第2話 気が付かない始まり

 ノルジックスでテクトたちが学び始めて約一ヶ月。やっと、テクトの待ち望んでいた講義が行われようとしていた。それは…




「ついに来た!魔土を使った魔土宇士の素質判断!これでやっと、魔土宇の…しいては、魔花の生み出した魔土の謎に迫れるかもしれない!!」




「テクト…恥ずかしいから大声出すの止めてくれない?」




「あ、すまん。ついな…」




「はっは!気にすることは無いぞ!大声を出すのはスッキリするからな!!」




「あんたも自重しなさい!周りの生徒がビクッ!ってしてるでしょ!!」




「そういうエクレアも声が大きいのでは…」




「だよな?」




「何か言った?」




「「何でもないです…」」




 ぎろりとエクレアに睨まれて大人しく反省する二人。色々と迷惑を掛けているのは分かっているので、エクレアに対しては大きく出られない二人だった。




「そのくらいにしてあげて下さい。お二人とも反省しているみたいですし?なにより、大声を出したって何も問題などないと思うのですが?」




「あのさ、ノティア?大声を出すと注目を無駄に集めたりするよね?」




「それが何か?周りの羽虫がこちらに注意を向けたとしても、何も問題ありませんよね?」




「あ…うん…そうだね…」




 これ以上この話を続けると、周りをさらに敵に回しかねないと思ったエクレアは話を中断した。実に賢い選択だと言える。




「とりあえず、さっさと移動しようぜ!」




 テンションの高いテクトを先頭に移動を開始した。魔土に触れられる!そう思うと、テクトはそれだけでテンションが上がり、他の事など眼中にないほどだった。






 それから、講師による無駄に長い注意事項などを聞き流し(少なくともテクトにとっては無駄な話だった)やっと魔土を扱えるようなったと当人は思っていたのだが…




「良いか?魔土はとても貴重であり危険だと言う事はここにいる皆が分かっていると思う。だが、それでもあえて言おう、魔土はとても危険だ。と言うのも…」




「勘弁してくれ…まだ注意したりないのか?さっきも散々言ったのに…」




「そんな事言わないの、テクト。講師の先生だって私たちに危険が及ばない様に頑張っているんだから」




「そうかぁ?あれは、ただ単にそういう注意とかのうんちくを語るのが好きなだけに見えるが…」




「早く魔土に触れたい気持ちは分かるけど、お預けを食らった子供のように拗ねるのは恥ずかしいわよ?」




「むぅ…」




 ぐうの音も出ないくらいに言いくるめられるテクト。彼も自分が子供じみた理由で反発していることは分かっているのだ。分かってはいても…と言うやつだった。




「ほんと…どうしようもない魔花オタクよねぇ…」




 テクトはむすっとした顔をしながらも何も言い返さなかった。オタクまで言われる筋合いはない!と言っても、きっと最終的には言い負けると思ったからだ。




「という事だ。我々講師も十分に留意しているが、何分分かっていない事も多いのも事実だ。その点を忘れずに、何か違和感を感じる事態が起こったら自分で対処しようとせずにすぐに申し出る事…分かったかな?」




 講師の言葉に全員が頷いた。これでやっと魔土に触れられる!と歓喜をあらわにしない様に抑えるのがやっとのテクトだったが、またも冷や水を浴びせられることが起こった。




「先生…私、純度100%の魔土で練習させて欲しいんですが?」




 ざわっと教室内が一気に騒がしくなった。その理由は様々だろう。しかし、早く実習に移りたいテクトにとっては何でも良いから早くしてくれ!と言う迷惑な行動でしかなかった。




「お静かに!皆さん、知っての通り純度100%の魔土は危険です。屋内でも100%魔花が生育されないとも限らないのです。だからこそ、通常の土を混ぜ込んだ魔土が使われることが多く…」




「ただ単に100%の魔土は高いからじゃないんですか?」




(おい!これ以上話をこじれさせるな!純度100%の魔土が触れられると思ってる事自体が可笑しいだろ?)




 その後、不毛な問答を長く続けられる事となった今回の抗議でついには魔土に触れられるの次回へと持ち越されてしまった。テクトは何度も割り込むべきか悩みつつも、割り込むことでさらに余計な時間が過ぎるのではないか?と言う懸念から何もしなかったのを後悔したのだった。




 純度100%の魔土など早々扱えるものではない。植物の種子が埋まっているなどの原因があるならばまだ対処は可能だが、そうではなく突然魔花が育ち人が襲われることが多々あったのだ。しかし、わずかでもその他の土を混ぜればその確率は極端に下がる。これは、多くの犠牲の上に成り立っている事実だ。




 だが、純度100%の魔土が高額である事も事実だ。大元となった原初の魔花を、ワロルドが結界に封じてから魔土の浸食は収まった。だが、結果としてそれは魔土が限られた量しか存在しないという事になったのだ。




しかし、それでもかなりの量があるのに何故か?それは、一番の問題が運搬や採掘などの手間がかかることだった。しかも、混ぜずにそれらの作業をするならば常にリスクを伴う事となる。だれが好き好んで命の危険にさらされるのだろうか?そんな理由で、犯罪者や高額の給金目当ての少ない人数で行うしかないのが現状だった。




「そんなわけで、魔土は危険だし高いんだ。だからこそ、早々は触れさせてもらえないと言うのに…あの女のせいでそれが持ち越されてしまったんだぞ?分かるか!俺の気持ちが!!」




