三回目『強くなるための一歩として』

 ミルダさんに案内されたのは、この国の騎士の方々であろう、見るからに体つきの良い人たちが木刀を……いや、木剣で稽古している広場だった。


 ……て言うかどうして全員が、自分の体を見せつけるように上半身、裸なんだ?

 しかもほとんどがボディービルダーみたいにムキムキだし。


 そんなことを考えている間に、ミルダさんはいかにもこの人たちのリーダー、のようなこの中でも一番屈強な男の人に話しかけた。

 時々こっちを見てるから、たぶん決闘のことなのだろう。

 それより、心なしかチラチラ見られて笑われてるような気が……。


「君だね。昨日姫さんが拾ってきたって言う怪しい者は」


「あの……僕は、怪しい者ではないですよ」


 僕は笑顔でいれてるだろうか。

 微妙な心境だなぁ。

 最初は怪しい者って呼ばれるのが当たり前なのかな……。


 ここにいるってことはこの人も騎士なのか?

 それにしてはスマートだし、銀色のサラサラな長髪。それでいて、優しそうな少し垂れ下がったように見える青い目。何より、服着てるし。

 失礼だけど騎士には見えない……。

 どちらかと言うと貴族の方が似合ってる。

 誰なんだろ?


 ――レイ・グランディール

 ファーレント王国、ガルシア騎士団長。

 剣神ガルシア・グランディールの息子であり、その血を受け継いでいるのか、剣の腕では父をも上回る腕であると言われている。

 その噂を聞き付けた前国王が手合わせを頼み、一度剣を交えて勝利を得る。王にその腕と心構えを気に入られて、父ガルシアに続いて二代目の騎士団長に任命された。

 その後――


「そういえば、君はどこの国の人だい?」


「あ、途切れた」


「ん? 途切れた?」


 まずい。思わず声に出してしまった。

 それに反応して聞き返されたし。

 微笑んでいるように見えるけど、目が笑ってないんだよな。目は閉じてるように見えるけど。

 ど、どうしよう……。


「レイさん、どうしたのですか?」


 悩んでいた僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、意外にもミルダさんだった。

 本人にそのつもりは無いだろうけど、とにかく助かった。


「いえ。姫さんが気に入った怪しい者とは、どんな者かと思いましてね」


「それで、結果はどうだったのですか?」


「今から、と言うところにミルダさんが来たのですよ」


 苦笑しながらレイと言う美青年な人はそう言った。

 それから少し話してから会話は終えて、ミルダさんは僕の方を向いた。


「そう言えば、名前を言ってませんでしたね」


 ミルダさんは思い出したように言った。

 確かに、言われてみればそうだった。僕はこの知識の力? で名前を知ったけど、本人の口からは聞いていない。

 それに僕も自分の名前を言ってない。


「私の名前はミルダ・カルネイド。もう薄々気付いているとは思いますが、姫様の世話係をやっているものです。それで、あなたのお名前は?」


 名前だけ言うと思っていたんだが、真面目なのか?

 それともこの世界ではそれが礼儀なのか?

