第13話 残狂(486日前)
朝、俺は登校するやいなや、早速真夜の座る席へ向かった。今日はまだ誰も彼女とは話していないんだろうか、真夜は良い姿勢でスマホをいじっていた。
「これ、言われた通りやってきたよ」
ご定番の挨拶抜きで、俺は愛想のない声で真夜に話しかける。俺の接近に気づいていなかった真夜は、かなりのビビリちゃんなのだろうか、一瞬綺麗な黒髪が逆立ち、反射的に俺の方を向いた。
「うわぁ、びくったー。ありがとね」
俺が差し出したのは、二枚の紙。そこには、ざっくりではあるが、俺が鉛筆で描いたクラス演劇の背景図案があった。近代的な病院を正面から描いたものと、教会のパイプオルガン。俺にしてはなかなかの出来だった。
「いいじゃんいいじゃん。サンキュー」
真夜が図案をめくりながら、俺の努力も顧みるつもりゼロの口調で返す。怒りマークが一個額についたが、その怒りは爆発させなかった。
「ほんじゃ、今日は放課後俺無理だからね。バンド練やるから」
俺はそう言い残して、真夜の席から離れた。もうすぐチャイムがなるときだ。
え? なんで俺が一人で描いてたかって? それにはこういうワケがあった。
✴︎
昨日の夜、俺の携帯が鳴った。開いたロック画面を見て、俺は驚かざるを得なかった。
LINE
ひみの〜がトークを退出しました
せっかく作ったグループだったのに、小笠原は早々に離脱してしまった。これを知った俺は、すぐに真夜に連絡した。
「小笠原出ていきましたけど?」
送った途端に既読がつき、20秒も待たずに返事がきた。
「それな? 私も何も聞いてない」
「まじか」
俺は真夜の秘密が関わっているのか知りたかったが、ここではあえて黙っておいた。頑張ってトピックを移すか。
「図案どうするんだよ」
「え、じゃあ陽佑描いてよ」
は? 何をおっしゃってますあなたは。
「私クラス劇についてはまだあんま詳しく知らないから、陽佑やっといてよ」
編入生というステータスをここで発動しやがって。俺は反論しようと試みたが、もう遅かったようだ。真夜から後続のメッセージが続々と到着し、スコッという音を立てる。
「病院の絵とパイプオルガン頼むね」
「ほんじゃ、頼んだよ!」
「おやすみ」
俺は真夜に説明を促すLINEを送ったが、10分経っても既読がつくことはなかった。返事なんぞ返ってこない。さすが真夜、容赦ない。俺は諦め、近くにあったA4の裏紙を引っ張り出し、テキトーに図案を描く。
テキトーにと言っても、絵心に自信がない俺は、自分の絵に満足行かず、描いては消し、というプロセスのループを繰り返すばかりになり、結局2時頃まで作業しなければいけなかったのだ。今夜こそはちゃんと眠りを取りたかったのに。
✴︎
放課後。本来なら俺は教室に向かうか帰るかのどちらかだが、今日は特別だ。校門を出ると、いつもの帰り道とは逆方向に行き、本桜山駅へ向かった。
本桜山駅周辺は結構充実している。交通量の多い通り沿いには、大手チェーンのファストフードやカフェ、コンビニなどが立ち並ぶ。学生街だからだろうか、ここに来れば、食べたいものが何でも揃っているという感じだ。それらの向こうには、道路の上の高架を樫見野線が走っており、そこに本桜山駅はあった。
俺は改札を通り、ちょうどいいときに到着した
修大寺は東京でいう吉祥寺みたいなところだろうか。池袋ほどではないが、何でも揃っている、いい意味での高校生の溜まり場だ。タピオカとかカラオケが林立する中、俺が今日やってきたのは駅の南口から歩いて30秒しかないところにあるサウンドスタジオだ。
スタジオの受付の人にもろくに挨拶もせず、俺は友達が待っているスタジオへと急いだ。どのスタジオにいるかは既にLINEで教えてもらっている。
「遅えよぉ、お前。早く準備しろよ?」
特に装飾もないシックなスタジオに顔を出すと、ドラムに座った
そもそもバンドについて俺は話していなかった。俺が所属しているバンドは
俺は早速荷物を床に置き、ギターケースのファスナーを開ける。中から出てきたのは、青いサテン塗装をされた、俺のご自慢のギターだ。俺はケースからさらに、ギターとアンプをつなぐためのシールドを取り出し、接続する。
