二十回目『朝食』

「んん……うぅ~ん?」


 そう言えば、窓からの日の光で目を覚ますのは何日ぶりだっけ?

 こんなに眩しかったとは……。

 考えてみればこうやってベッドで寝るのすら久しぶりなんだ。

 数日間あの硬い馬車の荷台で寝てたもんな。我ながらよくあんなところで寝れたんだ……。


「でだ。起き上がるどころか腕すら動かせない」


 原因はわかっている。

 この感覚を僕は知っている。そう、ミーシャだ。

 昨日色々と頭の中を整理してから寝たから、結構遅かったんだよな。

 なのにものの見事に抱き枕にされているとは……ミーシャの寝相恐るべし。


 しかしそろそろ起こさなければ。


「ミーシャ。朝だよ起きて」


 早く起きてくれないと、僕の命が危ないんだ。


「うぅ~うぁ~あんん……」


 いや、うぅ~うぁ~あんん……じゃなくて!


「朝だよー。起きてー」


 腕が動かせないので自分の体ごとミーシャを揺らす。

 全然起きないけど。


 あのー、ミーシャ。ミーシャさん。

 早く起きてくれないと、そろそろヤバい気がするんだ。


 コツコツコツ。

 扉の向こう。廊下の方から僕にとって悪魔の足音が耳に届いた。

 冷や汗が背中にじわっと出てきた。


「ミーシャ! 早く起きないと、キスするよ!」


「やったー。おやすみ……」


 僕を抱きしめたまま、眠りながら喜ぶ。


 と言うか、かなり器用なことをするな……。


「こらー」


 いや、そうじゃなくて、起きてほしいんだけど


 何を隠そう。

 こう言う状況下に漫画やアニメでは、主人公やヒロインを起こすお決まりのパターンがあるだろう。その方法も決まっているはずだ。

 でも僕はまだ、ミーシャのそのお決まりの起こし方を知らない。


 だが、それとは別のお決まりのパターンが確定しかけている。

 僕はそっちのお決まりのパターンは起きてほしくない。

 そのためにはミーシャを起こさなきゃいけない。

 なのに起きる様子は全く無い。全然無い。

 もう一度言う。無い!


「はぁ~。諦めるしかないか」


 だって、悪魔の足音が――止まった。

 続いて、トントン、と扉を叩く音

 そして、今は一番聞きたくない声が僕の名を呼んだ。


「ミカヅキさん。起きましたか?」


「はい!」


「それと、姫様が部屋にいなかったのですが、どこにいるかご存じでしょうか?」


 ご存じも何も今僕を抱きしめて寝てます。

 言えませんけど。

 言ったら終わる。


 どうしようどうしよう!

 考えたら何か思い付くはず!


 ………………駄目だ。何も思い付かない。

 いや、一つだけ思い付いた。


「お手洗いではないでしょうか!」


 無理やり過ぎる気がする、けどこれ以外は思い付かない。


「そうですね。そちらを探してきます。朝食の用意をしていただくそうなので、ミカヅキさんも早く準備をして下さいね」


「はいっ、わかりました」


 ふぅ、なんとかなった。

 心臓がすごいドキドキ言ってる。


「そう言えばもう一つ」


「はいぃっ、なんでしょうか?」


 驚きのあまり声が裏返ってしまった。


「今日は特別・・、ですから」


 バレてるー!


「……はい」


 そのまま足音は遠ざかっていった。

 ものすごく怖かったぁ……。

 さすがに何度もあったけど、これは慣れそうに無い。慣れたくも無いけど。


 悪魔の足音=ミルダさんの足音。

 今はアミルさんだけど。


「早く起きないとな。ミーシャ、朝ご飯だよ」


「ん~ごはん~食べる」


 ようやく起きた。

 やっと解放された。


「朝ご飯、準備してもらってるって。僕たちも早く用意しないとね」


 動けるようになったのでカーテンを開けながら、まだベッドでモゾモゾしているミーシャに言う。


「う~ん、わかったぁ~」


 相変わらず朝は弱いな。

 会議で意見したり、同盟を立案したり、交渉のためにここまで来たり、結構しっかりしてるように見えるのに、やっぱりまだ15歳の女の子なんだよな。


「先に用意しとこうか」


 その方が良いな。

 起きたらすぐに行けるようにしておくよ。


 なんだろう。

 ふと思ったけど、お父さんってこんな感じなんだろうか……?


 首を振る。

 僕はせめてお兄さんだな。




 ーーーーーーー




 ――結局あれから10分くらい布団の中からミーシャは出なかった。

 今はソフィさん、レイディアさんと僕たちご一行で朝食を一緒に食べている。


 ――ミーシャが起きた後、すぐに用意を終えて部屋の扉を開けたら笑顔のレイディアさんがいた。

 まさか、聞かれてた?

 と思ったけど、今着いたところだ、と言われた。


 あれ?

 心の声が出てた?

 まぁいいや。気にしたら負けな気がする。


「どうだ? よく休めたか?」


「はい、おかげさまでゆっくりと眠れました」


 レイディアさんが優しく話しかけてくれたんだけど、そう言った本人がとても疲れているみたいなんだけどなぁ……どうしたんだろ?


