第9話 啓詩(490日前)
木曜の放課後、誰もみていないことを慎重に確認しながら、俺は4組の教室へ向かった。思い切ってガラッと扉を開けると、やはりそこでは真夜が待っていた。
「おっ、きたね」
「何の用? いいものって何ですか」
この前のような緊張感はない。
昨日LINEで言われたように、俺はこの教室に約束通りにやってきたのだが、何を見せられるかについては知る由もなかった。
真夜は自分のリュックをゴソゴソした後、占いの時に机の上に置いている分厚い本を取り出した。これはよく目にするが、占いで使っているところは一度も見たことがない。
「今日見せたかったのはこれです」
真夜は古さが漂う表紙を俺にどんと見せつけた。表面には何の図柄も入っていないが、そこからは何か歴史的な、というか神秘的なものを俺の何かが感じ取っていた。真夜は机の上にそれを置き、ページをペラペラめくって何も書かれていない真っ白なページを開けた。
「陽佑ってこれから死ぬじゃん? しかもひみのと仲悪くなってったりとか、きっと色々あると思うんだよね。そういう時に、神様がどういうことをすればいいかっていうような、行動指針? を授けてくださるんだ。それを心のジョーカーがこれから書いてくれるよ」
これから死ぬじゃんと言われた時は少しためらいたくなった。そんなことより、神様がくれる行動指針はとてもありがたいものだろう。これに従えば、悪いことなんざ起きやしないのかも知れない。
真夜はジョーカーを、占いでトランプの束にかざす時のようにもち、ジョーカーの絵柄が描かれている面を白紙に向けた。そこからゆっくりと右へずらしていく。
ページにはじわじわとアルファベットが焼かれていく。俺の言語理解能力では、これが何を意味するのかは全くわからない。ページの端まできたらまた左に戻り、同じプロセスを繰り返した。
やがて、白紙のページに4行の詩のようなものが炙り出され、一番下にに署名が添えられていた。
===
Caminando con nadie en el viento del otoño
Solo el aire me sigue y el silencio me conquista
En el día de la calabaza cuando bailando con la bruja
Me cae por el poder de la magia
Ceciloa
===
「…… なんなんだ、これ」
あぶり出された文字はまるで暗号だったが、真夜はこれを頷きながら読み、これについて説明し始めた。
「これが、ケキルアの
真夜がメキシコにいたからスペイン語なのだろうか。そもそも、彼女はなぜこんな力を手に入れたのだろうか。あとで聞こう。
「陽佑が死ぬまでの期間は8つに分かれてる。それぞれの名前が、タリスに書かれていた名前だね。で、その期間を司る神様が、陽佑に詩を読んでくれるんだ。あ、Ceciloa っていうのがケキルアね。神様直々の署名」
なんともありがたい。神様からのメッセージは何を言っているんだろうか。
「で、これなんて書いてあんの?」
「えーっとねー、日本語にするとこうかな。
秋風の中で一人歩く
空気だけがついてきて、沈黙が自分を支配する
魔女と踊るカボチャの日には
魔法の力で自分は落ちる」
「イミフなんですが」
「カボチャの日って、これハロウィンのことだろね。最後の2行はよくわかんないなー。誰かがナンパしてくるってこと?」
俺は思わずにやけてしまった。ここまであんまり話す人もいなかった人間が誰かに落とされるとは…… 楽しい未来が待ち受けているぞこれは。
真夜は少し浮いていた俺を横目で冷ややかな視線を送りつつ、話を続けた。
「最初はこれ、多分友達無視して一人歩きしてると誰もついてこないぞってことだと思う。まあ、あくまで私の予想だからね」
なるほど、合点が行く。周りを無視していたらいけないということか。そういうことは気づいていなかったが、示されたからには気をつけなければ。
