第4話 リリーナさんとの食事

「それで、あなたみたいなのがどうしてこんな町へ来たのよ?」


 ギルドのすぐ向かいにある酒場「雪花亭」にて。

 冷えたジョッキをクイッと傾けたリリーナさんは、こう話を切り出した。

 どうやら彼女、俺とガンズさんたちの騒動について最初から聞いていたわけではないらしい。


「実は、竜賢者ノジャリス様を探してまして」

「なるほど。そういうこと」

「……笑わないんですね」

「もちろん。だって私も、あなたと同じだもの」


 思いもよらぬ返答に、俺は飲んだばかりのエールを吹き出しそうになった。

 一方で、リリーナさんはさして驚いた様子もない。

 街でたまたま知り合いにあったとか、その程度の雰囲気だ。


「ノジャリス様を探してる人って、案外多いからね。この町に住んでれば割と遭遇するわよ」

「そうなんですか。俺がギルドで言ったときは、結構バカにされたのになぁ……」

「あなたはポーターだしねえ……。けど、気にすることないわよ。ガンズたちはもともとああいうやつだから。自分がもう伸びる見込みがないからって新人つぶしをして楽しんでるのよ」

「なるほど……そっち系ですか。道理で、俺を雇いたいって言ってきたわけですね」


 リリーナさんの言葉を聞いて、すぐに納得してしまった。

 俺も冒険者生活はそれなりに長いので、そういう人は何人も見たことがある。

 どこのギルドにも必ずいるんだよな、新人をダメにすることに喜びを感じる人って。

 そういう人はだいたい、俺みたいなもともと出来の悪い奴を引き込むのだ。

 

「なんか、違うこと考えてる気がするけど……。とにかく、あいつと取り巻き連中には、関わらない方が無難ね。もしパーティを組みたかったら、ギルドに紹介してもらうことをお勧めするわ。受付のミリアさん、あれでかなりやり手だから頼りになるわよ」

「いいこと聞きました。ありがとうございます!」

「気にしないで、これも先輩の務めよ。それよりあなた……どこから来たのよ? 普通じゃないけどさ」

「クレストですよ。これでも『空色の剣』に所属していました」


 俺が『空色の剣』の名前を出した途端、リリーナさんの顔つきが変わった。

 Sランクパーティの名声は、こんな田舎町にまで届いていたらしい。

 そりゃ、強さと美しさを兼ね備えた女の子たちが揃ってるんだもんなぁ……。

 有名になるのも当然か。


「あなた、それほんとなの!?」

「ええ。知っての通り、あくまでポーターですけど」

「そうだとしてもすごいわよ。王国で一番勢いのあるパーティじゃない!」

「ははは……」


 所属していたパーティのことを褒められると、ついつい嬉しくなってしまう。

 こうして俺が照れて顔を赤くしていると、リリーナさんはそっと顔を近づけてささやく。


「それで、そんなエリートが竜賢者ノジャリス様を探しに来たってことは……やっぱり例の究極魔法が目当てなの?」

「……何ですか、それ?」

「え? 知らないの?」


 明らかに困惑した顔をするリリーナさん。

 究極魔法とはいったい何のことだろう……?

 最初から収納魔法について学ぶと決めていたので、それ以外についてはほとんど調べていなかったのだ。

 字面からするとものすごい魔法のようだけど、さっぱり見当がつかない。


「じゃ、じゃあ……ノジャリス様に何を教えてもらうのよ?」

「収納魔法です」

「収納!? そんなもののためにわざわざあの伝説の竜賢者を訪ねてきたの!?」


 リリーナさんは椅子から立ち上がり、声を大にして叫んだ。

 何もそこまで驚かなくたっていいだろうに。

 ポーターにとって、収納魔法は命なんだぞ。


「……俺、収納魔法の容量が小さくって。人の半分ぐらいしかないんですよ。だから収納魔法の開発者であるノジャリス様に会って教えを乞えば、少しは改善できるかもって」

「そりゃそうかもしれないけど、わざわざ収納魔法のためにそこまでやる? だいたい、あなたぐらいの戦闘力があれば収納魔法なんてなくたって……」

「大事なんです! みんながSランクになった以上、俺ももっとポーターとして実力を上げなきゃいけないんですよ!」


 俺が拳を振り上げて熱弁すると、たちまちリリーナさんも「そ、そうね」と頷いた。

 どこか納得のいっていない様子だったが、そこはやはり冒険者だからかもしれない。

 俺が今まで何度、荷物が入らなくて苦しんだことか……!

 このつらさは、容量不足に悩まされたポーターでなければ理解できないのだろう。


「リリーナさんの方こそ、何の魔法を教えてもらうつもりなんですか? ひょっとして、さっき言っていた究極魔法ですか?」

「……ええ、そんなとこよ」


 ほんの一瞬だが、リリーナさんの返答が遅れた。

 これは……どうやら彼女、本当は別の魔法を教えてもらうつもりのようだ。

 なぜ隠したのか理由はわからないが、無理に聞くべきことでもないだろう。

 俺はとりあえず、彼女に合わせてうんうんと頷いておく。


「ふぅ、ごちそうさま! さてと、そろそろ私は行くわね。また今度、ノジャリス様について情報交換しましょ!」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうしてリリーナさんとの食事を終えた俺は、再びギルドへと戻った。

 そして受付にいたミリアさんに、パーティを紹介してほしい旨を伝える。

 俺はこの町では新参者。

 パーティを組んだ方が、やはり何かと都合が良いだろう。

 Fランクでは受けられる依頼も限られてしまうし。


「そうですねえ、ノリスさんと実力が釣り合いそうなパーティと言いますと……」

「できればCランク以下がいいです。俺はFランクのポーターなので、あんまり高いところはちょっと」


 長らく『空色の剣』でやってきた俺だが、本来の適性はそのあたりである。

 まだ少し高い気もするが、結成したてのパーティとかだとそもそもポーターを雇う余裕がないからね。

 もともと仲間にいたならともかく、外から雇うとなるとある程度ベテランになってからが普通だ。


「Cランク以下……ですか?」

「はい! それで何とか!」

「そうなりますと……ううーん……!! 下手なところだとバランスが……」


 顎に手を押し当てながら、困り顔をするミリアさん。

 やっぱり、高望みしすぎたかな?

 ガンズさんみたいな新人つぶしを目的としたところならともかく、まともなパーティだとなかなかFランクのポーターなんて雇わないだろうからなぁ……。

 しばらくうんうんと悩んだところで、ミリアさんはポンッと何かを思いついたように手をつく。


「ああ、そうだ。逆に考えれば……! ノリスさん、いいパーティありますよ!」

「本当ですか!?」

「はい! 最初の内は、ちょっと『独特のノリ』で大変だと思いますが……。すぐに、必ず良くなると思いますので!」


 ミリアさんの中で、何かがストンと落ちたのだろうか。

 彼女は俺の手を軽く握りながら、猛烈にそのパーティへの加入を進めてくる。

 そこまで言うのなら、断る理由はない。

 俺は首を縦に振り、彼女の進めたパーティ『漆黒の竜牙』への参加を承認した。

 そして、翌日――。


「はっはっは! 我が名はレイドルフ・グランバルト、いずれ世界の冒険者の頂点に立つ男だ!」

「私はフォルトナ、超天才美少女魔導士よ」

「は、初めまして! 私はスージー、盗賊をしていましゅ!」


 やたらと個性の強そうな少年たちと遭遇したのだった。

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