彼氏は笑わない

 今日は愛する彼女との久々のデートだ。スーツを着こなし、バラを抱え迎えに行こう。そう決めながら朝ごはんを食べる。白飯に目玉焼き、ウインナーだ。

 何事もなく順調に時間は過ぎ去っていく。昼ごはんにはラーメンを食べた。夜は夜景を見ながらワインでも飲もう、そう考えていた。

 待ち合わせ時間は午後8時。今の時間は午後7時。そろそろ行こう、と思いながら退出カードを挿す。入り口の自動ドアを潜り待ち合わせ場所へと足を運ぶ。

 ふと目に入ったのは花屋さん。店前には所狭しと綺麗な薔薇が並んでいる。そのまま店内へと入りいくつかの花を見繕いそのバラを購入する。

 店員の声を背中にその店を後にする。時間を見るとすっかり待ち合わせ時刻の十分前だった。

 急がなきゃ。そんなことを考えつつ急ぎ足で待ち合わせ場所へと向かう。信号が青になっている横断歩道を渡っている時、突然にそれは起きた。

 ドン‼︎

 一瞬何が起こったのかわからなかった。ただ赤い鉄の塊がぶつかってきた、というのはわかった。

 彼の目にはゆっくりと景色が流れていく。彼の身体が宙へと舞っていく。薔薇の花が飛び散り辺りに紅い雨を降らせる。

 ああ、俺死ぬのかな……

 消えゆく意識の中でふと思い出すのは彼女との思い出。一緒に喜んだこと、喧嘩して怒ったこと、哀しかったこと、楽しかったこと。

 もう……あいつと会えねえんだな………

 最後の力を振り絞りスマホを取り出し彼女に電話を掛けようとする。

 しかし彼女に電話が届くことはなかった。スマホの画面には彼女とのツーショットが映っている。時間は午後7時58分。彼は周りを紅い薔薇で囲まれ、大勢のギャラリーに看取られ余りにも短いその人生を静かに終えた。


———彼は微笑んでいた。

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彼氏と彼女と君達 岸辺海夢 @kaimuyoshioka20030802

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