否でも分かってしまう、このまま続けても時間の無駄だ…と。




「お兄さんは、自分が才能がないから作れないんじゃないかと思っているんだよね?」




「…それ以外に何かあるのか?」




「拗ねた言い方しないの!もう、お兄さんって結構子供っぽい所あるよね?」




 そう言われて、少しむくれた表情で黙ってしまうテクト。それは、図星だと言っているようなものだった。




「って、今はお兄さんの可愛い所を見つけて癒されている場合じゃなかったね」




「可愛いってお前な…」




「あの時…私の鎌をお兄さんが生成した時、私の欲した物をお兄さんが作ってくれたんだと思う」




「え?」




「お兄さん、私に似合う武器として大鎌を想像してたんじゃないかな?」




「・・・あの時は、追い詰められていたからはっきりとは言えないが…そう言われてみるとそうだったかもしれないけどな…」




 テクトは、振り返って見るが、武器を見て彼女に似合いそうだと思った記憶は残っている。だが、その前はどうだったかまでは、はっきりとは思い出せなかった。しかし、そう言われてしまえば、そうだったように思えてしまっているのも事実だった。




「きっと、あの時は私の気持ちを汲み取って、魔土宇器を生成したんだと思うよ。私の、魔花を滅ぼしたいって気持ちを汲み取ってね」




「な、何を言って…」




 テクトは、そう語る目の前にいるマティナが、一瞬だが別人に見えた。彼女が、魔花を滅ぼしたいと言った時、彼女の雰囲気が今までと全く違って見えた気がしたのだ。しかし、本当に一瞬と言うしかないような刹那の時間だったので、テクトはそれが自分の気持ちの沈み加減から来る錯覚だったのだと思い込むことにした。何故なら




「だから、お兄さんはきっと違うんだと思う」




「・・・違うって何がだ?」




 マティナは、さっきのは気のせいだと思わせるくらい、普通にテクトと接して来たからだ。問いかけに真剣に応えるためにも、先ほどの事は気のせいだったと思う事にしたのだ。




「ねぇ?お兄さんは…本当に魔花を倒すための武器を欲しているの?」




「・・・それは」




 テクトは、すぐには答えられなかった。魔花の謎を解き明かすためにこの学院に入ったのだ。そう、魔花と戦うため…魔花を滅ぼす為ではないのだ。もしかすると、それが魔土宇器を作成出来ない原因ではないか?と、今更ながらに思い至ったのだ。




「お兄さんは、魔花に相対した時の反応が可笑しかった。確かに、お兄さんのお仲間を害する魔花に対しては敵意みたいなものを向けていたと思うけど、何が何でも倒してやる!とか、殺してやる!とか言う気概みたいなものはなかったよね?むしろ、恐怖していたみたいだった」




「・・・俺は」




 言葉に詰まるテクト。思い出されるのは、テクトが魔花の謎を解き明かすと決めた過去の出来事。しかし、その光景は…




「お兄さん!?大丈夫なの!?」




 マティナの慌てた呼びかけで、テクトはやっと自分が震えながら泣いている事に気が付いた。そして、気が付いてしまえば、過去と向き合うのが何よりも怖くなってしまう。故に、逃げてしまいたくなったのだが…




「お兄さん、逃げないで!」




 まるで、見透かしたように声を張り上げて手を取って来るマティナに捕まり、視線を逸らす事すらテクトは出来なくなってしまった。




「お兄さん…話してみて?何があったの?お兄さんはきっと…そこから始めないと、ずっと…進めない気がするよ…?」




 テクトは反射的にビクッと身体を震わせた。過去を話す…それが、何よりも難しい事だとテクトは分かっている。今の仲間たちにでさえ、心の奥を話したことがないのだ。それはつまり、マティナはテクトに、仲間にでさえ晒せない胸の内を全て晒せ、と言っているようなものだった。




 テクトは、逃げようとした。過去から、真剣に見つめてくる少女から。しかし、それでも手を握ったままずっと真剣に見つめてくる少女を振り払えなかった。それは、テクトも自分自身心のどこかでこのままではダメだと思っている事への、無自覚の表れだったのかもしれない。




 長い沈黙の後、観念したテクトが、少女の手の温もりから勇気を貰いながら、自分の過去を話し出した。

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