七回目『会議』
会議室に入ると、真ん中にかなりの長さの長机を筆頭に、向かい合うようにして幾つもの椅子が置いてあり、十数人の貴族全員が椅子に座らずに立っていた。
王より先には座れないと言うことだ。
今の王はさっき僕のことを無視したお方、姫様である。
この会議に出席しているのは、僕たちの他は爵位の高い貴族の人たちだけど、爵位は両肩に付いている紋章で判断する。
国王がこの王国の象徴である鳳凰。
大公が六芒星。三角と三角を逆にして合わせたような形をしている。
公爵が五芒星。よく言われる星形と言うやつである。
侯爵がひし形。ここからなぜか作りが簡単になってる気がするが置いておこう。
伯爵が三角形。……。
それ以下の爵位の人は左胸のバッジで判断するとのこと。
ここにいるのは見たところほとんどが大公らしい。
まぁ、大公は爵位以上、王族以下と言った立場らしいからわからなくはないな。
そんなこんなで僕たちが会議室に入って、それぞれの場所についてから最初にしたことは僕の自己紹介だった。
見たこともない僕を、既に会議室に来て立っていた人たちは、昨日のように怪しい者を見る目で睨んでいる。
「ミカヅキ・ハヤミです。僕は――」
「貴様のような下朗が、なぜこの場におる? はよ出ていけ」
「名前などどうでもよい。ここは貴様のような者がいて良い場所ではない!」
僕がここにいることが気に食わないのか、途中で割り込んで僕の言葉を中断させた。が、ここで怒る訳にはいかない。
ミルダさんがせっかくこの会議室に入る前に忠告してくれたんだ。それを無視することはできない。
「――黙りなさい!」
つい、その大きくても綺麗な声がした方を見てしまう。実はビクッと驚いたのだけど……。僕を救ってくれたのは他でもない姫様だった。
「私がこの会議に出させました。なにか、気に食わないことがありましたか?」
さすがの大公の人たちも姫様の言葉に何も言えずに黙り込んだ。そんな者たちから視線をミルダへと移してわかっていますと言わんばかりにお互いが頷きあった。
そこからはミルダさんが僕について説明して、納得したのかわからないが視線は僕から違う方を向いた。
正直なんとなく想像していたけど、想像と現実は違うってやつだよね……。見た目は想像通りなんだけど。
そのあとは全員座ることになったが僕の席は無いので、姫様の横に立つことになった。ちなみにミルダさんは僕とは逆側にいる。
まぁ僕は飛び入り参加みたいなものだから席がないのは当たり前か。
「では、我がファーレント王国の今後のことを決めていくための会議を始めます」
どうやらミルダさんが進行役と言った感じらしい。まぁ、ミルダさんなら姫様の付き人だし、しっかりしてるし納得できる。
でもこの人たちの雰囲気……あいつらと、似てる。
やめよう、失礼だ。
「まずは――」
それから王国でのそれぞれの役割。日本で言えば官房長官や大臣のようなことを次々と決めていった。
この会議で知ったことだが、賛成の場合は片手を主に右手を肩くらいの高さまであげて、反対の場合は机の上に置いたままにするらしい。
かなりいろんなことを決めていったがほとんどが賛成で、反対意見など数えるほどしか無かった。それもあまり時間をかけずに解決していった。
ほとんどミルダさんが取りまとめて納得させている感じがするから、逆にここにミルダさんがいなかったらものすごく時間がかかったんだろうなと思う。
さすがミルダさんだよなぁ……。
僕が一人で感心していると、この会議で一番重要なことと言ってもいい議題になった。
「さて、最後にこの王国が今後、他の国々とどのような関係を築いていくかを考えていきます」
それぞれの表情が今まで以上の真剣なものへと変わった。やっぱりこの議題がそれほど重要だと言うことだろう。
この議題で決まったことは、これから起こりうる戦争での王国の立ち位置とも関係してくる。
ファーレント王国がこの世界の三大勢力の一つであれたのは今は亡き先代の王、姫様の父親がいたからこそ成し遂げられたことだと言う。
優秀な
でも今はもういないんだ。だからこそ、他の王国に小国を取られる可能性がある。その場合は王国の領土を奪われるわけにはいかないからこそ必然的に戦う必要がある。
そこから戦争になるのだ。
最初は小さな火種。でも燃え移れば山をも燃やすほどの強大な炎と化す。
今回の火種は恐らく、王の死なのだ。
考えれば考えるほど、壮大なものへとなっていく。想像や空想で終わる話なら簡単だ。だけどこれはそんな生易しいものじゃない。
――現実なんだ。
こんな状況で僕が言えることなんて、何も無いんじゃないか……?
