第21話 受砲(455、454日前)

 夜。風呂上がりでまだ髪が半濡れのまま俺の部屋に入ると、俺の携帯が光っているのが見えた。何かお知らせでも来たんだろうか。


 LINE

 1−4ダンシーズ

 こたたがメンションしました:@Hasda


 皇太? しかもグループチャットで。珍しいな、俺がメンションされるとは。俺は不思議に思いながらも通知をタップし、LINEを開いた。


 この画面を見て凍りついたことはこの16年の人生史上あっただろうか。


「え、なんで俺と真夜が……」


 そこには、いろんな角度から取られた俺と真夜の写真が、スクロールすると山ほど出てきたのだ。みんなとは違う通学路を二人で仲良く歩いて行くところ、朝真夜の席で話しながら笑っているところ…… 日常的にこんなにも監視されていたのか。


 しかも写真に続くコメントはもっとひどい。


「これは付き合ってる確定しんねー」


「えちえちだわ」


「やりますねぇ!」


「にゃーん」


 最後のにゃーんに関してはなんの意味があるのか全然わからないが、とにかく俺と真夜は付き合ってるていで色々な憶測がこのグループで飛び交っているようだった。しかもこの年頃の男子だから、その90%は卑猥なものばかり。真夜に謝れ。


 俺の心の中には、許可なく人の写真を撮ったり変なことを言ったことに対しての怒りがあったが、一方ではこれほどまでに絡んできてもらえて嬉しい気持ちも否めなくはなかった。のすけが言っていた通り、俺はいじられているだけであって、いじめられているわけではない。あくまでいじりなんだと、俺は心の中の怒りを暗示で潰そうとした。


「付き合ってねえし」


 気がつけばすでに俺の指が自然とキーボード上を滑り、送信ボタンを押して釈明のコメントを送っていた。真っ白な吹き出しで覆われていた画面に、俺の緑がにゅっと現れる。


 即座に3人の既読が付き、すぐに返信が来る。


「嘘つきしんよー!」


 なぜか某コメディアン風を装った皇太がまず最初に反応した。よくあいつはこんな感じでラインを送って来る。


「@Hasda 今どこにいんの?」


 のすけがこんな質問をしてきた。なぜこんな時に呑気な質問を。


「家だけど」


 個人的には速いと思えるスピードで早打ちし、2秒足らずで送信した。


「やっぱ嘘つきしんね」


 餌を視界から逃がさない猛獣のように、さらに返信がくる。返事がきたときの、スコッという音が緊張を自分の中で駆り立てる。


「おれいま真夜ちゃんとベッドだから」


 出た、のスケベ(しばしばのすけはこんな風に呼ばれる)。こういうので男子高校生は喜ぶ。でも一瞬言っていることが本当なんじゃないかという考えが頭の中でよぎると、なぜかそれを看過できない自分が脳内の何処かにひっそりいるような気がした。


「あれれ?」


「おん?」


「にゃほ?」


 男子が次々とのすけのメッセージに反応して行く。だからにゃほ、とかにゃーんって何だよ。


「@Hasda おまっ」


 皇太が本日2回目のメンション。


「悔しくないのかぁ!?」


 いや悔しくも何もないんですけど。建前かもしれんが……


「悔しくな」


 ここまで書いて一旦メッセージを消した。頭の中で何か電球が光り、俺は即座にブラウザで目的のものを探す。あった。どうやらダウンロードできるようなので、箱の中を指している矢印マークをクリックした。


 再びLINEに戻り、さっきダウンロードしたやつを男子グループに投下する。チャットに現れたビデオを俺は試しにクリックした。


「悔しいです!!」


 とある漫才コンビのツッコミが「悔しくないのか?」と聞き、もう一方のボケが変顔をしてこのフレーズを叫ぶ。バラエティー番組で見たことのあるオチを俺は思い出していた。これがこのチャットでウケるかどうか…… 俺本当にギャグセンスないからな。


 すぐさま既読がつき、皇太が反応した。判定やいかに?


「面白いじゃねえか」


 なんか嬉しい。いじられるのも悪い気はしないな。もしかしたらこれでクラスのスターダムに上り詰めることも夢じゃないのか? いやありえるぞ、これ……


「兄ちゃん! 今テレビに Storm 出て……」


 ろくにノックもせず俺の部屋のドアを愛海が開ける。俺はそれに気づいた時には、少し上を向いてニヤケてしまっていた。愛海はこれまで見たことのない兄の醜態を見て、ドン引きしている。ちなみに Storm というのは、愛海が好きな男子アイドルグループだ。いつも自分の推しを押し付けてくるからやめてほしい。


「兄ちゃん…… 今めっちゃキモかった」


「え、ええ、俺変なことやってた?」


 見られたか。俺は即座にごまかそうと試みるが、下手くそすぎる。しかも顔からはなぜかニヤニヤが消えない。


「なに? まさか袋とじでも見てたの?」


「んなわけあるかい!!」


 アイスピックのように痛い視線を受けながら、俺は半ギレした。俺は袋とじとかそういう変態趣味はないし、そんな年齢じゃねえ! 変態というレッテルを誰かさんに貼られてしまっているけども。


