十二回目『突然の』

 さすがに気を紛らわせた方が良い気がする。眉間にしわを寄せないようにあくまで自然に――


「大丈夫?」


「ダ、ダイジョウブダ」


 横に座るレイに話しかけたが、返ってきた言葉とは裏腹に全然大丈夫そうには見えなかった。


 出発してから4日目。


 どことなく痩せこけて見えるような。眠っていないから仕方ないとは思うが、致命的だったのは昨日のミーシャによる説教だろう。

 寝てない上に、5時間にも及ぶお説教。


 こうやって馬車をちゃんと操縦できているのはさすがだと思う。


 て言うか、棒読みなんだけど……。


「少し休んだ方がいいんじゃないの?」


 さすがに休憩しないとレイの体が保たないと提案してみたが……


「そう言う訳にはいかない」


 昨日の遅れをさっさと取り戻さなければならない、と譲ろうとはしなかった。


 レイが言うことも理解できる。

 でも、こんなところでレイに倒れてもらっては困る。

 僕だけではミーシャを守れる自信がない。


 あ……。

 考えながらふと気付く。ウォンさんたちもいたんだ、と。


「ありがとうな、ミカヅキ。でもファーレンブルクはもう目と鼻の先だ。そしたら俺は三日は寝るからな!」


 どや顔で言われても困るんだけど。


 逆に僕の方が元気づけられてしまった。

 はぁ、今にも倒れそうなのはレイだって言うのに。


 ため息をつかずにはいられない。


「わかった。着いたら僕たちが――」


「――来る。止まれ!!」


 僕の言葉を遮ってレイが急に叫んだ。


 反応して僕たちの馬車は当然のこと、後ろのウォンさんたちの馬車も足を止めた。


 思わずレイへと目を向けると、さっきまでとは全然違う表情になっていた。


「レイ……?」


 いったい何が起きたって言うんだ?

 レイがこんな顔をするなんて。


 わからない訳じゃない。

 むしろ、わかる。


 レイが辺りを警戒するように見渡している。


「敵だ」


 僕の予想通りだ。レイのレーダーに敵が引っ掛かったんだ。

 ならあと、どれくらいでここにたどり着く?


 レーダーの範囲内に今入ったんだとすれば、まだ時間はあるはず。


「――正解」


 それが聞こえたのは僕が身構えた瞬間。――そして、突き飛ばされる直前だった。


 ……忘れていた。ここには、この世界には『魔法』が存在することを。


 僕の常識なんて通じないんだと言うことを、改めて知らされた。


「ミカヅキ!」


 レイが僕の名前を叫ぶ。

 同時に体が後ろへと飛ばされていた。


 誰に?


 レイだ。

 レイが僕を突き飛ばしたんだ。


 なぜ?


 理由は目の前が真っ白になるほどの光りと、ドォンと言う脳みそを直接揺らすような轟音が教えてくれた。


「レイ!?」


 でもすぐには理解できなかった。


 あまりにも一瞬で、同時だったから。


 ――そこに、馬車はなかった。


「ぐっ、ああ」


 次に僕を襲ったのは、頭の後ろから背中にかけての激痛だった。突き飛ばされたまま木にぶつけたらしい。


 痛い。

 でもそんなことより気になるのは、


「レイっ、ミーシャ!」


 辺りを睨むように見回しながら二人の名前を叫んだ。


 無事なのか?


 目の前で燃える馬車であったものを見ながらも頭の中はそれで埋め尽くされて、他のことなんて何も考えれない。


 現状を把握することなんて僕にはできはしなかった。

 ただ二人を呼び続けた。


「おおー。まさか生きてるとはねぇ」


 耳に聞いたことない声が届いた。


 いや、聞いたことはある。


 ついさっき。レイに突き飛ばされる直前に聞いた。

 あの声だ。


 僕は反射のように咄嗟に声のした方を向いた。


「仲間が身代わりになってくれたわけだ」


 ――最初に目に入ってきたのは金髪。次に黄色の瞳。

 白を基調とした、赤のラインがかかった服を身に纏った青年がそこにいた。


 そんな青年から発せられた言葉は、僕の頭に血を上らせるには充分だった。


「黙れ!!」


 背中に携えていた棍棒を手に取りながら青年へと向かう。

 しかし、攻撃を加えることはできなかった。


「……やめるんだ」


 レイに止められたから。


 レイ!

 無事だったんだ!


 僕は喜んだ。と同時にある違和感があった。


「ミカヅキ。姫さんたちと一緒に、ファーレンブルクへ向かえ」


 こいつの相手は俺がする。

 と、背中を向けたまま言った。


 右腕が無い。


 たったそれだけのことに気付くのに、かなりの時間が必要だった。


「そ、その腕は!?」


 言って頭に浮かんだのは、あの時。

 僕を突き飛ばした時。


 僕のせいだ……。


 僕のせいで、腕が……。


「だめ!」


 慌ててレイのもとへと向かおうとした僕の手を掴んだのはミーシャだった。


 無事だったんだ、と安堵した。

 でも、今はレイに加勢しないと!