僕が立ち尽くしていても会議は進んでいく。
「姫様、王亡き今、他の国々にこの事実を知られることも時間の問題。その隙を攻められることはわかりきったこと。であれば、先手を打たれる前にこちらから仕掛けようではありませんか」
「そうですぞ。他の国が油断している今こそ好機ではありますぞ」
その後も次々と自分の意見を語っていった。
僕は今、目の前の光景を見て思った。
ああ、そうか……。
この人たちは
「……我慢の限界だ」
手を強く握りしめて、気付いたらそう呟いていた。何も言えない、違う! 僕が言おうとしなかったんだ。
僕にはそんな権利はない。
そう思って、決めつけて……。
わかっている。だから自分の気持ちをこの人たちに言おうとしたんだ。この人たちは言ってはいけないことを言ったんだ!
でも僕は言えなかった。
バンッ。
「――黙れ」
たった二つの言動だけで、この場は静まり返った。僕もその一人だ。
「騎士たちは貴様らのような下朗どもの道具ではない! それにだっ。これ以上、我が王を侮辱するのであれば、その首この場で斬り飛ばすぞ!」
レイだ。
普段のレイから想像できないような怒りの表情で大公たちに対して言い放った。
今にも飛びかかりそうなレイに殺されると思い怯えた表情をする大公たち。
「レイ、言葉を選びなさい」
そんなレイを止めたのは、ミルダさんではなく、意外と言ってはなんだけど姫様だった。思わず姫様を顔を見ると、僕が見たことのない真剣な表情でレイを見ていた。
レイは予想外と言った表情をしたが、ため息をついて大人しく引き下がる。
「ふぅ……失礼しました姫様。この度の無礼、今後の活躍にて詫びさせていただきます」
「いいでしょう。期待していますよ、レイ・グランディール」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
姫様はレイの言葉を聞くと、さっきまでの
僕は驚いていた。
今まで……と言っても一日やそこらだけど、姫様は弱い女の子とだと思っていたけど。
いろいろと考え直さないといけないらしい。
――と、思ったが、姫様がいつの間にか僕の服の裾を指で軽く掴んでいることに気付く。
やっぱり姫様は姫様だ。
ちょっとしたことなのに、なんだか微笑ましく思う。
大丈夫ですよ。僕はこれから強くなりますから。
「姫様っ。我々も失礼いたしました」
頭を下げる大公たち。
そんな彼らに姫様はレイとは違い、無言で頷くだけだった。
どんな意味をするのかはわからないが、無言と言うのはなかなか圧かあるはず。
思った通り大公たちは悩ましい表情で押し黙る。
「ミルダ」
「はい、なんでしょうか?」
大公たちを尻目に、姫様は唐突にミルダさんの名前を呼んだ。
さすがの反応。まるで呼ばれるのがわかっていたみたいだ。
「大公たちが言うことも一理ありますが、レイの言う通り騎士たちの命も大事です」
「はい」
「よって私は、ファーレンブルク神王国と同盟を結び、その上でアインガルドス帝国に戦いを挑みたいと思います」
あまりにも予想外の姫様の発言に、この場にいた全員が言葉を失った。
ある一人を除いて。
「よろしいのですか?」
そう、ミルダさんを除いては。
ミルダさんは姫様の言葉に動じること無く、真っ直ぐ姫様の目を見て尋ねる。
僕は思った。
――かなわない。
思わずにはいられなかった。だって、目の前で繰り広げられている光景は異常と言ってもいい。
僕より小さな女の子が、何千、何万と人がいる王国のために戦争を起こそうと言っているのだから。
「ええ、構わない。もう決めたことだから」
