第7話 マティナ
巨大な魔花がその身を消失させていく幻想的な光景の中、少女がテクトの前に降り立った。
「お兄さんのくれた大鎌のお陰で勝てたよ!ありがとう♪」
屈託なく笑う少女に見惚れたテクトだったが、すぐに正気に戻り言い返す。
「ありがとうは俺のセリフだろ?本来なら、男の俺が戦わなくちゃいけなかったのにな…」
テクトは、成り行きとは言え少女、いや、子供を戦わせてしまった事に罪悪の念を抱いた。だが
「お兄さん、考えすぎだよ?適材適所!お兄さんが、素晴らしい武器を作って、私が戦う!ほら、ギブ&テイクだよ♪」
「逆なら罪悪感を抱かずに済んだんだがな…」
「お兄さん、真面目だね~?でも、真面目なお兄さん。私たちはまず、怪我した人たちを救うべく動くのが先じゃないのかな?」
「そ、そうだ!エクレアたちは無事か!?」
ひとまず、少女の事は後回しにし、エクレアたちの元へかけていくテクト。
「お兄さん…大元を断ってもまだ魔花がいるかもしれないのに警戒心がないな~?まあ、私が守ってあげれば問題ないけどね♪」
そんな事を呟き、少女はテクトの後を追うのだった。
今、テクトは境地に追い込まれていた。その理由は…
「お兄さんてば、大胆なんだから…いきなり、部屋に連れ込むなんて…♪」
「誤解を招く様な事を言うな!勝手について来たんだろうが!?」
「え?でも、私を慌てて部屋に連れ込んだのはお兄さんだよ?」
「それは、お前が男子寮の俺の部屋の前までさりげなくついてくるからだろうが!?そのまま誰かに見つかったら、何て言うつもりだった?」
「お兄さんに絶賛放置プレイをされちゃってます♪って素直に答えるよ?」
「全然素直に答えてないだろ!?」
「でも、今のこの状況の方がお兄さんにとっては都合が悪いんじゃないの?」
「その通りだよ!迂闊な行動をしてしまった自分を殴ってやりたい気分だ!」
「自分を傷つけるなんてダメだよ!!殴るなら私を殴って!!」
「・・・いきなり何を言っているんだ?」
「健気に身を捧げる少女?」
「自分でも分かってないんじゃないか…はぁ、もういい」
「じゃあ、最初からだね?・・・・初めてなの、痛くしないでね?」
「全然最初からじゃねぇだろ!?って、きりがないからやめろ!!」
「と言いつつ、美少女とのやり取りは全て楽しいお兄さんであった」
「変なナレーションを入れるな!?」
「お兄さんの心の声の代返を」
「・・・はぁ、本当に黙ってくれないか?少し、真面目な話をしよう」
「私は楽しくお話ししたいんだけどなぁ…?」
むくれる少女を見て、テクトはこの状況になるまでの経緯を思い出す。
あの後、騒ぎを聞きつけた学園の講師や関係者が集まり、けが人の救助などが行われた。エクレアたちも、深刻な怪我などはなく、一週間もすれば普通の生活が送れるだろうと言う話だった。
テクトと少女も手当てを受けた。少女は、大きな怪我こそなかったが、あちらこちらに切り傷や擦り傷が多く見られ、テクトは少女が治療は要らないと言い張っているのを無理やり治療してもらったのだ。
そして、肝心の魔花と戦った経緯やどうやって倒したかなどを説明するのは、今日は学園長が用事で学園に居ない事と、当事者であるテクトの仲間たちが本調子ではないために、明日学園長室で説明する事になった。
(経緯や、戦闘に関する説明か。俺は、ほとんど戦闘に関しては見ていただけだ。情けない話だが…ん?そう言えば、結局あの魔土はどこから…?)
