第6話 死神の大鎌

 テクトは、少女の持つ大鎌に目を奪われる。その、美しいとも言える漆黒の大鎌を見て、思う事は一つ。




(これを…俺が生成した?あれだけやって出来なかった、魔土宇器生成を…?)




 何度も何度も失敗して成功しなかった魔土宇器生成。それが、土壇場で成功、しかも、驚くほどの短時間で。テクトは、未だに自分が作り出したものだとは信じられなかった。




(確かに、何か今までとは違う感覚はあったが…)




 それでも何だか夢を見ているような気分だとテクトは思っていた。だが、そんな事をゆっくりと考えていられる状況ではなかったのを、テクトはすぐに思い知らされることになった。




 無数の蔓や根が、テクトと少女に向かって伸び、二人がズタズタにされると思われた矢先、漆黒の大鎌を持った少女が舞った。




 その美しくも残酷な舞いは、容赦なく襲って来た蔓と根を切り裂き、無へと還した。その光景を、呆然と見ていたテクトに少女は笑いかける。




「この大鎌はやっぱり凄いよ!お兄さん♪まるで身体が羽根になったみたいに軽いよ♪」




 少女は笑う、屈託のない笑顔で。少女は嗤う、その残酷なまでに美しい大鎌を振り回しながら。




 テクトは、少女から目が離せなかった。少女でありながらも、美しく、残酷なその姿から。そして…




「今度はこっちの番だね♪」




 無数に襲い掛かって来た蔓や根が一度止んだタイミングで、少女はそう言い放ち、魔花へと駆け出した。その速度は恐ろしく早く




「一体目、かりとり~♪」




 魔花が反応するより先に、少女の大鎌が魔花の一体を刈り取っていた。人間より大きな魔花を、小柄な少女が跳躍し、上からバッサリ真っ二つにして見せたのだ。




「つ、強すぎだろ…」




 その光景にテクトは息を飲む。本来、魔花は単独でこんなに簡単に倒せるような存在ではない。もちろん、現在の魔土宇士のトップクラスともなれば可能だろう。




 だが、少なくとも、魔土宇士見習いと呼ぶにもおこがましいテクトが生み出した魔土宇器を手にしただけで、こんなにも簡単に、一方的に、魔花を刈るなど出来るはずがなかった。少なくとも、テクトはそんな話を聞いたことがない。




 テクトが驚愕している間にも一方的な狩りは続き、四方八方から襲い来る魔花の攻撃を全て刈り取り続ける。そして、少女は一撃も貰うことなくすべての魔花を刈り尽くすのだった。




「あはっ♪やっぱり、植物を刈るのは鎌に限るよね♪お兄さんもそう思わない?」




「あ、ああ…そうだな…」




 生返事をしながらテクトは考える。この少女は何者だろうか?と。しかし、またもゆっくり思考する時間はなかったらしく




「でも、まだ終わってないんだよね!!」




 言葉と共に少女はその場を飛び退いた。そして、次の瞬間、少女の居た地面が陥没するように割れ、下から巨大な何かが飛び出して来た。




 

その衝撃と地響きに、テクトは思わずしりもちをついてしまった。そして、テクトはその存在を目にする。先ほどまでの魔花を大きく上回る巨大な魔花を。




「な…こんな大きさの魔花もいるのか!?」




 巨大な魔花も存在すると聞いたことはあった。だが、その大きさが具体的な数値などで表記されていなかったために、テクトの想像力内の大きさの魔花しかテクトの中では存在していなかった。この瞬間に、上書きされる事になったが…




「もう!服が埃だらけになっちゃったじゃない!どうしてくれるの!!」




 少女は、現状には似つかわしくない、私怒ってます!的な態度で魔花と対峙していた。魔花は、そんな少女をじっと見降ろしている。




「ふざけている場合か!?こいつがその気になったら、俺たちなんて!!」




 テクトの叫びが合図だったかのように、突然両者の戦いが始まった。




 少女の足元が突然陥没し、無数の根が飛び出す!しかし、それを予期していたかのように、その時にはすでに少女は飛び上がっており、問題なく回避出来た…かの様に思われたが、それは誘導だった。




 飛び上がり、回避不可能になった少女に、全方位から無数の蔓と根が襲い掛かる。その一本一本の大きさは、魔花の大きさと比例して大きく、かといって速度が遅くなってるようには見えなかった。テクトは、少女の無残な姿を想像してしまい硬直する。だが、それは早計だった。




 逃げ場が無くなり追い詰められた少女だったが、それは今までも同じだった。つまり、全て刈り取れば問題ないと。そして、それを成せるからこそ今まで無傷でいられたのだと証明してみせる。



 全方位から迫りくる魔花の攻撃全てを、空中で器用に身体を動かし、刈り!刈り!刈り!刈り!!刈り取る!!そして、気が付けば彼女は地面に降り立っていた。それはつまり、全ての攻撃を刈り取り、凌いでみせたのだ。




「あはっ♪大きいだけじゃ、私たちには勝てないよ?」




 テクトは息を飲む。確かに、少女があの怒涛の攻撃を凌いだのは驚きだった。しかしとテクトは思う。このまま戦い続ければ、いずれは少女が負けてしまうのではないか?と。




 凌いだのは確かだが、巨大な魔花の蔓や根が減ったようには見えない。いや、どれほどあるのかさえ分からず、尽きるのかすら分かっていない。つまり、このまま戦い続ければ、いずれは少女が力尽きるか、隙をつかれて負けてしまうのではないか?と。




