第十一話 留守番
結局、まなかは服を着てくれなかったので、俺が一人で買いに行くことにした。
好みじゃないものを買ってくるかもというと、お兄さんの買ってきてくれたものならなんでもいいですと言ってくれたので、まあ、年頃の子が買いそうなものを買ってこようと思う。ブラに関しても聞いてみたのだが本人曰く、
「前のお兄ちゃんも買ってくれたんですけど、胸が締め付けられるのが嫌いで、お兄ちゃんに言ったらつけなくてもいいよって言ってくれたのでつけてません。もちろん、お兄さんがつけろと言うなら我慢しますよ!」
らしい。やはりこだわりが多いように感じる。無いと不都合とかあるのだろうか?まなかの成長に関わることだったら嫌だしな。今度調べてみるか。
ーーーーーーー
同じくらいの年の女の子が珍しいので、まなかはこの静那という少女に興味があった。
どこへ行っても、まなかにとって女の子というのは自分にひどいことをする存在だった。まなかは自分がどうしてそのような扱いを受けるのか分からなかったし、不思議に思ったことはなかった。それが“普通”だったからだ。
初めて静那に会った時、またひどいことをされるのだろうかと怖かったが、そんなことはなかった。むしろこの女の子は自分に怯えていたのだ。
お友達ができるかもしれない!
まなかは淡い期待を抱きながら、静那に話しかける。
「何、してるのです?」
返答は返ってこないだろうと思いながら尋ねる。
「べん…きょう」
返事が返ってきた!
予想外の出来事に歓喜したまなかは身を乗り出し、静那の使っているドリルを覗き込んだ。
突然の出来事に静那は驚いた。
初めはあの人が取られてしましそうで嫌だった。自分だってトイレでできるのに、この子はおしっこを漏らしていたし、服だって一人で着れない。あそこにいた子達にも何人か似たような子はいた。そういう子は大抵叩かれるか蹴られるかしていたが、あの人は違った。黙って片付け、服を着せてあげていたのだ。そういうところこそが、静那が懐いた理由であり、他の大人とは違うと思った理由である。
さて、驚いた静那はいつもの癖でうずくまる。その様子を心配したまなかは距離をとり、ごめんね、大丈夫?と言葉をかけるが、静那の反応はない。
まなかは焦った。嫌われてしまったかもしれない。浮かれ過ぎたのだ。ちょっと返答してもらったからっていい気になって近づいたからだ。まなかは自分を責め、どうすればいいかを必死に考えた。
この子、何か言ってくれてるな。静那はうずくまりながら考えた。この子は私に痛いことするのかな。どうして急に近づいてきたんだろう。私の言い方がダメだったのかな。
元々あの人と会話をしたくて始めた勉強。あの人が私のことを見てくれる楽しい時間のはずが、この子のせいで無くなった。あの人は私がどんなに変な発音をしても、できるまで付き合ってくれる。そういった優しいところが大好きだ。離れたくないし、取られたくない。
特に何をされたわけでもないのに、たまらなくまなかが嫌いだ。経験のない静那には、これが嫉妬という恥ずべき感情だということを理解していない。
感情を表に出さない人形のようだった静那が、嫉妬という明確な感情を出せるようになったのは確実に、男が静那を拾った影響であろう。それは良い傾向であるが、同時に静那の協調性が少し欠けたことを意味する。感情というのは時に美しいが、時に残酷である。嫉妬、色欲、憤怒。自己満足的な考えが脳をよぎるようになり、環境が悪かったせいで倫理観の欠如が少なからずあるであろう静那に、これらの感情が芽生えてしまうのは危険だ。
ーーーーーーー
俺が帰ると、そこには頭を抱えるようにして目に涙を浮かべている静那と、ギャンギャン泣いているまなかが居た。
ちょっと状況がわからない。話の通じそうなまなかもギャン泣きしているし、静那に至っては半分パニック状態である。とりあえず落ち着かせようと静那を抱き抱え、別室へ連れて行った。背中を撫でてやると、次第にしゃっくりを上げ始めた。いつものように抱きついてくるので、頭をゆっくりと撫でる。
途中、何か言っていたが、聞き取れなかったな。申し訳ない。
さて、次はまなかだ。体の成長が早いので忘れていたがこの子もまだ小3、ましてや自分の着替えもできないような子だ。不安にさせてしまったのかもしれない。まなかはちょっと変わっているところがあるからな。今後はもっと気にかけてあげるようにしよう。
「どうしたんだ?」
ギャン泣きしているが、意思疎通はできそうだ。
「あのね、ぐすっ、静那ちゃんとね、お話できたのにね、」
なんか幼児退行してないか?大丈夫かこれ。
「せっかくね、答えてくれたのにね、ううぅ…」
見てるこっちが辛くなってくるんだが?どうしたんだこの子。敬語じゃなくなってるし。泣くと甘えてくるタイプか?
「私がね、近づいたせいでね、静那ちゃんにね、嫌な思いさせちゃったの。」
静那があんな状態になっていたのはまなかが原因だったのか。大方、急な接近に驚いたってとこか?まあなんにせよ、まなかもわざとじゃないんだ。ここは、あのムカつく弟で養った慰めスキルを発動させるか。
「わかったから、泣くな。静那もわかってくれるさ、ちょっとずつ仲良くなればいいからな?」
とりあえず安心させるのが大事。
「うん、パパ、ありがとう……」
パ、パパぁ?確かに弟が兄なら俺は父親と言っても問題ないくらい俺はおっさんだが、唐突で驚いた。
「まなかはパパが欲しいのか?」
真意を聞きたい。
「うん。まなかね、ほんとはね、兄さんに甘えたいんだけどね、迷惑かけちゃったし、きっとお兄さんはまなかのことね、嫌いなんだ。」
この子は誰と喋ってるつもりなのだろうか。心の声ダダ漏れですが。まあでも、まなかも気丈に振る舞っていたが、精神的にはまだ幼そうだ。しかしなぜここにきてまだ一日も経ってないというのにここまで懐いているんだろうか。好意を持たれるのは悪い気がしないからいいがな。
しかし…今度から留守番はさせないようにしよう。そもそも服だって能力で出せたのだ。静那の服という目に見えた手本があるのだから。本当にこの能力使いこなせてるのか?俺。
「嫌いじゃないぞ、まなか。別に俺はお前の父親になったっていい。」
ふと、しゃっくりが止まっていることに気付く。安心したようで、さながら天使のようなまなかの寝顔がそこにはあった。
〜〜〜
どうしようか迷っております。
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