第8話 害出(491日前)
購入する物リストの承認は、予想通り1週間後に降りたようだ。ここから我ら買い出し班は、放課後を使って買い出しに行き、少しづつ背景の図案を考えていくことになる。
承認発表があってから、俺は班全員と会議をして、最初の買い出しに行くのは俺、真夜、小笠原ということになった。
ロングHRが終わり担任が教室からそそくさと出て行くと、みんなが徐々に自席をたち、リュックを引っ張って部活に直行したり、友達のところへ行ったりしていった。次第に教室内に残っているのは俺ら数人となり、その中にはもちろん、今日の買い出しメンバーもちゃんと顔を揃えていた。
「真夜ー! 買い出し行こー」
小笠原がご自慢の笑顔で真夜に近寄っていった。真夜はもう転校してきて10日は経つからか、学校生活には全く困らなくなったようで、周りにたかってくる友達もたくさんできたようだ。俺とは対照的なスタートを切りやがって。
「今行くー」
真夜はリュックの中をゴソゴソして整理した後、ファスナーもまともに閉めないまま教室をピューと出ていった。
俺はこの様子をじっと見ていたが、同じグループのはずなのに俺に声が書けられたわけでもなく、じっとそれを見つめていることしかできなかった。
「陽佑来ないのー? 置いてっちゃうよー」
真夜がひょこっとドアのところから顔を出し、俺を呼ぶ。俺ははっと我に帰り、急いで自分の荷物を持って真夜を追い越した。
✴︎
行く道中、小笠原はずっと真夜としか話さなかった。そりゃまあ、これまであまり関わりがなかった俺には特に用なんかないだろうけど。一方の真夜も、最初は快くその話を聞いていたものの、次第に疲れてきたのか、新しい話を繰り出されるたびに苦笑いをしているのが俺には見えた。
そうこうしているうちに、気づけば俺らは学校からいちばん近いホームセンターの前まできていた。俺も時々ではあるが、ここに来ることはある。
学校から歩いて10分ほどのところにあるこの中規模ホームセンターは、この学校の生徒が桜隆祭の準備で毎年お世話になっているようで、この時期になると、学生証を提示すれば、5%ばかり安くしてくれたりする。入り口には、「(自称)桜山隆栄高校御用達」なんてポスターも貼られているくらいだ。高校はこれを黙認している。
ここで、買い出しの際のルールをここで一部紹介しておこう。塗料に関しては、油性のものは紙に塗る物だとしても禁止。テープも、ガムテープは良いが両面テープは、過去になんらかの事件があったのか、現在では禁止となっている。まあ後は、必要以上にものを買わないとか、店員さんに感謝するだとか。そして最後は、領収書を貰うことだ。これがないと正式に金が出せないらしい。
ウィンと音を立てて、入り口の自動ドアが開く。中規模といっても中はまあまあ広く、100mほどの大通りが目の前を走り、その左右に陳列棚が整列させられていた。
「今回買うものって、ペンキだけ?」
真夜が確認のために聞いてきた。こういうのはお任せを、俺は皇太から今日の買い出しメモってのをLINEで受け取ってますから。
「そう、黒と赤のペンキと、後は太めの黒ペン」
特に知らないはずの小笠原が、俺が話そうとしているのを遮るように言った。小笠原、おまえ俺の出番を奪うなよ。
ペンキコーナーは入り口から30m程奥に行ったところにあり、棚にはズラーっとペンキの銘柄が並んでいた。赤だけでも十数種類はあるだろうか、ラベルは色合いがすごく似ており、どれも同じに見えてくる。
俺はどれを取っていいかわからずに迷っているうちに、小笠原がその中から適当に中型缶を取り上げた。
「これでいいんじゃない? 別に銘柄指定があるわけじゃないでしょ」
そう言い放った小笠原は、どこかめんどくさそうにも見えた。
「でも待って、これ油性じゃない? ほら、ここに書いてある」
真夜がストップをかけ、英語が書かれたラベルの一部を指差した。俺もそれを見るため真夜に詰め寄る。
「Oil Paint」
油性だ。ラベルの右下に小さめの丸に書かれている。よく気づいたな。よく見ると、大きく書かれた商品名の上にも「油性」とちゃんと日本語でも書いていた。
小笠原は仕方なくペンキを元の場所に戻し、上段の方に目をやる。対照的に、俺は下段を見ていた。
「これはどうだろ? ちゃんと水性だしサイズ的にもいいと思うんだけど」
俺はふと見つけた缶を取り出し、二人に見せた。大きな文字で「水性」と書いてある。
「あ、いいね! これにしようよ」
「それでいっか」
二人とも賛成してくれた。俺は近くに積み上げられていたカゴにこれを入れた。右手だけでカゴを持つと、かなり重たいのがわかる。
