十四回目『警戒しても歓迎?』

「ふわぁぁぁあ、ねっむ」


 ミカヅキたちが馬車で通ってきた呑気にあくびをしながら道を歩く黒髪の青年。

 両の腰に少し弧を描いた剣を装備し、太陽の下だからこそ目立つ黒いコートを身に纏っていた。

 どうやら右側の剣は鞘だけのようだ。

 ショートよりかは少し長めの黒い髪と相まって、その姿はどこか死神か悪魔を連想させる。


 だが、その中でも白い肌が覗いていることにより、人間であることを再度理解させた。


「まったく、私の扱いが雑な気がするのは気のせいだろうか?」


 誰かに言うわけでもなく呟いた。

 そして、彼はたどり着く。


「なんだ……?」


 先程までレイがヴァスティと戦い、謎の少年に助けられた場所へと。


 目の前の戦闘の形跡を見て思う。


 ――これ面倒なやつやん。


 ぼやきかけながら頭を抱える彼は見つけた。


「なんでこんなところに人が落ちてんだ?」


 右腕が無い状態で気を失っているレイを。

 周りを見渡し、青年はすぐに状況を理解した。


「……なるほど。ヴァスティか」


 木の所々に燃えたような跡があったが、全体に燃え移っていないことと、地面のえぐられ方から誰がここで戦っていたかを言い当てる。

 わかった途端、大きなため息が出ていた。


「で、こやつは誰なんだ?」


 倒れているレイに近づき、何者なのか探ろうとした。

 肩の紋章を見つけて目を細める。


「やっぱ、面倒なやつやん……」


 再びため息をつきながら、レイを肩に抱えあげてファーレンブルク神王国へとまた歩き始めた。


 やっと物語が動き始めたってことかな?


 自分の進む道を眺めながらそんなことを考えていた。




 ーーーーーーー




 歓迎されるとは……。


「どうしてこうなった?」


 ――積めた状態で進むこと10分ほど、ようやくファーレンブルク神王国の領土であるマルデリットにたどり着いた。

 率直な感想は暑かった。乗り物で定員を越えることは二度としないと思わせるほどだ。

 と、話を戻そう。


 ファーレンブルクの領土は高さが20メートルほどの壁で覆われていて、中がまったく見えない状態になっていた。

 だから中に入るには門を通らなければならない。

 ここで問題は発生した。


 事前連絡なんてしていないのだと言うことに気づいたのだ。

 もとから気づいてはいたが、いざこの状況になると早くレイを助けたい思いもありながら、敵として排除されかねないと言う考えも浮かんで整理しきれていなかった。


 だが、その定着しかけた状態を打破してくれたのはミルダさんの弟子と言われているアミルさんが、僕たちの乗ってきた馬車の前に出て警戒する門番に堂々と言った。


「私たちは、ファーレント王国の姫、ミーシャ・ユーレ・ファーレント、並びにその護衛である! 貴公らの姫君であらせられる、ソフィ・エルティア・ファーレンブルク様に謁見を申し入れる!」


 門番の二人は一回顔を見合わせてから笑顔になり、僕たちを門の中へと招き入れた。

 僕にとっては逆にそれが罠のように、怪しく感じて仕方がなかった。

 でもまるで招き入れられるのをわかっていたかのように、僕以外の表情は柔らかかった。


 僕が警戒しすぎなのかな?


「ウォンさん」


 気になったので隣のウォンさんに聞いてみることにする。

 こんなに簡単に入れるんですか?

 聞くと、ウォンさんに忠告された。


「油断するなよミカヅキ。こうも簡単に入れるはずがないんだ。警戒しておくんだ」


 わからない。

 僕たちは敵国とも言えるのに、こうも歓迎されるものなんだろうか?

 罠だとも考えられるけど、こんなに大がかりにするだろうか……。


 周りを見ると町の人たちが笑顔で楽しそうに僕たちを歓迎してくれていた。

 こんなにも笑顔で見つめられると、警戒しているほうが間違っていると思えてくる。


 たしかに僕はこんな風に命の駆け引きなんて今まで経験していない。

 でも、ここまで行くと言葉は悪いが、異常とも思えてくる……。


「ミーシャ。アミルさんって何者なの?」


 さっきの門でのことを思い出した。

 門番に対してあの堂々とした態度は、なかなかできないんじゃないか。

 少なくとも僕にはできない。


 突如、ミーシャは不思議そうな表情になった。


「ミカヅキ、気付いてないの?」


 僕もつられて同じような表情にした。


 いったい何に気づいていないかが全く分からなかったか。


「何に?」


「アミルはミルダよ」


 あ、そう言うことか。

 それならばあの堂々たるものの説明がつく。

 やっぱりすごいな、ミルダさん。


 ん?


「ミルダさん!?」


「やっぱり気付いてなかったんだぁ。鈍感だなぁ」


 いや、これって鈍感とかそう言うものなの?

 なにか違う気がするのは僕だけ?


 わからなくなってきたよぉ。

 ただでさえ敵国の、同盟を組に来たんだけど、中に入って、なおかつ意味もわからず歓迎されて、挙げ句の果てにアミルさんがミルダさんだなんて、もう僕は限界です……。


 そんなことを考えながら、心のどこかでホッとしている自分がいることに気付いた。

 やっぱりミルダさんはいてくれるだけで心強い。


「はぁ、もうかなり疲れたよ……」


 本音だ。

 心の底からの本音だ。


 でも、もう一つ気になることがある。

 それは――


「ソフィ様が歓迎されよと申されたのだ」


「ソフィ様のお心のままに」


「ソフィ様のお言葉こそ正しい」


 町の人たちが入ってきてからずっと、ソフィ様と口にしているのだ。

 まるで何かの宗教のようにも見える。

 何でこんなことになってるんだろう?


