第11話 占禍(辻元真夜の入占録 ②)

 ウシュマルは、かつて栄えていたマヤ文明の政治と経済の中心と言われており、今でも宮殿や住居跡が残る。マヤといえばピラミッドが有名だが、ここウシュマルのものは少し丸みを帯びており、その上に宮殿が立っているようなのだ。


 ピラミッドが持つ階段は「エグい」としか表現できないほどの勾配で、昔のマヤ人はここを上り下りしていたというのか。


 観光を終えた後は、近くの資料館の上の広間で、マヤ暦についての説明があった。講師は現地で占い師をしている老婆で、マヤ暦を用いた占いで結構たくさんの客が彼女の元に依頼してくるらしい。外国人も多く依頼にくるからか、英語はメキシコでは珍しく、まああまあペラペラな方だ。


 マヤ暦にはいくつか暦法があり、そのうちの二つは「ツォルキン」と「ハアブ」と呼ばれる。ツォルキンは20日と13日の周期を組み合わせて260を数え、ハアブは太陽暦に近い365日を数える。この二つが組み合わさると、52年に1度区切りが重なるのだ。


 この後には、マヤ暦を用いた予言に関するレクチャーだ。マヤ暦といえば、しょっちゅう世界が滅びると言っては何も起こらなかったでおなじみのやつだ。マヤの一部では、暦の周期の終わりが人間の滅亡を表しているという考えがあるらしく、「この日に人類は滅亡する」として予言されたものは一つの暦が終わる時なのだそう。


 占い師さんは、この暦の終わりを使っていろんなことを占うというが、もう一つ、彼女が使っている占いを特別に教えてくれた。それはトランプを使ったもの。その説明をする前に、彼女はとんでもないことを言い出した。


「わたしゃ悪魔に選ばれた者なんて言われとってな、これからそれを使ったもん見せたるからみんな見といてな」


 彼女はなんの変哲も無い机の上にトランプをおき、束の上から一枚一枚めくって行く。遠くから見ていた私には、何をしているかわからなかった。この時は「ふーん」としか思えなかった。


 レクチャーが終わり、みんなが立ち上がろうとする時だった。


「マヤ!マヤ!」


 先生から呼ばれているのは文明ではなく私か?


「先生、どうかしたんですか?」


 私は少し怯えるように聞いた。


「講師の方があなたをお呼びなの。きっと大丈夫よ」


 先生は私の肩に手を置き、安心させてくれた。私は勇気を持って老婆の前に立った。


「なんで…… しょうか?」


「君に反応があったんだ。わたしにゃ見えるよ、悪魔の匂い」


 私は背筋が凍った。これまで純粋に生きてきたはずなのに、悪魔の匂いがするなんて。私そんなに不純なの?


 そう思った時、老婆の手の中にあったトランプの束から一枚だけがなぜかシュッと飛び出し、まだ小さかった私の胸に突進し、やがて机の上に落ちた。私は恐る恐るそのカードを拾い上げる。ジョーカー。不気味な笑いを持っているその顔は、私をパニックにさせようとしているようだった。


「あんたに強い反応が出てるよ。こりゃすごいぞ、悪魔の力」


 私は動揺せずにはいられなかった。老婆は話を続ける。


「あんたはこれで、自分の心の悪魔、つまりジョーカーじゃな、を自分で操れる力を得た。これからあんたはこのジョーカーの力を借りて、わたしのような占いをすることができる」


 え? 占いができるって逆にいいことでは?


「その記念に、わたしから授けるものがある」


 そういって老婆は、もともと持っていたのか、A3よりも大きな紙を一枚カバンから取り出し、机の上に広げた。その上にトランプのジョーカーを置く。


「さああんた、手をこの上に乗せなさい」


 私は怖がりながらも、そっと伏せておいてあるジョーカーの上に、言われたように手をおいた。するとどういうことか、ジョーカーの周りからだんだん茶色が滲み出してきて、いくつか線もかかれていった。真ん中には二重丸。八つに区切られた二重丸の中には、文字も書かれていた。


 端っこまで変色が終わると、私はとっさに手を話した。意味もわからないものが私の前に。しかもが描いたの?