 まぁ、良い。それはそれとして、名前、なんて言おう……。

 本名を言ったら、順番が違うから違和感あるんだよな。

 仕方ない、言うしかないか。


「ミカヅキ・ハヤミです」


 この世界で生きていくのだろうから、慣れるしかないよな。

 んー、やっぱり違和感あるな……はぁ。

 思わず心の中でため息が出てしまった。


「ミカヅキ・ハヤミ……、変わったお名前ですね」


 特に表情も変えずに言った。


 ほ、本当は逆ですから……。


 そう言いたかったけど、言えるはずもない。


「ミカヅキ、か。言い響きじゃないか」


 レイさんはうんうんと納得したように頷きながら笑っていた。


「ちなみに俺の名はレイ・グランディール。この王国の騎士団の団長をやっている。気軽にレイと呼んでくれたら良い。生きていたら手合わせを願うよ」


 そう言って左手を差し出してきたので、僕はその手を握り返した。

 確かにこの人の言うとおりだ。


 ――死ぬかもしれない。


 それでも、僕は勝たなくてはだめだ。


「では、レイさん。着替えと武器をハヤミさんに。20分後には戻ります。それまでに済ませておいてください。私は一旦失礼します」


 そう言って翻して、僕たちがこの広場に出てきたところから城の中へと行ってしまった。

 それにしても着替えって……、


「あ、あっ!」


「どうした、ミカヅキ」


「い、いえ、起きてから着替えてなかったことに今気づきまして……」


 恥ずかしい。素直に恥ずかしい。さっき笑われてたの気のせいじゃなかったんだ。

 決闘のこととかを考えるのに集中してて、そんなこと全然気にしていなかった。

 これからは身の周りのことにも注意を向けなくては。


「ハッハハハハハッ。そう言うことね。じゃあ着替えに行こうか」


 笑いながら、さっきミルダさんが話していた隊長のような屈強なスキンヘッドの男の人の所へ行っていた。

 僕も急いで後を追った。


「ゴルドス。このミカヅキが言ってた棍棒を見せてやってくれ」


「わかりました」


 ゴルドス……名前と見た目が合ってるな。

 声が低くて野太い。


「ミカヅキ、額を出してくれ」


「はい……?」


 言われた通り手で前髪を上げておでこを出すと、ゴルドスと呼ばれた人はそこに指2本を当てた。

 すると、頭の中にいろんな種類の棍棒のイメージが流れてきた。


「こ、これは……!?」


 もうさすがに驚かないと思っていたけど、驚かされた。

 これは魔法だ。知識がなくてもこれは、もうそう言うしかない。

 すごいな、僕も使えるようになるのかなぁ……。


「その中から選べ」


 次々と頭に流れ込んでくるのに感心しているとレイさんの声が聞こえた。

 こんなにも多いと悩むなぁ。


「…………あっ、これがいいです」


 数ある中の一つ。白色の、装飾がほとんどされていないシンプルなものになぜかピンと来た。

 それが合図のようにイメージが消えた。


「もう額はいいぞ」


 そう言いながらおでこから指を放す。

 そして、手を合わせ目を閉じた。


「発動、チェンジ・ファーミネル」


 ゴルドスさんがそういった途端、僕の足下に魔法陣とも言うべきなんだろうか、そう言うものが出来上がって言った。

 やがてそれは出来上がり、気付くと頭上にも同じものがあり、二つの魔法陣から出た光りに包まれて眩しかったから目を閉じた。


「もう目を開けていいぞ」


 そう言われて目を開くと、


「すごい、これは……。ありがとうございます!」


「なぁに、気にするな」


 いつの間にか服装が白いローブのような、それでいて動きやすいものに変わっていた。

 目の前にはさっき頭の中に流れてきたときに選んだ棍棒が浮いていた。

 それを手に取ると、初めて持ったはずなのに妙にしっくりと来ていた。これが自分に合う武器とでも言うのだろうか……。

 試しに軽く回したり、突いたりしてみる。


「ふっ、はっ、せいっ!」


「案外しっかりなっているな」


「そ、そうですか、ありがとうございます」


 自分ではわからないけど、下手へたではないみたいだ。

 あの人に教わったのは体術がほとんどだけど、少しだけ棒を使っての棒術って言うのかな、それを教わってた甲斐があったってことだ。


「すぐにやられると思ってたけど、面白くなりそうだな」


「やっぱり、ミルダさんは強いんですか?」