ミルダさんは珍しくすぐに返さなかった。少しの間、無言で姫様とお互いの目を見つめ合った後やっと、苦笑しながら言葉を返した。
「かしこまりました。……皆さま、よろしいですね?」
話を聞いて固まっている大公たちの方に向き直ってから聞いた。と言うより、答えなんて聞かなくてもわかっているでしょうに。
もちろん反対はおらず、全員が片手を上げた。
……わかっていたけど改めて、そうですよねと思ってしまう自分がいた。
「これにて、今回の会議は終わらせていただきます。皆さま、お忙しい中ありがとうございました」
この言葉にて、会議は終わりを告げた。
僕は驚き過ぎた気がどうしても抜けない。けど、やっと終わったんだと言う緊張感からの解放は嬉しかった。
僕しか気づいていないと思うけど、最後まで姫様は僕の服の裾を掴んだままだった。
ーーーーーーー
会議が終わると、僕と姫様はミルダさんに連れられて会議室をあとにした。
レイとオヤジはまた後で会えるとのこと。それまでの間に済ませたいことがあるらしい。
なんだろうか?
そうして今僕がいるのはなぜか姫様の部屋。
まったくミルダさんの考えがわからない。
まぁ、考えがほとんどわからないのはミルダさんだから、で納得してしまうのは僕の中で当たり前のことになってきているんだけど。
しかも極めつけは向い合わせで明らかに高そうな椅子に座らせた後、ミルダさんは紅茶を用意して、
「ミカヅキさん。ちゃんとしてくださいね?」
と、あのキリ顔で言ってそそくさと部屋から出ていった。
いやいやミルダさん、僕にどうしろと言うのですか?
はぁ、ちゃんと話せってことだよな。
わかりましたよ。やれるだけのことはやります。でも、怒らないでくださいよ?
「姫様。先ほどの会議で、僕は驚かされてばかりでした。正直言うと、レイやオヤジにあんな風に言ってもらったのに、やっぱり緊張は抜けきれませんでした」
き、聞いてるのかな?
なにも反応がないんだけど。座ってから一度もこっちを見ないし、紅茶にも手をつけないし。
本格的に僕は嫌われたのでしょうか……?
「それと共に、不快感も感じたんです。こんなことを言うのは失礼にあたると思うのですが、大公の方々が親戚の人たちに見えてしまってイライラしてしまったんです」
僕はあんな人たちは嫌いなんだ。でも、出させてもらった以上は最後まで立ち会わなければならない。だからこそ耐えようと思っていた。
「極めつけはあの時です。この王国と他の王国との関係をどうしていくかの議題になった時、大公の方が口にした――」
――王亡き今、他の王国にこの事実を知られるのも時間の問題。
「あの言葉で僕はそれまで考えていたことを押し退けて、その発言に対する怒りを感じました」
姫様が泣かせ、悩ませ、苦しませている原因。
でもそれは今の姫様が一番わかっている。だから言ってはいけないことなのに、あの大公は言ったんだ。
「許せなかったんです。それを一番理解しているのは姫様に他ならない。でもだからこそ、言ってはならないと……僕は、お節介なんですかね?」
ようやく僕を見てくれた姫様に尋ねた。今にも泣きそうな顔で僕の質問に答えた。
「ううん……いいの。ミカヅキはいいの。だって、ミカヅキだもん」
泣きそうな顔から笑って見せて言ったのは無茶苦茶な答え。でもそれが、僕はとても嬉しかったんだ。
僕はいいか。改めて考えるとなんだか恥ずかしいな。
「でも一つ思います」
さっきとはうって変わって、頬を膨らませて拗ねたような表情になる。
え? なに、突然。
表情がよく変わるなと思ったことは内緒だよ。
「な、なんでしょう?」
「姫様、いや!」
え?
