第9話 本気と冗談と

「さて、君たちに聞きたいのは、昨日の魔花との戦闘などについてだが…それぞれが思った事や気が付いたことも含めて話してくれるかな?」




 学院長のクライグルが、全員を席に促した後にそう切り出した。何よりも魔花の話を優先して欲しいらしく、彼はまずはその話からして欲しいと要求したのだ。




 テクトたちは、それぞれが昨日の事を話した。もちろん、テクトとマティナは打合せ通りの話をしたのだが




「ふむ…本当なら興味深いな。こんな子供が巨大な魔花を倒したか…どう思う?」




 クライグルが質問した相手は、先ほどから彼の後ろで控えていた体格の良い男の一人だった。その姿からは歴戦の猛者と言うのに相応しい貫禄が感じられた。




「そうだな…魔土宇器との相性次第では十分に可能だろう」




 少女を一瞥しただけで短く答えた男は、再び目を閉じた。彼は、先ほどからずっと立ったまま腕だけを組み、更に目を閉じているのだ。そのままの姿勢で全く動かないので、彫像だと言われても信じてしまいそうだった。




「不愛想で済まないな。彼は、この魔花騒動で急遽呼ばれた魔花狩りハンターの一人のジェイルだ。もう一人は」




「自分で自己紹介しますよ。僕の名前はガルア・パナガ。気軽にガルって呼んでくれ」




 ガルアと名乗った男は、ジェイルと呼ばれた男と比べるとノリが随分軽かった。見た目も、厳格なイメージを持たれそうなジェイルに対して、ガルアは軽くそのままどこかに出かける事が出来そうな雰囲気だった。さすがに、二人とも魔土宇器を持っているために見れば魔花狩りだとは分かるのだが。




 魔花狩り。それは、魔花に対するために国…いや、世界が認めた魔花に対する手札の一枚であり、現状はジョーカーだと言える存在だ。だが、その強さには大きな幅があり、魔花狩りと名乗っても見掛け倒しな者も多い。




 だが、ここは世界でも一番大きな魔土宇士育成機関であるイルジックス。魔花の襲撃と言う大きな事件があった以上、すぐに優秀な魔花狩りを手配したのだ。二人とも、かなりの実力者であることは間違いがなかった。一人は見た目からは想像出来ないが




「ガル、お前は口を開くな。魔花狩りが軽くみられる」




「ジェイは堅すぎるんだよ。そんなだから、未だに女の一人も寄って来ないんだぜ?」




「大きなお世話だ」




「二人を足して二で割ったら丁度良いんだがな…」




 苦笑するクライグルだが、だからこそこの二人がいつも組まされているのだ。クライグルは、そこは分かってはいるのだが、それでも両極端な二人を扱わなくてはならない立場としては、小言を言いたくなるのだ。




「まあ、二人の事は良いだろう。それで…マティナだったね?君は、本当に何処から来たのか分からないのか?」




「はい…私の生まれた集落は、名前すら決まってなかったみたいです。元々、魔花によって住む場所を失った人たちの集まりの場所みたいなところでしたから…」




 未だに、この世界には魔花による脅威が多くある。それによって、住むところを失った者たちが集まって出来た、名もなき集落のような場所が多々あるのが現状だった。




 これは、国にとっても問題にはなっているのだが…




「さすがに、全ての人たちを救うには至らないのが国としての現状だ。私も、この学院の長として思う所はあるのだが…すまないな」




「いえ、誰にもどうにも出来ないのが今の世界だと思ってますから」




 やけに達観したようなマティナの発言に、テクトは少しだけ驚いた。もちろん、この場で急に説得力のある自分の所在を言い出した時は、本当の事を話したのでは?とテクトは少し思ったが、それにしては違和感があった。




 しかし、違和感を感じているのはテクトだけのようで、マティナの説明でみんなは信じているようだった。




 その説明とは、今述べた集落から移動するときに、何故か魔花の襲撃に遭い、命からがら逃げだしたので他の人たちがどうなったか分からないと言うものだった。そして、魔花によってすでに家族を失っているので戻る場所もないと。




