第44話
「あの方は殿下に相応しくありませんわ!」
客間のソファに腰掛けるなり、エレーヌ王女はそう言い放った。
まぁ、予想はしていたけど、ね。
オスカーはウィスティリアの侍女が入れてくれた紅茶を一口口にする。
自分がいかに素晴らしいか、そしてビーがいかに相応しくないかをあげつらう。しかも、それが容姿一辺倒なのが何ともエレーヌ王女らしいっちゃらしいな、おい。
まんま、妖精の気質を受け継いでいると言っていい。どうしてここまで妖精らしいんだか……。あいつらの見るとこって容姿だけだからな! 綺麗可愛いが善で、醜い汚いが悪……ちょっと殺意湧く価値観だよ、本当。いい加減にしろと言いたい。
エレーヌ王女、君、人間だからね? それ自覚しないと本当、地獄見るよ? 不老不死の妖精の仲間入りは、人生の半分無理だからね? 美顔薬使ったって限度あるからね? 妖精の審美眼厳しいよ? っていうか、容赦ない。ちょっと美貌に陰りが出ただけで、こき下ろされる。半妖精の末路は大抵つまはじきだ。
エレーヌがずいっと身を乗り出した。
「その上、お二人はお互い思い合って結婚したわけではないようなんですの!」
彼女が意気揚々とそんな事を口にし、オスカーはその言葉に目を丸くする。何言ってくれちゃってるんだ? と思ったものの、笑顔で先を促した。
「と、言うと?」
「殿下は呪われていました。陰気で貧相な顔立ちの男の姿に変えられていたんです。ええ、それはもう、見るに堪えない不細工な男でした。覚えてらっしゃいますか?」
オスカーの頬がぴくりと引きつった。
それはもう、忘れるわけがない。っていうかさ、あの幻視、僕のお気に入りだったんだけど? そこまで言われるほど酷かないよ。一体何が言いたいのかな? この
「どうやらその時に結婚を申し込まれ、殿下はそれを承諾なさったとか」
うん、そうだね。それは間違っていない。
骨格美人……懐かしいなぁ。ビーはいつも真っ直ぐな瞳で僕を見ていたっけ。彼女の純真さに敵う者はいない。きっと、あの幻視の男が僕の本当の姿でも、愛してくれたんだろうな。
彼女の笑顔を思い出し、ビーに対する愛おしさから、つい作り物でない笑みが顔に浮かんでしまう。
「そ、それでですね、殿下……」
エレーヌが頬を染め、咳払いをする。
「呪われた身であった殿下は、妃殿下の求婚を受け入れました。それも無理からぬ話であったと思いますわ。言っては何ですが、その……あの当時の殿下の容姿では、とてもとても、女性から求められることなど、なかったでしょうから。縁談の申し入れなど、全くなかったと思われますの」
え? いや、あったよ?
笑顔を保ったまま、何言ってんだ? とあきれてしまう。
これでも僕、王太子だよ? 大国の次期国王だよ? 地位目当てで女なんか、わんさとよってくる。結婚出来ない国王なんかどこにいるんだよ? 貴族は基本政略結婚でしょ? 君、仮にも王女でしょ? 王族の結婚事情、もう少し把握しようか?
そこでふと思う。まさかとは思うけど、美男美女じゃないと結婚出来ないとか、そんな阿呆な事、思ってやしないだろうな? 彼女の価値観って美醜一辺倒だし……。いや、しかし、いくら何でも……。
綺麗なお姫様は、白馬の王子様と結婚して、幸せになるの!
夢見る
いやいやいやいや、ちょっと待て。あれ、現実に持ってきたら確実にアッパラパーだぞ? お伽噺ってのは突っ込みどころ満載なんだ。白馬の王子様って何だよ。白馬の王子様って……。あれは大人が本気にしたらかなりやばい。
「それで、ですね。唯一求婚してくれた女性に、今の王太子妃の求婚に飛びついてしまったのではないかと、そう思われますの。そして、呪いが解けて、多くの女性を選べる立場になっても、その……その時交わした約束を反故に出来ず、結婚なさったのではないかと、そう思われます。殿下は義理堅いお方ですから……」
エレーヌ王女が言いたいことを、そこでようやく理解する。なるほど、不本意な結婚をしたと、そう言いたいわけか……。オスカーはため息交じりに髪をかき上げた。
実際は逆だけどね? そもそも僕、ビーの求婚、断ったんだよ? 呪いが解けた後に、僕が再度求婚したんだよ? そこらへん全然聞いてない? 聞いてても聞き流した? まぁ、いいや。どうせ自分の都合のいいように考えるんだろうから。
「ですから、殿下、今回の件は丁度いい機会ではありませんか? これを機に、本当に愛する女性を探してみてはいかがでしょう? 結婚の約束はもう果たされたわけですし、そろそろ自由になってもいい頃だと思いますわ。この先は、殿下の本当の幸せを探してみてはいかがですか?」
エレーヌ王女が媚びるように笑う。
「うん、ありがとう。そうしてみるよ」
オスカーは笑顔でそう答えた。喜びに頬を染めるエレーヌ王女を眺め、その相手が君であることはあり得ないけど、そう心の中で付け加える。
エレーヌ王女の美しい姿に目を細めた。お綺麗なお姫様は、妖精のようでいて、やっぱり妖精とは違う。人間だと、そう思った。妖精は良くも悪くも純粋だ。人間のような醜悪な感情は持たない。相手を自分のものにしたいと思っても、こんな風にライバルを蹴落とすための画策はしないものだ。猪突猛進で、思考回路が子供のように単純である。
だからこそ、恐ろしく残酷でもあるのだけれど。
さてと、次はエメット王子にも話を聞くとするか。形だけでもそうしないと不自然だものね。エレーヌ王女との話を適当に切り上げ、今度は彼と向かい合って座ると、
――殿下、結果が出ました。
頃合いを見計らったように、分析士からメッセージが届いた。分かった、今行く。そう返答し、席を立った。そろそろ茶番も終わりかな。
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