第6話 厄束(499日前)

 放課後、一年生フロアが静まり返った時を見計らって、俺は昨日と同じく図書館から抜け出した。


 渡り廊下を進み、4組のドアをそっと開けて中を確認する。


 昨日同様真夜が座っていた。机の上には、タリスとトランプが置かれている。


「遅いよ」


「ごめん、いろいろビビってた」


 転校してきて二日目とは思えない強めの口調で責められた俺は、その場しのぎの言い訳で振り切った。


「今日の朝はいろいろ困らせちゃったっぽいね。あんな時に挨拶しちゃったからさ。陽佑ごめんね」


 あの朝の後もコソコソと俺ら二人の関係は噂されていたようだが、昼休みの時にはもうそういうのには慣れたのか、多少の視線を感じても特に気にならなくなっていた。人間って、慣れると恐ろしい。


「いやいや、それほどまでもなかったけど」


 転校早々プレッシャーをかけまいと、俺は全く気にしていないように答えた。事実気にしていないのだが。


「なら良かった! でさ、私から二つお願いがあるんだけど」


 真夜は、昨日俺をアシスタントに任命した時のように、体ごと俺の方に向けていた。昨日と違うのは、真夜の表情が真剣になっていることだった。重そうなお願いが来るかもしれないと、少し緊張し始める。


「一つは、私が占い師だってこと、黙ってて欲しいの。私が占い師だってみんな知ったらさ、私占いに集中できなくなるし、困ったときは私頼みってなっても困るから…… お願いできる?」


 危ねえ、朝結華には黙っておいて正解だった。真夜には真夜で、占い師ならではの事情がある。俺はアシスタントしても、もちろん人間としても、この願いは尊重しなければならない。


「もちろん約束する」


 俺は何も迷わずに誓った。二人だけの秘密だと思うと、何かすごくドキドキする。


「ありがとう! で、二つ目は、」


 重い雰囲気が崩れ、真夜は体を逆方向にひねり、リュックを漁り始めた。


「今日部活ないならさ、最初のお仕事する? アシスタント君」


 おっといきなり仕事来たか。部活はないし、特段断る理由もないので、俺は真夜から差し出されたパソコンを丁寧に受け取った。


「ツイッターのDMで、たくさんご依頼が来てるんだ。メモに例文載せてるから、お決まりの挨拶と、私が言うこと書いてもらえれば大丈夫」


 俺は横にあった机を引き寄せ、パソコンを置いて起動させた。頻繁に使っているからか、起動が早い。真夜がすでにログインしておいた状態のようで、「ようこそ」と現れた後にはすぐにツイッターの画面が現れた。


 タイムラインに現れたのは繋がっている占い師さんのツイートであったり、有名人のものであったりと、個人的な匂いは殆どしない。左にあるメニューバーのところには、ダイレクトメッセージのところだけ16と書かれた青い丸がピコンと付いていた。


「じゃあ最初のご依頼から行きますか。メッセージの中で青くなってるところがあるでしょ?それの一番下を開けて」


 真夜が横から顔を突っ込んで説明してくる。


 実を言うと俺はツイッター初心者であるために、使い方がまずよくわからない。そもそもなぜ呟きの文字数が140字で限定されなければいけないのだろうかと、ずっと不思議に思っている。


 俺は戸惑いながらも言われた通りに、メッセージボックスをスクロールダウンして、青がかった新着メッセージの底にあったものをクリックした。アイコンからして10〜20代の女性らしい。


「こんにちは。恋愛相談です。付き合って5ヶ月になる彼氏がいるのですが、最近連絡をマメにしてくれません。彼とは違う大学なので、違う女と付き合っていたりしないか心配です。Maya先生、彼は浮気していたりしないでしょうか。占いのほど、よろしくお願いします」


 声に出して読んでいるうちにわかったことだが、彼女の占い師としての名義はMayaらしく、しかもその人は過去にもDMで占いを依頼していたことから、真夜はツイッターでもかなり信頼されているようだ。


「なるほどね、よくある相談か。男女関係って複雑なものだね……」


 そう独り言をぼやきながら、真夜は綺麗な手元でトランプをきっていった。切り終わったところで、昨日と同じようにタリスの中心に束をおき、あらかじめ引き抜いていたジョーカーをかざした。


 カードは怪しげな光を放ち次第に浮き始める。一番下まで浮き上がったところで、右手を横にけさせると、八枚のカードが一気に移動し、やがて静止した。


「ふむふむ、アンテフィーネとテンゼメルドが高いね。それでケキルアが低い。これは浮気している可能性が十分にあるよ」


 昨日真夜から教えてもらったことを頭の中で整理しながら、俺は頑張って理解しようとした。つまり、美と火が強くて、善が低いということか。美に惹かれて心の火が強くなり、依頼者の女性に悪いと思いながら浮気しているということなのだろうか。


「今言ったこと書いて。 挨拶もちゃんとつけてね」


 真夜からの指令が下った。俺は、デスクトップに付箋のように貼られているメモの文をコピーし、メッセージ記入欄に貼り付けた。そこから、真夜が言っていたことをなるべくわかりやすいように書いていった。


「できた? 見せてよ」


 いいよという暇もなく、真夜はパソコンの向きを強引に変えた。やはり容赦ない。


「ご依頼、ありがとうございます!