 老婆は、紙の上に残されたジョーカーを取り、今度は見たこともないほど分厚い本の表紙にジョーカーを乗せた。


「さあ、同じようにやってごらんなさい」


 同じように手を乗せてみた。しかし今回は何も置きない。


「大丈夫だ。わたしゃいいだろうってまで手を動かさんといてな」


 私は何も感じないまま、ずっと置いた手を見つめていた。


「もうええやろな。さあ、動かして」


 私はそっと手を離す。手汗のせいか、ジョーカーが手にくっついてきたが、すぐに落ちて机の上で静止した。老婆はそんなものを気にせず、本を開き、中を確認する。特に何も書かれていないように見えますが……


「これでいいじゃろ。占いのやり方はすでに自分が知っとるはずじゃ。一個やってみるかね?」


 老婆はトランプの束を紙の上に乗せた。すると、私が特に意識したわけでもないのに、手が自然と出て、トランプを切り始めた。シュッシュッとカードをきる。私の理性では止まろうとしなかった。元の位置に束を戻し、私は机の上にあったジョーカーを拾い上げ、右手に持って束にかざす。


 するとカード1枚1枚が紫色のベールを帯び始めた。怪しすぎるベールに怯えて逃げようとするが、脚が全く動かない。紫の光を伴ったカードはだんだん浮いていき、最後のカードが浮き上がったところで、右へ手をスワイプした。カードは八方に、ちょうど文字が書かれているところでピタッと止まった。


「こんな感じだろうね。ここに書いてある文字とか、トランプが意味しとることとかは、自分がすでに知っとる」


 確かに、落ち着いてみると、ここに書いてあることが自然とわかってきた気がした。文字も普通に読むことができる。


「ただな、一つだけ気をつけんといかんことがあるんじゃ」


 私はタリスから目を反らし、老婆を見た。ん? タリス? 知らぬ間にこんなことも覚えていたのか。


「この占いの力というのは素晴らしい力なんじゃ。みんなの未来を予想してあげるというな、ほぼ他の誰もできん技をあんたは得たんじゃよ。


 だが、使いすぎてはならん。悪魔に心が食べられ、やがて支配される。そうときたらもう取り返しはきっと付かん。あんたは暴れて堕ち、だれかに殺されるまでこの世を悪とともにさまよわなけりゃならん。そこだけ注意してくれ」


 ✴︎


 カンクン。私たちの最後の目的地で、ここでの自由時間が終われば、私たちはメキシコシティに帰ることになる。私は叶恵と他数人の友達と一緒に、ショッピングモールで買い物を楽しんでいた。私はアクセサリーを買ったし、他の友達は家族向けにお菓子を買ったりもしていた。


 そんな楽しい時間も終わり、ついに集合時間がやってきた。私たちはちゃんと時刻までには戻り、他のみんなが帰ってくるのを待っていた。


 しかし時間が過ぎても、一人だけいなくなっている。それはフェルナンドだった。同じグループで行動していて、「あとですぐ行くから先行ってろ」という風に言われたそうだが、合流していないようだ。


 すると、先生の携帯に一本の電話が入った。


「もしもし、メキシコシティインターナショナルスクールの方でしょうか?」


「はい…… そうですが」


「私、カンクン警察で刑事をやっております、グティエレスと申します。申し上げにくいのですが、あなたの学校の生徒さんらしき人が無残な姿で見つかり、カバンがそばに転がっていたんです。名前は、フェルナンド・アルバレスというようですが……」


 ✴︎


 大変なことになった。フェルナンドが、カンクンのラグーンエリアで、ワニに噛み殺された姿で発見されたというのだ。死体は水に使っており、彼の体から流れた血が海の水を染めていたため発見されたそうだ。


 あの時の結果は、こういうことだったのか。


 初めて占った時、悪い意味で強い反応が出たのはフェッツェとドノントロスだった。フェッツェにはスペードのジャック、ドノントロスにはクローバーの9が出ていた。その時、私の心の中では、こんなことがよぎっていた。


 ーー 私をいじめるフェルナンドが、これからどのようになっていくのか。


まさに、ワニに対抗しきれずに噛み砕かれ、水を赤く染め上げていた。


 私はこのあと数日間、もういじめる人がいなくなったという安心感もあったが、それよりも人が死ぬことを知っていながら止められなかったということに苦しめられた。私は…… 人殺しなのか。


 そんな時、老婆の言葉が頭の中で蘇った。


「示された運命は、きっと誰にも変えられんような必然的なものなんや。もしあんたが占って誰かが死んでも、決して自分を責めるなや」


 それを思い出した。私にはどうにもできなかったことなんだ。


 こうして私は、「悪魔に選ばれし者」として一生生きていくことになった。

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