「しかし、一つだけ気になる事がある。君は、初めて魔土宇器を扱ったそうだね?それなのに、まるで手足のように完璧に使いこなしたそうだが?」




「それは、私にも分かりません。でも、お兄さん…テクトさんの魔土宇器が私を動かしているような気がするくらい自然に動けたんです」




「なるほど、興味深いな…」




 そう言って、クライグルは後ろの二人を見る。




「あり得ない話ではない。全く闘いの経験がない者が、魔土宇器を得た事によって、達人のように動けるようになったと言う例もないわけではない」




「凄く稀ですけどね?そう言う意味では、マティナちゃんはよっぽど魔土宇器を扱う才能があったって事だね」




「なるほど、そう言う事もあるのか」




「私の才能と言うより、テクトさんの魔土宇器のお陰だと思います。テクトさんの魔土宇器以外ではきっとこんなに動けないと思います」




「ふむ、何か心当たりでもあるのかな?」




「あります!だって、この魔土宇器にはお兄さんのあ…むぐぐ?」




「ははは…戯言なので、気にしないで下さい!」




 マティナが何かを言う前に、テクトは彼女口を慌てて塞いだ。何を言うのか察しが付いたのだろう。




「…昨日出会ったばかりの割には随分と仲が良いのだね?」




 それを聞いたマティナは、テクトの手を逃れてここぞとばかりに言い切った。




「将来を誓い合うほど愛し合ってますから♪」




「言うなって言っただろう!?」




 テクトの叫びは、逆効果をもたらしたのは言うまでもない。




「そう言えば、マティナ・マジュカと…なるほど」




「美しい者には年齢は関係ないからね。彼とは気が合いそうだ」




「お前は黙っていろ。これ以上、魔花狩りのイメージを悪くするな」




 三者三様の反応だが、おおむね今のマティナの言を真実と受け取ってしまったように見えた。それはつまり…




「俺はロリコンじゃない!!」




 テクトの心の叫びが、学院長室に空しく響き渡った。








「あり得ない…何故こうなったんだ?」




「まあ、マティナちゃんも行くところがないって言うし、仕方ないじゃない?」




「だからって、俺じゃなくてエクレアか、ノティアの部屋の方が良いだろ?」




「そうは言いますが、本人がどうしてもテクトさんの部屋じゃないと安心出来ないって言うから仕方ないのではないですか?」




「それはそうなんだが…」




 テクトが愚痴を零しているわけは、あの後の話し合いでマティナがテクトと一緒に住むことになった事についてだった。




 テクトが叫んだ後、結局マティナが帰るところがないという事で学園で預かる事になったのだが、エクレア達が申し出るのを聞いたマティナが、




「私、お兄さん以外はまだ心から信じることが出来ていないので離れたくありません!」




 と訴えたので、学園長の鶴の一声で一緒に暮らすことが決定してしまったのだ。男子寮と言う問題があったはずだが、部屋から出る時はテクトが一緒と言う条件の元に認められてしまった。




 そこには、先に語った将来を誓い合ってます!と言う宣言が功を奏したと言っても良いだろう。そこまで考えていたのだとしたら、マティナはかなりの策士だった。




「そうだとしても、やっぱり男と女が同じ部屋で暮らすのは…」




「お兄さん、そんなに私と一緒に居るのが嫌なの…?」




「う…いや、そう言う事じゃなくてな…」




 下から不安そうに見つめてくるマティナに対し、テクトは言葉を詰まらせる。未だに、どこまでが本気なのかがテクトには判断が付かなかった。




「テクト、こんなに不安そうな表情をしてる子をほっぽりだすわけにもいかないでしょ?学園側も何か考えるだろうし、しばらく一緒に暮らしてみたらどう?どうしてもだめだったら、私かノティアが面倒みると言う手もあるし」




「む、むぅ…」




「エクレアさん、ちょっと…」




「な、何?ノティア?」




 悩むテクトを置いて、エクレアを引っ張って離れるノティア。その理由は




「エクレアさん、良いんですか?二人を一緒に住ませるなんて?」




「え?どういう事?」




「いえ…その…テクトさんも男ですよ?」




「…ああ!そう言う事?大丈夫でしょ?テクトは何だかんだで優しいし、あんな小さな子に手を出したりしないわ」




「しかし、彼女はテクトさんの婚約者だと堂々と名乗っているんですよ?」




「あの年頃特有の年上に甘えたい気持ちが先走っているんじゃない?テクトの事をお兄さんって呼んでいるし、きっと独占するためにあんなことを言っているだけよ。それに、ここには知り合いもいないし、テクトの婚約者とか言えば周りも下手に何かしないでしょ?多分、テクトもそう言う事を考えているのよ」




「本当に…恋は盲目ですね」




 ため息とともにノティアは考える。あの態度はどう見ても、兄として慕っているだけではないだろうと。しかし、テクトをある意味で信頼しきってしまっているエクレアに、危機感を募らせるのは難しそうだとも。




(これは、私が上手く牽制しないといけないですね…)




 ノティアは、密かに決意を固めるのだった。そして、早速仕掛ける。




「テクトさん、無いとは思いますが…マティナさんに手を出したりしませんよね?」




「す、するわけがないだろう!?」




 テクトの過剰な反応を見て、思ったよりもマティナに女性を感じていそうだと判断したノティア。一方、その様子を観察するような瞳で見ているマティナ。どうやら、出方を窺っているようだ。




「仕方ありませんね。マティナさんに欲情してしまいそうになったら、私が解消してあげましょう」




 ノティアのその言葉に、その場が凍ったように固まった。そして




「ななな、何を言ってるの!?ノティア!?」




 一番最初に反応を見せたのは、やはりエクレアだった。




「そうだぞ?いきなり何を言って…」




「しかし、テクトさんはどうやらマティナさんに少なからず女を感じているようですし、そのマティナさんと同居する事になれば男性としてはやはり悶々としてしまうものなのではないですか?」




「い、いやいや!そんなことはないぞ!マティナはまだ子供だろ!?」




「また子ども扱いする!分かりました、そこまで言うなら子供かどうかベッドの中で確認して貰うからね♪」




「何を確認させる気だ!?」




「分かってるくせに♪」




「な、なななっ!?」




「テクトさんがここまで取り乱すのは貴重ですが、マティナさん?そう言う発言をする人とテクトさんを一緒に住まわせるのは問題があると思いますよ?」




 にっこりと笑って忠告を促すノティア。一連の流れを予測していたような円滑な流れだった。




「ノティアさん、子供相手に大人気ないですよ?」




「子供の特権を利用して優位に進めようとしている人に、それなりの対応をしているだけですよ、マティナさん?」




 そう言って、互いに見つめ合っている二人。しかし、どこかバチバチと火花が散る様なイメージが湧き上がってくるような状況だった。




「な、なあ?あの二人は仲が良いのか?悪いのか?」




「何で私に振るのよ?」




「いや…同じ女性なら何か分かるんじゃないかとな…」




「女性同士だからって何でも分かるわけじゃないのよ?でも、何だかんだで解り合っていそうな二人だし、心配ないでしょ?」




「そういうものなのか?」




 静かに見つめ合う(睨み合う?)二人を困った表情で見つめるテクトだが、最後まで自分が原因だと全く気が付かない相も変わらない彼だった。

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