「なぁソフィ?」


「――そう言えば今日はレイディアたちと稽古試合をするんだったわね」


 隣の呼び掛ける声を無視して、僕に声をかけた。昨日あんなにすごかったレイディアさんが、今日は弱々しく見える。

 これを尻に敷かれるって言うのかな。

 前にも似たような光景を見た気がする。


「はい。僕たちの力を試すためのはずです」


「ミカヅキはレイディアと。俺はヴァンさんとでしたね。予想はしていたが、少し意外でした」


 僕に続いてレイが視線をソフィさんに移しながら付け足してくれた。


 予想してたんだ。さすがはレイ。

 全く考えてすらいなかったよ。と、思いながら朝食を口に運ぶ。

 腹が減っては戦はできぬって言うもんね。


「何が以外だと言うのかしら?」


 ソフィさんが聞き返した。

 うん、確かに何が以外なのかわからない。


「俺やウォンやエグロット、それに最悪アミルさんならわかる。なのに何故、ミカヅキを選んだんだ?」


「説明しよう!」


「うわっ」


 急にレイディアさんが復活した。

 いきなり立ち上がるからちょっと驚いたけど。


 僕以外は全然動じてないみたいだ。

 ソフィさんに至ってはいつものことなのか見向きすらしなかった。

 あ、いや、ミーシャも僕同様に朝食を食べる手を止めてレイディアさんを見ている。


「団長ともあればそれなりの実力が求められるし、組織とは上に立つ者の力に比例しやすい」


 なるほど。

 勉強になる。

 言われてみれば確かにそうだ。

 心の中で納得して食事を再開する。


 もとの世界の会社とかだって、優れた社長だったらその会社は優れたものになる。

 今まではそれが少し年の言った人が多かったけど、最近は若い柔軟な考えが必要だとされて、若手社長が増えてるってニュースでやってたな。

 すっかり忘れてた。


「次にミカヅキを選んだ理由だが、もろもろあるが一番は――私の個人的な興味だ」


「そう言うことだと思ったわ」


「そう言うことか」


 ソフィさんとレイが同時に納得した。

 僕もだけど。

 個人的な興味、かぁ。


「そちらの参謀はなかなか大胆な人ですね」


 こちらの騎士団長が苦笑しながらソフィさんに言った。

 同感だよ。


「いえ、違うわ」


 え……、ちがうの?

 でも僕だけの意見じゃないし、間違ってるって訳じゃあ……。


「ただのバカよ」


 いち早く食べ終わり、すごく真面目な顔で言った。


「そうそう、私はただのば――ちょい、どゆこと?」


 うんうんと何度か頷いた後にソフィさんの方を見てツッコんだ。


 今一瞬納得しかけましたよね?

 僕もそうだったけど。

 大胆なのはソフィさんの方みたいに感じる……。


 そっか、なんとなく二人はミーシャとミルダさんに似てるんだ。


 あれ?

 前にも同じようなことを思った気が……いつだったっけ?

 んー、思い出せない。


 ――そうこうしている内にみんな朝食を食べ終わった。

 ファーレントのもおいしかったけど、ここのもなかなかのものだった。

 これが高級料理と言うものなんだろうか。慣れないようにしないとな。もとの世界に戻った時大変だもんな……。




 ーーーーーーー




 賑やかな朝食を食べ終わってから、レイディアさんに準備をしておいてくれと言われたので今は部屋でその最中だ。


「ミルダさんとの決闘を思い出すなぁ」


「そうね。あの時はいきなり決闘なんて言い出したからビックリした」


 笑顔でそう言ってくれる。

 実は僕だって初めから言おうなんて思ってなかったんだよ。

 あの状況を打開しようって考えたらそれ以外思い浮かばなかっただけなんだけど……。


 そう言えば、あの決闘で勝ったからこうしてミーシャと一緒にいられんだ。

 負けてたら間違いなく処刑されてたって思うと、今でも背筋がゾッとする。

 ミルダさんが僕に勝たせてくれたから。感謝してもしきれない。


「ありがとうございます!」


「な、なに!?」


 笑顔からビックリした顔になっている。

 声が出てしまってたみたい。

 最近多いから気を付けないと、うん。


「何でもないよ」


 と微笑んで誤魔化すことにした。


「そう……」


 と釈然としない様子だったけど、すぐにまた笑顔に戻って僕の目を見つめてきた。


「どうしたの?」


「無理しないでね。負けられないと思うけど、ミカヅキがケガするのヤだから……ね?」


 あ……、そうだ。

 また心配かけるんだ。


 だから僕は優しい大切な姫様を抱きしめた。

 そして、


「大丈夫だよ。僕はそう簡単には負けないから」


「うん!」


 そう言って頬を僕の胸に擦りつける。

 どことなく恥ずかしいけど、嬉しかった。

 本人には言わないよ。

 頭撫でながら思うことじゃないか……。


 ――でも、この時の僕はまだ知らない。

 この後の稽古試合で僕は――現実・・を思い知らされることを。

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