第8話 少女と仲間

「お兄さん…起きて?」




(眠い…誰だか知らないが、もう少し寝かせてくれ…)




「もしかして、おはようのキスを待ってるのかな?返事してくれないとしちゃうよ?」




(誰かが何か言っているが分からないな…昨日は中々眠れなかったんだ…もう少し寝かせてくれ…)




「では、遠慮なく…ちゅ♪」




(ん?頬に柔らかい何かが当たってっ!?)




「何をやってるんだ!?」




「あ、おはよう♪お兄さん♪」




「ああ、おはよう…って、違う!何をしてたんだ!?」




「え?起こしても中々起きないから、おはようのキスを待ってるのかと思ってしただけだよ?」




「やっぱり、ほっぺたの柔らかい感触はキスだったのか!?」




「何をそんなに驚いて…あ!?もしかして、おはようのキスは唇しか認めないってこと?やり直す?」




「違う!?そう言う事じゃなくてだな、元からしてそんなものを求めていたんじゃないからな!?」




「え?じゃあ、何で中々起きてくれなかったの?」




「それは、マティナが隣で寝ていて中々眠れなかったせいで眠い…って、違うぞ!?」




「何も言ってないのに違うとか言われても…あ!もしかして、寝ている私に悪戯を」




「してないからな!?」




「そっか、残念♪」




「な、何で残念なんだよ…」




(一緒に寝ただけで何もしてないのに何か意識してしまうな…?待て!俺はロリコンじゃないだろ!?ロリコンじゃない…よな?)




 女性とこんなに密着して過ごしたことがないテクトは、ドギマギして何が何やら分からなくなっていたのだった。






「はぁ…何だかんだで時間が経ってしまったな。学院長室に行くぞ?付いて来いよ




「一生ついて行きます♪」




「そう言う悪ふざけは学園長の前ではなしだからな?」




「本気なのになぁ…」




「分かったから、真面目にしような?」




「お兄さんの私の扱いについて、おっきな不満があります!」




「とりあえず、学園長との話が終わったら改善するように努力するから行くぞ」




「ぶー!絶対口先だけだよね!ぶーぶー!!」




「ぶうたれんなよ…とにかく、話は後でだ」




「じゃあ、せめて迷わない様に手を繋いでください!」




「じゃあって何だよ…はぁ、分かった。ほれ、行くぞ」




「むー!何かドキドキ感がないよ!可愛い娘と手を繋いでいるんだよ!何か小さい子を引率しているみたいに見えるよ!!」




「そのままだろう?」




「異議を申し上げます!!」




「ああ、はいはい。今度聞いてやるよ」




「ぶーぶーぶー!!」




 そんな感じで仲良く学園長室へ向かうテクトとマティナだった。






「お?みんな!怪我は大丈夫か!?一応、確認は取ったとはいえ目が覚めなかったからやっぱり心配したんだぞ!」




 学院長室へ向かっている途中、仲間3人が連れ立って歩いているのを見かけてテクトは声を掛けた。




「テクト…昨日は、情けない所を見せたわね」




「何を言ってるんだ?エクレアのお陰でこうして俺は生きているんだ。ありがとうな」




「べ、別に!仲間を助けるのは当たり前でしょ!それに…結局助けられたわけじゃないし…」




「それについては気にするなよ。魔土宇器を手に例たばかりで、そんな簡単に使いこなせたら誰も苦労しないだろ?初めての、しかもいきなりの実戦で魔花を殲滅出来たら先輩方の立つ瀬がないだろ?」




「分かってはいるんだけど、そんな理由は命を失っていたら言い訳にもならないから…」




「俺は本当に感謝しているんだがな…」




「テクトさん、エクレアの気持ちも分かってあげて下さい。テクトさんは結果として助かっただけで、守り切れなかったのには変わりないんです。だからこそ、自分を許せないんですよ」




「そんな事を言ったら俺なんて何も出来なかったんだぞ?」




「でも…」




「ああ、もう!気にするなって!ほら!早く学院長室に行かないと遅れちまうぞ!!」




「・・・そうだね」




「本当に気にするなよ」




 すれ違いざま、テクトはエクレアの頭をポンと叩きながらそう告げた。




「わ、分かったわよ!気安く乙女の頭を叩かないでよね…もぅ」




「ん?どうかしたか?」




「相変わらずですね、テクトさんは」




「ん?どういうことだ?」




「魔花の事だけではなく、女性についても勉強してくださいって事ですよ」




「は!?いや…そんなに酷いのか?俺は…」




 あちこちからダメ出しをされ、さすがのテクトも少しだけ考える必要を感じたようだったが




「あれ?そう言えば、マティナが居ない…?」




「呼んだ?」




「のわぁ!?びっくりするだろ!?いきなり背後から顔を出すな!」




 いつの間にテクトの背後に回り込んだのか、テクトの背からひょっこりテクトを覗き込むように顔を出すマティナ。




「何?その子は…?」




「ああ、3人は気を失っていたから初めてだったな。紹介する、俺たちの命の恩人のマティナだ」




「テクト、その冗談は笑えないわよ?」




「いや、本当なんだが…」




「テクトさんはこう言う事では冗談は言いませんし…本当かも知れませんよ?」




「え?でも…」




 エクレアは少女をじぃーっと見つめる。どう見ても魔花を倒せるようには見えないようだ。それもそのはず、相変わらずの魔女モドキの格好をした可愛らしい少女にしか見えないのだから。




