八回目『稽古開始、なのか?』

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 防ぐのが精一杯だ。

 それも完全じゃないから体のあちこちに傷ができてく。


「おいおい、終わりかミカヅキ」


「お前の力はその程度か?」


 二人とも目の前で余裕そうな表情を浮かべながら僕に無茶を言ってくれる。

 王国騎士団長と王国の騎士の師匠の二人と相手してて、ここまで保ってるだけでもかなりだと思うんだけどぉっ。


 そもそも、なんでこうなったんだ?


 僕はミーシャの不機嫌を解決したあと、ミルダさんに稽古があるから呼ばれて決闘をした広場に連れられた。

 そこでレイとオヤジと会い、ゴルドスさんに前と同じ服に着替えさせられ、棍棒を持たされた。

 ここで違和感を感じたんだ。


 おかしい、と。


 予感は的中した。二人に稽古として「模擬戦をする」と言われて今に至る。


「不満そうだな。このダイアン師匠がお前の力を試してみたいって言うから、どうせなら俺も一緒にって思ってよ」


 笑顔で親指を立てられても僕には選択肢が一つしか無いと言われているみたいだ。

 一対一でも勝てそうにない相手を、一気に二人同時に相手にするなんて勝てるだろうか……。


「ミカヅキ、諦めんのか?」


「え?」


「お前はこんなところで諦めんのかって聞いてんだよ」


 急にレイが真剣な顔をして聞いてきた。

 諦める……何を?

 こんな無茶ぶりを受けて、受けさせられてちゃんと相手をしているじゃないか。その上一時間以上も休憩なしで黙って相手をしていれば、諦めるか? だと。


 そうか、そう言うことですか!


 なら、やってやろうじゃないですか!


「僕は諦めることは絶対にしませんよ」


 そうだ。当たり前だ。

 こんなところで誰が諦めるって言うんだ。

 僕は姫……ミーシャに、もうあんな悲しい顔をさせたくないんだ!


 だから、このいきなりで、わけわかんなくて、不利な状況でも絶対に諦めてたまるか!


「やってやる!」


 基本魔法ノーマル

 本来なら詠唱と一緒に、空気中や体内の魔力操作などの複数のことを覚えてから練習して使えるようになる魔法もの


 でも僕には、そんなに遠回りしてる時間は無い。

 だったらやることは決まっている。


 知識の力。

 これをうまく使えれば、可能なはず……。


「やっとやる気になったか」


「わしから行くぞ!」


 オヤジに続いてレイが、僕に左右から向かってくる。


 だけど僕は動かない。


 オヤジの武器は槍。

 レイの武器は細い剣。


 間合いはもうわかった。

 求めるは攻撃を躱わせるほどの単純な速さ。

 それさえあればあとは何とかする。


 僕の知識は、答えてくれるはずだ。

 どうすればいいかを。


「発動――瞬足ソニック


 これは単純な魔法だ。

 ただ足を速くするだけの魔法でしかない。


 でも、それでも、今はそれだけで充分だ。

 二人より速く動いて、僕が魔法を使ったと言う驚きを見せた隙に仕掛ければ勝ちだ。


 だから僕は速さを利用して素早くオヤジの前に移動して、棍棒を振り払ったんだ。


「ふんっ!」


「う、あり……?」


 全力ではないにしろ、かなりの力を込めた。それに僕の力だけではなくて、僕がさっきの場所から移動して生まれた引力か重力かはわからないけど、とりあえずその力も加わっている訳でかなりの力のはず。


 そうだ。


 こんな風に、片手であっさりと受け止められるほどの力じゃない。


「どうした、終わりか?」


 ははっ。

 これが現実、か。

 悔しいけど、認めたくないけど、


「――参りました」


 勝てない。

 “まだ”勝てないんだ。

 今の僕はこの二人には勝つことはできない。

 それでもいずれは二人より強くなって見せる。


「まさか基本魔法を使えるとはな。さすがに予想外だったぜ」


 そんなことを言いながら、笑いながら僕のもとへと歩いてくるレイ。


 傷一つ無い。

 目の前のオヤジだってそうだ。


「そうだな。わしもそれは驚いた。が、まだまだ甘いわ」


 ガハハ、と声をあげて笑った。

 僕はまだ強くないんだ。

 やっぱり体で感じると、重みが違うって。


「そう言えばミカヅキ。思ったんだが、基本魔法が使えるなら、なんでミルダさんとの決闘の時に使わなかったんだ?」


「それは……今、思い付いたから」


「……は?」


 そう言うことか、と言って笑いながら頷いた。

 レイって本当に騎士団長なのかなー? 時々疑わしくなるよ。


「知識の力を使ったんじゃな」


「その通りです、オヤジ」


 今更な気がするけど、オヤジって呼び方は変じゃないですか?


