第一章 異世界での始まり

一回目『朝日による目覚め』

「何で生きているのかしらね?」


 黒い服を着こなして、髪を後ろで束ねたお姉さんが上から見下ろしてきた。顔からして歳は三十歳くらいだろう。


「一緒に逝っちまえば楽だっただろうに」


 同じように黒い服で、でも、髪は眩しいくらいの金色のお兄さん。さっきのお姉さんよりは若そうだ。たぶん大学生くらい。


「可哀想にな、二人ともいなくなるなんて……」


 少しシワが多いように見えるおじさん。


「大丈夫だ、君はまだ子どもだからね」


 顔も見たことの無い人たちの中で、優しく声をかけてくれた見たこともないおじいさん。


「これからは私たちと暮らすんだよ?」


 最後に話しかけてきたおばあさんが言った言葉を、この時の僕には理解できなかった。何を言って、何を“意味する”のか。

 少なくとも、それがとても重要なことだとわからずに、現実を受け入れることすらしなかったんだ。……あまりに突然のことだったから。

 鈴虫の鳴き声が、目を閉じれば思い出せる。両親が交通事故で死んだのは、僕が八歳の時だ。



 ――後から聞いた話だと、葬式の時に親戚たちが誰も僕を引き取ろうとしないなか、「ならば、わしらが引き取る」と母方の祖父母が言ってくれたらしい。


 それから僕は二人のおかげで両親が死んだことを理解して、受け入れることができた。今思い返すと何となくわかる。両親二人は死んでなんかいないって否定したかったんだ。

 感謝してもしきれないとは、こういうことなんだと思う。



 でも僕が高校一年生の夏に、祖父が肺の癌で死んだ。それから祖父を追うように祖母も翌年の六月に死んでしまった。

 恩返しなんてする暇も無く……何もできなかった。


 両親が死んだ時と同じように、親戚たちが葬式を行った。そして、話題も同じだった。あの時を繰り返すように――僕のことだ。


 僕の中に怒りの感情が込み上げてきた。あの時と同じように、この人たちは身内が死んでいるのに平然としている。まるで、他人事のように、何事も無いように。それに腹が立った。


