第3話 魔土に触れて

 魔土に触れられる実習の時間。やっと、魔土に触れる事が出来たテクトの感想は…




「思った以上に土だな…魔土が混ざっているんだろうが、10%くらいか?」




 思わず独り言ちるテクト。やっと触ることが叶った魔土は、魔土成分10%くらいのほとんど土だった。だが、今までの研究の成果では、魔土宇器作成はこの純度でも可能らしい。もちろん、純度100%に比べれば性能は比較出来ない程低いのだが…




(とりあえず、作成出来ないと話にならないからな。まずは、集中だ…)




 魔土宇器の作成は出来る者が限られる。この講義はその見極めのためでもあるので、まずは作成してみせないと純度100%の魔土に触れる事すらかなわないのだ。




「ぐぬぬぬっ!ふぬぬぬっ!!」




「おい…ルイス?五月蠅いんだが…」




 集中しようとしているところに、力を込めているような声が聞こえてきてそちらを見やると…必至に魔土を圧迫して魔土玉を作ろうとしているルイスがいた。




「すまん!こうした方が力が入れやすいのだ!!許してくれ!!」




「いや…ルイスよ。魔土宇器作成は、別に力でこねて形を作るわけじゃないからな?」




「何!?そうなのか!?」




「はぁ…お前って奴は…」




 周りから呆れの笑いがいくつも上がった。テクトもまさかと思って声を掛けたのだが、素手で魔土をこねて武器の形を作ろうとしていたようだった。




(素手でどれだけ圧縮するつもりだったんだよ…)




 テクトは、そんな呆れを抱きつつもルイスにアドバイスをすることにした。




「あのなぁ…ルイス。俺からも何度か話したはずだし、講師も説明していたはずだ。なにより、その辺りの説明は魔土宇書に書かれていただろ?読んだのか?」




「最近忙しくてな!読んでいない!!」




「最後の質問だけにしか返事しないのか…で、忙しいってなんでだ?」




「ほら!見ろ!この筋肉を!!」




「いや…だからなんだ?」




「わからんのか?この筋肉を、身体を鍛えるのに忙しくて時間がなかったんだ!!」




「いや…なんでそこまで鍛えていたんだよ?」




「魔土宇器を早く作るには筋肉が必要だと思ってな!鍛えていたんだ!!」




「そうか…これからは、魔土宇書も読もうな?」




「ああ!今度からはそうしよう!!」




 失敗失敗!!と笑い飛ばすルイスに、これ以上の指摘は無意味だと悟ったテクトは自分の作業に戻った。




 意識を魔土だけに集中し、今度こそは魔土宇器を生み出そうとする。だが、何度試そうとも一向に魔土宇器が生み出されることは無かった。時間だけが過ぎて行き、次第にテクトは焦り出す。




(何で出来ないんだ!何で!!)




 別に一度の実習で全てが決まるわけではない。しかし、全く魔土宇器を生成出来なければ少なくとも魔土宇器作成よりも魔土宇器を行使した戦闘の方に重点が置かれてしまうのだ。何故なら、魔土宇器の作成よりも、魔土宇器の使用適正の方が鍛えやすいからだ。




 今までのデータでは、魔土宇器を全く作成出来なかった者が後から運用可能レベルの魔土宇器を作成出来るようになった例は極めて少ないのだ。しかも、最初の一週間くらいで判断され、魔土宇器生成が成功する者は1%にも満たない数だった。よって、数回の魔土宇器生成の実習で成果を上げられなかった者は、魔土宇器を使った戦闘訓練が主になってしまう。それは、テクトの目的とはかけ離れたものだった。




 魔土宇器の作成では何よりもイメージが大事だとされている。だからこそ、イメージトレーニングとして多くの魔土宇器を見て来たし、頼み込んで触れさせてももらった。魔土宇書においても、この学院以外の物も多く読んで来た。だからこそ、魔土宇器を生み出せないと言うのはテクトにとっては屈辱だった。




(くそ!くそ!魔土宇器が生成出来ないんじゃ、俺の魔花の謎を解き明かすと言う目的が遠ざかってしまう!頼む!出来てくれ!!剣でも槍でも銃でも何でもいい!頼む!!)




 その講義中、いつものつるんでいるテクトグループのメンバーですら話し掛けられない程の必死さで魔土に向かったテクトだったが、残念ながら魔土宇器を作成することは叶わなかった。






 その日の夕刻、テクトの姿は人気のない校舎裏のベンチにあった。その手には魔土があった。テクトが講師に頼み込んで借り受けたものだった。元々が魔土宇器の生成に成功すればなくなるものであるのを知っていたテクトは、一人でも多くの魔土宇器を生成出来る者が出た方が良いのではないですか?と詰め寄り、必死の説得によって今日だけと言う約束で借り受ける事がやっと出来たのだ。