 まぁ、今更だから言わないけど、やっぱりなぁ。


「世界や人物。物や歴史がわかるなら、魔法もわかるのではないかと思いまして」


「でも、よくそれで実際に使えたなぁ」


 感心したようにレイが言ったけど、僕だって実際に使えるかどうかはわからなかった。

 それでもやれることをやっておかないと、後で後悔するのは嫌だからね。


「ミカヅキ、お前は良くやった方じゃ、褒めてやる」


 頭を撫でてきたオヤジ。

 髪がくしゃくしゃになっていくのがわかる。


「それに今のように己自身の力をちゃんと見極め、理解することをどんな状況であろうと忘れてはならんぞ」


「はい!」


 オヤジの手って結構大きいんだな。


 なんとなく、髪をくしゃくしゃにされながらもそんなことを考えていた。


「ああ。今までのほとんどは数分で終わってたからな。ほんと、良くやったよ」


 そうなんだ。

 かなり必死だから、あの時話しかけられるまで時間なんてあまり意識してなかったから、改めて言われるとなんか照れるな……。


 ん?

 今まで?

 どゆこと?


「レイ。今までって?」


「あー、恒例行事、歓迎の模擬戦ってやつでな。新入りが入る度にやってるんだが、お前が案外驚いてたんだよ」


 すごく疲れる歓迎を……ありがとう?

 皮肉になりそう。


 新入り、か。やっと正式に仲間になれた、みたいな感じかな。


「それと、この模擬戦にはもう一つの意味があってな」


「もう一つの意味?」


 僕の稽古の事前準備とか……しか思い付かない。

 なんだろうか。


「姫様がファーレンブルクと手を組むって言ったろ。あれはあっちの連中と話し合わなきゃならない。そのためには姫様をファーレンブルクあっちまで連れていかないといけない。ここまで言えば、わかるな?」


「つまり、僕の実力を知るためだったと」


「そう言うこった」


 つまり、実力を知るためってことは……まさか!


「レイ。もしかして、僕も姫様と一緒に行くってこと?」


「ああ、当たり前だろ」


 さも当然と言わんばかりに答えた。

 姫さんにはお前が必要なんだよ、付け加えて。


 そ、そんなこと言われたら何も言えないじゃないか……。


「ファーレンブルクに出発するのは明後日だ。それまでにもっと強くなってもらうぞ」


「望むところだよ」


「いやぁ、それにしてもさっきの姫さんには驚かされたな。まさかファーレンブルクと手を組もうなんてなるなんてな」


「まぁ、今のファーレントわしらの戦力じゃ、到底太刀打ちできる相手じゃないからな。そこをあの姫様もわかってるんじゃろ」


 オヤジは当然だろう、と言った感じに。


 でも、この世界の三大勢力として長い間対立し続けた敵国と、そんな簡単に同盟なんて結べるのかとも思ってしまう。


 それができなかったからこそ、三大勢力と言う均衡が保たれた状態が続いていたんだろうし……。


「ねぇ、レイ」


「ん、なんだ?」


「ファーレンブルク神王国とはずっと対立してきたんだよね。それなのに、ここでいきなり同盟をなんて、できるのかな……?」


 僕の言葉にレイは腕を組んで苦笑して見せる。


 どう言ったものかと考えているのかと思うけど、そのまま少し唸った。


「知識の力を使って知ったのか。まぁ、その通りだ。俺だって正直、今この状況下でやるのは賭けみたいなもんだと思う」


「なら……」


 止めた方が良いんじゃないか?

 そんなミーシャが危険な目にさらすようなことをさせていいのか?


 僕みたいなのが口を挟むようなことでもないと思うけど、僕はミーシャを守りたい。


「なぁ、ミカヅキ。俺たちが姫さんを信じてやらんで、誰が姫さんを信じるんだよ」


「あ……」


 そうだ。

 そうだよな。


 当たり前のことなんだ。


 賭けなんだって、危険なんだってことくらい、ミーシャもわかってるんだ。

 それでもやるしかない。


 なら、前に進もうとするのを後押しするのが、僕たちの、僕のやるべきことじゃないか。

 僕が信じてやらなくてどうするんだよ……。


「はぁ。レイの言う通りだよ。僕はまだまだだね……」


「当たり前だ。お前はまだ、子どもなんだよ。今のうちにいろんなことを見て知っておけ。できるのは今のうちだぞー?」


 相変わらず笑っていってのける。

 レイの実力がどれほどのものか、僕はまだ知らない。


 でも、わかることはこれからどんどん増やしていけばいいんだ。


 そうだよね、レイ。


「わかったよ、レイ。あ、でも一応言っとくけど、今のセリフはちょっと、あれだよ……」


 言って良いものなんだろうか。さすがに抵抗があるな。

 おっさんみたい、だなんて。

 見た目はすごい美青年なんだけど、やっぱり、あれだよね。


「なんだよ、あれって」


「おっさんみたいってことじゃよ」


 僕の代わりに言ったのはオヤジだった。

 ありがとうございます、って言いたいけど、なんか複雑な気持ちなのは黙っておこうかな。


「あはは……」


「し、師匠!? て言うかミカヅキ。誰がおっさんだぁ!」


 わっ、やばっ。

 レイが怒りながら僕に向かってきた。


「僕はまだ言ってないよぉー」


 逃げろ!

