五回目『僕は』
「ん……、ここは?」
ファーレント王国の城の――
「医務室よ」
「あ……」
途切れた。
どうやら、情報が流れ込んでる時に話しかけられたり、考えを変えたりすると途切れるらしい……。
うぅー、眠い……。
「目が覚めたようね」
「あっ、おはようございます」
僕が目を覚ましたのと丁度良いタイミングで、病院の看護婦のような服を着たおばちゃんが声を掛けてきたので、体を起こして思わず挨拶した。
ほんと、丁度良いタイミングで……。
「体の具合はどう?」
「そう言えば……って、あれ?」
傷がない。
左肩と、胸から腹にかけてあった傷が綺麗に無くなっていた。もとから傷なんて無かったかのように。
でも、あの激痛は忘れていない。それなのに今は痛みと言った感覚がまったくない。
それにまた服が変わってる。なのに腕時計……なんで?
「大丈夫です。何も無かったみたいに……」
「そう、ならその子も起こしてあげて」
あれ?
思ったよりあっさりしてるなー。でも、もとの世界の病院の人もこんな感じだったな。
「……その子?」
「あなたの横にくっついてる子よ」
やれやれ、と言った感じで僕の布団、僕のじゃなくて……僕の使っている布団を苦笑しながら見つめた。
案外いい人かも。
そんなことを、おばちゃんの表情を見てふと思った。
僕もつられるように視線を同じように僕の布団……僕の布団に向けると、確かに何かがいるように盛り上がっていた。
「何ですか……?」
思わずそんなことを言いながら布団をゆっくり捲ると、そこにいたのは――
「姫様!?」
「んー、さむいっ」
あ、布団取られた。
布団を取って丸まって、猫か!
「何で姫様が?」
「なんでって、もう、わかってるくせにっ」
ペシッ。
え、こっち!?
「いてっ」
何でここにいるのかわからなかったから、看護婦っぽいおばちゃんに聞くと、どうしてかそんなことを言われてビンタされた。
「あらごめんなさい。肩のつもりが、ほっぺたに当たってしまったわね」
うん、いい人なんだよ。緊張をほぐしてくれたと、そう思おう。
意外と痛かった……。
「まぁ、冗談は置いといて。ミーシャ姫があなたと一緒に寝るって言って聞かなくてね……それで、仕方なくよ」
ふぅーん、と息を吐きながら言ったけど全然嫌そうじゃなくて、むしろ我が子を見る母親みたいに温かい微笑みを向けていた。
「あぁ、そう言うことですか」
――それから聞いた話によると、僕がミルダさんに決闘で勝った後に傷のせいか気絶したらしく、その僕をレイさんがここまで運んでくれたと言う。
かなりの重症だったらしいのだが、この看護婦っぽいおばちゃんが治癒魔法とかを色々としてくれてなんとか一命を取りとめた。
その甲斐あってか、僕はこうして決闘の翌日には目を覚ますことができたのだ。
ちなみにこの看護婦っぽいおばちゃん。
――マグリア・ワーティクスと言う名前の、ちゃんとしたお医者さんです。それもかなり凄い人みたいで、怪我や病気の治療に関して、この王国で右に出る人はいないらしいです。
あと、おばちゃんと呼ばせることに拘りがあるとのことなので僕もそう呼ぶことにする。言われる前に心の中で呼んじゃってたけど。
ほんと、この世界の人には迷惑かけてばっかりだな……。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「良いってことよ。あんたはあのミルダちゃんに認められたんでしょ。なら全力で助けるのが筋ってもんよ」
かっこいい人だなぁ。
僕も負けてられないな。
……それにしても、あのミルダさんをちゃんづけ。やっぱりこの人は凄い人だ。僕が呼んだ日には、今度こそ串刺しにされそう。
するとそこに、
「お、おばちゃん。ちゃんはやめてくださいと何度言ったら良いんですか?」
「お? 元気になったみたいだな」
噂をすればなんとやら。ミルダさん、とレイさんが医務室に入ってきた。
あのミルダさんにまで、おばちゃんと呼ばせているなんて。
「あら、良いじゃないの。減るもんじゃあるまいし」
「駄目です。ちゃんと呼ぶのはあなただけなんですから」
二人は仲が良いのかな。なんとなく姫様とミルダさんの言い合いを思い出した。
一人で和んでいたら、いつの間にか近づいて来ていたレイさんが話しかけてきた。
「元気そうでなにより。ミカヅキ、改めてよろしくな」
そう言って僕の前に手を差し出してきた。
そうだ、僕は勝ったんだ。……あのミルダさんに。
ミルダさんを見るとまだおばちゃんと言い合っている。
僕は一度目を閉じてから、開いて笑顔でレイさんの手を握り返した。
「こちらこそよろしくお願いします。そして、ありがとうございます」
僕は少なくとも、もとの世界に戻るまでこの世界で生きていくしかないんだ。
やっと地、固まったかな。
「ミカヅキ。俺のことはみんな、団長とかレイさんとか色々と呼んでくるが、お前は特別にレイと呼ばせてやる」
「え、えぇ!?」
いや、いきなり王国騎士団長にそんなことを言われても困るんですけどっ。
「あと敬語禁止な。俺とお前は、そうだなぁ……友だちだからな」
「えっ、えと、その」
追い討ちをかけないでくださいよ!