 こんな奴らと一緒に生活するなんてこっちから願い下げだ。


「――僕はあなた方の協力などいりません。これからは一人で生きていきます。それ以外は認めません」


 そう言い切った。親戚の誰もが唖然としていた。

 僕がそんなことを言うとは思ってなかったのだろう。

 いつまでも子どもだと、簡単に言いくるめられるものだと思っていたのだろう。


 でも僕は生きているんだ。ずっと何も言わない訳ないじゃないか。

 それに、祖父母のおかげで生き延びたこの命をこんなちた奴らには渡さない。


「そんなこと無理に決まっているだろう!」


「馬鹿なことを言うんじゃない!」


「親も親なら子も子だな」


 周りの反応は、僕を本気で怒らせるには充分だった。


「黙れ!」


 堕ちた奴らは驚いて目を丸くする。僕は気にせず言葉を続けた。


「あなたたちのような、自分のことしか考えていないような人間なんかに育てられる筋合いは無い!」


「調子に乗るな!」


 一人が侮辱されたと受け取り、手を上げて頬を叩こうと振り下ろした。が、軽々とその手首を掴み、強く握りしめた。


「調子に乗るな? どの口がそんなことを言えるのか……?」


 僕は知っている。理由まではわからないが、この人たちは僕の両親や祖父母のことを忌み嫌っていたことを。


「邪魔物のように扱っていたあなたたちなんかに、そんなことを言う資格なんて無い。……これ以上、僕を育ててくれた人たちを侮辱するな!」


 睨み付けた。そうしなければ、今にも殴りかかってしまいそうだったから。

 でも、すぐにその憤りは驚愕に変わる。


「い、いい加減にしろ! そそそその手を離せ!」


 周りで何もできずに動かなかった一人の男が、机の上に置いてあったハサミを僕の方に向けて迫っていたからだ。


 なのに僕は、酷く冷静だった。

 いや、冷めきっていたと言うべきか。


 まず僕が行ったのは、この部屋にいる全員の位置や動き、持っているものを把握していく。

 次に掴んでいた手を離し、迫ってくる男へと意識を集中する。


「死ぃねええぇぇぇぇ……」


 目に見える世界、耳に届く音、肌で感じる空気と言ったものがゆっくりと動いていく。

 ハサミを持った男があと一歩のところまで迫った。


「ふっ――」


 ――それは、守るべきものができた時のために、とあの人・・・から教わったもの。



 いかなる状況であろうと冷静であれ。


 確認できる全てのものを一瞬で判断、処理しろ。


 そして、最善と思う方法で早急に終わらせろ。



 あの人の教えで危機たる状況を脱する。

 僕はできればこんな手段は使いたくなかったけど、相手は刃物を持っているのだから、少しは配慮を。


「――はっ」


 右足を一歩前に出し、体を男と垂直にする。

 次に右手で男の右腕を掴み、とっさに止まろうとしたのを阻む。

 バランスを崩したら、後ろに回り込みんで両の膝裏が重なる瞬間を狙って蹴る。

 すると、不思議なくらいに男は立つことを保てず、重力により床へと誘われていった。


「ぐっ、だぁっ」


 ほんの数秒。

 決着がつくまで時間は、あまりにも早かった。


 もうここには用はない。


「あ、それと、僕を怒らせないでくださいね?」


 目の前で起きたことが、頭で処理しきれていないのか、唖然としている人たちを尻目に僕は部屋を出た。


「あ……」


「なんなんだよ」


「ガキが、調子に乗りやがって」


 唖然としていた人たちは、目の前の光景の情報を処理することが出来た途端に部屋を出ていった少年に文句を言っていた。


「でも、これでいいんじゃない?」


 一人の女性がそう言うと、続くようにこの場にいた全員が言葉を紡いだ。


「ああ確かにそうだ」


「あいつの方から消えてくれて、せいせいしたぜ」


 口々に同じようなことを言っていく。

 みんな笑いながら言っていた。


「そう言えば、なんでお前はハサミを持ってあいつに向かっていったんだ?」


「さすがにやりすぎだろ」


 思い出したのか、先ほどのことをこかされて唖然としていた男性に尋ねる。


「それが、わからねぇんだ。気づいたら、あいつにこかされてたんだよ」


「おいおい、冗談言うなよ」


 周りは男性の発言を笑ったが、当の本人だけは笑っていなかった。

 なんでこんなことをしたのか、まったく記憶に無いのだ……。

 わけがわからないからこそ、男性は周りにつられるように冗談として笑うことにした。




 ーーーーーーー




 ――腕時計に視線を落とすと、葬式場から出ていつの間にか10分の時間が経っていた。感覚では3分くらいだと思ってたのに。


 あの人たちは恐らく、祖父母の家をどうにかするだろう。そんなことを平然とする人間なんだ、あの人たちは。

 でも祖父母はこんな時のために、アパートの一室と両親が遺してくれたお金を託されていた。

 お金を託されたと言っても、カードと通帳なんだけど。

 通帳を確認すると、その中には僕が成人になるまでに必要と思える量以上に入っていた。


「ありがとう。本当に二人にはお世話になりっぱなしだよ……」


 無数の星が煌めく夜空に、もう会えない祖父母に向かって感謝を述べる。


「心配しないで。僕はもう、一人で生きれるから」


 最後に覚悟を言ってから、夜空から視線を落として祖父母が遺してくれた自分の家へと向かった。




 ーーーーーーー




(――ここはどこだろう?)


 周りを見渡してみたが、何もない。

 白。

 僕がわかるのは、この場所の色だけ。

 どこまで続いているのか、今立っているのが地面の上なのか、どこにいるのかなんてのもわからなかった。


 でも、あまり驚かなかった。夢だと思っていたから。

 初めて見る夢で、訳がわからない状況なのに、不思議と落ち着いていた。

 まるで、ここで生まれ育ったかのように安らぎさえ感じる。


(そなたの望みを聞こう)


(誰?)


 頭の中に聞いたこともない声が響いた。低めの声、どうやら男の人のようだ。


(そなたの望みはなんだ?)


 僕の声は聞こえてないのか?

 声が出ているのかどうかもわからないけど……。


(……でも、望みかぁ)


 望みがあるとしたら、もちろん家族と暮らすことだけど、そんなことをしては駄目だと思う。

 向こうの事情もあるだろうしさ。


(望みがあるのならば、叶えてやろう)


(え?)


 そんなことが本当にできるのならば、許されると言うのならば、僕は、僕は――


(もっと知りたい。世界の全ての事柄を。そうすれば、あの人たちのような人間もいなくさせられる。誰も、不幸じゃなくなる)


(……いいだろう。その望みを叶えよう)


 信じられないな。

 そんなことが本当に可能なら、世界って言うのがどんなものかわからなくなる。


 ――僕はまだ、運命が大きく動き始めたことを知らない。

 この選択が自分の運命だけではなく、もっと壮大なものをも巻き込むことになるとは、知るよしもなかった。




 ーーーーーーー




 そして、窓から差す朝日で少年が目を覚ましたのは自分の部屋ではなく、見知らぬ豪勢な一室の豪勢なベッドだった。


「……ここはどこ?」


 部屋を見渡してもどこにいるのか全くわからない。

 まるで絵画みたいな見た目だ。

 僕は自分の家で寝ていたはずなんだけど、いつの間にこんなとこに来たんだろう?


「――いや、僕は知っている? ここがどこなのか」


 知らないはずなのに、知っていた。


 僕はこの場所がどこなのかわかる。

 ここは、ファーレント王国の城のお姫さまの部屋。

 同時に……『アルデ・ヴァラン』と呼ばれる世界。つまり、僕のいた世界とは別世界。いわゆる異世界と言うもの。


 僕はこの世界に転移してきたと言うこと。


 なぜなのか……まではどうやらわからないみたいだ。

 全てを知っているわけではないけど、考えたことに対してなにかが答えてくれるような。

 と言うよりかは、それに対しての知識が流れ込んでくるのが正しい気がする。


「僕が知りたいのはこんなことではないのに。……ん、待てよ?」


 ファーレント王国の城の、お姫さまの部屋?


 思い付いた一つの疑問に気付いて恐る恐る横を向くと、そこには純銀を溶かし流したような白銀の長髪を筆頭に、まだ幼さを感じさせる顔立ちをした小学生くらいの少女が、静かに寝息と衝撃を同時に耳と心に届けた。


 自分でも驚きの饒舌ぶりにもう一度驚く。まぁ心の中でなんだけどね。


「えーっと、この場合どうすればいいんだろう?」


 て言うか訳がわからない!

 両手で頭を抱えて悶えてなんになるんだー。


「い、いや、こういう時こそ落ち着かなきゃいけないんだ! そうだ、落ち着くんだ」


 む、無理だよー!


 落ち着こうとすればするほど頭が回らなっていく。

 あ、こういう時は深呼吸をするって聞いたことがある。


「……よし、落ち着いてきた。僕はどうしてここにいるんだ?」


 何もない。知識が流れてこない……。

 考えたこと全部の知識が流れ込んでくるわけではないって言うことなのかな。


 でもこの、知識が流れ込んでくるのはなんなんだろうか?

 小説や漫画とかなら、主人公が何か特殊な力を持っていて、それで世界を救うとか聞くけど……知識で世界を、救う?


 そもそも僕が主人公と決まったわけではないんだから、主人公を助ける役なのかもしれない。

 知識で主人公を助ける。


 ……なぜかはわからないけどそんな考えを笑ってしまった。でもそっちの方がしっくり来たのも事実だ。


「それよりまずやるべきは……」


 この謎の知識の力が使えない以上、目の前の眠っているお姫様が起きたときに聞くしかない。


 起きるまで時間はあるだろうし、待つついでに少し頭の中を整理しておこう。

 この知識が流れ込んでくる原因も知りたいし。


「なにか、大切なことを忘れているような……」


 思い出せない……。

 こう言うのはじきに思い出すよね。

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