「なあ、結局あの魔土はどこから持ってきたんだ?まさか…」
「お兄さん!私がどこからか盗んで来たとか思ってるでしょ!?」
「違うのか…?」
「酷い!お兄さん!!私の事は遊びだったのね!!」
「ちょっ!?やめろ!!何て事を大声で叫びやがるんだ!?」
テクトは、急いで少女の口を塞いだ。テクトの自室で、少女がそんな事を叫んでいると通報されたらとんでもない事になってしまうだろう。
「むー!むー!!」と抗議する少女に対し、テクトは適切な言葉を選んで伝える事にした。
「聞いてくれ。これは、明日には話す事になる事実なんだ。内容によっては、君が厳しい立場になる可能性もある。だから、今のうちに質問されるであろう内容について答えられるようにしておくのは、君のためになるんだ。分かるよな?」
それでも不貞腐れた様子の少女だったが、しぶしぶだが頷いたのを確認したテクトは、少女を開放した。
「可憐な少女の口を無粋にも手で塞ぐなんて、お兄さん、貸しだからね?」
「その事についてはすまない。だが、いきなりあんな事を叫ばれる身にもなって見ろ…」
「言い訳禁止!次は罰ゲームだからね!!」
「何故罰ゲーム…わ、分かったからそんなに怒るな!」
実際には全然怖くはないどころか可愛いくらいなのだが、テクトは少女が怒る仕草をし続けるので、埒が明かないと降参の意を示した。
「う~ん…あの魔土については偶然手に入れたとしか言えないかな?他の質問は?」
「偶然か…ないことはないんだが…通じるのか?」
テクトは悩む、学園側がどういう姿勢で来るのか不明だったが、少女が居なければもっと被害が出ても置かくしない状況だったのを考えると、酷い扱いは受けないだろうがそれでもと。そして、重要な事に気が付いた。
「いや、そもそも君は…と言うかだ。まずは、お互い自己紹介しよう。俺の名前は、テクト・マジュカ。君の名前は?」
「いきなりの自己紹介だね?でも、自分から名乗ったのはプラス評価だよ!テクトお兄さん♪遅すぎるけど」
「一言多いな、君は…」
「あはは♪じゃあ、私の名前は、マティナ・マジュカだね♪よろしくね、テクトお兄さん♪」
「いや待て、マティナ…でいいんだな?明らかに、俺と合わせただろ?じゃあ、とか言っていたし。まさか…妹と名乗る気じゃないだろうな?」
「まさか、そんなことするわけないよ?」
「そうだよな、さすがにそんなすぐにばれる嘘をつくわけが」
「もちろん、夫婦ですって名乗るつもりです♪」
「もっと上だっただと!?明らかに嘘だと分かるだろうが!!」
「え?お兄さんがみんなの前で抱き締めてキスしてくれれば信じて貰えるよ♪」
「するか!代わりにロリコンの称号を無理やり与えられるだろうが!?」
「そのくらい受けようよ?代わりに、こんなに可愛いお嫁さんが貰えるよ♪」
「可愛いのは認めよう!だけどな?昨日今日会ったばかりの相手を結婚相手に選ぶなどあり得ないからな?」
「ぶー!可愛いって言って貰えたのは良いけど、真面目に返されても面白くないよ?」
「面白さは求められてない場面だろうが!?」
「常にワンランク上を目指す!お兄さんなら出来るよ!」
「目指す方向性の不一致だ!っと・・・はぁ、つい乗せられてしまうな…」
「私たち、相性抜群ってことだね♪」
「あー、そうですね」
「女の子をぞんざいに扱うなんて酷いよ!慰謝料を要求します!」
「あ~、もう!一度クールダウンしてくれ…頼むから」
「じゃあ、妻として認めてくれますか?」
「何でそうなった!?」
「お兄さんへの愛ゆえに♪」
「・・・で、君は何処から来たんだ?」
「お兄さん、さすがにその切り返しはダメだと思うよ?」
「マティナに付き合っていたら明日になってしまうだろう?」
「お兄さん、言葉のキャッチボールって大事だと思わない?」
「思うが、今は必要を感じない。と言うわけで、マティナは何処から来たんだ?」
「自分の意志を貫くのは大事だと思うけど…仕方ないから、今回は私から折れてあげるね?えっとね、私はあっちの方から来たよ?」
「いや、方角の事じゃなくてだな…」
「そっかぁ?テクトお兄さんは、私の家に婿入りしたいんだね?そこまで思ってくれていたなんて…♪」
「マティナ、全然折れる気ないだろ?」
「ばれちゃった?」
舌を出しておどけるマティナ。テクトは、不意打ちのその姿を可愛いと思ってしまったが、そんな場合じゃないとすぐに思い直した。
