第14話 先嫌(480日前)
装飾された廊下に、机と椅子が見受けられない教室。学年みんなが制服ではなく、その代わりにクラスごとのシャツまたはパーカーを着用していた。今日だけは味わったことのない雰囲気だ。あ、明日もか。
桜隆祭。ついにやって来た年に1度の学校祭だ。この時だけはいつもとは違い、みんな浮かれた気分で各クラスや部活の出店を回る。中学卒業で別れてしまった懐かしい友人とも、久しく再開できる時間でもあり、またこれから入学しようとしている桜山生の卵が、志望校決めのために目を光らせてもいる。
俺もそういう風に誰か連れてきて、懐かしみながらオススメの出店を見て行ったり…… ってことをやりたかったのだが、残念なことに元中の人間は全員都合が合わないだとかなんだとかで、結局誰も誘うことができなかったのだ。そもそも連絡した人数が2〜3人しかいないが。いや、ご存知の通り俺は中学に馴染めずにここに来た為に、中学時代でLINEで個人的にやりとりしていた奴なんて10人もいない。
ということで、結局来たのは俺の家族だけだ。なんでも両親が劇を見てみたいというし、愛海は軽音部の先輩の猫耳パンケーキに行きたいとか言うしで、家族総出になってしまった。俺劇には出ないんですけど。
俺は正直言って、彼らには来ないで欲しかった。インキャだという醜態を家族には晒したくない。
1年の劇は、一般の入場が開始されてから15分後に始まる。キャストが衣装を着て廊下に立ち、各クラスの宣伝を懸命に行う。
「4組では『四銃士』をやります! 1回目は何と言ってもこちらです!」
小笠原が、若い女の先生っぽい、と言うかOLの服装で叫んでいた。
ここで2つ言い忘れていたことがある。1つ目は、1年の劇は初日には2回公演が行われ、2日目は一度だけある。しかし、2日目は1回目の公演は1、3、5組、2回目は2、4、6組という感じでやって行くらしい。
2つ目は、小笠原は俺らの装飾斑を抜け出した後、キャストに転向した。どうやらメインキャラ以外を演じるキャスト全員が、キャラの掛け持ちをしなければいけないほど人数が足りなかったらしく(確かにキャストは8人までと先生からは言われていた)、そこで先生に頼んで小笠原を組み込んだんだそうだ。
嫌われている俺が言うのもなんだが、いつもいきいきしている小笠原だからこそ、グレーのスーツに身を包んだ小笠原はどこか凛々しく見えた。
そんな中、教室に一番初めに入ってきたのはなんと愛海だった。教室の前で宣伝している他のキャストの間を突っ切り、入ってくるなり教室を見回した。
「あ、兄ちゃんいた!」
愛海は俺を指差し、駆け寄ってきた。
まずい。真夜と話していた俺は、俺が真夜と仲良くしているところを見られてしまったのだ。愛海は俺らが二人で話しているのがわかったとき、俺に向かってくるはずだった脚がピタッと止まった。
「…… え、彼女?」
最初に入ってきた愛海を教室にいたみんなが見つめる中、俺らの顔は沸騰して真っ赤に染まった。黙れ、こんなところで言うんじゃない! そう言いたかったが、何も考えられず、その言葉は口からは出て来なかった。
「違う違う、ただの友達だから!」
真夜が両手を前に出して振り、とっさに否定する。
「そうだぞ。謝れよ、真夜さんに」
そうは言ったものの、口元の動きは全くぎこちないものだった。
脈アリの展開を待ち受けていた愛海は落胆し、俺の指示通り真夜に謝った。
「陽佑、この子妹? 可愛いー!」
愛海は褒められて嬉しかったのかニコッと笑った。
「ほら、この人兄ちゃんを下の名前で呼んでんじゃん! やっぱカレカノ?」
「「だーかーらー!!」」
俺と真夜の声が偶然ハモる。それを聞いたクラスメイトが笑った。一部の男子は俺を煽るような口調で喚き立てる。一方の小笠原は、こちらを見ては不快そうな目を向けていた。
やがてその笑いも止み、また普通のガヤガヤに戻っていった。そんな中で、俺の耳にはこんな会話が飛び込んできた。盗み聞きに関しては申し訳ない。
「今日どれぐらいお客さん来るかなー?」
「それなー。100人は来て欲しい」
「えーそんな来るかなー? 椅子40脚しかないのに?」
「まあ、最優秀出店賞取れればいいでしょ」
実は俺と真夜はこの答えを知っている。その理由は昨日に遡る。
✴︎
昨日は準備日で、俺ら二人は装飾班として花紙で花を作ったり、暗幕を吊り下げたりしていた。諸々の仕事が済んだ時には12時を回っており、俺らはキリが良い時に昼食休憩に入った。
俺ら二人は黒板の下に座り、売店で買って来たオニギリとサンドイッチ、そしてパックのジュースを口にした。目の前ではまだ数人が、観客用の椅子を並べていた。3列に並べて合計で30脚にするらしい。