「今日見せたかったものはこれだけかな。明日。予定空いてる?」
真夜の質問に、俺は言葉抜きで頷く。
「明日また、アシスタントをやってもらいます」
いいだろう、やってやるよ。
「俺今日はもう帰っていい? 妹多分家にいないからさ、ギター今じゃないと弾けないんだよね」
愛海は中学でテニス部に入っていて、木曜は活動日なので、ギターを弾くときのクレームは入ってこないはずだ。母親はパートに行っていて、父親は今は出張中のはずだから、家にはまず誰もいない。これは絶好のチャンスだ。いっそのことアンプにつないでかき鳴らしてやりたい。
「そっか、私も帰る!」
✴︎
もう真夜と帰るのは一種のルーティーンになってきたかもしれない。別に結華が入ってきてもいいのだが。
俺らはグラウンドを抜け、表通りに面する校門まで歩いていた。
「まーやちゃん!」
真夜の背中がドスッと押された。真夜は数歩前にバランスを崩したが、ギリギリのところで転けるのは回避できた。
俺と真夜の間に、小笠原が顔を出す。
「今日図案作成やってたのー?」
「それは今日はやってないの」
真夜がシャツのシワを直しながら答えた。
「じゃあ何してたの?」
真夜が一瞬、ギクッとなる。ケキルアの詩のことはおろか、占いのことは一切口外してはいけないため、真夜は答えに迷っているようだった。すかさず俺がフォローを入れる。
「勉強してましたよ、教室で」
「そうそう、今日私数学でわかんないことあったからさ」
真夜も誤魔化しを加えた。小笠原はただ、ふーんとだけ反応する。勘付かれてはいないだろうか。
「まあそれならいいけどさ、」
小笠原が顔を引っ込めるが、俺の耳元に口を近づけてきたようだ。
「あんた、真夜に変なことしたら殺すからね……」
こっわ。俺は耳元の微妙な熱気から離れ、小笠原に振り返って反論した。
「そんなことするわけねえだろ!」
「はいはいわかりましたよ。それじゃあね、お二人さん」
そう言って彼女は早足で校門を抜け、俺らとは逆の右へ曲がり、
ここでではあるが、説明しておこう。この高校では電車通学の人が多く、そのうちほとんどの生徒が、
ちなみに、俺の家から一番近いのは、本桜山の次の
「…… バレてないよね?」
真夜が心配そうに聞いてくる。俺に聞いても答えはわからない。むしろ俺の方が心配だ。
「多分占いのことはバレてないけど、何か勘付かれた気がする」
俺らは急に不安に駆られた。
「まあ、帰るか」
嫌な現実は見たくなくても見なければならない。
✴︎
帰り道。気まずさは残ってはいたが、どうにか俺たちは話を繋ぐことができていた。隣を流れている川は、今日はまだ日が沈む時間帯ではないからか、マンションの影に遮られることなく、水面はキラキラと輝いていた。
そろそろトピックがつき始めた頃、俺は真夜に疑問をぶつけた。
「真夜ってさ……」
ここまで言って一瞬躊躇する。こんなことは聞いていいのだろうか。占い師として彼女は特殊な力を使っているとはいえ、これはもしかすると欲しくもなかった、もしくは必然的に備わってしまった力だったのではないかという考えが、頭の中で俺にブレーキをかけた。
とは言っても、この答えを知るには真夜に直々に聞かなければ始まらない。俺は意を決し、振り向いてくれている彼女に、思い切って聞いた。
「真夜って、どうやって占いの力を手に入れたの?」
「え?」
予想だにもしなかったであろう質問に、彼女は困惑していた。これはまずいと、俺はうまく誤魔化そうとした。
「あの…… いや、別にそういうことじゃなくて」
「なるほどね。アシスタントだし話すか。信じてもらえないかもだけど」
話してもらえることは嬉しいが、これまた重い話が待っていそうだ。
「この力ね…… 私がこんな人間だなんて知らなかった。『悪魔に選ばれし者』だってさ」
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