 そんなテクトの思いなど知ったことではないと、少女と魔花の戦いは続く。




 少女が魔花へと近づこうとすると、魔花はその多すぎる蔓と根で少女を襲い、一定以上に近付かせなかった。テクトの最悪の想像通りに事が進んでいるように見えたが…




「大分慣れて来たし…そろそろ、行くよ?」




 少女がそう呟いた次の瞬間、テクトは少女を見失った。ハッとなり、魔花の方へ目をやったテクトが見たのはすでに魔花に攻撃出来そうなくらい接近していた少女の姿だった。




 そのまま一気に魔花の巨大な幹を刈り取ると思われた矢先、少女が攻撃するよりも先に巨大な根が現れて少女と魔花の間を遮った。




 少女は、大鎌でそれを切り裂くが、思った以上に分厚いのか全てを断つことが出来ない。つまり、その場にとどまる事になり、その瞬間を狙ったように無数の蔓と根が再び少女に襲い掛かる。その場で対処しようと大鎌を揮う少女だったが、その休みなく来る攻撃にさすがに危険を感じ、やむなく少女は飛び退る事となった。




「さすがに上から見下ろされていると、視界の範囲が違うよね」




 少女の言う通り、巨大な魔花はこの辺り一帯を見下ろす様に存在しており、いくら素早く少女が移動しても、その姿を見失うことはなかった。それはつまり




「お兄さん、ちょっとピンチかも?どうしよう?」




「ど、どうしようと言われてもな…」




 正直な所、テクトが何も文句を言わずに少女に戦いを任せているのは、圧倒的な実力の差を感じ取ったからだ。テクトがあの大鎌を手にしたところで、こんなに戦えるとは思えなかった。




 それはつまり、テクトが戦いに参加すると言う選択肢はないという事だ。だとすると、テクトの持つ知識を少女に教えるくらいしかないのだが




「魔花を倒すには、顔の部分と言った良いのか?幹や花の口みたいなものがある部分を破壊するしかないが…」




 テクトが言った通り、それが魔花を倒す唯一の方法だった。それ以外の部位をいくら失おうとも、地面から無数に現れるのだ。つまり、人間で言う所の脳を破壊しないと永遠に再生し続ける怪物と言ったところだろうか。




「それってつまり?」




「空でも飛べないと無理だろうな…」




 テクトの指摘通り、巨大魔花の口と思われる部分は、はるか上空と言っても良いほど高い位置に存在した。10メートル以上の高さがあるそこまでは、さすがの少女も飛び上がる事は出来ないだろう。




「そっか、空を飛べば良いんだね♪」




 しかし、テクトの指摘を受けた少女は名案だと言わんばかりに笑った。テクトは、さすがに眉をひそめた。




「まさかとは思うが、空を飛べるとか言わないよな?」




「むっふっふ♪そこは、絶賛成長期の美少女ちゃんだから、さっきまで出来なかった事が出来るようになるのです♪つまり」




「つまり…?」




「飛べるようになっちゃいました♪」





「冗談じゃなかったのか!?」




 テクトが相も変わらず、少女がふざけて言ってると思った矢先、無数の蔓や根を危なげもなくさばいていた彼女が、隙をついて空へと飛び上がった!




 その速度もかなりのもので、慌てるように蔓と根が彼女を追いかけるが、追い付かないほどだった。そのまま、巨大魔花の口まで到達出来るかと思われた矢先




「危ない!?」




 はるか上を見上げていたテクトは、少女に襲い掛かる葉や幹を目にした。どう飛んでいるか不明だったが、その動きはさすがに制限されるだろうと思っていたテクトだったが、またも予想は覆された。




 矢のように飛んでくる葉や幹を切り裂き、時にはかわし、遠い位置のテクトからは見えなかったが、少女は魔花の口から目を離さずにその全てを処理してみせた。とても初めて飛んでみせたとは思えない動きだった。




「すげぇ…だけど」




 テクトからしてみれば、それはまた膠着状態になっただけの様に見えた。つまり、また少女が時間経過とともに不利になって行くと思ったのだ。




 だが、テクトは気が付いていなかった。何故自分が狙われていないのかを。無数の蔓や根を操っている魔花が何故自分を狙っていないのかを考える事が出来ないのは、完全に戦闘行為を少女に任せてしまっていたからだろう。




 しかし、理由は簡単だった。それは、巨大魔花が全攻撃を少女に集中しなければいけないほど追い詰められていたからだ。あれだけの攻撃を仕掛けて、全ての攻撃を凌いで見せるだけでも魔花にとっては脅威に映っただろう。




 しかも、少女はそれだけではなく、隙あらば自分の存在を消し去ろうと攻撃してくるのだ。最早、魔花にとっては少女だけを集中的に攻撃するしかなかった。一刻も早く、自分を脅かす存在を消し去りたかったのだから。




 少女と魔花の攻防は続く。それは近付けさせまいと必死になる魔花と、近付いて一気に倒そうとする少女の決死の闘いだった。




 長くも短い闘いだったが、どんなことにも終わりが来る。それは一瞬の出来事だった。




「うっ!?」




 判断を誤ったのか、魔花の攻撃を腕に受けて大鎌を落としてしまった少女。

 今がチャンスと、集中砲火のように葉と幹を飛ばす魔花。




「きゃあ!?…なぁんて♪おバカさん♪」




 しかし、それは少女の誘いだった。驚くべきことに、落ちていくと思われた大鎌は、少女の手に吸い寄せられるように戻り、大鎌を手にした少女は矢のように直進する。




 わずかな攻撃が、顔や手や足に当たるも気にすることなく少女は直進を続け、ついに




「私の成長のお手伝い、ご苦労様でした♪」




 少女の大鎌によって、盾にしようとした幹ごと巨大な魔花は、縦に真っ二つにされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る