第二十一話 罪

昼ごはんをまなかの部屋の前に置いて、リビングで漢字の勉強をする。この生活にもだいぶ慣れたが、やはり寂しい。全てはあの龍のせいだが、ここで恨んでもいい結果にならないのはまなかの時に知った。独り占めすることだけが、好きということじゃない。キュレアを困らせたくない。そんな思いが静那の心の中に芽生えていた。


ーーーーーーー


「だいぶ…経っちゃったな…。」


長く出していなかったせいで掠れてしまった声を絞り出す。当然、誰も聞く人間はおらず、部屋の中で虚しく響く。


あれから随分と一人で考えた。何度もドアノブを回そうとしたのに、手が動かない。震えが止まらなくなってしまう。窓の外を覗き見ることはかろうじてできるようになったが、人の視線を感じると首を引っ込めてしまう。


静那と他の子が遊んでいる姿をよく見るが、二人の中はよくなる一方だ。初めは一方的な関係だったのに、今は静那も進んで関わろうとしている。


「結局私には…お兄さんしかいないんだ…」


いや、そのお兄さんですら、本心では私のことを鬱陶しく思ってるかもしれない。まなかの目にはもう涙も出てこない。すでに枯れ果ててしまった。


再びベットに倒れこみ、目を閉じる。不自由ない世界を夢見て…。


ーーーーーーー


「シズナちゃーん!いる?あーそーぼ!」


外から声がする。静那は勉強の手を止め、玄関へ向かう。


「セリン、待ってた。」


静那は笑顔で友人、セリンを迎えた。


「おじゃまします!今日もキュレアさんはお留守なの?」


セリンを中に招き入れ、ソファーへと案内する。


「うん。だけど、セリンがきてくれるから寂しくない。」


「嬉しい!明日もきっとくるね!じゃあ、今日は何しよっか?」


「昨日の続きがいい…おままごと…?楽しかった。」


静那とセリンはここ毎日のように遊んでいる。庭でままごとをしたり、鬼ごっこやかくれんぼなど、時間の許す限り遊んでいた。


「じゃあ、私がお母さんの役やるね!シズナちゃんは何やりたい?」


「セリンの好きなのでいい。」


静那にとって、セリンは最初の友達であった。キュレアにも近づかず、自分だけを見てくれる、最初の友達。静那はセリンにも好意を抱いていた。それはキュレアに対するような懐愛と違い、こちらは友人に対する愛であった。


「じゃあ、赤ちゃんの役ね!あたし、お世話してみたかったの!」


今はセリンのキラキラした目を見ているだけで嬉しくなってくる。


「うん。わかった。」


ーーーーーーー


静那ちゃんは今日も可愛いな〜


あたしは静那ちゃんが大好きだ。結婚したいくらいに。一緒に暮らして、子供を作って、ずっと一緒にいたい。


静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん静那ちゃん


必死にハイハイで歩き回るをする静那を抱き上げ、膝の上に乗せる。


「シズナちゃんは可愛いでちゅねー、ほら、おしゃぶりでちゅよー」


「ば、ばぶ……ぱくっ」


あぁ〜可愛い、あたしの言葉じゃこれ以上は言えないけど、抱きしめて食べちゃいたい。


静那は恐る恐るおしゃぶりを咥えてはにかむ。そのまま腕をセリンの背中に回し、頬擦りをする。セリンは聖母のような笑みで静那の頭を撫でる。


「みゃま、しゅき」


口が塞がれているせいか、発音がいつも以上にたどたどしいが、セリンの理性を吹き飛ばすには十分であった。


「シズナちゃん!可愛いよ!」


「え、セリン、落ち着いて…!」


セリンは静那を押し倒し、上に覆い被さる。おしゃぶりが外れ、口が自由になった静那は必死に押しのけようとするが、まだまだ痩せ細っている静那が健康児に敵うわけもなく、あっさりマウントを取られてしまう。


「シズナちゃん、知ってる?好きな人のことを考えながらおまたを触ると、気持ちいいんだよ?シズナちゃんあたしのこと好きだよね?あたしのこと考えながらおまたちょんちょんしてぇぇ!?」


静那は久しぶりに人間に対して恐怖心を抱いた。生まれてから会ってきたどんなに酷い人間でもこのようなおぞましい雰囲気を纏うことはなかった。この雰囲気はそれらの黒い雰囲気というよりかは、紅い。足を踏み入れてはいけない桃色の地獄のような不気味さがあり、静那は自身の股を覆う生暖かい感覚を感じた。


「あれぇ?シズナちゃんおもらしかなぁァ?おもらししちゃったらおむつ変えないとねぇ〜?ほら、ゆっくりぬぎぬぎしようか♪」


替えのおむつを手にするためにセリンが立ち上がった瞬間を狙い、咄嗟に家の中に逃げ込み、玄関のドアの鍵を閉める。


「はあ、はあ、なんなのあれ…」


静那は得体の知れない恐怖に混乱していた。セリンからは悪意などは微塵も感じなかった。感じたのは深紅に満ちたおぞましい考え。あのまま捕まっていたら何をされたのか想像もつかない。


「シズナちゃ〜ん?どうちましたかぁ?はじゅかちいのかなぁ?大丈夫、ママに任せてねぇ〜」


鼓動が高鳴る。かつてない緊張が襲ってくる。助けてくれる人はいない。自分だけでなんとかしなければ。


「そろそろ出てきてくれないとぉ、ママ怒っちゃうかもなぁ〜」


ドアを強く叩く音が聞こえるが、静那は寝室のクローゼットの中へ逃げ込み、息を潜めていた。


「かくれんぼでちゅかぁ?はやく変えないと、おまたかゆくなっちゃいましゅよぉ?」


どうかバレませんようにと必死に祈るが、足音はどんどんこちらへ近づいてくる。


「あれぇ?部屋が二つ…どっちにいるのかなぁ?」


二つ?まなかの部屋のことであろうか。あの子は巻き込みたくない。静那は必死に現状を打開しようと考えるが、恐怖で足が動かない。外へ出て、まなかを守らねばならないのに、足がいうことを聞いてくれない。


あの時のまなかも、こんなに怖かったのかな…


ふと、静那はあの時のことを思い出した。手に伝ってくるまなか血。小刻みに震えるまなかの背中。あの時のまなかはこれより怖かったんだろう。静那は、これが終わったら改めてまなかに謝って、もっと気にかけてあげようと決心した。


ーーーーーーー


何、なになに今度はなにが起こってるの?


まなかは急激な悪寒によって目が覚めた。扉の向こうになにがいるのかはわからないが、恐ろしいものだということがわかる。


「こっちかなぁ?」


扉が開く。ソレと目が合う。まなかは硬直した。誰?なにしにきた?などという疑問が頭の中に浮かぶが、それよりも強いのが逃げなければという恐怖心。だがどこへ?窓から外へなんてとても出られない。外はまだ怖い。唯一のサンクチュアリであった自室に外敵が入ってきたら、もうなにもできない。顔から血液が引いていくのがわかる。視界がはっきりとしない。


「あなた!いつも窓からあたし達のことを見てる子ね?シズナちゃんはどこかしら……あら?あなたも可愛いわね!あたしと遊びましょう?」


色欲の罪。七つの大罪の一つである。対になる美徳は純潔。故に、まなかとは最も相性が悪いと言えよう。セリンの底無しの欲望によって意識をまともに保てない。服が脱がされていく感覚があるが、最早なんでもいい。


一人の哀れな少女の純潔が、不純なるものの手によって今、散った。

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