「あのな?しっかりと答えないと、今後のマティナの扱いに影響が出る恐れもあるんだぞ?」
「うん…分かってるよ」
急に項垂れてしまったマティナを見て、罪悪感を覚えて慌ててしまったテクトは
「いや!無理に言わそうとか思ってるわけじゃないんだ!何か事情があるなら俺が何とかしようと…」
「本当に!テクトお兄さん、嘘じゃないよね!?」
「あ、ああ…俺の出来る範囲でだけどな?」
予想以上に食いつかれて面食らうテクト。しかし、その程度で引く様なマティナではない。
「今は詳しく話せないけど、家出をして来たの。だから、テクトさん!私をここに置いてください!」
「なるほど、それならしょうがない…ってなるわけないだろ!?俺の出来る範囲と言っただろ!俺は男、君は女の子。一緒に住めるわけないだろ!?」
「夫婦なら一緒に住んで当然だよね?」
「夫婦じゃない!!」
「そんな…私の事は遊びだったのね!」
「話が進まないって言ってるだろ!?協力してやるから、話せるところまで話せ!」
「お兄さん、ガード堅過ぎだと思うよ?う~ん、でも、話せることを話せって言われても…今ので全部かな?家出してきたの」
「・・・家出して来た道で、偶然魔土を拾って、偶然この学園に来たって言うのか?」
「うん♪」
とびっきりの笑顔で言い切るマティナに、テクトは眩暈を覚えるも何とかしなければと会話を続ける。
「さすがにそれは無理だろうから、移動中に魔花に襲われてはぐれてしまって、たまたまここに着いたという事にしておこう。魔土は、誰かがそれを持っていたせいで移動を襲われた証拠にもなるしな」
魔花は魔土から出現するだけでなく、魔土を敵視する場合がある。仮説では、件の大魔土宇士ワロルドが魔土から魔土宇器を作成した事と関係があるのではないか?とされているが、詳しい事は分かっていない。
「お兄さん、そんな嘘をすぐに思いつくなんて…常習犯?」
「失礼な事を言うなよ!?俺だって、好きで考えたわけじゃない!マティナのためなんだぞ?」
「それは嬉しいけど…何で、そこまで私のためにしてくれるの?昨日会ったばかりなのに?」
言われてふと考えるテクト。色々考えてみるが、思いつくのは一番表面的な理由
「マティナのお陰で、俺と仲間が助かったようなものだからな。これくらいはさせてくれ」
「そっか…そこは、お前を愛しているからに決まってるだろ?と言ってくれれば、マティナちゃんの心はテクトお兄さんだけのものに出来たのに、やり直しする?」
「するか!!大体、指摘された通りにやっても間抜けなだけだろうが!?」
「え?そこまで私のためにしてくれるなんて嬉しい♪ってなるよ?半分くらいは上がるよ♪」
「半分って何だよ…?とにかくだ!魔土は、いつの間にか荷物に入っていて気が付かなかったことにしよう。そして、あの場で気が付いて俺に渡した。それでいいな?」
「それだと、私が学園に魔花を連れてきたって思われないかな?原因は、違うと思うんだけど…」
「そこはちゃんと調べてくれることを祈るしかないな。そうだったとしても、知らなかったと通せば何とかなる…よな?」
「言い出しっぺのお兄さんが自信ないんだね。でも、折角お兄さんが私のために考えてくれたんだもんね♪それで行こうよ♪」
「そうなんだが、何かニュアンスがずれている気がするな…」
「気にしない、気にしない♪」
「まあ…いいか」
何だか釈然としない物を感じるテクトだったが、下手に突くと蛇が出ると分かっているので深く考えるのをやめるのだった。
「・・・待て、マティナは家出してきたと言ったな?見かけたのは昨日だ…どこで寝たんだ?」
「え?空いている部屋で?」
「何で疑問形なんだよ!?自分の事だろう?」
「何と言うか、勝手に使わせてもらいました」
「忍び込んで寝たって事か…良く気が付かれなかったな?」
「一度入り込むと結構ずさんだと教えた方が良いのかな?」
「マジかよ…でも、それを言うとマティナの立場が不味くなりそうだし…そのうちだな」
「私を一番に考えてくれるお兄さんに私から惜しみないラヴをお届け♪」
「ああ、ありがとう。その様子だと、食べ物も盗んだな?」
「身体で払うから許して?」
「ルティナ…その台詞、絶対に俺以外には言うなよ?」
「わっ、お兄さんが独占欲をむき出しにして来た!」
「違うからな!?本気にしてしまう相手がいるかもしれないって事だ。まあ、マティナは、可愛いは可愛いから気を付けろよ?」
