ワーフランド
かなめうた
第1話 何気ない日常
ワーフランド。この世界は、地球程の発展はしていなかったが、それなりの文明を築き上げ、多くの人が平和に暮らしていた。
しかし、今より数百年前の事、突如として世界の中心に謎の巨大な植物が出現した。そして、悲劇が始まった。その巨大植物を中心に、土の色が紫色へと変わり、次々とその植物に似た巨大植物が恐ろしい勢いで生えて来たのだ。そして…人々を捕食しだした。
ある者は生きたまま丸のみにされ、またある者は引き裂かれたり、絞め殺されたりもした。そして、瞬く間にその植物以外の生物がいない恐怖の森と化して行った。
人々は恐れた、突然現れたあの植物は何なのか?そして、この紫に染まっていく大地はどこまで広がっていくのかと。そう、紫色に染まっていく土…大地は、未だに止まる気配はなかった。逃げ続けたところで止まるのか?と思うのは当たり前だった。
そして、一部の人々は立ち上がった。武器を持って巨大植物たちに挑んだのだ。ある者は火を使い焼き払おうと、ある者は剣や斧を使い切り倒そうと。確かに、多少は効果があった。だが、植物が増える速度の方がはるかに早く、まさに焼け石に水程度だった。
謎の巨大植物が出現してから約一年が過ぎた頃、すでに世界の大地の5分の一が紫に染め上げられていた。そして、人々はその数をおよそ半分にまで減らされていたのだ。
多くの者が何とかしようと挑み、そして死んでいった。人々は恐れ諦める者が多く出始め、その畏怖からこの巨大植物の事を『魔花まか』と呼び、紫色に染まる土を『魔土まど』と呼んだ。そして、浸食され切った大地、魔土に完全に侵されたその地域を『魔花異まかい』と呼んだのだった。
多くの者が諦め絶望している中、一人の青年が立ち上がった。それは偶然だったのか、必然だったのか、その青年は浸食された紫色の土、魔土に目を付けた。そして、魔土から不思議な力、のちに『魔土宇まどう』と呼ばれるその力で武器を、『魔土宇器まどうき』を創り出した。
その力は絶大だった。剣の魔土宇器は植物を一刀で切り裂き、銃の魔土宇器は一撃で風穴をあけた。その青年の活躍で、一部であったが魔花異の浸食を押し返すことに成功したのだ。
だが、懸念もあった。彼が生み出す魔土宇器は使い手が限定されていた。ほとんどの者が使うと鈍ら以下の武器に成り下がってしまうのだ。そして、一部の使える者たちにしても、作り手本人には遠く及ばない性能しか発揮出来なかったのだ。そう、世界の命運はその青年一人の肩に背負わされている状態だった。
もちろん、魔土宇器作成自体を他の者がやってもみた。だが、結果は魔土宇器を扱う時と同じでほとんどの者が魔土宇器を生み出せず、生み出せたとしてもとてもではないが武器としては使い物にならない物がほとんどだったのだ。
それから数年、その青年は人々の願いを叶えるべく孤軍奮闘した。もちろん、人々は彼のバックアップをしたが、戦いになれば足手まといにしかならず、彼の負担は明らかに個人の背負える限界を超えていた。だが、青年は投げ出しはせずに戦い続けた。
さらに数年が経ち、彼のまさに命を削る様な活躍で世界を覆いつくす勢いであった魔花異を、世界の5分の一まで押し返すことに成功した。だが、これ以上は彼一人ではどうにもならないだろうと彼自身が誰よりも分かっていたのだ。
だからこそ、彼は自分の命を捨てる覚悟である物を魔土宇で生み出した。それは、のちに魔花異を封じ込めた結界の要として伝えられる事になる物、『魔封土器まふうどき』だった。
彼は、6つの魔封土器を魔花異の中心から6つの地点に埋め六芒星を描き、これを封じた。そして、魔花異の進行を完全に封じる事に成功したのだ。
その彼は、偉大なる功績を上げた彼を世界を救った英雄、そして、魔花対策の要の魔土宇創始者として称えられた。その、偉大なる魔土宇創始者の名は、ワロルド・レイブナント。後の世にその名を知らない者はいない。
それから数百年の月日が流れた。残念ながら、完全に魔花による被害が無くなったわけではない。何故なら、結界の外にも魔土が残っているからだ。
魔花に対抗するため、魔土宇は今日まで研究され続け魔土宇器も生み出されてきた。しかし、未だに創始者であるワロルドを超える魔土宇士まどうし(魔土宇器を生み出す者、使う者の総称)は現れていなかった。
だが、いつかはそれが生まれ、魔花の完全駆逐が実現されるかもしれない。何故なら、ワロルドが残した魔土宇士育成機関である学院、『イルジックス』があるからだ。
確かに、この数百年でも彼を超える者は現れていない。だが、多くの魔土宇士を生み出し成果を上げて来たイルジックスがなければ、魔花による被害は間違いなく拡大していっただろう。そう言う意味でも、ワロルドは世界の救世主と言っても良い人物だった。
