二十一回目『力の差』
「んー。まぁ、よくやった方かな」
「くっ……」
悔しさに歯を噛み締める僕を見て、苦笑しながらレイディアさんは言った。
今の僕には反論できる程の体力など残されていなかった……。
――あの後、ミーシャと約束して準備が終わり、部屋を出たところでレイディアさんがいた時は驚いた。
何より、青春だな、とニヤりと笑顔で言われて恥ずかしくなった。
……今度は聞かれたな。
なんかデジャヴだ……。
そんなレイディアさんにミーシャと一緒に、ここ、城の隣の闘技場へと案内された。
しっかりとした石造りで、造られて五百年以上は経つらしい。正確には553年だと僕の知識が教えてくれた。
今までに何度も補修作業などは行われているらしいが、魔法で強化されているのもあって簡単には壊れないらしい。
見て一番に思ったのは、大きい。お城も大きかったけどこっちもなかなかのものだ。
かなりの大きさで、実際に見たことはないけど、これこそ東京ドームくらいはあるんじゃないだろうか。
造りもドームのように中心に戦う場所、周りが観客席と言ったもとの世界ではごく普通のものだった。
屋根は無いが、魔法で造り出すことができるため、屋根までは造られなかったらしい。
開閉式の屋根があるドームをふと思い出して、機械もあながち魔法に負けていないと思った。
闘技場に僕たちが着いた時にはもう、アミルさんやレイたちのファーレント王国のみんな、ファーレンブルク神王国のソフィさん、僕より少し年下くらいの女の子が観客席に両国分かれて座って待っていた。
そして、レイとヴァンさんが闘技場の真ん中で立っていることに気づいた。
レイは僕に気づくと、こっちこっちー、と笑顔で手を振った。
よく見るとウォンさんとアイバルテイクさんも一緒だった。二人は僕たちそれぞれの稽古試合の立会人をしてくれることになっている。
振り分けは僕たちの方がアイバルテイクさん。レイたちの方がウォンさんだ。
待たせちゃったかな……。
でもファーレンブルクの見る人は二人だけなんだ。
それにしてもあの女の子は誰だ?
見たこと無い子だけど……。
…………やっぱり駄目だ。
何が原因かわからないけど、このファーレンブルク神王国に来てから、何人か僕の特有魔法でもわからない人がいることがわかった。
この原因がわかれば、もっとこの特有魔法のことを知ることができると思うけど、全くわからない。
確か……
ん?
そう言えばここで知れなかったのはレイディアさんとあの女の子の二人だけ。
この特有魔法で知れなかったことは――、
「――ヅキ。……ミカヅキー」
「は、はい、なんですか?」
「何度か呼んだのに……。まったく、考え事をするのはここまでだぜ」
どうやらよっぽど集中してしまっていたらしい。
今は目の前のことに集中しなきゃ!
「す、すみません。切り替えます」
両手で頬を叩いて気合いを入れる。
そうだ。僕は負けられない。
ミーシャを守ると決めて、ミルダさんにだって認めてもらったんだ。
こんなところで負けて、変に心配をかけるわけにはいかない。
答えなくちゃいけないんだ。
「よし。じゃあ――アリアっ、頼んだ!」
唐突に観客席に向かって叫んだ。
すると、さっきの知れなかった女の子が立ち上がって、
「はーい。じゃあ行きますよー、展開――スペース……」
遠くて何を言ったかあまり聞き取れなかったが、言い終えたように見えた途端、僕とレイディアさん、レイとヴァンさんに分かれて四角い透明なガラスのようなものの中に包まれた。
二人なら全然動き回れる広さだ。
これがあの女の子の特有魔法か。何か密閉空間のようにものを作ることができるのだろうか。
そんなことを透明なガラスのようなものを見ながら思った。
「準備完了。これはラウンド・スペースって言ってな。こう言う試合とか稽古の時に使うんだ。この中なら外に被害は出ないから存分に戦える」
完全に包まれてからレイディアさんはこれの正体を説明してくれた。
「ラウンド・スペース……。すごいですね。改めてこう言うのを見ると驚かされます!」
「そうか? まぁ確かに、魔法と言うものは、無限の可能性を秘めているからな」
こうやってミルダさん以外の特有魔法を実際に見るのは初めてだった。だから今、少しテンションが上がっている。
そんなテンションが上がっている僕を、レイディアさんは子どもでも見るように笑顔だ。
僕だって男だもの。
「よし、じゃあ、団長、ウォンさん。よろしくお願いします」