「さすがに説明だけじゃ納得出来ないか?しかし、証明する方法何てないんだが…」




「まあ、これから学院長の所で話す事になるんだし、その時に詳しく話を聞かせて」




「そうだな…細かく話せば信じて貰える…のか?」




「それはそうと、ちゃんと自己紹介しておきましょうか?私は、ノティア・メルドレーと申します」



「それもそうね。私は、エクレア・ウィロース。そして、このさっきから一人でブツブツ言ってる筋肉ダルマがルイス・レンドールよ」




「そう言えば、ルイスは全くこちらに反応しないがまさか…」




「そのまさかよ?魔花にあっさりやられたのがよっぽど悔しかったみたい」




「そうか…」




 ルイスは、ほとんどの事には無関心に近い性格だが、唯一筋肉については別だ。そして、それについて思う事があれば今後の筋肉の鍛え方を一人で納得いくまで検討してから、鍛え直すと言うのが今までのお決まりだった。




「まあ、ああなったら納得するまで放っておくしかないから気にするなよ、マティナ」




「良く分からないけど、分かったよ。それじゃあ、私の自己紹介だね」




 わざわざ一拍間を置いたことに嫌な予感を覚えるテクト。その予感通り




「私の名前は、マティナ・マジュカ。テクトさんの新妻です♪」




「いやな予感を覚えたが、やっぱりか!?やめろと言ったよな!?」




「気が変わりました。ライバルがいると分かれば別です」




 そう言って、エクレアとノティアを睨むマティナ。テクトは、こいつは何を言っているんだ?と訳が分からずマティナを見ていた。彼は通常運転だった。




「自己紹介したばかりですが、そう言う事なんですか?マティナさん」




「そう言う事です、ノティアさん。名前の雰囲気だけではなく、思考も何となく似ている気がしますね、私たちは」




「なるほど、それならばこれから次第という事でしょうか」




「そうなると良いねってところですよ、私は…ね?」




「え?え?二人で何の話なの?」




「いや、俺に聞かれても…」




「エクレアさん…あれだけ盛大に宣戦布告して来たと言うのに、何故分からないんですか?」




「え?テクトがつっこんでいたし、マティナちゃんの冗談でしょ?」




「・・・・テクトさんを信じすぎるのも問題ですね」




「それについては同意かも…」




 見た目は違うが、中身が少し似た二人の少女は、そろって深いため息を付いた。




 何でも卒なくこなすエクレアの欠点は、ノティアの指摘通りにテクトを盲目的に信じてしまう事だった。理由は、本人も気が付いていないが、惚れた相手の言う事を深く考えずに鵜呑みにしてしまっているからだ。




 もちろん、前後の流れがあれば否定することもあるが、基本的にテクトの言う事を信じてしまう。そんな欠点は、本人たちテクトとエクレアは気が付いていないが、周りから見ればとても可愛らしいものだった。




「で、結局何の話だったんだ?」




「さっきの冗談で何故かノティアとマティナちゃんが意気投合したって事でしょ?」




「そうなのか?」




 首を捻るテクトだったが、そんなものなのか?と納得してしまうのだった。二人とも、根の部分では素直なのかもしれない。






 道すがら、マティナについては実験の意味も含めて、魔花に襲われてたまたまこの学園にと言う流れの説明をしたテクトだったが、どうやら信じて貰えたらしい。




 そこには、仲間に嘘を言わないと思われているテクトの信頼があってこその事だったが、それでも魔花の襲撃と言う非日常が絡んだことが、正常な思考を妨げる要因となっているのかもしれない。




「そっか…マティナちゃん、何かあったら遠慮なく言ってね?力になるから」




「そうですね。私も出来るだけは力になりますので、その折には遠慮なく言って下さいね」




「白と黒…色んな意味でやりにくい相手だね、お兄さん」




「白と黒?良く分からないが、二人とも頼りになる仲間だ」




「・・・何となく関係性が分かってきた気がするよ」




 自分の手を握りながらうんうんと頷くマティナを見て、テクトは相変わらず?マークを頭に浮かべていた。




 そんなこんなで、やっと学院長室の立派な扉の前に辿り着いたテクトは、ためらいなくノックする。




「テクト・マジュカです。昨日の件で呼ばれましたので、参りました」




「入りたまえ」




「失礼します」




 その言動の間に、小さな声でエクレアがテクトに間違っているわよ?と言っていたが、テクトは無視した。理由はお察しだ。




 そして、テクトたちは学院長室に入るのだった。

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