四回目『それでも!』

「おいおい、嘘だろ……?」


 レイは目の前の衝撃的な事実に目を疑った。

 ミカヅキが棍棒を手放し、ミルダを油断させた隙に攻撃を仕掛ける。だが予想以上に距離があったため、ミルダに反撃の隙を与えた。


 しかし、ミカヅキは力任せではあるがそれに対応して見せた。

 そのまま少し鍔迫つばぜり合いのような状態になったが、今度はミルダが力でミカヅキを押し退けた。

 武器を手放したことに驚きはしたし、同時に面白いと思わせるものだったのだが、レイに自分の目を疑わせたのはその少し後の行動だった。


「まだだぁ!」


 ミカヅキの振り絞ったような声が聞こえたと思ったら、ミルダの剣が宙を舞っていた。

 一瞬、何が起きたか理解できなかった。

 いや正確には、自分の目でしっかりと何が起きたかを見ていた。が、その事実を心が受け止めるのに時間を要したのだ。


 そう。

 ミカヅキが、自分でも勝てるかどうかわからない、あのミルダの剣を弾き飛ばしたと言う事実を。


「ミカヅキ……、おまえ――」


 レイは確かに、ミカヅキは素人ではないと、弱くはないと言うことは理解していた。同時に強くもない・・・・・と言うこともだ。

 だからこそ、ミカヅキとミルダのこの決闘はすぐに決着がつくと思っていた。もちろんミルダの勝利と言う結果でだ。

 それなのにミカヅキは、あのミルダに後ろに下がらせることまでして見せた。


「ハッ、ハハハハハッ、ハァ……。もしかしたら、な」


 色々考えて出たものは……心からの笑い声だった。久しぶりにこんなに笑ったとあとになって思う。


 ――やはり、ミカヅキあいつは面白い。


 そこにいたのは怪しい者、敵になりうる者を見る騎士ではなく、純粋に目の前で繰り広げられる決闘を楽しむ一人の男だった。




 ーーーーーーー




 ――それにしても危なかった。


 もう少しであの剣で刺されるところだった、と思うとミカヅキは少し寒気がした。


 改めて距離を取った相手ミルダさんを見る。

 隙がない。まったくない。勝つための勝算も使ったのに無傷だ。

 この状況はよくない。

 でも咄嗟の判断とは言え、よく反応できたものだ。

 本当は嫌だし駄目なんだけど……。もう、やるしかないよな。


「――僕は、絶対に勝つんだ」


「…………」


 ――本気で行く。


 ミカヅキはそれ以外、何も思い付かなかった。相手が女性だからって、気を抜いている場合じゃないと決意した。もとよりそうするつもりではあったが、心と身体が一つになるのに時間がかかってしまった訳だ。


 対してミルダは何も言わなかった。ただ、宣言する前と後でミカヅキの顔つきが変わっていた。彼女はそれを見逃してはいない。


 故に、この状況下で最適と思える手段を用いた。


「ふっ」


 彼女は片手に持っていた残りの一本の剣を空中へと投げた。

 不意をつかれたミカヅキはそれにまんまと視線を移した。これが彼にとっての命取りとなる。

 皮肉にも、決闘開始直後に彼がやったのと同じ方法で隙を作ってしまう。


「なっ――しまっ」


 その隙をミルダが見逃すはずもなく、一瞬にして間合いを詰めて両の腰に残っている剣を両手で抜き去ると同時にミカヅキに斬りかかった。

 彼もその事に気付き、棍棒を横に持つことで剣から身を守ろうとする。が、彼に向かってきたのは剣ではなく足だった。


「かはっ」


 足は剣を受け止めるために横にされた棍棒の下を容易に抜け、ミカヅキの腹に食い込み衝撃を伝えた。それにより、いとも簡単に彼の体は後ろへと飛ばされた。


「うっ、だっ、あぁっく」


 飛ばされて体勢を立て直すこともできずに地面を転がった。

 そんなミカヅキをミルダは見ているだけでその場を動かない。


「こっのぉぉぉ!」


 ミカヅキは転がる最中に棍棒をブレーキ代わりに使って転がるのをなんとか止めた。そしてそのまま杖として使い立ち上がろうとした、まさにその時に。


「ぐっ、あぁっ、ああぁぁぁぁっくっ!」


 彼の左肩に激痛が走った。


「ミカヅキさん。負けを認めることをおすすめします」


 何が起こったのか、激痛で意識が飛びそうになりながらも歯を食い縛り、ミカヅキは必死に理解しようと目を凝らした。よく見ると自分の肩を、先ほどまでミルダが持っていた剣の一本が貫いていた。