 当然のごとく僕は逃げる。




 ーーーーーーー




「――どうですか、彼は」


 元気に追いかけ回る二人を見ていたダイアンに、いつの間にか隣にいたミルダが話しかけてきた。


「わしのあれ・・を選んだやつはどんなのかと思ったが、なかなか悪くはないさ」


 ダイアンとて怪しいやつがどんなやつであろうと、始末するべきだと思っていた。


 ――ミカヅキあやつは覆しよった。


「私はあの方は危ないと思ったんです」


「なぜじゃ?」


 突然現れたミカヅキにそう思うのも当然だといった表情をしている。

 だが、ダイアンはわかっていた。


 ミルダには何かの意図があると。


「姫様があの方を気に入ったからです」


 そう言うことか。


 確かに姫様ミーシャのことを一番に考えているミルダにとってはそれは大層なことだ。


 姫様の小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた。だからこそ付き人としてだけの感情だけでは無くなっていっていた。


「正直言うと、ミカヅキさんが決闘を申し込んできた時は好都合だと思ったんです」


「ああ」


「同時に姫様への罪悪感も感じました。ですが、これも姫様のためにと思って申し出を受けました」


 ダイアンは表情をいつも通りのキリ顔に戻ったミルダを見て思う。


 お前さんは間違ってないさ。

 自分が思う最良のことを、姫様のためになると思ったことをやろうとしたんじゃから、誰も責めはせんさ。


 と。


「ダイアンさん。なのにあろうことか私は迷ってしまったんです」


「じゃから4本の剣だったんじゃな」


「はい、その通りです」


 迷った、か。


 お前さんが本気でミカヅキを殺すつもりだったら剣ではない。ダイアンとて伊達に長い間、ミルダたちの面倒を見てないのだ。


「そして彼の決意の強さを思い知らされました。初めて会ったはずの姫様のために、あれほど傷だらけになっても諦めなかった……」


「お前さんにとっては予想外であった。が、期待通りだったんじゃろ?」


 ダイアンを見ながらミルダが苦笑した。


「さすがですね。何でもお見通しと言うわけですか」


 当たり前だと言わんばかりに笑い返した。 


 ――お前さんが本気で殺るつもりが無いのには、それ以外わしには考えられんよ。


「わしを誰だと思ってんじゃ。さい――」


「ダイアンさん、ですものね。ですから私は彼に賭けてみることにしました」


 良い顔になってるじゃないか。

 お前さん、やっぱ変わったな……。


 ダイアンはそう思わずにはいられなかった。


「お前さんの賭け。わしも乗ったぞ」


 ミカヅキがこれからのこの王国を、姫さんを救ってくれることを。


「では、ミカヅキさんのこと、よろしくお願いします」


「任せとけ」


 この王国の騎士を育てるのは指導者の役目だし、ミカヅキを強くするのもその中に含まれている。


 それにダイアンは彼に縁のような、因縁のようなものを……感じるからな。


 ミカヅキがダイアンが昔使っていた棍棒あれを選んだのだから……。




 ーーーーーーー




「疲れた……」


「お疲れさま、ミカヅキ」


 僕はあの後レイと追いかけっこをしてから本格的な稽古をオヤジから受けた。

 今までとは違った、戦闘訓練。


 体のあちこちが痛い。

 明日絶対筋肉痛だなぁ……。


「ゆっくりしてていからね」


 そして今は稽古後にミーシャに呼ばれて、ミーシャの部屋でお言葉に甘えて休ませてもらっている。


 ちなみにファーレンブルク神王国と連絡をしたところ。同盟を結ぶかどうかの会議が一週間後、ファーレンブルク王国で行われることとなった。

 ここからファーレンブルク神王国の首都まで、片道で4日ほどかかってしまうため、考慮した上での日程となった。


 出発は明後日。

 僕はそれまでオヤジや騎士団のみんなから稽古を受けることになってる。


 けど、疲れたせいか、眠くなってきたな。


「ふわぁ~あ」


「おっきなあくびだね。眠いんだったら私が膝枕してあげるけど?」


「え、それは……あの」


 恥ずかしいよ。

 誰も見てないけど、さすがに恥ずかしいよ……。


「私の膝枕、いや……?」


「うっ……」


 そんな上目遣いで見られたら……はぁ、僕ってやつは。


 勝てるはずもなく大人しく膝枕をしてもらうことにした。


 すると僕は最初から決まってたみたいに、すうっと

 眠りに入っていった。

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