でも、この顔は譲らないよなぁ……。もとの世界でもこの顔をして譲ってくれた人はいない。何だかんだで持っていかれているんだよね……。
よし!
友だちと言ってくれたのは素直に嬉しいし、ここで断ったら逆に失礼だ。
「わ、わかりったよ、レイ」
「ああ、それで良いんだよ!」
満面の笑顔でそんなことを言われたら、僕もなんだか嬉しくなる。
「でだ、ミルダさん。ミカヅキに話があるんだろ?」
「ですから何度言ったら――そうでした」
切り替え、はやっ!
今こっちの声なんて聞こえないくらい盛り上がってたのに、一瞬でこちらを向いて眼鏡を直して表情も変えた。
あのキリ顔に。
これもいつものことなのかおばちゃんは微笑んでいた。
「ミカヅキさん。あなたにはいくつかお話ししたいことがありますので、この後すぐに応接間に来て下さい。レイさんと、ひ・め・さ・ま・も、ですからね」
姫様と呼ばれ、丸まった布団はビクッと反応した。
なんだろう。なぜかこの光景をずっと見ていたいと思うのは……。
言い終わるとミルダさんはスタスタと部屋を出ていった。
「やっぱミルダさんて、抜けてるところあるよな……」
「僕も、なんだかそう思う」
「だろぉ。ま、本人の前でそんなこと言ったらどうなるかわからんけどな」
僕は何も言わず、静かに頷いた。
おでこから冷や汗が流れたことは言うまでもない。
「さぁ、そんなこと言ってないで、急がないとほんとにどうなるかわからないよ?」
「「たしかに」」
おばちゃんの言葉に僕とレイは同時に言った。
「レイさんはミカヅキちゃんを案内してやりな。ミカヅキちゃん……ミカッちゃんの着替えはそこに置いてあるから、さっさと着替えて行っちゃいなさい」
「ミカッちゃん!?」
初めて呼ばれた。なんかこしょばい感じがする。
でもあのミルダさんでさえ、敵わない人だもんな。
…………無理だよね。
「わかりました。姫様、姫様も急がないといけませんよ」
と言うより、着替えれないんですけど。
あ、そうだ。
「レイ」
「無理だ」
まだ、何も言ってないんだけど……。
「お前の考えてることはわかるぞ」
「え?」
まさか心を覗き見る魔法を!?
驚きのあまり、変な声になった気がする。
「決闘前の一瞬で着替えたやつを使えって言うんだろ?」
凄い、ほんとに心を……?
「そうだけど……」
「あれはゴルドスしか使えん。俺は使えんから、諦めて自分で着替えるんだな」
なぜか誇らしげな顔で言ったのが気になるが……。
「うっ……」
心がどうこうより、今、どうするかだよ。
これって、ある意味決闘より厳しかったりしない?