 彼が立ち上がろうとする時の隙をついて、ミルダが容赦なく剣を投げつけたのだ。


「容赦ないなぁ……」


 思わず呟いていた。

 しかし、肩の痛みは主張をやめることはない。


「どうしますか?」


 続けてミルダが質問した。が、ミカヅキにはそれに答える余裕が無かった。


 この状況をどう打開するかを考えることに集中していた。


 そう、彼はまだ諦めていない。


「……どうやら、まだ続けるおつもりですね」


 ため息をついた。

 ここまで諦めが悪いとは、ミルダも思っていなかったからだ。


 ミカヅキはそんな彼女を見据えながら肩の剣を抜こうとした。


「だっ、うあああぁぁぁぁあ!」


 右肩を支えにして棍棒を置き、右手で全力で剣を抜いてどこへともなく投げ捨てる。それと同時に凄まじい痛みと痺れのようなものが肩を中心に広がり、今度こそ意識が飛びそうになった。


「あ、はは……、ここまで……なのか?」


 ――諦める。


 ――諦めない。


 そんな問答が頭の中を駆け巡らせながら、意識が遠退とおのいていくのを黙って受け入れようとしていた。


「負けないで!」


 唐突に広場に一人の声が響き、声のした方へと広場にいた全員が目を向けた。

 それは決闘を行う二人も例外ではなかった。

 実を言えば、ミカヅキ以外は声の主をわかっていたがつい向いてしまったのだ。向かずにはいられなかった。


 なぜなら――


「負けることは許さないんだから!」


「ひ、姫様……!?」


 泣き疲れて眠っていたはずの姫様の姿があった。

 さすがの姫様の急な登場にはこの場の誰もが驚いた。

 この言葉を投げ掛けられた一人の少年も例外ではない。


「ああ……」


 やっぱり僕も――とそんなことを頭に浮かべると、自然と笑みがこぼれていた。

 姫様の数少ないそれだけの言葉だけでも、少年の意識を取り戻し、今まで以上にやる気を奮い立たせるには充分だった。


「悪いけど……隙あらばだ!」


 姫様の方を向いているミルダに駆け寄り、片手で棍棒を振り払う。


「無駄です」


 しかしそれを見越していたかのように、余裕で剣で受け止めると共に攻撃を返す。


「そちらこそ!」


 ミカヅキもカウンターに反応し棍棒の角度を少し変えることで一撃目を受け流し、そのまま次の二撃目も棍棒で受け止めた。

 一見、怪我はもう気にならなくなったかのように見えるがミカヅキは必死に我慢していた。


「はあああぁぁぁぁ!」


 ――勢い任せ。


 今の彼を言葉で表すならこれこそがパズルのように綺麗に当てはまる。まるで、言葉が具現化したかのように見えた。

 次々と片手で棍棒を振り回してミルダへの攻撃を加えていく。対してミルダは少し押されているようにも見える。

 押している、と言えば聞こえは良いが実際はそんな余裕など彼にはない。少しでも気を抜けば激痛で意識が飛び、油断すれば簡単に敗北してしまう。

 無我夢中、だった。


「っ!」


 その証拠にミルダが次期に押す側に変わっていった。

 ミカヅキは次々と繰り出される攻撃から自分の身を守るのに精一杯だ。

 だがそれでも、片手で両手から繰り出される連撃を受け止めるのはなかなかの至難のわざと言える。受け止めているのが棍棒と言うのも、受け止められていることの一つでもあるが、ミカヅキもそれなりの腕前であるからに他ならない。


「ふっ、はぁっ」


 だからこそ彼はわかっていた。

 このまま続けていたら押し負けると言うことを。

 さらに言えば、左肩から下の感覚が消えかけていた。


 だからこそ、こんな時だからこそ、


 ――いかなる状況であろうと冷静であれ。


 ――確認できる全てのものを一瞬で判断、処理しろ。


 ――そして、最善と思う方法で早急に終わらせろ。


 頭に浮かぶあの人の言葉。


「――そうだ、冷静になれよ」


 彼の動きが止まる。そのまま当たり前のごとくミルダの剣の一撃が、吸い込まれるように彼の体に傷を作り出す。

 さすがに予想していなかったのか、ミルダの動きが一瞬だけ鈍った。


「そう、あなたはぁ!」


 一瞬の間に彼女の腹に棍棒を食らわせようとした。が、彼女は姫様の付き人なのだ。

 剣の刃を親指の方から小指の方へと向きを変えて防ぐが後ろへと押される。しかし彼女はその力を利用して後ろへと飛び退く。


「ここまでですね」


「まだだっ、ぐっ、ぅっ、まだ……終わってない!」


 右手で掴んでいる棍棒を支えに、今にも倒れそうな状態で言い放つ。“絶対に勝つ”と言う、強い信念だけで彼は立っていた。意識をか弱い一本の糸でギリギリ保っているような。


