六回目『知識の価値』

「……あ、す、すみません……大丈夫です」


 急いで涙を手で拭って、心配そうに見つめてくれている姫様に微笑んだ。

 心配かけてしまったかな……。


「むぅ……私ここに座る!」


「え、ちょ!?」


 するとなぜか不満げな態度になり、僕の足の上に座ってきた。

 えっと……なぜ?


「フッ、ハハハハハッ、えらく気に入られてんなぁ」


「れ、レイ。からかわないでよ」


 と言うか、ミルダさんの目が怖い……。視線だけで体に穴が開きそう。

 レイ、何とかして……。


「落ち着いたようですね」


「あ、お恥ずかしいところをお見せしてすみません」


「いえ、構いませんよ。誰しもあることです」


 そう言ってもらえると助かります……キリ顔だけど。

 ここで気づいた。僕はまだ泣いてなかったんだ。なのにこんなに落ち着いてるのは、


「……ありがとうございます」


 ここにいる人たちのおかげなんだろうな。

 だから続きを、ですよねミルダさん。

 ……目をそらされた。


「では、話を戻します」


「はい」


 本題はここからだ。僕が知りたいことをこの人たちが知っているかどうか。僕みたいに数日前にこの世界にやって来ました、じゃないから僕よりは詳しいはずだ。でも僕には、ほぼ何でも知ることが出来る特有魔法があるからな。

 だからと言って、信用しきるのもなって思う部分もある。


「別世界の人間がこの世界に来たと言うことは、私の知る限りは一度もありません」


「ああ、俺も聞いたことが無いな」


「わしも知らん」


 三人とも首を横に振る。

 そうなのか。なら僕がイレギュラーな存在であるってこと。

 でも、何もなしに異世界に飛ぶなんてこともないと思うし、これからってことになるんだな。


「ですが考えられる可能性はあります」


「可能性、ですか?」


「はい。これはあなたの知識にも関係することです」


 僕の顔を見て相変わらずのキリ顔でそう言った。

 ……キリ顔。本人には言えないけど、良いかもしれない。


「ミカヅキさんの世界にあったかはわかりませんが、この世界には魔法があります」


 それは僕も知っている。けど、それと僕の――あ、そうか。


「魔法は確かにあります。ですが、誰でも使うことができる魔法と、特定の人物しか使えない魔法の大きく分けてこの二種類があります」


「二種類……」


「良い機会です。ミカヅキさん。あなたの知識を少し試させてもらいますので、この後を説明してみてください」


 その言葉に反応して、一斉にみんなが僕の顔を見た。

 さすがにまじまじと見られると恥ずかしいんだけど……。


「わかりました。少し、時間をください」


 使い方はなんとなくわかってきたから、こんな感じかな。

 この世界の魔法は二種類あるのはどう言うこと?