そして、イルジックスでは今日もワロルドの様な偉大な魔土宇士を目指し、多くの若者たちが研鑽を積んでいる。
「ふあぁ…ねむっ!」
大あくびをしている彼の名は、テクト・マジュカ。この学院、イルジックスに通う生徒の一人だ。とは言っても、まだまだ通い始めたばかりの新入生だ。青い髪をガシガシとかきながら、切れ長の目でどこともなく見やりながらぼやいている。
「いい加減、魔土宇書を読んでいると時間を忘れるのを何とかしないとな。そのうちぶっ倒れそうだよなぁ…」
彼の寝不足の原因はこの学院の教科書に当たる魔土宇書を読み込んでしまい、時間を忘れてしまった事によるものだった。だが、どんなに眠くても彼には授業をサボると言う選択肢はない。
(絶対に解き明かしてやる…魔花とは何なのかを)
そう、彼の目的は他の生徒たちとは違った。何故なら、彼の目的は魔花とは何なのか?と言う、ごく当たり前に抱きそうな疑問を解き明かす事だったのだ。
そんな事も分かっていないのか?と思うかもしれない。しかし、人々は存続の危機にすら陥るほどの脅威にさらされたのだ。魔花とは何なのか?何処からやって来たのか?そもそも、本当に植物なのか?など、色々な疑問もあったが、それよりも滅ぼすための研究の方が多かったのだ。
現在も、完全には魔花による被害が無くなっていない以上、その存在の証明よりも魔花を根絶するための研究が行われている。一見平和を手に入れたように見えても、結界が破られたら?と言う恐怖を頭の片隅に抱かない者はいないのだから…
だからこそ、彼のような純粋と言って良い探求心から魔土宇士を目指す者はほぼいないと言って良い。それは、当人であるテクトが一番分かっていた。
(昔は、よく周りにも魔花の謎を解き明かしてやる!とか言ってたからな…そのせいで、異端者扱いされてたっけな…)
それは当たり前の話だった。彼の様な者は少なく、故に異端者と見なされるのだ。完全に厄介者扱い、良くて腫れもの扱いだった。
(ま、さすがにこの学院では気を付けるか…この学院を追い出されたら、俺の夢は潰えてしまうからな)
確かに、この学院以外にも魔花について調べる手段はある。だが、やはりこの学院が一番適しているのは間違いないだろうと、テクトは考える。そして、それは紛れもない事実だった。
現在のワーフランドに置いて、この学院以上に熱心に魔花についての知識を教えてくれるものはない。もちろん、他にもないわけではないが、世界からの支援を受けて研究を出来る点を考えれば、これ以上はない環境と言えるだろう。
(どれくらいの立場まで上り詰めれば自由に研究出来るようになるやらだがな…)
この学院に置いての生徒は、やはり魔花を殲滅する目的第一とされている。そのため、魔花の研究も滅ぼすための研究でしかない。故に
(魔花殲滅のための研究チームに加わって…後は、個人で怪しまれない程度にこっそりやるしかないよな)
テクトの目標は、言ってみればかなり高いと言わざる負えない。コネも何もなく、戦闘を第一と考えている学院に置いて、研究チームに…しかも、少しは自由を許される立場に就こうと言うのだから当たり前だ。
「おはようだ!テクト!!相変わらず難しい顔をしているな?」
「ぐっ!?おい!何度も言ってるだろ?加減を覚えろ!加減を!!俺の身体が持たないだろ!!」
「む?かなり加減をしたはずなんだが…身体の鍛え方が足りないんじゃないか?」
「それは話の転換…いや、お前がそんな事を考えているわけないな、ルイス。おはよう…」
「ああ!おはようだ!!」
また身体を叩かれるのではないかと警戒するテクトを大声で笑い飛ばす豪快な男。彼の名は、ルイス・レンドール。テクトの数少ない友人の一人で、この学院で共に学ぶ学友でもある。
炎を思わせるような真っ赤な短髪、瞳の色も真っ赤だ。性格も赤が連想させるような熱血漢であり、難しい事は笑い飛ばすような豪快な男でもあった。
「二人とも、また悪だくみしているんじゃないでしょうね?」
友人から受けた肩の痛みを堪えながら苦笑いしているアクトに、さらに声を掛けてくる者がいた。それは、テクトと同じ青い髪の女性、しかしその長さは腰まであり、しかもテクトと違って綺麗だった。そして、その容姿もかなり綺麗だと言えるほど整っていた。
「エクレア…俺たちがこれまで悪いことをして来たみたいに言うのはやめろ。信じる奴がいたらどうするんだ?」
「信じるも何も、これまで多くの騒動を巻き起こして来た二人が何を言ってるの?って感じなんだけど?」
「む?俺は何も言っていないぞ?」
「いや、エクレアが言ってるのはそう言う事じゃなくてだな…」
どう説明したら良いのだろうか?とテクトは考える。だが、ルイスには説明したところで意味がないと思い被りを振って諦めた。