「はいはい、分かったからいい加減に静まりなさい?周りに迷惑でしょ?」




「そう言ってやるな!テクトは、魔花の事についてだけは頑固なんだからな!!」




「あんたは常に大声しか出せないの?」




「お前ら、俺のこのやるせない気持ちを本当に分かってくれているのか?」




「私は分かりますよ?よろしければ、私がテクトさんの気分を害した害虫を連れてきて土下座させましょうか?」




「い、いや…気持ちだけ受け取っておく。ありがとうな、ノティア」




「そうですか?テクトさんは、羽虫相手でもお優しいんですね」




「普通だと思うけどな…ははは」




(普通は冗談で済まされるが、ノティアの場合は本当に引っ張って来て謝らせるくらいやりかねないからな。いや、確実にやらせる気だろうな…)




 過去に冗談で言ったら、本当に土下座させられた可哀そうな少年の事を思い出しながらそんな事を考えるテクトだったが、お陰で気持ちが大分収まったのだった。






 テクトたち4人は、現在寮生活をしている。何もない質素な部屋だが、テクトは十分に満足していた。他の3人は狭いだのと文句を言っているが、個室が与えられているだけマシだろうとテクトは思っている。




(相部屋じゃないだけでも凄い事だと思うがなぁ?狭いとか文句言うほどじゃないと思うんだが…読書をするには、一人の方が落ち着くしな)




 テクトは基本的に自由時間は魔花についての専門書(テクトの宝物)か、魔土宇書を熟読して終わるので狭いとは感じないが、普通はベッドと机だけがやっと置いてある部屋では狭いと思うのだろう。だが、テクトの言う通り個人に一部屋与えられると言うのは特別だと言える。




「まあ、入るのは大変だったからな…」




「ん?何がだ?」




「いや、独り言だ」




「そうか?」




(ルイスが合格出来たのは驚いたよな。とは言え、こいつの言動はあれだが頭が悪いわけじゃないからなぁ…)




「なあ?ルイス…ん?」




「?なんだ?どうかしたのか?」




「悪い…先に戻っていてくれ!!」




「おい!・・・なんなんだ?あいつは…?」




 疑問に思いながら急に走り出したテクトを見送って、素直に寮へと先に帰るルイスだった。






「どこにいった?見間違えたか?」




 周りをキョロキョロと見やりながらテクトは一人そんな事を呟く。先ほどルイスにそこまでこの学院に入りたかった理由を問おうとした時、視界の隅に素早く建物の陰に移動する変わった格好の人物を目撃して追って来たのだ。




「しまったな…すぐに見つかると思ってルイスを先に帰したが…失敗したか?」




 ルイスを引っ張って来て一緒に探せば良かったか?と後悔しかけていたその時だった。




「お兄さん、私に何か御用?」




 突然背後から話し掛けられ、内心驚きでビクッ!となりながら急いでテクトは振り向いた。




「…女の子?何だ?その格好は?」




「いきなり服装の話をするんだ?可愛いでしょ♪」




 テクトは考える、確かに可愛いとは思うが…魔女の格好だろ?と。いきなり話し掛けて来た少女?は、確かに魔女の格好をしていた。だが、どう見ても魔女と言うよりは魔女もどき、かなり色がファンシーだった。




 帽子だけは、黒を中心としたつばの広いとんがり帽子で魔女にふさわしいだろう。全体的なシルエットも魔女のそれだ。だが、帽子以外の服の色が奇抜だった。




 まず、ドレス?の様な服はピンクだらけだった。可愛いかもしれないが、魔女っぽくはない。次に、その上から羽織っているコートのようなものも真っ白で魔女っぽくはない。そして、靴も空色、靴下は黄色だった。もちろん、魔女っぽくはない。




(魔女と言えば黒か紫だろ?純度100%には程遠いな)




 などと意味の分からない評価をするテクト。色々と残念な人物だったようだ。




「で、お前はどこの誰なんだ?」




「えー?可愛いね!の一言もなし?そんなんじゃモテないよ?」




「そんな事は関係ないだろ?質問に答えろ」




「お兄さんこわぁい…私、何も悪い事してないのに…」




「わ、わるい!別に睨みつけたわけじゃなくてだな!?」




 泣きそうな表情を見せる少女に、あたふたするテクト。誰しも、泣く子供には勝てないのだ。




「だって…お兄さんが…お兄さんが…チラッ」




「ななな、何を!?」




 俯きながらテクトを責めるような物言いをしている少女に、視線を下げながらどうあやそうか注視していると、ふいに少女がスカートを少しめくって太ももを見せつけて来たのだ。テクトは、激しく動揺してしまった。




「あははははっ♪お兄さんのえっちぃ!でも、お兄さんの事を気に入っちゃった♪またね~♪」




 そう言って、少女は走り去って行ってしまった。だが、激しく動揺していたテクトは追うことも出来ずに呆然としていた。




「なんだったんだ?いったい・・・」




 結局、あの少女はなんだったのか?問い詰める事は出来なかったが、あの目立つ格好では悪い事も出来ないだろうと考えるのをやめるテクトだった。




 だが、この短い出会いが二人の運命…いや、世界の運命を大きく変えるとは、当の本人たちはおろか誰にもかるはずもなかった。

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