 だからこそ、明日の返却までに何としても魔土宇器を生成しなければならない。それは、テクトの魔花の謎に迫ると言う使命と言っても良い目的以外にも理由があった。それは…




「あいつらには悪いことしてしまったな…くそ!俺だって、魔土宇器を生成出来ていればこんな気持ちにはならなかったんだ!!」




 先程も言ったように、魔土宇器を生成出来るのは魔土宇士を目指す者の1%未満だ。しかし、何の因果かテクトの同期生に初日の魔土生成に成功をした人物が5人も出たのだ。これは快挙と言っても良い人数だった。




 ノルジックスでは、毎年1000人の生徒を募集している。これが多いか少ないかは、様々な意見があるところだが、この中で1%未満…つまり、毎年10人の魔土宇器生成者が出れば良いくらいだと言う過去からの統計結果になっている。




 もちろん、その年によっては多かったり少なかったりするが、初日から5人と通年の半分の魔土宇器生成者が出る事は実に快挙と言って良い結果だった。その年によっては初日は0と言う年もあるくらいだ。一週間と言う期間で様々なアプローチを試して10人が平均と言う結果なのだから。




 今年が初日に大変優秀な成績を収めた事に関しては、テクトに特別思うことは無い。だが…




「何で一番必要な俺が無理で、あいつらが…いや、やめよう。そんな事を考えるより、早く生成を成功させるんだ!そうすれば、このバカみたいな嫉妬心も消えてくれるはずだ…」




 そう、テクトグループの他の3人はこの快挙の5人に含まれていた。もしかすると、無理やり魔化や魔土宇器などの話をあれこれ教えていたことが彼らに今回の結果をもたらした可能性もある。だが、そうなると自分は何故…と、抑えようとしても抑えきれない嫉妬心が湧きテクトの心を乱していた。




 もしかすると、それが生成の邪魔をしている可能性がある。そう考えて、テクトは余計な事は考えずに一心不乱に魔土宇器作成に没頭して行った。傍から見れば、ただただ土くれを見つめる変な奴だったが…






 その後、日が傾き暗くなって来た時間になってもテクトは校舎裏にいた。手にはまだ魔土を持っている。あれからずっと同じように集中し、短くも長い時間ずっと魔土宇器生成を試みていたが結果は彼の現状を見れば分かる通りだった。




 テクトの現状は鬼気迫るものがあった。恐らく、ここに他に人がいたら彼を避け近寄りもしなかっただろう。しかし、そんな人物に近付く影があった。




「お兄さん♪こんなところで何をやっているの?」




「おわっ!?び、びっくりしただろ!?人が集中している所にいきなり声を掛けるなよ!?」




「え~?お兄さん、こんなに可愛い子が声を掛けてるのに迷惑がる何て…反抗期真っ盛り?」




「なんでそうなる!?いや…落ち着け…子供相手に何をむきになってるんだ?俺は…」




 確かに、周りの事が分からないくらいに集中しているところに、無遠慮に声を掛けられれば驚くのは無理もないが、それでも状況を客観的に見れば大人気ないの一言で済むだろう。




(折角もう少しで!…何て事もないが、また集中するのは難しそうだな…それより)




「なあ?君は昨日といい、今日といい、この学園の誰かの家族とかなのか?それともまさか…俺と同じ生徒なのか?」




「え?違うよ?私ってそんなに大人に見える?あ、もしかして私に惚れちゃった言い訳につかうつもりだったの?困っちゃうなぁ♪」




「真面目に聞いた俺が悪かった…寮に戻って続きをやろう…」




「あ!待って待って!ちょっとした冗談だよ!お兄さんってば、ちょっとつれなすぎるよ!!」




「…はぁ。それで、何か用なのか?」




「え~?昨日は、後を追って来るほど情熱的だったのに、一日で冷めちゃったの?お兄さんって浮気性の人?」




「だからなんでそうなる!?昨日のは、変な恰好で学園内をうろつく不審者を追跡しただけだ!」




「こんな可愛い子を不審者扱い何て…お兄さん、やっぱり朴念仁さん?」




「なんでそうなる!?って何を付き合ってるんだ俺は…もういい、用がないならオレは帰るぞ?」




「も~、すぐに怒る…お兄さん、何か悩んでるの?相談に乗るよ?」




「お子様に心配されるほど落ちぶれちゃ…いや、悪い…ちょっと余裕がなくてな…子供にあたってどうするんだよ、ほんと…」




「むむ~?何だか分からないけど、その手に持ってる土が関係あるの?」




「ああ、これは魔土と言ってな…いや、それ位は一般常識だから知ってるよな?」




「知ってるよ!でも、魔土って紫色じゃなかったっけ?ちょっとだけ紫っぽいけど…?」




「ああ、これは10%くらいしか魔土が混ざってない土だからな…って、俺は何をやってるんだ?」




(いくら手詰まっているとはいえ、こんな子供相手に何を真面目に話しているんだが…)