 浮気相談ということで占ったところ、「美」と「火」の反応が強く出ており、反対に「善」は低いという結果が出ました。おそらく彼氏さんは他の美に惹かれて心の火が強くなっており、ご依頼者様に悪びれながらも浮気をしている可能性が十分にあります。まだ完全に浮気しているとは言い切れないため、彼氏さんに直接お尋ねすることをお勧めします。


 私からは以上です。またご依頼がありましたらいつでもお待ちしております!」


 読み終わるなり、真夜は目を大きく見開いた。


「すごい、完璧だよ! これどうやって書いたの?」


 驚きの目で俺を見てくる。


「え、過去のやつ参考にしただけだよ?」


 真夜はスクロールアップして過去のメッセージと俺が書いたものを照らし合わせていた。なんだ、とでも思ったのか、驚きはすぐに薄れていった。


「じゃあこれで送信するね。はい、できた!」


 送信ボタンをクリックし、青い大きな吹き出しがにゅっと現れた。


「はい、次の依頼は?」


 ✴︎


 そうこうしているうちに、時間がだいぶ経ってしまったようだった。外はまだ暗くなってはいないものの、オレンジ色の空は遠く向こうの方に行ってしまい、黒っぽい空が姿を見せ始めていた。


 ずっとこの作業に夢中になっていた俺らの集中力は、放送によって壊された。


「本日の最終下校まであと10分ほどとなりました。教室や自習室にまだ残っている皆さんは、後片付けをして退出するようお願いします。最後に部屋を出た人は、電気やクーラーの電源を切ることを忘れないでください」


 ピーンポーンパーンポーン。校内放送はなぜこんなにも破壊力があるのだろうか。


「もう暗いし、行こっか」


 今日は真夜がそう言ってきた。俺は頷き、パソコンを返してリュックを拾い上げた。机をもとに戻し、真夜と一緒に教室を出た。大丈夫、俺は今日は筆箱を忘れていない。


 靴箱でスニーカーに履き替え、俺は先に外に出て真夜を待っていた。靴箱にはほとんど人がいなかったから、睨まれることもなくて良かったんだが……


「あれ、陽佑? 転入生ちゃんも!」


 偶然通りかかった結華に遭遇してしまった。しかも真夜が出てきたのと同じタイミングで。


 うわぁ、厄介だ。


 ✴︎


「へぇー真夜ちゃんってメキシコから来たんだ!うちらの学校アメリカがほとんどだからさ、メキシコとかヨーロッパとかSSレア級なんだよねー」


 真夜をゲームのガチャ扱いするな。


 真夜と秘密のことで話したいことがあったのに、結華はこの時はすごいお節介だった。まあ、また別の時に聞けば良いんだろうけど。


「陽佑と最近仲良しっしょ? 気をつけて、陽佑やばいほど変態だから」


 特に結華の話を聞いてはいなかったのに、この言葉だけは耳に入った。布告された通りにやられた。


「おいどういう意味だよ」


 本日二回目の怒りマーク。必死で反論した。ここで黙ってなんかいたら、真夜の耳にこれからどんなことが吹き込まれるかわからない。頼むから俺の好感度を下げないでくれよ。


「小4の頃さ、体育終わったあとこいつ確認もしないでさ、女子が着替えてる教室に堂々と入って来やがっ担だよ! それも年に……」


「やめろぉおお!」


 俺は結華に飛びつき、口元を一生懸命抑える。結華は負けじともごもごしながらまだ何か話そうとしていた。


 実を言うと、これは本当だ。一年に三回こういうことをやらかして、変態だ変態だと周囲から忌み嫌われていた。先生に呼び出しは喰らわなかったものの、俺の不注意がこのような惨劇を引き起こしたのだ。この機会に言っておく。俺は決して意図的な変態ではない。


 このような調子で、気づけば昨日真夜と別れた稲川町の交差点まで来ていた。結華は、俺らとは違い来た道を左に曲がるのだ。ここで三人揃って解散となる。


「それじゃあね、バイバイ!」


 横断歩道を渡りきったところで、俺はひとまず安心した。


 結華の存在は、いつもはすごく嬉しいのが、この件に関しては足手まといでしかなかった。

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