その後は、特に苦労することなく黒ペンをゲットし、レジへ。学生証を提示すると、店員さんは喜んで対応してくれた。
「桜山の学生さんだね。買い出しお疲れ様。5%引いておきますね」
俺が見たこともない、新人さんのようだ。桜山への対応となると、少しぎこちない感があるようだ。
無事会計を済ませ、外へと出る。夕日が俺たちを後ろから照らしていたが、学校が再開した時のような暑さはすでに消え去り、今では涼しさが混じった夕風が俺たちの背中を押していた。
「綺麗だね。今日の夕日は」
誰も話していない中、真夜が切り出した。哀愁というのか郷愁というのか、よくわからない感覚に包まれていた俺たちは、ここまでほぼ無言で歩いてきていた。
「ほんと。でも夏が終わっちゃうんだって感じもするなー」
小笠原が清々しい顔で答える。
「陽佑もどう? この夕日」
真夜からそう聞かれた瞬間、小笠原が俺の方を細目で見てきた。
「う、うん、綺麗だな」
何かわからないこの圧迫感を感じながらも、俺は答えた。なんなんだ、小笠原は。
とここで、俺はまずいことを思い出して、その場に立ち止まった。真夜と小笠原がどうしたものかと立ち止まり、こちらを振り返る。
「やばい、領収書もらい忘れた…… よな?」
「「あ」」
✴︎
「今日はこれでいいかー。もう私疲れたんだけど。先帰っていい?」
ホームセンターに引き返してから学校に着いた頃には、まだ3時半を回ったばかりだった。小笠原はもう疲れてしまったのか、先に帰りたいと散々ごねた後、俺らがいいよという前にはもう帰ってしまっていた。
一人減った今、俺らは予定していた図案作成をどうするか考えていた。
「ひみのがいない中で勝手に作っちゃうのはダメかな」
真夜が心配そうな声で言う。
「でも今日までにやらなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
「…… うん。また今度でもいっか」
俺は賛成した。3人でやらなければ、小笠原からも何か文句が飛び出そうだからだ。それだけは面倒で、どうしても避けておきたかった。彼女が気分を崩すと、周囲の目が俺に向く可能性だって十分ある。それほどの影響力を持つ恐ろしい女なのだ。
「もう今日は帰る?」
真夜は口元に笑みを浮かべ、元気に頷いた。
✴︎
いつもの川辺。二人で色々な話をしながら、その道をゆっくり歩いていた。いつものことなのに、毎回毎回が新鮮に感じるのはなぜだろうか。
「ひみのってさ、今日変じゃなかった? 陽佑睨んだりさ」
突然こんなトピックをぶっ込んでくるとは。真夜さん、容赦ない。
「俺のことが嫌いなのか? あいつは」
俺は、「こんな面倒い話はどうでもいい」という口調で言い放った。真夜は、うーんと腕組みをしながらしばらく考えた。
「あり得るね」
えっ? と思い、真夜の方を反射的に向いた。
「私さ、最近ひみのと仲良くしてるから、もしかしたら陽佑が私を取ってる、なんて思ってるのかも」
いくら真夜と仲良くしてたって、他人に嫌われる覚えはない。特に俺とは関わりのない女子には。
「私はもちろんひみののことも陽佑のことも友達だと思ってるし、どっちかに偏るなんてことはしたくない。私で取り合いにならないでほしいな…… まだ転入してきたばっかだっていうのに」
友情とは、これほどまでにも難しいのか。マンションの間から漏れた夕日が、俺が思ったことをまるで肯定しているようだった。
「真夜。占ってくれない?」
「え?」
急すぎる頼みで、真夜も驚く。俺も、容赦ない。
「小笠原とはこれからどうなっていくのか。」
真夜はまた悩んだ。すぐ占ってわかるものでもないのだろうか。
「私が占ったら、それが必然的な結果になるけど…… 仮に悪い結果が出てもいいんだね?」
覚悟した。敵は極力作りたくないが、未来がわかるだけでもいい。俺はその一言に尽きた。
「LINEで結果送るね」
✴︎
夜の10時ごろ、LINEがなった。真夜からだった。写真とともに、長文が送られてくる。
「陽佑ヤッホー
調べて見たよ。結論から言わせてもらうと、ひみのとの関係は悪くなってくみたい。ケキルアがスペードの7だから悪い方向にいってる。モロステーニもあまり良くないね。他は特にって感じだけど、黒が今回は多かったよ。
明日さ、いいもの見せてあげるから、放課後、残れるなら残って!」
悪くなるのか。大きくため息をついた。
今夜は眠れなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます