第3話 ちょっとした騒動

「シロヤマグマのリーダーと言ったら、Aランクの魔物ですよ! それもかなり上位の!」


 受付嬢さんの声が大きくなる。

 へえ……このクマってそんなに強い奴だったのか。

 確かに毛皮こそ少し硬い気がしたが、首元を狙えばさほど苦も無く倒せたので弱いと思っていた。

 前に『空色の剣』でAランクのサラマンダーと戦った時は、もっと強かった気がしたけど……。

 あの時に比べて、俺もちょっと成長したってことなのかな。


「これ、ご自分で倒されたんですか?」

「ええ、まあ」

「本当にですか? 嘘を言うと、あまりためになりませんよ?」


 思いっきり俺を疑っている様子の受付嬢さん。

 周囲を囲むガンズさんたちも、訝しげな顔でこちらを見ている。

 こうも疑われてしまうと、さすがに気分が悪いな。

 

「間違いないですよ。誰か見てるんじゃないかな、乗合馬車での出来事だったので」

「その馬車、どこからいつ到着の便でした?」

「バラス発、今日のお昼到着の便です。運行元はルバル商会だったかな?」


 俺が答えると、受付嬢さんはすぐさま依頼書の束を取り出した。

 そしてパラパラパラッと風が吹くような速度でめくっていく。

 あの速さで文字が読めるって、さすがは本職だなぁ……。

 俺が感心していると、目当ての依頼書を見つけたらしい彼女はふむと頷く。


「それならエイドスさんたちの護衛していた便ですね。彼のことですから、今頃は雪花亭でしょうか」

「よし、確認に行ってくる!」


 集まっていた冒険者の一人が、すぐさまギルドを出て確認に走った。

 俺は受付嬢さんから飲み物をもらい、その場でしばらく待つ。

 そうして十数分後。

 息を切らして戻ってきた冒険者は、俺のことを青い顔で見ながら言う。


「……聞いてきたぜ! そいつの言ってることは本当だ!」

「本当か!? し、信じられねえ……!」

「エイドスもびっくりしてたぜ! あいつ、凄腕の剣士だって思ってたらしいからな」

「こりゃまた、とんでもないことになったもんだ……」


 その場の空気がにわかに変わった。

 冒険者たちは半ば冷や汗をかきながら、こちらを見つめる。

 どうやら信じてくれたようだけど、逆になんかビビられちゃったな。

 やっぱり田舎町だから、ランクの高い冒険者がそれほど多くないのかもしれない。

 クレストの街じゃ、別にそこまで目立ってなかったと思うし。


「……それで、素材のお金はどれぐらいになりそうですか?」

「ああ、はい! ちょっとお待ちを!」


 急いでそろばんを取り出し、計算を始める受付嬢さん。

 パチパチパチッと小気味良い音が響く。

 やがて計算が終わったところで、彼女は声を震わせて言う。


「全部で三百万ゴールドです! ここ数年、シロヤマグマの大発生が起きていないので素材がかなり高騰していますね」


 思った以上の金額になったなぁ。

 俺が感心していると、集まっていた冒険者たちがざわめき始める。

 三百万と言えば、都市で一年生活できるぐらいである。

 稼ぎが多いといわれる冒険者でも、高ランクにならないとなかなかお目にかからない額だ。


「すげえ、一攫千金じゃねえか!」

「それだけあったら、しばらく飲み代には困らねえな」

「あんな坊主が、マジかよ……」

「三百万となりますと、すぐにはお支払することが難しいですね。専門の鑑定士の型に再鑑定してもらった上で、後日ということになりますがよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 『空色の剣』のみんなが気前よく分け前をくれたおかげで、お金には困っていない。

 王都に屋敷が買えるぐらいの金額を、今でも銀行に預けている。

 旅立つ前にみんなにいくらか返していこうかと思ったのだけど……。

 もしかしたら旅で入用かもしれないということで、取っておいたのだ。


「しばらくこの町に滞在されるおつもりですか?」

「たぶん、一か月以上は」

「でしたら、準備ができたときにまたご連絡しますね」

「よろしくおねがいします!」


 こうして受付嬢さんとの話を終えると、すかさずガンズさんが近づいてきた。

 先ほどまでとは打って変わって、やけにいい笑顔を浮かべている。

 なんか妙に機嫌が良さそうだけど、この短い間に何かあったのかな?

 俺がちょっぴり警戒していると、彼はこちらの肩にポンと手を置いて言う。


「さっきは悪かったな! いやあ、坊主がそんなにすごい奴だとは思わなかった!」

「あはは、褒めてもらって嬉しいです」

「それでだ、坊主。お前さん、うちのパーティに加わるつもりはないか? 『白雪の槍』って言ってな、このあたりじゃ結構有名なんだぜ」

「へぇ……」


 竜賢者ノジャリス様の住むモーラン山へ入るには、ギルドの特別な許可がいる。

 有名なパーティに所属しておけば、もしかしたら査定の時に有利かもしれない。

 俺の心が、ちょっとばかり揺らいだ。

 しかしここで――。


「ちょっと待った! それなら俺たちのとこに入った方がいいぜ!」

「いいや、俺たちのところがおすすめだ! ガンズのとこより活躍できるぞ!」

「何を! この町でなら、この『天雷の弓』もおすすめだ! 他とは違って初心者に優しい!」

「それならうちだって優しい! お前らのとこだけの特権じゃねえ!」

「調子のいいこと言って、最初にこいつをバカにしたのは――」


 俺を巡って、思わぬ言い争いが始まってしまった。

 こんなことで揉められても困るのだけど……うーーん……。

 皆に詰め寄られて俺が返答に窮していると、不意に少女の声が響く。


「ちょっとあんたたち、情けないんじゃないの?」

「ん……? げっ、リリーナ!」


 リリーナと呼ばれた少女は、そのまま冒険者たちをかき分けてガンズさんの前に立った。

 そしてその顔をまっすぐ見上げると、ビシッと人差し指を突き付ける。

 その凛とした立ち姿は、少女らしからぬ迫力があった。

 もしかすると、『空色の剣』のメンバーに匹敵するぐらいかもしれない。


「強いと分かった途端、掌返しちゃってさ。見てて恥ずかしいぐらいだわ」

「掌を返したなんて人聞きが悪いな。俺はちゃんと、実力を知って正当に評価しただけだぜ?」

「正当な評価ねえ……。で、うまく寄生すれば楽に稼げそうだから取り込もうとしたと?」

「そ、それは……」


 たちまち口ごもるガンズさん。

 リリーナさんは横目で周囲の冒険者たちを見やると、さらに続ける。


「ほかの連中もよ。いい年して子どもに寄生しようなんて、みっともないじゃない。いつからここは幼年学校になったわけ?」


 リリーナさんの鋭い眼光と言葉の強さに、たちまち退散していく冒険者たち。

 ほえー、まさに女傑って感じの人だなぁ……。

 身に着けている装備もかなり上質だし、腰に差している剣もおそらくはミスリル製。

 ガンズさんやほかの冒険者たちと比べると、明らかに強そうだ。

 俺はすぐさま彼女の前に進み出ると、ぺこりと頭を下げる。


「あの、ありがとうございました! 俺、モリスって言います!」

「こちらこそ。私はリリーナ、よろしくね」


 そっと手を差し出してくるリリーナさん。

 その手を俺は軽く握り返すのだった。

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