 でも一回調べたことがあるから、照らし合わせてまとめよう。


 ――魔法。

 誰でも使えるような簡易的な魔法を、『基本魔法ノーマル』。

 一部の人だけが使える魔法を、『特有魔法ランク』と言う。


 特有魔法を使える者のことを『魔法士ランカーと呼び、王族、騎士団などは基本的に魔法士である。

 特有魔法は誰しも持つことができる可能性を秘めていると言われているのだが、発現することなく生涯を終える者も少なくない。

 ちなみに特有魔法を使えるようになることを“発現はつげん”と呼んでいる……だったかな。


 そして、魔法には属性がある。

 火、水、風、地属性の四大属性。次に光、闇属性。最後に無属性。

 全部でこの七属性だ。全ての魔法はこの七属性に起因している。

 でも、他の属性も耳にしたことがあるから調べてみた。それによると、派生したものや付随するものの扱いになるらしい。だから根本的には七属性しか無い……と言うこと。


 正直、僕もよくわからない。


 それに無属性を“属性”と言うのかは微妙だけど、他の六属性に属さないものの総称らしい。

 ちなみに、僕の特有魔法は無属性になる。たしかに六属性の中ではないのは僕でもわかる。


 一回知ったことは忘れないけど、なんだか幾つかの情報が混ざってよくわからなくなるな……。


 早速頭に流れ込んできたことをミルダさんに話す。


 ミルダさんの言いたいことはわかった。


「そうです、間違っていません。ですから、あなたのその知識の力は“特有魔法”だと私は思うのです」


 やっぱり、思った通りだ。

 そう言うことなら説明がつかなくもない。僕は何でそこを考えなかったんだ……。いや、思い付いていた気もするけど、色々ありすぎて忘れてたんだ。

 ミルダさんは話を続けた。


「そしてミカヅキさん。次が重要です。それは、特定の人物の情報も知ることができるのですか?」


 キリ顔なんだけど、どことなく睨むような感じで僕を見つめる。

 その言葉に他の二人も反応した。

 それはできるけど、なんでそれだけのことにこの表情?

 確かにもといた世界でも個人情報保護とか言われてたけど、こんなに切羽詰まるようなことはないと思うんだけど。

 ……わからない。


「できます」


「……」


 そう答えるとミルダさんは目を閉じて考え込んだ。

 そんなミルダさんに代わって、レイが言葉を投げ掛けてきた。


「ミカヅキ。なぜ、このことを聞かれたかわからないか?」


 苦笑しながら聞かれても、なぜかなんてわからないよ。それほど個人の情報が大切なのか?

 いや、個人情報は大切だけど、レイはわかるとしても、ミルダさんが黙り込んで考えるものなのか?

 んー、考えれば考える程わからなくなってくる。


「ごめん、わからない」


「お前のことだ。国王が亡くなったことは知っているだろ? この後、それで会議をやるんだが……つまり、簡単に言えばこれからこの王国と他の王国で戦争が起こるのも時間の問題だ」


 知っているよ。だからこそ、僕は姫様の側にいることを決めたんだもの。

 いや――待てよ。

 そうか、やっとわかった。


「気付いたみたいだな。まぁ、ちと遅いが」


「僕の知識で王国の戦力を考えることで、それを悪用すれば勝敗を左右しかねない……」


 思わず片手で顔をおおった。

 これから起こる戦争を、僕が左右するかもしれないなんて……嘘だろ。僕はまだ高校生だよ。そんな僕が“戦争”の勝敗に関わってくるなんて。

 授業で習ったり、テレビで観てたりして、いつ何が起こるかわからないな……なんて曖昧なことを考えたのに。

 なんでいきなり……こんな。そもそもなんで僕なんだよ……!


「つまりはお前の知識は大きな戦力になるってことだ。敵ならば脅威、味方ならかなりの戦力って訳だ」


「だから、儂がお前を鍛えるんじゃ」


 これまで何も言わなかったオヤジがここで口を開いた。


「お前は大事な戦力であると同時に、そこの姫のお気に入りじゃからな」


 笑いながらそう言った。

 見た目はあれだけど、優しい人なのかな?

 今はなんでとか考えてる時じゃないか。でもいつかは原因を突き止めてやる。なんで僕がこの世界に来たのかを。


「ミカヅキ。お前は自分の価値を、今ここでもう一度自覚するんだ。でなければ、後悔するのはお前だぞ」


 真剣な表情で念を押すようにレイが僕の目をまっすぐ見て言った。

 ――ありがとう。


 そうだよね。ちゃんと考えておかないと、後悔してからは遅いんだから。時間があるうちに他の誰でもない、自分自身で覚悟を決めておかないといけないんだ。

 そのために一度、深く深呼吸をした。


「二人が仰ったように、ミカヅキさんは重要な人物です。これからあなたをこのファーレント王国の――」


 ミルダさんが復活した。と思ったら、僕の今後の話をしてくれた。

 僕にとって、それはすごく、


「騎士として、我が王国を、姫様を守るために戦ってもらいます。そのため、この後行われる会議に姫様と一緒に出てもらうことにしました」


「はいっ、よろしくお願いしま……す?」


 嬉しく、厳しく、予想外なことだった。

 僕は今、どんな表情をしているのだろうか……。

 いやいやミルダさん、会議と言うのは偉い人たちが集まってするものですよね?