「ん? ……なんだミカヅキ、知らないのか?」


 苦いものでも食べたみたいな顔されたんだけど、変なこと聞いたのかな。

 あ、でも王国のトップの付き人だからそれなりの実力はあると思うけど……まさか、


「本気でやったら俺も勝てるかわかんない。ミルダさんは本当に強いぞ。それでもやるんだな?」


「…………」


 王国騎士団長と肩を並べるってことは、王国で1、2位を争うってことだよな。

 そんな強い人とこれから決闘するんだ。

 一応心配してくれているのかな。


「やりますよ。お姫様と一緒にいることを認めてもらわないといけないので」


「ほぉ……」


「そのためには強くならないといけないんです。だからこの決闘は、僕にとっての第一歩なんです。一歩目から諦めてたら、何もできないじゃないですか」


 さっきまで飄々としていたレイさんが、いつの間にか真剣な表情へと変わっていた。


「そうか、よし。俺はお前を気に入った! ミカヅキ、お前ならなんとかなりそうな気がするよ。応援してやるよ」


「俺も、得体の知れない奴を応援すると言うのもなんだが、応援するぞミカヅキ」


 2人とも僕を見て微笑んだ。


「あ、ありがとうございます!」


 素直に嬉しかった。

 ゴルドスさんの言う通り、僕はこの王国、この世界の人たちからすれば得体の知れない奴だ。

 それなのに2人は、そんな得体の知れない奴である僕を応援してくれると言ってくれた。

 嬉しくない訳がない!

 だから僕は、そんな2人に微笑み返した。


「――どうやら、準備は終わったみたいですね」


 すると、後ろから突然声をかけられた。

 間違いない、ミルダさんだ。


「はい、いつでも始められます」


 僕はすぐに後ろ、ミルダさんの方に向きを変えてそう答えた。

 やるしかないんだ。

 勝算はある。王国の1位2位を争うほどの強い人だからこそできること。

 絶対に勝つんだ!


「そうですか。それでは、こちらへ」


「はい」


 一瞬、少し笑ったような……そんな訳ないか。

 よく見るとミルダさんは相変わらずのスーツのような服は変わってないけど、腰の両側にそれぞれ2本ずつ、合わせて4本の剣が増えていた。

 それは無言でこれから決闘が始まると言うことを、僕に改めて認識させた。


 気のせいではなく事実である。彼以外は誰も気付いていなかったが、確かにミルダはほんの一瞬だけ笑った。

 ミルダは怪しい者であるミカヅキと言う人物に、なぜか期待していた。それがなぜなのか、何に対してなのかはミルダ自身にもわからなかった。

 だがこれだけは理解していた。

 ――楽しみだ、と。




 ーーーーーーー




 その後、ミルダさんに連れられて……と言っても広場の真ん中に来ただけなのだが。

 それにしても、こうやって見ると案外広かったんだと思わされる。小学校とかのプールが5、6くらいは簡単に入りそうだ。

 真ん中に着くと、さっきまで木剣で稽古していた体つきの良い人たちは端まで寄って僕ら2人を見ていた。


 わざわざ稽古を中断していただくとは、なんか申し訳ない……。


「ミカヅキさん、始めましょう」


「あ、その前に、一つ条件をつけても良いですか?」


 僕が勝てる可能性を上げるための方法だ。

 なんだってやるのは駄目だと思うから、必死に考えたこの条件で。


「何でしょうか?」


「今の僕がまともにやりあっても、悔しいですが勝てないと思うんです。ですから、ハンデとして一撃でも当てることができたら、僕の勝ちにしてもらえませんか?」


 僕は今、たぶん緊張した表情をしてるんだろうなぁ。なんとなくだけどそんな気がする。実際そうだし。

 こんな条件を受け入れるとは思ってない。それでも、なにも言わないよりはましだ。

 そんな僕をよそに、返ってきたのは意外な答えだった。


「良いでしょう。そのハンデ、お受けいたしましょう」


「え、あ……ありがとうございます!」


 悩む様子もなく表情一つ変えずに承諾した。

 正直予想外だったけど、僕としては嬉しい限り。

 でも、何でこんな不利なハンデを受けてくれたんだろうか。


「ミカヅキさん、始めますよ」


「は、はい」


 決闘を始める際には、お互いが10歩程度の距離を取り、お互いを向き合った状態にならなければならない。


 何を考えてるんだ。こう言う時こそ冷静に、雑念は捨てなければ。集中しろ!