僕から視線を外し、このラウンド・スペースの外にいる二人に声をかける。
始まる。
この試合でファーレンブルクの人たちがどれ程の強さなのかわかる。
そのためにはすぐにやられるわけにはいかない。
「これより、ファーレント王国、並びにファーレンブルク神王国の騎士による稽古試合を始めるっ。両者構え」
アイバルテイクさんが闘技場にいる全員に聞こえるように大きな声で言った。
「ミカヅキ。本気でやらないと――」
それは大きな声の途中でも、僕の耳にははっきりと届いた。
「死ぬぞ?」
今までで一番、真剣な表情だった。
これがこの人の本当の素顔だと言うように、しっくりと来ていて目を奪われていた。
「始め!」
声が聞こえた途端、構えていた僕はすぐにレイディアさんに向かっていった。
ーーーーーーー
――合図と共に最初に仕掛けたのは以外にもミカヅキだけではなく、レイディアもだった。
「はあぁぁぁ!」
「――ソニッカー」
ガン、バシッ。
二人の武器が打ち合うことで、ぶつかり合った時に生じる音が辺りに響く。
鳴り響く直前にレイディアが発した言葉はミカヅキには届いていない。
「勢いがいいねぇ。そんなに飛ばしてたらすぐにバテるよ?」
「その前に終わらせます!」
ミルダと決闘した時より、レイとダイアンの稽古によって格段に武器の扱いがうまくなっていた。
観客席にいたソフィが、やるじゃない、と声を漏らすほどだ。
だがレイディアは、そんなミカヅキの攻撃を全て完璧にいなしていた。
同じ武器だからこそ、弱点を理解している。
理解しているからしっかりとそこをついて攻めているはずなのに見事に全て受け流されている。
ミカヅキにはわからなかった。
「さすがですね……」
と言って、考えるために距離を取ろうと後ろに下がろうとした瞬間だった。
「――隙ができた」
本人は気づいていない、後ろに下がることによってできた隙をレイディアは逃さなかった。
ミカヅキは何が起きたか理解できたのは自分の左腰に痛みを感じ始めた時だった。
そう、それはまさに一瞬の出来事。
後退るミカヅキの隙に気づいたレイディアは、一瞬にして間合いを詰め、がら空きの左腰へと棍棒を振り払う。
それは見事にミカヅキの腰を捉え、理解したのと同時に脳にその痛みを伝えた。
「うぐぁっ」
激痛に声が漏れた。
痛みから逃れようと無意識に体が右に反れた。これが次の行動に移ることを遅らせる。
ここからレイディアが攻め始めた。
ミカヅキが腰を反らしたのを確認した途端、押し付けるようにしていた棍棒を引っ込めて、次は先端を腹へと突き出した。
今度の攻撃は頭で来るとわかっていたが、体が痛みに気を取られて思考に追い付かなかった。
つまり結果は――
「ぶふぁっ!」
音として表現しがたい声を出し、もろに突かれた両手で腹を抱えて膝をついた。
――まずい。
痛む腹を抱えながらも次の攻撃に備えるために顔を上げると、レイディアの姿はそこには無い。
「……っ」
何かを察したミカヅキは、痛む腹を気にしながらも落とした棍棒を拾ってすぐさま立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
思った以上にさっきの一撃が体にダメージを与えていた。
ミカヅキの頭に一つの言葉が過った。
――負ける。
「こんなところで……僕は――」
「終わる――おや?」
いつの間にか立ち上がれない彼の後ろに移動していたレイディアが右側から棍棒を再び振り払う。
だが、棍棒はミカヅキには届かなかった。
なぜなら、自分の棍棒で防いだからだ。
それに少し驚いたレイディアは笑った。
「ふっ。やっと本気になったか」
「――
目の前の少年から発せられた言葉で何が起こったかを理解したレイディアは、次の攻撃を仕掛けたが、
「負けられないんだ……!」
結果として攻撃は当たらなかった。
ミカヅキの棍棒が、横から自分の顔に目掛けて振り払われたからだ。
その反撃の一手は簡単に防がれたが、ミカヅキが立ち上がるには十分な時間を与えた。
「少しはやるみたいだな。腕と……耳か?」
『
ミカヅキは攻撃に反応できるように両腕の腕力、そして聴力を強化したのだ。
それをレイディアは先程の数秒で見破った。
「ええ……。ここからはまた僕の番ですよ!」
痛みはまだ完全ではないが、少しはましになっていた。
それでも痛いことには変わり無いが、さっきまでと違うのは体が動くと言うこと。
なら充分。まだ|戦える(やれる)!