(基本的な頭が悪いわけじゃないが…細かい事に拘らなさ過ぎて納得させ辛いんだよな。まあ、よく言えば身体で覚えるタイプって奴なんだろうが)
辛辣に友人を測っているように思えるが、テクトはこれまでにルイスとの意思疎通が上手くいかずに数々の騒動の中心として扱われた過去があった。そのため、彼は誰よりもルイスの事を分かっていると思っている。あくまで、本人としてはだが
「ちょっと!話し掛けた本人を無視するとかあり得ないわよ!!」
「すまん、お前が変な声のかけ方をするから…意識が過去に飛んでたんだよ」
「なにそれ?元々変人だったのが、さらに進化したの?」
「エクレアさんよ?お前さんは俺をどんな人物だと思っているんだ?」
「魔花マニアのど変人?」
直球を飛ばされてテクトは視線を逸らした。本人としては、そこまでストレートに言われると返す言葉もなかったのだ。と言うより、自分で認めてしまっているので言い返せない所だった。
「3人とも、何を楽しそうに話してるんですか?」
どうやって話を逸らそうかと思案していたテクトに、さらに声を掛ける者がいた。黒髪セミロングの可愛らしい外見の少女だった。
「楽しそうに見えたのか?」
「ええ、とても楽しそうに見えました」
「・・・嫌味じゃなくて、本当にそうだと思ってる顔なんだよな…」
「本心だからでしょ?おはよう、ノティア!」
「おはようございます、エクレア。それに、テクトさん、ルイスさんも」
「ああ、おはよう」
「おはようだ!二人とも!!」
にっこり笑いながら挨拶をしたこの少女は、ノティア・メルドレー。先にテクトに話し掛けて来た少女、エクレア・ウィロースの親友。そして、この二人の少女を加えた4人(テクトを抜くと3人)がテクトにとってはいつものメンバーと言えるほど仲の良い人物たちだった。
「ノティアにしては遅かったわね?てっきり、先に行ってしまったと思っていたんだけど…」
「すみません、ここに来るまでに羽虫どもが無駄に話し掛けて私の時間を食い荒らして行ったんですよ。全く、いい加減にして欲しいものですよね」
にっこりと全く悪意あるように見えない表情で辛辣な言葉を発するノティアに、他の3人の表情は引きつっていた。
「そ、そう…それは災難だったわね」
「ええ、全くです」
「私、無事に卒業出来るかしら?はぁ…」
このテクトグループと言っても良い4人組だが、実はエクレア一人が苦労人として面倒を見ていると言っても良い状態だった。
まず、彼女の親友であるノティア。彼女は先程発した言葉からも分かる通り、グループの3人以外には辛辣な言葉を放つ。しかも、本人にはまるっきり自覚なし。例えるなら、え?なんで呼吸しちゃダメなんですか?死んじゃいますよ!と言うような感じで返されるのだ。根気よく説得しようとしたのを諦めたエクレアを責める事は出来ないだろう。
次に、ルイス。彼の場合はまるっきり空気を読まずに行動をして、相手が暴力的に来たら返り討ちにすると言う余りにも脳筋な行動が問題だった。頭が悪いわけではない、興味がない事には全く興味を示さない事が問題だった。せめて、私たちに迷惑が掛からない程度には努力して!と何度も言いはしたので、エクレアは悪くないだろう。
そして、最後にテクト。一見、問題など起こさないように見えるかもしれないが、実は本人は気が付いていないが一番問題の根源である確率が高い。それは、彼の根本の理論的な思考が原因だった。
魔花の研究を一人でやっているためか、無駄に理論的な言動をしてしまっている彼は、協調性に欠けていた。そんな理由で、年上や身分が上の相手に何か言われたとしても、何で?どうして?と切り返してしまい、無駄な摩擦を生み出していた。
問題となるのは、その事がきっかけで目を付けられる事だ。その相手が挑発的にこちらに話し掛けて来た所に、ルイスとノティアが過剰反応してしまい、大きな騒動に発展する。それが、お決まりと言って良いほどよくある事だったのだ。自覚が全くないので、指摘しても分からない彼を説得出来ないとしても、エクレアは悪くないだろう。
「ほんと…私の一番の汚点はこんなのに…」
と言葉を切って諸悪の根源を睨む。しかし、反応した本人は…
「ん?どうした?俺を睨んだりして…あ、もしかして、魔花の事を…」
「別に教えて欲しくないから!はぁ…もう良いわよ…」
「なんなんだ?いったい??」
頭に沢山の?マークを付けるテクトを、絶対に選択肢を間違えたと諦めを含んだ目で見つめるエクレア。そうは思っても…と、ズルズルと離れられないでいるエクレアだった。
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