第二十二話 絶望
まなかの意識が戻った時、最初に彼女の目に入ったのは破れた自分の服、そして、自分の股から出たであろう血であった。彼女は何かが欠けたような喪失感に襲われると共に、未だに残っている快楽に嫌悪感を抱いた。気がつくと彼女の目からは、枯れ果てたはずの涙が出てきていた。彼女は立ち上がると、部屋の外へと歩き出した。何を探すわけでもなく、家の中を歩き回る。
家の中は、ツンとした刺激臭が蔓延していた。とにかくじっとしていられなかったまなかは、下腹部の痛みに耐えつつ家中を歩き回る。隣の寝室を覗き込むと、静那とソレがいた。まなかの足が震えだす。腰が抜け、座り込む。二人は、お互いを抱くようにして座っており、静那とソレは濃い接吻をしていた。
「私、シズナちゃんと一つになれて嬉しいよ。」
ソレがつぶやく。静那は満更でもなさそうに笑みを浮かべると、
「私も…セリンを感じる…。」
と、虚な瞳で応えた。まなかは困惑する。どうして静那は得体の知れないこの存在とキスをし、あまつさえ会話をしているのか。自分のことを刺すくらいにお兄さんのことが好きなはずなのに、なぜこんな性欲に塗れた雌犬と…?
「し…ずな?一体何をしているの?」
声は小さかったが、不自然なくらい静まり返った家の中で話しかけるには十分であった。
「まなか?あなた、外に出てこれたの?」
静那の目に一瞬光が戻るが、すぐに元に戻ってしまう。日本人らしい深く黒かった瞳が今や角度によっては灰色に見えそうなくらい曇っていた。
「あなた、まなかちゃんっていうの?さっきはありがとう!とっても楽しかったわ♪」
ソレに話しかけられるが、まなかの頭には静那のことしかなかった。
「どうしてそんなところにいるの?静那、そんなのから早く離れてよ…。」
まなかの心情が漏れ出る。
「私を刺すくらいお兄さんが好きなんでしょう?痛かったけど、そこにはお兄さんへの愛があった。すごく歪んだ愛だったけど、お兄さんを大切に思ってたからじゃなかったんだ!」
まなかが叫ぶと、静那の顔が歪む。
「そんなのって、何?セリンのこと?そんなのって何よ、ねぇ、私の大切な友達よ!?ずっと部屋に引きこもってた癖に、何知ったような口聞いてるのよ!もう一回刺してあげようか?」
まなかは静那にも、ピンク色の悪意を感じた。しかし、ここは引けない。今の静那はおかしい。どうにかしなければ…
「あら、静那ちゃん嬉しいわ!そんな可愛い静那ちゃんには、ご褒美あげちゃう!!」
言うや否や、セリンは静那の股を触り、粘性の液体が混ざるような音を立て始める。静那は赤面しつつも、その快楽を一身に受ける。
「ああッ、だめだよそんなところ…ばっちいよ…?」
と、否定しつつも、静那の心は完全にセリンに奪われていた。これが色欲のスキルの力、魅了である。対象を魅了し、心を強制的にこちらへ向かわせる脅威のスキルである。基本、色欲は戦闘向きではないが、こと精神攻撃に関しては、大罪スキルの中でもピカイチの性能となる。ただし、とあるスキルの使用者がいた場合、話は変わる。
「シズナちゃんの体なら、おしりの穴だって汚くないわ!」
官能小説の常套句を呟きつつ、手の動きを早める音に空気の音が混ざり、ヌチョヌチョという音からクチュクチュとした音に変わる。静那はまだ生理がきていないが、これも色欲の能力である。使用者の都合のいいように体を作り替える。静那は気を失いそうになりつつも、必死に耐える。
「らめっ、せりな…なにか…くるぅゥ……!」
静那が痙攣し、セリンが幸せそうに微笑む。静那は白目を剥いたまま動かなくなり、セリンの視線がまなかへと注がれる。
「まなかちゃんも気持ちよくしてあげるわ…♡」
悪寒が走ると同時に、何故自分ばかりこんな目にと、この世の全てを呪った。物心ついた頃から、殴れられる蹴られるの繰り返し。ひたすら耐え忍んだ。小学校に入ってからも、臭い、汚いとからかわれ、日常的にゴミを被せられ、1メートル以内に近づきようものなら、容赦なく蹴られた。一度ライターで服を焼かれた時は、本当に死にたくなった。下着で家に帰り泣いていると、服に金をかけさせるなと母親に殴られた。お兄ちゃんに引き取られてからは、甘えさせてくれたし、なんでも一人でやらなくていいと、苦手だった着替えや排泄、入浴に至るまで全てやってくれた。そのお兄ちゃんにも見捨てられ、二人目の兄さんはいい人だ。基本は放っておかれるけど、気遣うところは気遣ってくれる。失禁した時も黙って処理してくれたし、着替えの練習も見てくれた。けど、今度は背中を刺された。未だに痛みがある。結局、私の味方は二人の兄弟だけだ。静那は自分のことを邪魔に思ってるだろうし、セリンは嫌だ。
「もう…やめてよ…。」
刹那、まなかの脳内にある単語が浮かぶ
「『忍耐』?」
直後、ピンクのオーラが消える。同時に静那が目覚め、セリンに襲い掛かった。
「まなか…本当にごめん。今度こそひどい目に合わせないようにと思ったのに…守れなかった…。」
静那の言葉に、まなかは驚愕する。
「ど、どうしたのシズナちゃん?私達、愛し合ってるんでしょう?」
「あなたと愛し合える人種なんて、いない…。」
静那の確固たる拒絶に、セリンはショックのあまり気を失った。
〜〜〜
《忍耐》
〜あらゆる罪に対し、忍耐を成し遂げたものに贈られるスキル。全ての罪に対し、絶対的な効果を発揮する。〜
・『忍耐』を発動させることができる。発動時、あらゆる罪、また罪による効果を完全に打ち消し、無効化する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます