第42話
で、今度は何やら外が騒がしい。
使い魔の目を通して状況を確認してみれば、侍女や侍従が忙しく立ち働いている。どうやら、エレーヌ王女が急遽、風呂に入ると言い出したようだった。
オスカーは水桶を持って往復する侍従の姿に眉をひそめる。ん? わざわざ部屋に風呂の用意をするのか? 貴客用の浴室が開放されているだろうに。まぁ、いいか。城の使用人がこき使われているわけじゃないようだしな。好きにすればいい。
オスカーはそう思い、放っておいたものの、その内に様子がおかしい事に気が付く。エレーヌ王女が隣室に用意させた風呂から出たり入ったりを繰り返しているのだ。
使用人達の会話を拾って、さらにおかしい事に気が付く。異臭? ああ、そういや臭いよな……って違うか。魅惑の香りを異臭だと感じるのはこの僕だけだ。何であいつらまで臭いと感じているんだ? エレーヌ王女が香水を自分にふりかけている。おいおい、かけ過ぎだろう。何だこれ? もしかしてエレーヌ王女自身も臭いって感じてる? 原因不明の異臭騒ぎがしばらく続き、今度は大量のハエ……ああ、誰かに呪われたのか。
オスカーは思わず納得してしまう。
ようやく原因がわかったが、自業自得だと考え、目を瞑ることにする。見なかったことにしよう。やりたい放題やったんで、誰かの怒りを買ったんだな。ここウィスティリアは魔術大国だって知らないわけでもないだろうに。そっちの認識不足だ。恨みを買えば、当然こういった事態にも見舞われる。
そういえば、
オスカーは急ぎ結界士達に
オスカーはエレーヌ王女がヒステリックにわめき立てる様子から目をそらし、魔術を使って音を遮った。五月蠅くてかなわない。
夜半過ぎ、ようやく中に入れられた毒物の種類が判明したと知らせが入った。どうやら記憶障害を引き起こすものだったようだ。特定の人物の記憶を失うんだとか。誰の記憶を失うのか分析士に問うと、
――妃殿下のようです。
あの色ぼけのくそ女! 分析士からの返答で、オスカーは反射的に自分を覆っている蓋を殴ってしまい、手が痛かった。物は殴るもんじゃない、こっちが痛いだけだ。自分の手を揉みほぐしながらも、心の中から吹き出す罵声が止まらない。オスカーは子供には聞かせられないありとあらゆる罵詈雑言を吐いた後、ようやく冷静になる。
いっそハエの追加を……いや待て、ちっとも冷静になっていない、落ち着け。
つまりエレーヌ王女は、僕とビーを引き離したかった? それでこんな誘拐劇までやってのけた? いや、しかし……たったそれだけのために、国の転覆をかけて動くはずもない。必ず他に目的があるはずだ。
――アロイス・フォレストとの関係は?
オスカーが使い魔を通して意思伝達すると、捜査班から返答があった。
――接触したのは確かなようですが、特別深い仲というわけでもないようです。
接触があったのはごく最近で、それ以前の交流はなかったらしい。
オスカーは捜査班に追加の指示を出し、ふと疑問に思う。エメット王子はどうなんだろう? 今回の件に一枚噛んでいるのか?
「エレーヌ、この大きな長櫃は何?」
翌朝、エメット王子が客室の隅に置かれている長櫃に興味を示し、そう言った。見覚えのない荷物だったのだろう。
「あ、そ、それは、お土産ですわ。いろいろと買ってしまったので、それを整理するために購入しましたの」
そう答えたエレーヌ王女は何やら憔悴しきった様子だ。眠そうに目をしばたたいている。もしかして一睡もしていない? 目は充血しているし、化粧で誤魔化しているが、この分だとクマも出来ていそうだ。ま、一応ハエはいなくなったようで残念、いや何よりだな。
しかし、この様子だとエメット王子は知らないのか?
「随分とたくさん買ったんだね。やっぱりドレス?」
つゆほども疑わない無邪気な声だ。
中身くらい確認しろ。そう思ってわざと寝返りを打ってみれば、
「あれ? 今、何か中で動いたような……」
「あ、そ、それはラットよ! ペットに丁度いいと思って買ったの!」
「ラット? こんな箱に入れたら可哀想だよ。出してあげないと」
「わ、わたくしがやるわ! 下着やらなにやらが入っていて、殿方にはみせたくないのよ。これは衣装箱なの! わたくしに恥をかかせないで頂戴!」
「ああ、うん、わかったよ、ごめん」
何とも言いようがない。結局言いくるめられるのか……。
少しは疑ったらどうなの、エメット王子。ラットをお土産って時点で変でしょ? エレーヌ王女はネズミが嫌いだった筈だけどね? それを自分の衣装ケースに入れるって……あり得ない。不自然過ぎる。むしろ、そんな状態、悲鳴を上げるんじゃないか?
何で彼女とそう大して親しくもないこの僕が気が付くことに、彼が気が付かないのか……。クリムト王国の将来が少し心配になる。
今更だが、どうして第一王子のアルベルトが王太子じゃないのだろう?
オスカーはそう思わずにはいられない。
おそらくアルだったなら、あの時点で箱の中身を確認していた筈だ。エレーヌ王女の言葉の不自然さに気が付いただろう。それに比べると……エメットは未だに無邪気な少年という感じが拭えない。見た目通り簡単にだませるというのが、どうにもこうにも……。
まぁ、素直なのが悪いとは言わないけど、為政者としてはどうなんだ? これだと、体の良い操り人形にされそうで怖い。アルの方がずっと適正あったと思うんだけどな。どちらも王妃の実子だ。どこに問題があったんだろう?
箱の蓋がうっすらと開いたので、オスカーは目を閉じる。中の人物が眠っているのを確認して安心したのか、再び箱の蓋が閉じられた。
さてと、これからどうするか……。
使い魔を通して師匠と今後の対策を話し合っていると、
――この、くそ王太子!
という怒鳴り声が耳を直撃し、オスカーは蓋部分に頭をぶつけそうになった。勘弁して。夕闇の魔女にやり返されたのだと気が付く。
夕闇の魔女の名前を利用して、二人の意識を繋げているから、理屈としてはこれ、出来るんだけど……普通は僕の方から接触しないと会話は成立しない。何故なら、夕闇の魔女が使い魔という立ち位置にいるから。なのに、流石大魔女。どうやったものか、その立ち位置をひっくり返したらしい。反撃の機会をうかがってたのかな?
――何グズグズしてるんだよ! さっさと事件解決して戻ってこい! 嬢ちゃんが不安がってどうしようもない! 一体何やってるんだ、このくそ野郎!
仮にも王太子に対してくそくそ言うのはどうかと……まぁ、いいか。僕の口も褒められたものじゃないしな。貧民街の裏通りでも悪口を言い合えば僕が勝つ。
しかし、ビーが不安がってる? どういうことだ?
――僕の方は大丈夫。心配いらないよ。ビーにそう伝えて?
オスカーがそう頼むも、すぐさま反撃される。
――あんたがこっち来ればいいだけだ! あんたの姿を見れば直ぐに安心する!
――エレーヌ王女の意図を探らないと。
まだここから動けないと伝えると、鼻を鳴らされた。
――はん、今更何言ってんだ! そんなの分かりきってるじゃないか。あんたが欲しいんだよ。自分の物にして「ピー」して「ピー」して「ピー」したいだけだ! 欲求不満の日照り女の考えそうなことさ!
流石に返答に困った。辺境伯爵令嬢どこ行った? 遊女も顔負けの口の悪さだ。
夕闇の魔女の過去、父上からもうちょっと詳しく聞いておこうかな。どう見ても彼女の罵倒は、僕と同じものが混じってる。もちろんよい子は聞いちゃいけないよ、といった類いの、過激で卑猥な言葉の連発だ。
――とにかくさっさとこっち来な! 得意の幻術を使って誤魔化しゃいい! ちったあ頭使いな!
他人に言われると何か腹立つな。
まぁ、確かにこのままずっとこの中にいるっていうのもしんどいか……。幻術を使って、僕が中にいるよう見せかけた方が良いのかもしれない。
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