 ――このファーレンブルク神王国の姫である、ソフィ・エルティア・ファーレンブルク様は世界中の人間から意味嫌われ、虐殺、奴隷などと言った酷い扱いを受けている獣人族や亜人族の人々を集めて保護している。

 そのため、姫に感謝する者が数多くいると言う。僕個人としては個性的な見た目は全然嫌いじゃない。


 それで、か。

 誰だって辛いときに手を差しのべてくれた人を信じるよね。僕だって祖父母に感謝してもしきれないもの。

 この王国のお姫様はすごい人なんだな。

 こっちの姫様も負けてないけど。


 どうやら特有魔法ランクが発動してしまったらしい。

 こんなことを知ると、もしかしたらと思わずにはいられない。

 できるかどうかわからない不安が少しでも無くなってくれたのはありがたい。ここは自分の特有魔法に感謝するよ。


 だから考えることに集中して、僕の顔を心配そうに覗き込むミーシャの顔に気付かなかった。


「ミカヅキ?」


「……ん、なに?」


 え……。

 ミーシャの声で我に返った僕が目にしたのは、ミーシャの長い髪と同じ色をした白銀の2つの瞳だった。


「わ、わあああ!」


 驚いて後ろに下がった反動で手を滑らして頭を打った。い、痛い……。

 だってミーシャの顔が目の前にあるとは思わなかったんだもん。


「大丈夫!?」


「う、うん、大丈夫だよ」


 心配そうにするミーシャに首を横に振りながら答えた。


 結構痛いけど、さすがにここで痛がれない。


 そう言えば、ソフィ様と言う人がこの国の姫だとすれば、その人がこの国のトップか。そこら辺はミーシャと同じ感じなのか。


 でも、慕われると言うか信仰されるとかどう言うかよくわからないけど、これほど国の人々の心を掴むことができてるって言うのはすごい人なんだろうな。


 会ってみたいと、素直に思った。


「――お、あれがファーレント王国の姫様たちかい」


 馬車の前方、町の中の道の先に、一人の茶髪の男の人が立っていた。距離はあまりなく、すぐに茶髪の男の人のところに着く。よく見ると茶色の髪の先端だけ黒みがかかっていた。グラデーション、だった気がする。

 瞳の色は綺麗な青色をしていた。スカイブルーとか言うんだろうか?

 なんとなく僕より少し年上に見えた。


「あなたは?」


 みる、じゃなくて、アミルさんが前に立つ茶髪の男の人に尋ねた。

 茶髪の男の人は笑いながら、


「案内人、そして護衛さ。一応言っておくけど、我らが国民からではないから安心してくれ」


 と答える。


 護衛?

 僕の頭に引っ掛かったのはその言葉だ。やっぱり安全じゃないのか?


 神王国の国民からじゃないとすると、きっと他国のスパイみたいな人たちからってことだな。


「おおー、そこの少年、鋭いね」


 今度は首を傾げる僕に笑いかけてきた。


 今の、まさか心を読まれた!?


「いーや、君の考えてることなんて簡単に予測できるんだよ。君はまだ戦場に出たことがないらしい」


 考えていることを予測……。

 そんなことができるとは……でも、実際に今やって見せられたし。僕自身で。


 この世界に来て、知識の特有魔法を持ってしてもわからないことが無くなったわけじゃない。まだ完全に使いこなせていないというのもあると思う。


「おっと、それより自己紹介がまだだったな。オレはヴァンドレット・クルージオ。このファーレンブルク神王国のエクシオル騎士団、副団長だ。皆からはヴァンと呼ばれている。少しの間、よろしくな」


 体の正面をこちらに向けて、手を差しのべて来たので、僕も手を伸ばしてつかんだ。

 騎士団の副団長にしては、結構ラフな服装をしていた。騎士と言うより、通行人みたいな……。通行人?

 いや、一般人、一般国民みたいな感じだ。この世界での言葉選びがまだよくわからない。


「僕は、ガルシア騎士団のミカヅキ・ハヤミです。こちらこそよろしくお願いします」


 まるでずっと前から知っていたように、簡単に打ち解けるように気さくに話しかけてくれたヴァンさん。

 本当に警戒すべきなんだろうか? その疑問が頭から離れない。


 うっ。


 後ろからの視線に僕は気付く。

 チラッと振り向くとウォンさんが僕を見ていた。

 ウォンさんは自分のこめかみのところを人差し指を二回当てた。


 特有魔法を使えと。

 嘘かどうかを確かめろと言うことだ。

 ――嘘じゃないみたいだ。


 ヴァンさんが前を向いた隙に、嘘じゃないですとウォンさんに小声で伝えると、油断するな、と返ってきた。


 と言ってもなぁ……。

 それこそ人の心を予測できれば苦労はしないのかな。


 ――少しその場で話をしてから、ヴァンさんに連れられて再び城へと向かい始めた。


 けど、ウォンさんとアミルさんはずっとピリピリした空気を漂わせている。

 さすがに話しかけづらいのでずっと黙っている。

 察してかヴァンさんも城へと向かい始めてから一度も振り返らない。


 これが城に着くまで続くとなると心が持たない。

 どうやらミーシャも僕と同じようで、眠ることで難を逃れているが眠るまでが大変でした……。


 本当にうまく同盟を結ぶことができますように!


 上を見上げながら切実に願った。

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