「手を離してくれっ。早くしないとレイが!」


 パシンッ。


 え?


 渇いた音が辺りに響く。気づくと、ミーシャに頬を叩かれていた。


 医務室でのおばちゃんの時とは違う。間違ってじゃない。叩くために、叩いたんだ。


 ――頭が真っ白になった。


「すみませんね、姫さん」


「――死なないでね」


 それでも二人が交わした言葉は耳に届いていた。


 方針状態のような僕は、ウォンさんに抱えられて二台目の馬車に乗せられる。

 僕が乗せられたのを確認すると、レイと青年を放って走り出した。


 どうして?


 疑問に思うことはできても、言葉を発することはできなかった。


 僕は、何もできなかった。


「言ったか……。見逃してくれるなんて意外だな」


 レイは目の前に立つ金髪の青年に声をかけた。

 驚いていたのは事実だった。


 まさか無言でミカヅキやミーシャたちを見逃してくれるとは思ってなかったからだ。

 攻撃しようものなら防ぐつもりでいたが、杞憂に終わったのは助かった。


「そっちのお姫様の勇ましさに驚かされてな。それに、あんなやつよりお前の方が楽しそうだ」


「楽しそう、か」


 青年は笑ったいた。

 対してレイは笑っていない。


 強い。


 笑う青年を前にして彼は察した。間違いなく強い、と。


 相手は万全。

 レイは右腕が無い。こちらが不利なのは火を見るよりも明らかだ。

 だからこそこの状況を打開する方法を考える。


 何の考えがあるのかわからないが、敵は今、彼の方レイを見据えていた。

 一般的に考えれば、この状況で奇襲してきたと言うことは姫であるミーシャを狙ってきたはずだから好都合。レイは危機的状況であるにも関わらず、ポジティブに現状を分析した。


「お前、王国の……団長だな?」


「そうだ。貴様など片手で充分よ」


 相手がそこら辺のチンピラなら、レイの敵ではない。

 だが、レイは気づいていた。目の前に立つ男が何者なのかを。同時に今の自分では敵わないことも。


 相手はミカヅキを狙っていた。つまりは神王国に向かうことを知っていた可能性もある。


 情報が漏れていた。


 考えたくはないがレイは結論に至る。


 なんにせよ、敵の情報を得ることを最優先としなければならない。

 真っ向から戦うにしても、逃げるにしても相手の力量によって判断しなければならないからだ。

 レイは、それを理解していた。


「面白いこと言うねぇ。なら、自己紹介をしようか」


「聞こうじゃないか」


 いつでも戦える臨戦態勢のまま、目の前の青年の話を聞くことにした。




 ーーーーーーー




「僕は……」


 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。


 時計を見ればわかる話だ。

 そんな簡単なことが、今の僕にはできなかった。


 何も考えることができない。


 ――無力。


 言われたわけではない。

 ただ、突きつけられたのだ。


 あの時ミーシャにビンタされなかったら、レイを助けようとして馬鹿みたいに敵に突っ込んでいたんだろう。

 僕は強くないって。まだまだなんだって、わかってたはずなのに……動かずにはいられなかった。


 僕が油断していなければ、レイが右腕を失うことにはならなかったはずだ。


「僕は……無力だ」


「そうだ。お前は無力だ」


 ウォンさんが僕の呟きに答えた。


 悔しいな。


 決して浮かれていたわけじゃない。

 でも、それでも、油断していたってことだと思う。ならそれは浮かれていたことになるのか……。


 ああ、もうわかんないや。


「でもな、お前はこれからなんだよ。落ち込んでる暇があったら、レイを助ける方法でも考えたらどうだ?」


「僕に、まだなにかできるんですか?」


 ウォンさんは、笑っていた。


 騎士団長のレイを一人で、しかも右腕がない重症の状態で置いてきて、それでも笑って見せた。


 どうしてこの状況で、そんな表情ができるのか僕にはわからない。


「できるからこそ、団長はお前を助けたんだ。団長の覚悟を無駄にするなら、俺がお前を許さねぇぞ」


 無茶を言いますね……。


 そんなこと言われちゃ、頑張るしかないじゃないですか。


 僕は、僕にできることをすればいいんだ!


「ありがとうございます、ウォンさん」


「いーや、礼なら団長と姫様に言うんだな」


 そう言って大人しく座っているミーシャに目配せした。


 ミーシャは僕と目が合うと、驚いたのかわからないけど、ふいと目をそらした。


「ミーシャ、ありがとう」


「あ、当たり前よ」


 僕は笑えているかな。

 笑顔でミーシャを見れてるかな。


 レイ、やるよ。こんな時こそ、落ち着いて、冷静にできることをやらなきゃ駄目なのに、笑ってしまうよ。


「まずはあの敵の正体からだ」


 考える。あの金髪の青年が何者なのか。

 そしてどれくらいの強さなのか。


 僕には知ることができる。


 なぜなら僕の特有魔法ランクは――『知識を征す者ノーブル・オーダー』なのだから。

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