「ふーん、お好きにどーぞぉ」


 疑惑が晴れないまま、愛海はドアをゆっくり閉めて去っていった。疑惑が晴れないといっても、ニヤケていた理由は絶対バラしたくないが。


 やっと足音が去ったところで、俺はやっと胸をなでおろした。いやいや、あんなことでニヤケてちゃいけない。しかも陽キャになるのは簡単じゃないんだ…… そう思いながら俺は両手で頬を叩いて気を引き締めた。


 またまた変にいじられていないかと、俺は再びLINEを開いた。


「あれれそういえば蓮田ちゃん、6組の結華ちゃんとも仲良くない?」


「をうをう」


「いいなハーレム」


「ガールズパラダイス草」


 もっと酷いことになっていた。俺はこの先、これと付き合っていかねばならんというのか…… 柔らかい羽毛布団に顔を埋めながら、俺は暗そうな将来を案じていた。


 ✴︎


 翌朝。今日は若干雨っぽいせいか、空は朝なのに暗く、灰色の雲が低く掛かっていた。こういう日はどんよりした気分になるのはきっと俺だけではないはずだ。きっとではない、絶対だ。


 そんな暗い気分にさせる何かに押しつぶされそうになりながら、川沿いの道を歩いている時だった。後ろに何か気配を感じた。若干熱帯びた空気が、俺の首筋あたりを舐めたような感触が身体中を行き渡る。不気味な感覚にビクッとしながら俺は勢いよく後ろを振り向いた。


「やっと気づいた?」


 へへ、と笑いながら目の前20cmほどに現れたのは真夜と結華だった。こんな近くで真夜を見ると、昨日のことを思い出してしまい首元が少し熱を帯びる。何かと一緒にいると気まずくなってきそうだった。当然何も知らない彼女たちは、俺を引っ張って行く気満々だが。


「陽佑が心配だから一緒に登校してあげるんだから。感謝してねー」


 俺がどうやら拒絶反応を微弱に出したような表情をしたようで、それを煽るように結華が茶々を入れてきた。いや同行なんて頼んでねえし。


「なんで俺が心配なの? 俺なんも言ってないじゃん」


 普通の態勢に戻った俺が言うと、真夜が答えた。


「昨日ね、陽佑の運勢を占ってあげたんだけど、酷い結果でさ。ケキルアがスペードの6で、テンゼメルドがハートの9とかだったかな。一番ヤバかったのはアンテフィーネでさ、ハートのクイーンだよ? 流石にこりゃなんかあるなって思って結華ちゃんも誘ったの。感謝してねー」


 うざい。久しぶりに聞いた真夜暦用語に少し惑わされた。そこまで俺の身を心配してくれているのはありがたいことだが、今回に限ってはこの心配はかえって邪魔だ。


「で、どんなことが起こりうるの?」


 俺は半分額に怒りマークがついたような状態で真夜に尋ねた。


「あの結果から考察するとね…… まあ、女子関係とかで悪質な炎上に遭うことかなー」


 俺の想定しているものと全く同じ答えだ。そんなに軽々しく言ってほしいものではなかったが。


 彼女たちは心配を絶対に伴っていないようなキラキラとした目でこちらを見てくる。向こうは引くつもりは全くないと見た俺は、仕方なく彼女たちの同伴のもと、学校に登校した。


 ✴︎


 そこから学校で起こったことについては皆さんのご想像にお任せしたい。


 まあとにかく今日は朝っぱらからああいう弄りに巻き込まれたせいで、3時間目を過ぎる頃には、俺には珍しく、もう人生の終わりを悟ってしまうほどの空腹を覚え、授業になんぞまともに集中できなかった。


 そして待ちに待った昼休み。


 俺は空腹による最後の苦しみに耐えながら弁当を自分の前に置き、いつも通り一人で食べようとしていた。


「今日は大変そうだったね」


 声の方を見上げると、そこには真夜が。俺は彼女の明るい顔を見た瞬間、初めて怒りを覚え、そのストレスを声という弾頭に乗せて放った。


「大変っていうかね、もう全て真夜のせ……」


「あれ、またあいつ真夜ちゃんといるよぉ?」


 もう少しで打ち上げ完了のところで、後ろで数人の男子と弁当を頬張っていた皇太に見つかってしまった。周囲は昨日と同様、おぉ? と反応する。俺は関わりたくなかったため、真夜を見ずに、ふてくされたかのように弁当と向き合った。


「おい、なんでそんな反応すんだよ蓮田ぁ」


 皇太が意外にもそんな言葉をかけてきて、俺は思わず振り向いた。


「こっち来いよ」


 神様、これはマコトでしょうか? まさかこんな声を変えてもらえる日がくるとは。俺は少し動揺してしまい、皇太を見つめたまま数秒間動くことができなかった。


 それでも皇太は俺に向かって手招きをしてくる。俺はようやく確信をもち、弁当を両手に持って彼らのところへと向かった。


 いじられたり、他の仲間と一緒につるむのも、なかなか楽しいようだ。

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