荷物持ちの俺が最強であることを俺だけが知らない件 ~自らを落ちこぼれと勘違いした最強少年の無自覚無双~

kimimaro

第1話 昇格の夜

「かんぱーい!!」


 その日、クレストの街の冒険者ギルドはお祭り騒ぎであった。

 ギルドに所属するパーティ『空色の剣』が、ブラックドラゴンの討伐を果たしSランクへと昇格したのだ。

 王国全土でも、十番目となる最高位パーティーの誕生である。

 ギルドではメンバーたちの帰還を確認すると同時に酒宴が始まり、いま三度目の乾杯をしたところだ。


「我が支部からSランクが誕生するとは、実にめでたい! みんな好きなだけ飲んでくれ!」


 乾杯の音頭を取ったマスターが、銅のジョッキを振り上げながら叫ぶ。

 今宵の宴は、気前のいいことにすべての費用がギルドの負担だ。

 それもあって、冒険者たちの酒はどんどん進む。

 中にはすでに酔いつぶれて、床に寝転がっていびきをかいている者までいた。


「……そろそろ言わなきゃ」


 ギルド併設の広々とした酒場。

 その中心にあるテーブルで、ギャラリーとともにひと際盛り上がっている少女たち。

 彼女たちこそが、この度昇格を果たした『空色の剣』である。

 そして、俺の仲間でもあった。


「あの、ちょっといいかな!」

「どうしたのよ? 妙に改まった顔しちゃってさ」


 酒場の端から前に進み出てきた俺を見て、不思議そうに小首を傾げるリーダーのセレナ。

 光剣の異名を持つ彼女は、速さならば国でも一二を争うほどの凄腕剣士である。

 まだ十七になったばかりということもあり、これからのギルドを背負うことを期待されている超逸材だ。

 その美しい青の双眸で見据えられ、俺は緊張しつつも告げる。


「俺、『空色の剣』を抜けようと思って」

「……へ?」


 その場の空気がにわかに凍り付いた。

 固まったセレナの手元から、ワイングラスが落ちて割れる。

 直後、いち早く回復を果たした神官のイースが恐ろしく早口で尋ねてくる。


「な、なな何でですか!? 分け前とか待遇とかに不満ですか? 言ってくれればすぐになんとかしたのに!」

「いや、不満とかはないよ。むしろ、みんなには凄くよくしてもらってると思ってる」


 これは嘘偽りのない本心である。

 彼女たちは非戦闘員である俺にも、自分たちと同じだけの分け前を与えてくれていた。

 通常、ポーターを雇う相場はメンバーの三分の一とか五分の一ぐらいなのにである。

 さらに俺のことを同格の仲間として扱ってくれたし、本当にいい人たちだと思う。

 これで文句なんて言ったら、神様から罰が当たるだろう。


「じゃあ、なんで抜けちゃうんですか……?」

「そりゃあ、俺がFランクのポーターだからだよ! 容量だって、平均の半分ぐらいだし……」


 荷物を圧縮し、大量に持ち運ぶことのできる収納魔法。

 ポーターには必須のこの魔法であるが、その容量には個人差がある。

 悲しいことに、俺の収納魔法は非常に容量が小さかった。

 今までは、それでも何とかやりくりしてきたけど……。

 パーティがSランクとなった今、そんな無茶を続けさせるわけにはいかない。

 俺が身を引いて、彼女たちは新しいちゃんとしたポーターを雇うべきなんだ!


「跡を引き継ぐ人も見つけてあるんだ。この人、Aランクポーターのランディルさん。俺よりもずっと、このパーティにふさわしい――」

「却下。ノリスじゃなきゃダメ」


 俺の話をピシャリと遮ったのは、魔法使いのアマリアであった。

 彼女は腕組みをしながら、ムスッと頬を膨らませている。

 その様はまるで、ドングリをため込んだリスのようだった。


「あなたじゃないと、うちのポーターは務まらない」

「そんなことないって。今回の討伐も、俺の容量が足りなくてみんなに少し荷物を持ってもらったし。これからSランクになれば遠出する機会も増えるし、荷物が増えてもっと大変だよ!」

「それぐらい、私の重力魔法で何とかする」

「それじゃポーターのいる意味がないじゃないか!」


 ポーターがいるのに、自ら荷物を運ぶとはこれ如何に。

 仮にもSランクとなった彼女たちに、そんな貧乏冒険者みたいなマネはさせられない。

 やっぱり、ちゃんとした収納魔法を使えるポーターがこのパーティには必要だ!


「まーまー、ノリスも落ち着こ? 何があったかは知らんけど、うちに話してみ?」


 騎士のマテルさんが、気やすい様子で話しかけてくる。

 彼女はテーブルのこちら側へと移動してくると、すかさず肩を絡めてきた。

 どうやら、だいぶ酒に酔ってしまっているらしい。


「その……聞いちゃったんだ」

「何を? どこで?」

「俺が『空色の剣』に寄生してるって。ちょっと前に、バラスの街のギルドでだったかな……」


 ひと月ほど前のこと。

 俺たち『空色の剣』は、ドラゴン討伐に備えて武具を新調するため東方の大都市バラスを訪れた。

 その街のギルドに立ち寄った際、俺を見た冒険者が言ったのである。

 あれが噂の寄生野郎だ、と。

 思わず聞き耳を立ててしまったところ、俺のことは寄生として有名になっているようだった。

 『空色の剣』自体が有名になりつつあったから、合わせて俺の噂も広がったんだと思う。


「そんなことが……どこのどいつよ、そのバカは!」

「気にしなくていいですよ、ノリス。ドラゴン討伐でもあなたが一番活躍していましたし」

「その通りやで。ノリスが庇ってくれなかったら、うちは死んでた」

「ノリスの魔法は有益、それは間違いない」


 口々に俺をフォローしてくれる少女たち。

 けど、俺がドラゴン戦でしたことと言えば軽い足止めぐらいだ。

 マテルさんが動けなくなった時に岩を投げつけて、魔法で氷漬けにしたぐらいだろうか。

 でも稼げた時間は限られていたし、別に大したことはしてない。


 そんな役立たずな俺に対して、ここまで慰留してくれるなんて……!

 みんなほんとに、ほんとにいい人だ……!

 感極まった俺の眼から、涙がぽたぽたと零れ落ちる。


「わかった、俺はやめない。けど条件がある」

「……何でも言ってよ。聞くわ」

「収納魔法についてもう一度鍛えなおしたい。みんなに迷惑をかけないように、せめてBランクぐらいにはなりたいんだ。だからしばらくの間、旅に出させてほしい!」

「や、だからそんなことしなくたっていい! だいたい、不在の間の代わりはどうするのよ!」


 セレナと同調するように、みんなは首を縦に振る。

 本当に優しいなぁ……。

 けどだからこそ、それに甘えてばかりもいられない。


「大丈夫、さっき言った人に頼めばうまく行くから! 俺なんかよりもずっといいポーターさんだよ」

「あんたよりも優秀なポーターなんて、いるわけが――」

「行ってきます。修行が終わったら、必ず戻ってくるから!! またみんなに会いに来るから!」

「ちょっと、ノリス~~!?」


 もう、振り返らない。

 俺は後ろ髪をひかれつつも、そのままギルドを飛び出したのだった。

 早く凄腕のポーターになって、みんなのところへ戻らなくっちゃ!

 俺はこうして街を出て修行の旅に出るのであった。

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