 僕はまだこの王国どころか、この世界に来たのは昨日なんですけど。


「おお、それはいいな」


 オヤジ、良くないです。なんかこの呼び方、しっくり来る。


「俺も出るし、この王国を知るいい機会だ」


 あ、確かにそれは一理あるかも。


「では、行きましょうか」


 ちょっとミルダさん、早くないですか?

 でもなんだか、三人とも楽しんでる気がする。もしかして今、僕はからかわれてる?

 と言うことで僕は置いてけぼり感を味わいながら会議に出るために、話を切り上げて五人で会議室に向かった。


 でも、なんだかんだで今回の話し合いみたいなもので得られたものはあった。


 僕のこの知識の力が特有魔法と呼ばれるものであり、それにより僕は魔法士と呼ばれるいわゆる魔法使いになっていると言うこと。

 特有魔法以外の基本魔法は練習すれば僕も使えるとのことなので、それもオヤジから教わることになっている。


 それと僕の戦力的立ち位置を理解することもできた。

 その上でこんなことも考えた。

 ――僕以外の異世界の人間はいないのか、と。

 答えはどうしても出なかった。


 それでわかったことだが、僕の知識はこの世界の中でしか通用しないらしい。

 例えば、僕がいたもとの世界のことについて考えても、僕自身が知っていることしかわからない。知識が流れ込んでこないのだ。


 今後、これが僕にどう影響してくるかはわからない。と同時に、理由はわからないけど確信していることが一つだけあった。

 ――僕だけじゃない、と。




 ーーーーーーー




 今は会議室に向かうため城の広い廊下を歩いている。

 それにしても、さっきの部屋に行くときにも思ったけどやっぱり天井高いな……。さすがお城だ。


 そう言えばさっきミルダさんたちと話している間、ずっと僕の足の上で静かにしてたけど、なんで何も言わなかったんだろう。


「姫様、どうしてさっきは何も話さなかったのですか?」


 横を歩く姫様に声をかける。


「…………ふんっ」


 あれ?

 そっぽを向かれてしまった。

 何か変なことでも言ったかな?


「お、お姫様……?」


「……」


 思い当たることがないのですが、僕は何かしましたか?

 それから会議室に着くまでなぜか一言も話してもらえず、時々チラッと僕の方を見るだけだった。けど、機嫌を損ねるようなことをした記憶が無いんだよな……。


「ミカヅキさん。今からこの部屋で行われるのは、この王国のこれからを決める会議です。そこには王国の王族の次に偉い、大公の方や、爵位の高い方々が出席しております」


 大きな扉を前にしてこちらに振り返り、今回の会議について説明してくれた。ここが会議室なのだろう。

 つまり、この王国のトップの人たちの中に僕が混ざるわけだ。なんだか緊張してきたな……。


「大丈夫だって。お前はどんなもんかって言うのを見てれば良いから、緊張すんな」


 僕が緊張していることに気付いたのか、そう言って笑顔で背中を軽く叩いてくれた。こう言うところがあるから騎士団のみんながついていくんだろうな。


「そうじゃ。わしの弟子がこんくらいで緊張すんな」


 と、オヤジも背中を叩いてくれた。……痛かった。これが年代の違い?


「話は終わりましたか?」


 ミルダさんが仲良く肩を組んでいる三人組僕らを冷めた目で見ていた。隣の姫様と一緒に。

 すみません。ちゃんと話は聞いてましたよ。


「はい、終わりました」


「では、くれぐれも言葉、並びに行動は気を付けてください」


 そう言って扉を開いた。

 爵位を持つ人は王族の次に偉い人だと聞いたことがある。でも、あまり良い話を聞いたことがない。


 基本的に爵位を持つ人は王族を利用して、私利私欲のままに王国を支配しようとしている、と言う設定の本が多かった。


 現実はどんなものなんだろうか……。

 そんな色々なことを考えながら、四人の背中について会議室へと僕も足を踏み入れた。

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