 何かバカバカしくなり、頭を振って気を取り直したテクト。しかし、少しは気分転換になったとは感じていた。




「どうしたの?お兄さん?」




「いや…まあ、簡単に言うと魔土宇器生成が出来なくて不貞腐れていたんだよ、笑ってやってくれ」




 さっきまでの子供相手にもあたってしまった自分の不甲斐なさを反省して、現状を素直に吐露したテクトだったが…




「え?一生懸命にやることは笑う事じゃないよ?お兄さん、私こそ邪魔しちゃったみたいでごめんなさい」




 そう言って頭を下げてる謎の少女。その素直な態度の少女に、思う所があったテクトは




「あ~…そのな?謝らなくていい…むしろ、少しは気分転換になった…ありがとな」




 焦ってはダメだと思っていたはずなのに、いつの間にか負の連鎖によって悪感情のままに作業をしていた自分を思い出すテクト。そのままでは結局良い結果などでなかっただろうと思い、それを止める切っ掛けになった少女にお礼を言ったのだった。かなり照れながらだが




「お兄さん…今のはポイント高いよ!お兄さんがデレた!私も、ちょっとだけキュン♪っと来ちゃったかも♪」




「何を言ってるのか良く分からないんだが…」




 本当に何言ってるんだこいつは?と言う目で少女を見るテクト。はっきりと分かる事は、二人の間の温度差がとてもあるという事だろう。




「とにかく、お兄さんの邪魔をしてしまったのは事実だし…お詫びは、私のスカートの中を見せるという事で良いですか?」




「なな、何を言ってるんだ!お前は!?」




 真顔でとんでもないことを言い出す少女に、本気か冗談かを判断できなかったテクトが慌てて叫んで返す。こう言う事に耐性がないのは明らかだった。




「え?私のスカートの中がどうなっているのか…興味ないの~?」




「いや…その…えっとな…」




 じぃ~っと覗き込んでくる少女に、すぐにない!と返せば良いのにドギマギしてしまって即答出来なかったテクト…仕方ないのかもしれないが、それで彼の運命は決まってしまった。




「お兄さんのエッチ!私のスカートの中を想像したでしょう?」




「な!?そんなことしてないぞ!?」




「嘘だよ!じゃあ、何でそんなに真っ赤になって否定するの!」




「え?いや…それは…」




(覗き込んでくる表情に少し見惚れてしまったとか言えるか!と言うか、俺はロリコンだったのか…?そ、そんなはずは…)




 別の意味でさらに混乱しているテクトに追い打ちが掛かる。




「仕方ないよね、お兄さんも男だもんね?じゃあ、中がどうなってるのか…答え合わせしてみる?」




 スカートの端を両手で掴んで持ち上がる様な動作をする少女。動揺しまくっているところにさらに追い打ちを受けたテクトは、もちろん正常な対応など出来るはずもなく…




「ば、ばかもの!女の子が簡単に男に肌を見せてはいけません!!」




「お兄さん…お父さんなんのか、お母さんなのか、はっきりした対応をお願いします」




「はっ!?・・・と、とりあえず落ち着きたまえ」




「それはこちらのセリフなんですけど?と言うか、お兄さん?お父さんスタイルで行くんですか?お母さんスタイルで行くんですか?」




「その話を続ける必要はないだろ!?」




「え~?お兄さんの面白い反応を見られるから必要はあるよ?」




「良い性格しているよな、本当に…」




「お兄さんもやっと私の良さが分かったんだね♪」




「揚げ足は取らないで良いから…それで、本当に用事は何もないのか?」




「ないよ?しいて言えば、お兄さんが余りにも必死になっているから、可愛い私を見て少しはゆとりを持った方が良いんじゃないかな?って思ったくらいかな?」




「・・・子供に心配されるくらい酷い顔をしていたのか…」




(あいつらに見つからない所でやっていて良かったな…今の俺を見たら、更に無駄な負担をかけるところだった…)




 テクトは、ただでさえ八つ当たりをしてしまった仲間と思える3人を思い浮かべた。ここでやっているのも、これ以上迷惑をかけたくないからだったが、思った以上に自分に余裕がなかったことを悟らされる結果となった。しかも相手は子供…複雑な心境を抱きつつその相手の顔を見直すと…




「どうかしたのか?真剣な顔をして…?」




「・・・あのね、お兄さん?」




「どうし…なんだ!?」




 どうかしたのか?と問いかけようとテクトがしたその瞬間、何かが破壊されるような轟音が聞こえて来た。




「な、なんだ!?あっちは…倉庫がある方だったか…?何かがあったかもしれない!とりあえず、様子を見に行くか?俺が手伝えることもあるかもしれない…君は危険かもしれないから…って、いない!?」




 気が付けば少女の姿が消えていた。テクトは周囲を確認するが、その姿は見つからなかった。




「びっくりして逃げたのか?一言くらい言ってから逃げても良いだろうに…まあいい、俺はとにかく音のあった方へ!!」




 少女への心配がなくなったテクトは、急いで音がした方へ走り出したのだった。

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