 表にはあまり出さなかったが、ミルダはそんな彼を見て驚いた。


 項垂うなだれた左手からは血が滴り、先ほどの一撃で胸から腹にかけて受けた斬り傷からは血が染みるほど服ににじみ出ている、重症に間違いない状態。


 そんな状態でまだ続けると言ったのだ。

 そして、ミルダは理由が知りたくなった。

 だから気付けば言葉として口から外へと出ていっていた。


「あなたはなぜ、そこまでやるのですか?」


 その問いに返ってきたのは、ふっ、と言う消え入りそうな声だった。


 ミカヅキは――笑っていた。

 なぜならミカヅキ自身もわからなかったからだ。

 ついさっき、姫様の顔を見るまでは……。


「簡単な、ことですよ……うっ。はぁ、はぁ……っ」


 ミルダは黙って彼の次の言葉を待った。その時、彼が姫の方をチラッと見たのをミルダは見逃さなかった。


「……一目惚れしたから、ですよ」


 今にも倒れそうな重症の状態でありながらも、まっすぐ目を見ながらはにかんだ笑顔で言った。

 嘘偽りのない、たった今、気付いた気持ちを。


「そうですか……。ですが、あなたは弱い」


 ミカヅキのもとへと静かに歩み寄る。


「うぅっ、かはっ……はぁ、それでも――」


 それに対して身構えようとするが、傷が深いため体がもう言うことを聞かない。


「それでも……可能性はあります」


 その言葉と同時に行ったミルダの行動は、この広場にいた全員を驚かせる。


「なっ、どうして……?」


 ミカヅキに歩み寄って、彼が支えとしていた棍棒に自らの左腕を当てたのだ。


 この決闘のミカヅキの勝つための条件を、ミルダ自身が果たしたのである。


「これで、今回は私の負けです」


 そして、彼女は剣を納めながらミカヅキにこう言った。


「あなたのに嘘は無かった。それが理由です」


 その表情はいつものキリッとした表情とは対照的な、優しい微笑みだった。


「レイ、お願いします」


「……あ、ああ。勝者、ミカヅキ・ハヤミ!」


 呆気に取られながらもレイがそう言うと、「オオーッ」と言う男たちの低い声が広場に響いた。


「か……勝った、のか……?」


 それを聞いたミカヅキはそう呟き、意識を失い倒れかける。が、ミルダが倒れそうになった彼を支えた。


「ミルダさん。そいつは俺がいただくぜ」


「わかりました、お願いします」


 駆け寄ってきたレイが彼女が支えているミカヅキを抱え上げて医務室へと連れていった。


 この世界での最初の戦いであるミルダとの決闘は、こうして幕を閉じた。




 ーーーーーーー




「――ま、さま、ミーシャ姫!」


「はっ。あぁ、あの人はっ、彼はっ、あの傷はっ?」


「落ち着いてください」


 どうやらミカヅキの胸から腹にかけての傷を負わされた時に、見事に立ったまま気を失っていたらしい。

 ミルダが声をかけると、決闘の最中で気を失ったため終わったことを理解するのに時間を要した。


「そう、ミカヅキは勝ったのね。……ねぇミルダ、いくつか聞きたいことがあるんだけど」


「はい、お聞きいたします」


 状況を整理した姫様は腕を組んで二人が戦っていた広場を見ながら、横に何事もなかったかのように立っているミルダに言った。


「ミカヅキはどうしてあの時、ミルダの攻撃をわさなかったの?」


「彼は恐らく気付いていたのでしょう」


「何に?」


 姫様は返ってきた言葉に首を傾げる。

 ミルダはそんな姫様に微笑み返した。


「私が勝とうとしていないことにです」


「……え?」


 予想もしていなかった返答に、可愛くも間抜けな表情をしてしまった。本人は気づいていないらしいが。


「彼は、紛れもない姫様あなたが気に入ったお方。ですが、その方が本当にこの国に害を成す者ではないことを証明しなければならない」


 ミルダ自身にもそうだが、この国の他の者にもだ。


「あ……、だからミルダは彼にその機会を与えたってこと?」


 姫様の言葉に笑顔で頷いた。


「そうです。それ相応のことが無ければ、認められるなど不可能でしょうから」


 彼女は誰よりも姫様のことを思って行動している。


「そう言うこと。なら、どうしてわざと負けたの?」


「もう充分だと判断したからです」


 あれだけの腕前と、諦めない心を皆に見せることができれば認めさせることができる、と。

 ミルダは誰よりも、姫様のことを考えて行動しているのだ。


「それに――いえ、何でもありません」


「え、なに?なによー、そこまで言ったなら最後まで言いなさいよー」


 頬を膨らませねる姫様に、いつものキリッとした表情に戻ったミルダはこう言った。


「姫様。彼のもとへ行かなくても良いのですか?」


「あぁっ」


「姫様、転ばないようお気をつけくださいね」


 ハッと気付いたように姫様はミカヅキが運ばれた医務室へとすぐさま体の向きを変えて走り去った。


 と、思いきやすぐに戻ってきて、


「ミルダ、ありがとう!」


 そう言ってミルダに抱きつき、今度こそ医務室へと走っていった。


「忙しい方ですね」


 やれやれと言ったように苦笑をこぼすしながら見送る。

 やはりこの方にお仕えできてよかった、ふと思う。

 そして、すぐに元の表情へと戻して広場を眺めた。


 それに――”一目惚れしたから、ですよ”と彼は言いましたので。

 などとは、ミルダの口からは言えなかった。

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