「本番と行こうか」
――そこからはミカヅキは攻めと守りをバランスよく行っていたが、レイディアが操る棍棒の動きは滑らかで守りの隙間をうまく突いてくる。
自然とそちらに意識は行ってしまうため、次第に防戦一方となっていた。
そして、既についていたであろう決着も、今度こそ決定的なものになろうとしていた。
守りに徹したにも関わらず、ミカヅキは次々に攻撃をくらい、身体中のあちこちの傷や痣が痛みを主張していた。
――お前と同じ武器を使う。
闘技場までの道中でレイディアに言われた言葉が頭に残っていた。
ミカヅキがまだ戦い始めて日が浅いことを見破っていていたからだ。
この時彼は、相手が自分を甘く見ているんだと思った。
だが、今は違う。
ハンデなんかじゃない。
この武器での戦い方を稽古してくれているんだとわかった。
同時にまだまだ弱いのだと言っているのだと……。
わかったのだが、今、ミカヅキは相手の思いに応える余裕は無い。
なぜなら――
「まだまだ始まったばかりだぞ?」
「うぅっ、はぁ、はぁ、はぁ……」
時間にして8分。
10分にも満たない攻防後には、武器を手に、目の前で膝をついている少年を見下ろす青年。
そして、武器を支えに辛うじて膝で耐えている少年。
力の差は――圧倒的だった。
「ミカヅキ。貴様はその程度なのか」
「くっ……まだ、僕は負けていません……」
なんとか立ち上がろうとするが、既に体は限界を超えている。故に立つことはできない――はずだった。
「なるほどな」
何かを納得したレイディアの目の前で、
「終われない……負けられないんだっ」
ミカヅキは立ち上がって見せた。
同時に叫ぶ。
「ミーシャと約束したんだっ……絶対に勝つって!」
「そうか。でもなぁ少年。今の貴様如きでは、誰も守れんよ」
そう言って何もせずにただ、目の前の少年を見据えた。
レイディアの言葉が聞いたのか否か。やっとの思いで立ち上がった少年はそのまま気を失って倒れかける。
それをレイディアがすぐに駆け寄り、支えてやった。
「まるで、物語の主人公みたいだなぁ……」
支えられて気を失っている少年を見ながら、一人言のように呟いた。
「勝者、レイディア・オーディン!」
アイバルテイクが勝敗を宣言した。
それを聞いた観客席が、試合中は気にしなかったがかなり賑やかことになっているのを、レイディアは苦笑しながら見つめていた。
そう。
レイディアはミカヅキとの試合中でも、観客席に気を配れるほどの余裕を持っていた。
観客席が賑やかになっていることに気づいていた。主にファーレントの者たちが、だが。
ふとレイディアはソフィに目をやると、ちょうどこちらを見ていたらしく目が合うと、優しい微笑みを見せてくれた。すぐにそのまま首を横に振ったのが気になったが、同じように微笑み返して、ミカヅキを運ぶべくラウンド・スペースを出ようとする。
「あらー?」
が、ラウンド・スペースが解かれない。
再び観客席に目を向けると、これを作った方は隣の試合に夢中でこちらは眼中に無いようだった。
彼は察した。
さっきのソフィが首を振った原因はこれだ、と。
「はぁ……仕方ない」
ため息をつきながらミカヅキを自分の横に優しく寝かしてから座って隣の試合を見ることにした。
意識は横のミカヅキに向いていた。
いや、正確には彼が腕に付けている時計にだ。
「どうしてこんなもん付けてるのかねぇ。
再びレイディアの口から漏れた一人言を聞く者は、誰一人としていなかった。
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