 僕は絶対に勝つんだから。


「これから、ミカヅキ・ハヤミ。並びに、ミルダ・カルネイドによる決闘を始める。立会人はこの俺、ファーレント王国騎士団、ガルシア騎士団長レイ・グランディールが行う」


 レイさんが少し離れた場所から広場に声を響かせた。


「両者、構え」


 その言葉にミルダさんは軽く身構える。

 でも、僕は棍棒を右手に持って地面に突き立てたまま構えることはしなかった。と言うより僕のは構えない・・・・構えだ。


「ファーレント王国姫殿下がお側付き、ミルダ・カルネイド」


「えっと、ミカヅキ・ハヤミ」


「それでは――始め!」


「参ります」


「行きます!」


 ――レイの声で決闘が始まりを告げた。

 ミルダは両の腰の剣をそれぞれ一本ずつ掴み、抜こうとした。途端、


「……っ」


 ミカヅキが棍棒を手放した。

 さすがのミルダもほんの一瞬だが、気を取られてしまったことには変わりない。


 彼の考えていた勝算とは、これだ。

 経験が多いからこそ、初めて戦う相手の手の内を探るために様子を見るもの。それを逆手に取り、武器を手放すと言う行為に出ればそちらに気を取られると、ミカヅキはそう考えたのだ。


「今だっ」


 その一瞬の隙を見逃さず、前に駆け出すと同時に棍棒を下の部分を掴み、ミルダに向かって突き出した。

 だが、ここで予想外だったのはミルダとの距離だった。

 それこそミルダほどの腕前ならばこの距離は造作もないことだが、ミカヅキにとってはそうではなかった。


「遅いです」


 勝算は脆くも崩れた。

 その移動時間は、ミルダに剣を抜かせて右に躱わすほどのものだった。

 が、ミカヅキとて完全なる素人ではない。意味もなく棍棒の下側を持ったわけではない。


「このぉっ」


 突き出した棍棒を右手の力でミルダに向かって振り払う。それを今抜いたばかりの剣を使って防御する。

 しかし、思った以上に力が強かったのか少し後ろへ押された。


「うっ」


 その間に右手を放し、一歩前に踏み出し棍棒を左手に持ち変えると同時にミルダが剣で防御している方とは逆側から棍棒を右手で前に押し当てた。


「くぅっ」


 この時、お互いの力は拮抗きっこうしたかに思えた。


「はぁっ!」


「なっ」


 今度はミルダが剣で棍棒を押したのだ。その反動でミカヅキは体勢を崩す。


「まだだぁ!」


 その隙を狙って剣がミカヅキへと突き出されるが、彼は咄嗟とっさに左手を放し、右手で棍棒の右側を地面へと向かって叩きつけるように振り下ろした。

 ――瞬間、カンッと言う甲高かんだかい音が響いたと思ったら、一本の剣が宙を舞い誘われるように地面に刺さった。


「……」


 その剣はミルダのだった。

 棍棒は見事に剣に当たり、弾き飛ばしたのだ。

 飛ばされる直前に剣を放したため彼女にダメージはなかったが後ろに下がった。


 その間にミカヅキも棍棒を掴む。


「ふっ、面白いですね」


「え……?」


 ミカヅキは驚いた。

 あのずっと表情がキリッとしたまま変わらなかった人が、笑ったのだ。


「ミカヅキさん、正直驚きました。ですので、やはりここで終わらせてもらいます」


「ですよね……」


 やっと笑顔を見れたと思ったらこれだよ。などと考える、少しは余裕が残っているようだ。


 ミルダとミカヅキの両者は再び始まりの時のような配置になった。が、配置は同じでも心境は両者ともに違った。

 先ほどよりも、目の前に立つ相手を倒す、その思いの強さが。

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