え!?
姫様が嫌になってしまわれた!?
ミルダさん、これはどうすればいいんですか?僕がどうこうしていいことなんでしょうか?
「ぼ、僕はどうすればよろしいでしょうかっ?」
焦りのあまり最後声が裏返ってしまった。
「ふっ」
今笑いましたね?
僕の恥ずかしい焦りを見て笑いましたねぇ?
「ミーシャって呼んでほしいの」
「構いませんよ。…………はい?」
聞こえなかった訳じゃないんです。最近よくある、理解するまでちょっと時間がかかるやつですよ。
僕の了承に笑顔になりかけたのに、その次の疑問符に不安そうな表情へと一気に変化。
……まずい。
「名前で呼べと、そう言うことですね」
やっと言葉が出たー。
「うん、そう。あと堅苦しい言葉遣いもやめて欲しいなー」
なにか、デジャヴを感じるような……。
呼び方はともかく、言葉遣いとなると少し悩むな。
僕は姫様と家族でもなければ、親戚でもないし、ましてや付き人ですらないし、そもそもこの世界の人間じゃないし……悩むなぁ。
まぁ、それくらいならいいか。
悩んだ末、姫様の言うことを聞くことにしてしまったこの時の僕は知らなかった。
この後、呼び方と言葉遣いの変化に気付いた方々に散々言われることを。ミルダさんとかレイとか……。
「呼んでみて、ミカヅキ」
「わかりま、わかったよ、ミーシャ姫」
「だめ」
ええー、どこがですかー?
ちゃんと友だち風にしたし、名前呼びをした。
いや、そんなジトーっとした目で見られても、だめなところなんてないと思うんだけど。
「どこがだめなんだ?」
「ミーシャ!」
あ、そう言うことか!
「やっとわかったよ、ミーシャ」
「うんっ、ありがとうミカヅキ。これからよろしくね」
僕が言いたいことがわかってよほど嬉しかったのか、向かいにいたのに隣まで移動してきて肩に頭を預けようとした、その瞬間。
「姫様ぁ、ミカヅキさんは稽古がありますので、そろそろよろしいですか?」
突然の凛と透き通った声が耳に届いた。
別に変なことをしようとしていた訳ではないが、僕とひめさ――ミーシャはビクッと反応してしまう。
ミルダさん、タイミングがあまりにもよすぎないですか?
「じゃ、じゃあミーシャ。僕は行くね?」
「う、うん。いってらっしゃい……あ」
お互いによそよそしい感じがしたから、落ち着くために僕はミーシャの頭を撫でた。すると気持ち良さそうに猫のように目を細める。
それを可愛いと思ったのは嘘じゃない。
「お待たせしてすみません」
扉を開けるとキリ顔のミルダさんが立っていた。口角がなんとなーくピクピクしてるような……。突っ込みませんよ?
でも、絶対タイミングを見図りましたね!
「いえ構いませんよ。では行きましょうか」
僕が言う前に向きを変えて歩きだした。
やりやがりましたね。決定だ。
僕はこう見えても怖いんですからね?
覚悟をしておいてくださいね、ミルダさん?
ーーーーーーー
「はぁ、はぁ、はぁ」
「おいおい、もう終わりかー?」
「お前の力はその程度か?」
なぜだ?
なぜこうなった?
僕の目の前に武器を持ったレイとオヤジが立ってるのはまだいいだろう。
でもどうしてその二人と僕が戦ってるんだ?
「はぁぁ、こんなの反則だよ……」
ぼやかずにはいられない。
笑っている二人をよそに、僕はこの状況を打開しようと必死だった。
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