「のんびり屋さんねぇ」
「はっ」
おばちゃんの言葉ではっとした。急がないとどうなるかわからない。せっかく良い方向に進みかけてるのに、ここで|拗(こじ)らせる訳にはいかない。
「やるしかない」
「まぁ、この丸まった布団は私が持ってっとくよ」
僕が決意したらおばちゃんが待ってましたと言わんばかりに布団を抱えて出ていった。
布団もおとなしく抱えられていた。
そして、恥ずかしむ理由も無くなったところで僕は急いで用意してあった服に着替えた。
ーーーーーーー
「すみません、お待たせしました!」
応接間の扉を開けてまず頭を下げた。
着替えて医務室を出るまではよかったんだ。問題はその後。
騎士団の人たちに昨日の決闘は凄かったぞ、などなどたくさんの方々から感想をいただいている内に時間が過ぎていって、僕の腕時計ではミルダさんに言われてから30分が経っていた。
「構いませんよ。大方、騎士団の方や他の方に昨日の決闘について訪ねられたのでしょう?」
「すみません、そうです」
なんでわかるのか気になるけど、なんとか助かった。
「それより、二人とも早く席に座ってください」
「はい、わかりました――え?」
ミルダさんに言われ頭を上げると、ミルダさんとその横には50代か60代くらいに見えるが、いかにも頑固そうなおじいさんが座っていた。王国の偉い人だろう。
まぁ、その二人はわかる。
だが……部屋の隅で丸まってる布団はどう反応したら良いのか。
「ミカヅキ、早く座ろうぜ」
レイが背中を押したので、とりあえず今はそっとして座ることにした。
でもなんで姫様は丸まったままなんだろうか?
「これで全員揃いましたね」
この部屋に集まった自分以外の三人と一つの丸まった布団を見渡してミルダさんが言った。
「じゃあ、まずわしからいかせてもらう」
「わかりました」
次に頑固そうなおじいさんが口を開くと、ミルダさんがそれに同意した。
「わしはダイアン・ヴァランティン。ミカヅキ、わしがお前を鍛えることになった」
「はい」
この頑固そうなおじいさんが僕を鍛える。
ダイアン・ヴァランティンさん?
……あ。
――ダイアン・ヴァランティン
ファーレント王国の騎士はこの人の指導を必ず受けるほどの凄腕の元騎士。今は指導する側に回っているが、現在の騎士団長レイ・グランディールや姫様の付き人であるミルダも認めるほどの腕前を持つ。
ちなみに、弟子たちには自分の師匠と呼ばせている。
し、師匠?
「これから、よろしくお願いします!」
「ふむ、良い意気だ。お前には儂のことをオヤジと呼べ」
「「え?」」
「わかりました、オヤジ」
ミルダさんとレイがオヤジを一度見てから、顔を見合わせた。
僕は言われた通りオヤジと呼んだ。
「……オヤジ?」
「なんだ?」
「いえ、何でもありません」
さらっと当たり前のように呼んだけど、師匠じゃないの?
この知識が間違ってるってことなのかな?
「で、では、ヴァランティンさんの紹介も終わりましたので、本題に入ります」
うん、間違ってないと思う。ミルダさんとレイの反応を見ればそう思ってしまう。
「ミカヅキさん、あなたについてです」
「僕について?」
「そうです。私たちはあなたのことを怪しい者ではないとはわかりましたが、あなたについてほとんど何も知りません」
そう言えば僕はこの世界で、自分のことについて名前以外何も言ってない気がする。
「こうして集まったのはあなたについて知るためなのです。ですから、聞かせてください。あなたが何者なのかを」
「あー、俺も聞きそびれてたな。聞かせてもらおうか、ミカヅキ」
ミルダさんはともかく、レイまでも真面目な表情をした。
そうだな。ちゃんと言っておかないと、変な溝になってしまうかもしれないもんな。
それに、この知識について聞いてみたいし。
「わかりました。では単刀直入に言います。――僕はこの世界『アルデ・ヴァラン』の人間ではなく、“別世界”の人間です」
「……っ」
「!?」
「ほぉ」
「えぇ!」
聞いていた人それぞれの反応した。
そうなるよね……。僕だって、いきなりそんなこと言われたら同じ風に反応するだろうし。
丸まった布団の方からも何か聞こえたが気にせず置いておこう。
続けよう。
「僕がこの世界に来た、いえ、来させられた理由や方法はまったくわかりません」
それから僕は身内のこと、この世界に来る原因と思える夢の話、知識が流れ込んでくることと僕が話すべきと思ったことは一通り話した。
でも、あの夢が本当になんなのか気になる。あれがこの世界に来るきっかけになっているのは間違いないはずなんだけど、全く知ることが出来ないんだよな……。
三人は僕の話を時折相づちを返しながら、真剣な表情で聞いてくれた。その間丸まった布団は何も反応を見せなかったが。
だから僕は気づかなかったんだ。
「――大丈夫?」
姫様がいつの間にかすぐ側に来ていることに。
その小さな手で僕の目から流れているものを、小さな手で優しく拭おうとしてくれていたことに。
僕は――泣いていた。
自分のことを話ながら、泣いていたのだ。
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