俺はそれを見ていて一つ疑問に思った。30脚で足りるのか? 軽音部の先輩から聞いた話だが、1年の演劇は意外と人が多く、多いクラスは入場制限がかかるほどだといわれている。しかもその場合、観客のほとんどは立ち見になるため、演ずる側からしてみれば満員電車のような環境の中で演劇をすることになるのだ。
俺は真夜の肩をチョンチョンと叩き、頬張っていたオニギリをちゃんと飲み込んでから、彼女の耳に囁いた。
「あのさ、明日何人お客さん来るかわかる?」
彼女は俺を見て首をふる。まあそんなのは誰も知る由はないが、彼女ならアレが使える。
「占いでわかんないもんなの?」
彼女は顎に手を添え、少し考え込んだ。
「なんでそれを知りたいの?」
真夜も同じように耳に囁き返した。耳にあたる彼女の息がくすぐったい。変な意味ではない。
「あそこの椅子さ、もうちょっといるんじゃないかなって。先輩曰く多いクラスは入場制限かかるとかだから……」
「私は、それは面白くないんじゃないかなって思う。出店に来る人がどれくらいかなーって考えるのが出店側の楽しみなんじゃない?」
理屈で通され、俺は黙り込んだ。確かにそうだ。こういうのは知らないほうがワクワク感があって楽しいはずだ。しかも、もし俺がこれを知れたとしても、真夜の楽しみを犠牲にしてしまう。
「それはそうだけど…… 田中が言ってたんだよね。なんか、人が多すぎる中で演技するのは気が引けるなって。特に立ち見が多かったりするとプレッシャーになるとか言ってた」
とっさの言い訳ではあるが、俺が確かに盗み聞きしたことだ。田中は人混みが嫌いなことで有名であり、友達から誘われない限り、特に土日は、自発的に修大寺などの繁華街には行かないんだそうだ。立ち見が多いと人が多いように見えるのは本当かもしれない。
「…… わかった。じゃあ少人数教室行って、そこでやるから。あとで来て」
✴︎
「海疾、これ椅子少なくねえか?」
俺は休んでいた海疾に交渉を願い出た。
「お客さんどれくらい来るかわかんないし、これぐらいでいいんじゃねえか?」
「なんか先輩言ってたけど、多いクラスは入場制限かかったりするんだって。で、キャストの中で立ち見とかが多いとプレッシャーになるって言ってる人もいるから、椅子の数を増やしてはどうかなーと思いまして」
「もう企画書で30脚って書いちゃってるから変えられないんだよね」
畜生、そんな駒を出されたら困るじゃないか。
さっき真夜と一緒に、誰もいない少人数教室で、明日の初回の観客数を占ってみた。束の上には、2と書かれた紙をおいた。つまり示された数の合計の2倍が、観客数ということになるのだ。
カードが散らばり、合計を数えて2倍する。その結果は…… 86。50人以上も立ち見がいる計算になると、田中は集中して劇中のキャラにはなりきれないだろう。
「ねえねえ、椅子増やせないの?」
俺らの会話を耳にした田中が、舞台袖から顔を出した。
「私からするとまあまあプレッシャーになるんだけど……」
そう言うと、田中の近くにいた数人の女子が賛成の声をあげ始めた。
海疾は腕組みをし、うーんと声を出しながら考え始めた。これでうまくいくだろうか。
そんな矢先、救いの手が現れた。
「失礼しまーす、本部チェックでーす」
桜隆祭実行委員会の本部の2年生ふたりが、企画書のコピーを手に持ち、ノックもせずに入室して来た。彼らは一通りの装飾やセットの位置関係を確認した後、最後椅子に目をやった。その時、一人が首を傾げた。
「あのさ、これ30脚でいいの? 他のクラス35脚ぐらい用意してるけど」
彼らは海疾に他クラスの企画書を見せる。海疾はそれに一通り目を通した後、2年生にまた目を向けた。
「キャストが40脚にした方がいいんじゃないかと言ってるんですけど、それでも大丈夫ですか?」
「40脚ならいいっしょ」
向こうで田中がよっしゃ! と小さくガッツポーズする。
「それじゃ蓮田、椅子10脚持って来て」
え、俺?
✴︎
劇が始まる時間になり、ドアが閉まる。教室の中は人で溢れかえっている。俺が目で人数を確認すると、確かに80人はいることになっている。これに10人がプラスで立ち見となると、ごちゃごちゃするのは確かだった。
やがてざわめきが静まり、後ろに設置されているライトが舞台を明るく照らした。舞台袖からは主人公に扮した田中が出てきて、一言ずつはっきりとセリフを言っていく。程よく緊張している様子で、彼女はいきいきとしていた。
俺ナイス! と心の中では思っていたが、それに勝る感情が、心の中でもやもやしていた。何人来るんだろう、というワクワクが出てこない。昨日真夜が言った通りだった。映画のネタバレを見て、実際に劇場で楽しめなかったような感じなんだろう。
世の中、未来の何もかもがわかっても良いというものではないらしい。
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