「気を付けるも何も、お兄さん一筋だから他の人にはこんなことを言わないよ?」
「信用出来ないんだが…」
「こんなにお兄さんだけを思っているのに信用して貰えない何て…こうなったら、脱いで証明するしかないよね?」
「待て!マジで脱ごうとするな!?お前の思考回路はどうなっているんだ!?」
「お兄さん一色です♪」
「だから、微妙に違うんだよ!?っはぁ…本当に、完全にペースをつかまれているな…分かった、その事については追及しない。でだ、一つだけ確認したいことが出来た」
「え?私の
どうぞと手を広げるマティナに、絶句するテクト。いっそのこと一度襲う振りをしてやろうか?とも考えたが、勝てる気がしなかったのですぐに諦めた。今までのやり取りを見る限り、利口な選択だったと言えるかもしれない。
「分かった、それは今度という事でだ。それよりも、マティナは今夜は何処で寝るつもりなんだ?」
「それはもちろん、テクトさんとの愛の巣である此処だよ♪」
ポンポンとベッドを叩くマティナを見て、頭痛に襲われるテクト。当たって欲しくない予想は当たるものだと実感するテクトだが、すぐに回避する方法を模索する。
「因みに、ここを追い出されたらどこへ行く?」
「お兄さんはそんな事をしないと思うけど、もしされたら…自棄になって他の男の人の所に転がり込むかも?」
「冗談でもそんな事を言うな…」
確実に冗談だとは分かっているが、こんな少女がそんな発言をすると何故か切なくなってしまうテクトは、すでに負けが確定していた。
「仕方ない、今夜だけだぞ?」
「一夜だけの関係なのね…」
「何処で覚えてくるんだ、そんなセリフを…」
「あ!因みに、同じベッドで寝てくれないとダメだよ?」
「いや、俺はその辺の床に…」
「ダメだよ!一緒に寝てくれないと…」
「何となく分かったから言わなくて良い!」
「お兄さんの仲間にお兄さんに押し倒されたって言っちゃうからね!」
「言わなくて良いって言ったよな!?それに、それはマジで止めてくれ!信じそうなのがいるから!と言うか、下手すると3人とも信じてとんでもない事になる可能性もあるから絶対やめろ!!」
「じゃあ、今日はお兄さんと同衾だね♪」
「マジで誰だよ、この子にそんな言葉を教えたやつは…」
「親切なお姉さんだよ?」
「よし!いつか会ったら絶対に説教してやる!」
「あはは♪じゃあ、寝よっか?」
「軽いな…まあ、現状俺も疲れているから寝たいと言えば寝たいんだが…」
事実、外は暗くなっているので寝ても可笑しくない時間だった。しかし
「よいしょっと♪・・・お兄さん、来て?」
「だから、何でそう言う事を知っているんだよ!?」
「だから、親切なお姉さんが」
「マジでいつか説教だ!!」
「じゃあ、納得したところで早く寝よ?」
先に入り込みこちらを見上げてくる少女がいる。そんな状況のベッドに、テクトは直ぐに入り込めるほど大人ではなかった。確かに幼いとはいえ、ちゃんとした女性なのだ。そう何処かで認識してしまっているテクトだ、やはり躊躇してしまうのは仕方ないだろう。
「なるほど、テクトさん。私を女性として認識してしまって躊躇ってますね?それはつまり、私がマティナ・マジュカを名乗っても問題ないって事ですね♪」
「そ、そんなわけないだろ!さっさと寝るぞ!!」
簡単な挑発みたいな発言だったが、テクトは意識しているのはまずいと思ったのか、意地でベッドに潜り込んだ。しかし、マティナがそんな回避を許すはずもなく…
「お兄さん、あったか~い♪」
「な、何でくっついてくるんだ!?」
「同衾だからだよ?」
「当たり前の事のように答えるな!?一緒に寝るだけだろうが!?」
「お兄さん、そんなに叫んだら興奮して眠れないよ?」
「誰のせいだ!?」
「じゃあ、大人しくくっついて寝ましょうね♪」
「・・・くっ」
間近で屈託なく笑う少女に、一瞬見惚れてしまったテクトは負けを認めざるを得なかった。そして…
「おやすみなさい♪」
「・・・おやすみ」
引き離すことが出来なくなったテクトは、マティナに抱き着かれて寝るしかなくなってしまったのだった。
「俺が何をした…」
そして、眉間にしわを寄せ真剣に悩むテクトをしり目に、夜は更けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます