十三回目『邪魔をする者』

「ウォンさん。あとどれくらいでファーレンブルク神王国に着きますか?」


「もうすぐ着くぞ」


 すぐそこまで来てるってことだ。


 なら早めに考えないといけないな。


 あの青年ひとは何者なんだ?



 ――ヴァスティ・ドレイユ

 アインガルドス帝国騎士団である天帝騎士団主力の天帝の十二士オリュンポスナイトの一人。

 電気を操る特有魔法ランクの使い手。それにより武器は多種多様に電気で造り出すため様々な戦い方ができる。

 だが、本気で戦う時は電気で造り出したものではなく、実際の剣に電気を|纏(まと)わせて戦うことから――通称、雷光の剣聖。

 また――


「強くない!?」


「どうしたの?」


 突然声を出したものだから、ミーシャが驚いて僕の顔を見た。


 いや、ごめん。

 だって、レイの時なんて……前にもあったな。

 一応言っとくけど、レイを悪く言うわけじゃないからね!


 ……て、誰にいってるんだよ。


 ……て、自分で知識の流れを邪魔してどうすんだよ。


「ウォンさん。天帝の十二士は、いったい何者なんですか?」


「天帝の十二士だって!?」


 ちゃんと操縦して!

 揺れてる揺れてるー!

 まえまえっ、木にぶつかるー!


「お前の口から出たってことは、さっきのあいつがそうなんだな」


 慌てるウォンさんを差し置いて、エグロットさんが僕の言葉に冷静に返した。


 第一部隊隊長さんが、部隊の人に負けてるよ……。

 あぁもうほんとにわかんないよー。

 誰が強いんだぁ!


「そうです」


「これはまた、面倒なことになったなぁ」


 突然エグロットさんが手をおでこに当ててため息をついた。


 な、なんですか?


「いいか、ミカヅキ。天帝十二士って言うのは、天帝騎士団の最強の部隊だ。ガルシア騎士団で言えば、第一部隊、俺たちのことだ」


 最強の騎士団の最強の部隊=世界一の方々。


 それってかなりヤバし!


 おっと、僕としたことが……。けど、間違ってはない。

 あの金髪の青年がものすごく強いってことだ。


「レイ」


「信じるしかないな」


 エグロットさんが言うと、続いて動揺していたウォンさんが続けた。


「俺らの団長は簡単にはやられん。俺らの団長だからな!」


「「そうだ!」」


 すると、馬車に乗っていた第一部隊のみんなが同意した。


 思ってはいけない気がする。

 けど、思うぐらいはいいと思う。


 狭い。

 とてつもなく狭い。

 それに暑い!


 人が密集しすぎて、暑い!


 仕方がない。

 僕は何もできなかったから、ただビンタされて担がれて馬車に乗せてもらうことしかできなかったから、仕方がないと思う。

 でも、5人くらいが丁度いい乗り物に、やっぱり9人は多いよー。


 ちなみにミーシャはミルダさんの弟子と言われているアミルさんに守られていて、むさ苦しい男たちは反対側に押しやられていた。


 さすがはミルダさんの弟子と言われている人。

 僕たちよりミーシャなんですね。


 これにより、僕たちは必要以上に積めているのだ。




 ーーーーーーー




 ミカヅキが男同士の押しくらまんじゅうをしている頃、レイは金髪の青年、もといヴァスティに自己紹介をされて驚いていた。


「おいおい……。天帝の十二士とは、なかなか面倒な相手じゃないか」


 レイの顔から一滴の冷や汗が落ちる。

 予想はしていた。帝国の連中が来るかもしれないと。その場合、天帝騎士団の可能性が高いと。

 だが、天帝の十二士の一人と一対一で対峙するとは考えなかった。


 雷光の剣聖、ヴァスティ・ドレイユ。


 レイは彼のことを知っていた。

 いや、天帝の十二士のことを知らない方が少ない。

 名前の通り、雷以上の強大な電気を操る魔法士ランカー


「お前はファーレントの騎士団長、レイ・グランディールだったっけ?」


「名前を知ってもらっているとは、光栄だな」


 ミルダの表情をキリ顔と言うのであれば、これはキメ顔とでも言うのだろうか。

 レイは必死にキメ顔でヴァスティを見た。が、内心はかなり深刻な状況である。


 ――相性が悪い!


 強く思った。


 しかし、ここで時間を稼がなければいけない。

 ミカヅキたちに追い付かせる訳にはいかないからだ。


「目的を聞いてもいいか?」


 だから質問した。

 気になることを真正面から聞いてやった。


「良いだろう、教えてやるよ」


 普通に答えようとした。

 レイは正直驚く。必死でキメ顔を崩さないようにしながら、バカなのかと思いつつも警戒を解かずに耳を傾ける。


「聞かせてもらおう」


「お前がかばったあのガキさ」


 今度こそ、驚きが顔に出てしまっていた。

 予想の斜め上を行く返答。


 ――姫様ではなく、ミカヅキに?

 なぜだ?


 そもそもミカヅキを知っていることがおかしいのだ。

 異世界から来たと言った。

 誰に連れられたかまではわからない。だが、それならばあの日にこの世界に来たことになる。

 ならばミカヅキと言う存在を知っているのは、ファーレント王国の、ごく一部の人間だけのはずなのだ。


 そのはずなのに、目の前のアインガルドス帝国の騎士団のヴァスティは目的をミカヅキだと言った。


 これはもっと調べなければ、と思った。


「あいつに何のようだ?」


「殺しに来たのさ」


 言葉を聞いた途端、レイは怒りを覚えた。

 目の前に立つのが天帝騎士団だろうと、天帝の十二士だろうとなんだろうと、友に対してそんな発言をした者を許す訳にはいかない。


「させねぇぞ」


 ヴァスティも一瞬で空気が変わったことを察した。

 こちらを探るような警戒から、完全に敵に対してのものに変化した。


「守れるもんなら、守ってみろよ?」


 この一言が、二人の戦いの始まりとなった。


 レイが腰にあった二本の剣の内、一本を抜いてまだ抜かれていない剣の柄の部分に繋げた。

 それは真ん中に持つところがあり、両側に剣の刃があることから、


「両剣……」


 とヴァスティが言った通り、見た目が名前の武器である。

 本来ならば、両手で回すようにしながらの攻撃が基本になるが、片腕しかない今のレイには不可能だ。


 故に両剣にせず、一本ずつで使えばまだ勝機はあったのではとも考えられるが、レイには危機的状況であろうと貫こうとする信念があった。


「これが俺の武器だ!」


 と言う、バカ正直とも言える信念が。

 ヴァスティは笑った。


「やっぱお前にしてよかったよ」


 面白い、と笑いながらレイを指差した。

 レイは真剣な表情で笑う青年に言った。


「笑っていられるのは今のうちだ」


 と。

 だが笑いからニヤけに変わる。


「さて、それはどうかな?」


 ヴァスティが言うが先か、レイの足下から電撃が空へと舞う。

 真ん中にいたレイはもろに電撃を食らった。


「ふっ、笑わせるな。ライト・エンド」


 レイの言葉を聞いた途端、ヴァスティの視界から景色が消えた。

 何も見えなくなったのだ。

 何もない、暗闇しか見えない。


 暗闇は視界だけではなく、敵であるレイの気配さえも消していた。


「どこだ、どこにいる」


 彼は考える。

 敵どころか何も見えず、敵の気配さえも感じない。


 ――逃げたか?

 いや、まだだ。


 考えた末に至った結論は、


「サンダーボルト!」


 叫んだ彼を中心に地面に先ほどのレイに食らわせた電撃が走る。

 立っていたら電撃の餌食だ。

 だが聞こえたのは、苦痛にもだえる声ではなく力強い声だった。


「――光覇守護法陣!」


 その名の通り、レイの足下に魔方陣が出来上がり、敵の攻撃から守護していた。


「――これで場所がわかった」


 ヴァスティは目が使えなくなろうと、気配を感じられなくなろうと、天帝の十二士の一人であることには変わりなかった。


「続けていくぞっ、光覇滅衝――」


 再び技を放つべく両剣を地面に刺そうとした瞬間、目の前にいたはずのヴァスティが姿を消した。

 レイは動揺した。


 ヴァスティの狙い通りである。


「隙ができた、な?」


「はっ」


 背後から聞こえてきた声に反応して剣を振り払おうとする。が、一瞬の隙は、いくらレイでもどうしようもできなかった。


「終わりだ、サンダーボルト!」


 一度目や二度目は守護法陣で守れた。でも、今回は身を守るものなど何もない状態で電撃を食らった。

 全身に流れ込んでいくそれは、自由を奪い、思考を奪い、倒れるには充分すぎるほどだった。


「よっと」


 ヴァスティは力なく倒れていくレイから距離を取る。

 警戒したのではない。

 ただ、そうしたかったからそうしたのだ。


「がぁっ、ま、まだぁ……っ」


 体はピクリとも動かない。

 意識を保っていることさえ、今できなくなってもおかしくはない。

 そんな絶体絶命の状況下でも、レイは諦めていなかった。


「まだ生きてたのか」


 ヴァスティはつまらなそうに倒れ込んでいるレイを見る。

 体はもう動かない。

 声がかろうじて出せただけだとすぐに見抜く。


「今度こそ、終わらせてあげるよ」


 蔑む表情で見下し、トドメを刺すべくレイに手を翳す。

 ヴァスティの手の周りの電撃が、バチバチとカウントダウンの如く音を立てた。


「さよう――」


 ドンッ。

 鈍い音がレイの耳に届いた。

 薄れ行く意識の中で、目の前の驚くべき光景を捉えていた。


 ヴァスティが立っていた場所の地面が、丸を描いてへこんで……いや、沈み込んでいたのだ。

 そこに敵の姿は無い。

 代わりに、別の人物が森の中から歩いてきているのがわかった。


「あなたにここで死なれるわけにはいかないんですよ」


 年若い少年のようなその声を聞きながら、レイの意識はゆっくりと暗闇へと誘われていった。体力と精神力をかなり消費したためだ。


「誰だよ、お前は?」


 レイに言葉をかけた少年に声を荒げながら問うたのは、音と共に姿を消したヴァスティだった。彼は先程いた場所より少し後ろに移動していた。


 彼の生存を確認した、黒に近い藍色の髪の少年はニヤリと笑みを浮かべる。


 ヴァスティは目の前にいる少年に殺意を覚えた。

 戦い殺すのを邪魔されるのが、一番嫌いなのだ。


「リーダーの命令で、この戦闘の邪魔をしに来た者です」


「なら、邪魔者らしく死ねぇ!」


 手を前にかざす前に、少年が一言呟いた。


「落ちろ」


 少年の言葉と同時に、ヴァスティの全身が急に重くなる。

 まるで地面に引っ張られているような。しかもどんどん重さは増していく。


「ぬぅっ、なんなんだよ!」


 文句を言うのがやっとだった。

 体が重すぎて攻撃に移ることができない。


 ――ふりをした。


 体を電気と化し、一瞬と言う時間の内に少年の背後に移動して攻撃を食らわす――はずだった。


「無駄ですよ。僕には指一本触れられません」


 言葉の通り、ヴァスティの攻撃は少年に届くことはなかった。

 原因は少年を中心に張られているバリアのようなもので、すべての攻撃が弾き返される。


「くそっ。だったら――」


 と、彼が次の攻撃を仕掛けようとした時、森の方から閃光弾のようなものが空へと打ち上げられた。少年は横目でチラリと確認する。

 主に騎士団の指示出しに利用される基本魔法ノーマルの一種。


「おや?」


「ちっ、ここまでか」


 余裕の表情で少年は見上げ、対照的にヴァスティは悔しそうな表情で見つめていた。


「次は殺してやる」


「できるものならどうぞ」


 もう一度舌打ちをしてから、ヴァスティは姿を消した。

 どうやら撤退したらしい。

 あれは彼の仲間のものだったのか、と少年は思う。


「さて、そろそろ来るはずだから、僕はここら辺でおいとましましょー」


 そう言って森の中へと入っていく少年。

 と思いきや、去り際に一度レイに振り返ってこう言った。


「その程度では、なにも守れませんよ?」


 冷めたような表情で、既に意識を失っているレイに言い残し、今度こそ森の中へと消えていった。

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