電源を入れ、ゲイン(トーンをコントロールする部分といえば良いだろうか)とボリュームをあげる。そこから、ベース、ミドル、トレブル(それぞれ低、中、高音域の音量を調節する)を適当にあげておく。6弦一斉に引くと、ジャーンと綺麗なクリーンサウンドが出た。音に関しては何も申し分ない。
「お待たせしました。お待たせしすぎてしまったのかもしれんが」
他の4人が笑う。このフレーズはオリジナルでぶちかますと下ネタになる可能性もあるので、あえて違う感じで言ってみたのだが。
「準備できたのならやろ? 桜隆祭でやるさ、カイシンノイチゲキ」
和歌葉が促した。この5人の中では一番後から加入した人だが、持ち前のリーダーシップで、このバンドを事実上引っ張っている。
俺ら軽音部は、自由参加で、桜隆祭で何かしら発表する機会がある。mathilda は、Thornbackというバンドの、「カイシンノイチゲキ」を演奏することになっていた。
「じゃあみんな準備できた? 行こう。修也、お願いね」
スタジオが静かになったところで、修也がスティックを叩いてリズムを取る。
「1、2、3、4!」
全員が短く音を鳴らした後は激しいドラムソロ。そのあとにキーボードが続く。他の軽音部のバンドだったら、ここまでやっただけでギブアップするかもしれない。これは、高校の中でもとびきり楽器が上手いであろう mathilda のメンバーたちだからこそできる技法でもある。
そこからはギターとベースも加わり、ロック調の音楽が鳴り響いた。8小節過ぎたあたりでボーカルが歌い出す。この調子で、最後まで演奏できる、と思っていた。
間奏になって、俺のギターソロが入る。しかもここは早弾きと言われる箇所であって、成功したらものすごくカッコいいのだが、失敗すると大恥をかく。
さあ来たぞ、という感じで、俺は勢いよく最初の音を鳴らそうとしたが、誤って別の弦を引いてしまい、キーから大きく外れた音が響く。変に思ったメンバーが俺の方を振り向き、少しまずい空気になった。そこからは元のメロディーに復帰しようと試みたが、結局間奏が終わるまで、俺はずっとわけがわからないリフを弾いていた。
最後、演奏隊がタイミングを合わせて曲を終わらせるも、俺にとっては何とも後味の悪いエンディングだった。
「陽佑、お前あれは災難だったな」
修也が笑って指摘した。別に重いミスだとでも思っていないようだった。だって人間だもの。
「まあドンマイ! 夏休みの時は全然行けたのにね」
奈津が俺を励ます。そう、夏休みに一度集まって通し練習をした時は俺は何ともなかったんだが。
「あれ、もしかして誘惑かな? 転入生の真夜ちゃん? の」
和歌葉がバカにするように言う。これは軽いジョークだから何も腹は立たない。
「「絶対そう」」
実玲と奈津の声が偶然重なり合ってハモった。おいその一言は余計だし賛成するな。
俺は近くにあった丸椅子に座り、ギターを膝の上で構えると、できるはずなのになぜか失敗した間奏のソロを弾く。最初は弾けたとしても、あとが続かない。特に途中で出てくるカッティングでは、ピックに力を込め過ぎているせいか、ピックが弦で突っかかってしまい、次の音を出せない。だからと言ってピックに込める力も弱めるも、今度は持っているピックがグラグラと揺れ、逆に引きづらくなってしまった。
真夜のことが取りざたされて以降、俺の頭の中ではあやつのことが蘇る。それがずっと邪魔をしているようでしていないようで。
「陽佑スランプっぽいね。学年一のギター弾きがそんな凡ミスなんて」
俺の連続失敗を側から見ていた和歌葉が、心配してくれて俺に声をかけた。いやあ、学年一のギター弾きとまでは行きませんが。俺はギターのネックを見続け、何とかニヤニヤを抑える。
あれからも何土弾いても弾いても失敗を繰り返し、ついに俺はピックを床に捨て、頭を抱えた。
俺の体には、何かくっついているのだろうか。
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