第2話 竜賢者ノジャリスを探して

 竜賢者と呼ばれる人物がいる。

 古代竜にも匹敵する魔力と叡智を誇ることから「竜」の称号を冠する彼の逸話は、あまりにも多い。

 曰く、天険と名高いロレーヌ大山脈の一角を消し飛ばした。

 曰く、智慧と心を持つゴーレムを創造して下僕とした。

 曰く、魔界の大公と契約して生命の水を生み出す術を授かった。


 こうして彼が生み出した数多の魔法の中でも、最も有名なのが収納魔法である。

 そう、今では一般的に用いられているこの魔法も、もともとは一人の賢者が生み出したものなのだ。

 よって竜賢者様は、この世で一番収納魔法について詳しい人といっていい。

 だから修行をすると決めた俺は、真っ先に彼を訪ねることにした。

 収納魔法の教示を受けるにあたって、彼以上の人は存在しないのだから。


「ここが、ノジャリス様の住むタパパの街か……」


 クレストの街から、馬車にゆらり揺られて二週間。

 俺は大陸東部に聳える霊峰モーランの麓にあるタパパの街までやってきていた。

 雄大な山に育まれたこの田舎町に、かの竜賢者ノジャリス様は住んでいるという。

 もっとも最後に目撃されたのは十年ほど前で消息についてははっきりしていない。

 魔法界から引退してしまったノジャリス様は、今では世間から身を隠して隠居生活を送っているのだ。


「まずは情報を集めないとな。うーん、どこがいいだろ?」


 乗合馬車を降りた先の広場で、俺は街並みを見ながらつぶやいた。

 田舎といっても、タパパの街はそれなりに広い。

 この分だと三千人ぐらいは住んでいそうだ。

 さすがに何の手掛かりもなく聞き込みをするのは無謀な規模だな。


「やっぱり、情報収集の定番は酒場かな? もしくはギルドか?」


 街で情報を集めるといえば、その二か所が定番だろう。

 クレストのようにギルドと酒場が併設されてるところもあるから、場合によっては一か所か。

 ひとまず、先に見つかった方へ行こう。

 そう考えて街の通りを進んでいくと、大きな建物が見えてくる。


「あれがタパパの街のギルドか。へえ、なかなか立派だな」


 王国全体で共通の設計を使いまわしているのだろうか?

 ギルドの建物はクレストの街とよく似ていて、一発でそれと分かった。

 扉を押して中に入ると、たちまちこちらに視線が注がれる。


「見ない顔だな? 珍しい」

「あの格好からすると、剣士かね?」

「いや、杖も持ってるぞ」


 俺の格好を見た冒険者たちが、口々にその職業を予想する。

 というのも、俺は腰に杖と剣を一本ずつ差すという独特のスタイルをしていた。

 単純にこの方ができることが多いからなのだが、何者なのかいろいろ尋ねられることもある。

 クレストの街ではいい加減みんな慣れてきていたので、こう言われるのは久しぶりだけど。


「よう坊主、何だその恰好は?」


 俺がカウンターに向かおうとすると、ひょいッと男が顔を出した。

 筋骨隆々とした男で、頬に大きな古傷がある。

 使い込まれた鎧はレッドワイバーンの鱗で出来ていて、なかなかの業物だ。

 さすがに『空色の剣』の面々と比べるといくらかランクは落ちるが、かなりの強者だろう。


「えっと、あなたは?」

「俺はガンズ。Bランクの剣士で、ここの顔役みたいなもんだな。お前さんがあんまり妙な格好してるから、気になっちまってよ」


 腰に差した杖と剣を見て、やれやれと疲れた顔をするガンズさん。

 彼はふーっとため息をつくと、諭すように言う。


「お前さん、杖と剣で魔法剣士とか言う口だろ? 若い奴にはたまにいるが、今のうちにやめとけ。そんなもんはだいたい大道芸で終わっちまう」

「別に、そんなつもりじゃないですよ」

「じゃあ何だって言うんだ?」

「両方持っておいた方がすぐに切り替えができて便利かなって。俺、ポーターなので」


 俺がポーターと言った途端、ガンズさんの眉間に深い皺が寄った。

 彼は「おいおい……」とつぶやくと、こちらを心配そうな目で見てくる。


「ポーターが剣と杖って……ますます方向性がわからんのだが」

「そうですか? あれこれできた方が便利じゃありません?」

「そりゃ便利だろうが……。まあいい、ここには何しに来たんだよ? 何かなきゃ、こんな田舎町にわざわざよそから来ねえだろう?」


 お、これはいい機会かもしれない。

 ガンズさんは顔も広そうだし、ノジャリス様に関して何か知っているかも!


「えっと、竜賢者ノジャリス様を訪ねてきました」

「……お前大丈夫か?」


 それだけ言うと、ガンズさんは俺の額にそっと手を伸ばしてきた。

 そして俺に熱がないことを確認すると、はあっと大きなため息をつく。

 何だろう、何か気に障るようなことでも言っちゃったかな?


「……熱はねえし、ただの馬鹿か。あー、ノジャリス様はモーラン山のどこかにいるって言われてる。けどあそこは全域が立ち入り危険区域に指定されてるから、Aランク以上か特別に許可を受けたやつしか入れねえ」

「じゃあ、俺の場合は許可を取るしかないですね」


 ポーターで昇格するためには、どうしても収納魔法の容量が必要だ。

 それはできないので、どうにか許可を得る方法しかない。

 しかしガンズさんは無理無理と手を振って言う。


「そいつは無理だな。許可を得る手段って言ったら、魔物の大発生で活躍するぐらいしか方法はねえ。だが、大発生の前線は半端ねえ危険度だ。こーんなおっそろしいシロヤマクマがわんさか来るんだからよ」


 そう言うと、思い切り怖い顔をして俺を脅かすガンズさん。

 歴戦の冒険者である彼がこれだけ言うんだから、きっととんでもなく恐ろしい魔物なのだろう。

 そういえば、ここへ来る途中にでっかいクマの魔物を倒したけど……。

 あれはきっと別の弱い魔物に違いない。


「ガンズさん、あんまり新人さんに絡んじゃだめですよ」


 話をしているうちに、休憩に出ていたらしい受付嬢さんが戻ってきた。

 ちょうどいいや、例の魔物の素材を買い取ってもらおう。

 俺の狭い収納魔法を圧迫しちゃってたんだよね。


「すいません、買取いいですか?」

「はい。素材ですか?」

「ええ。クマの魔物なんですけど、この辺に詳しくないので何かはわからないです」


 俺は収納魔法を発動すると、亜空間の中から魔物の死骸を取り出した。

 白い体毛と頭から伸びた角が特徴的なクマの魔物だ。

 それを目にした途端に、受付嬢さんの顔が強張る。


「これはシロヤマグマ……! それもリーダーじゃないですか!」


 あれ?

 こいつ、割とあっさり倒せたんだけどな……?

 俺は思いもよらぬ言葉に、首を傾げるのだった。

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