第35話
「あれくらい言ってもよろしいと思いますよ、妃殿下。そもそも、エレーヌ王女殿下は数々の非礼を、オスカー殿下に注意されていたではありませんか。妃殿下を侮辱するのは許さないと。先にそれを破ったのはあちら側です。別れてくれ、なんて図々しい。どの口がいいますか」
まぁ、確かにそれはそうなんだけど……。
「あああ、それにしても妃殿下は、本当に王太子様を愛していらっしゃるんですねぇ。まさしく小説の通りです。憧れますわぁ」
いや、モリー、少し小説から離れようよ、あれ、私じゃないし。ことあるごとに、あれを引き合いに出されると、恥ずかしいというか、困るというか……。
窓の外に目を向けると、まだ曇っていたけど日の光が漏れている。先程大泣きしてしまったので、通り雨になってしまったようだ。まだまだ駄目だなぁ……。と、ちらりと白い巨体が見えたような気がして、勢いよく身を起こす。
まさか、呼び寄せちゃったりしてないよね? 下手に天竜さんが降りてくると、大惨事になるみたいだし……空模様を見ながらどきどきしていたら、
「妃殿下?」
「ひゃい!」
呼びかけられて、飛び上がってしまう。
「どうなさいましたか?」
「あ、いえ、その……天竜さんが見えたような気がしたからどきどきで……」
「あら、天竜様ですか? 是非お目にかかりたいですわね。でも、殿下曰く、用もないのに呼びつけるのは不敬だとか……呼んで欲しいなんて気軽に頼めませんわね」
モリーが笑う。
そ、そうだね。それ、ちょっと困るかな。ちらりと空を見ると、またまた白い何かが見えたような気がするけど、見なかったことにしよう。うん、そうしよう。
でも、何か……あれ? もの悲しい気持ちが伝わってくるような……天竜さん、泣いてる? 違うよね? 気のせいだよね? あれえ? ど、どうしたんだろう? どんどん悲しい気持ちになってくる。呼んで呼んでって、ねだられているような気がするのはどうしてだろう? えーっと、えーっと、えー……大人し~く静かに降りてきてくれたら嬉しいかな? とか心の中で言ってみる。
で、窓の外を見て固まった。勢いよくカーテンを閉める。
「妃殿下?」
「あ、えと、モリー? お茶、お茶が飲みたいから、用意してくれる?」
「ええ、もちろんですわ、妃殿下。先程はゆっくり楽しめませんでしたものね? では少々失礼させていただきます」
モリーが部屋を出て行った頃合いを見計らい、そうっとカーテンを開けてみて……うん、いるよね。ふわふわ真っ白な天竜さん。青い綺麗な目でこっちを見ているし。とってもとっても嬉しそう。幻覚……なわけないか。私の目は幻覚を映さないんだもの。
現実逃避はやめて窓をあけ、手を伸ばせばふわふわもこもこ柔らかい。天竜さんの目が細まって、やっぱり尻尾らしき部分がぱたぱた揺れる。でも、でかい。とにかくでかい。顔だけで窓全部しめてるし……。このままだと大騒ぎになりそう。
天竜さん、小さくなれたら良いのにとか思ったら、ふっと天竜さんの姿が消えて、足下に子犬が一匹いる。あれ? でもなんか変。この子犬、角がある? んん? 青い目が天竜さんによく似ていて……あれぇ? 抱き上げればやっぱり尾っぽがパタパタ揺れる。子犬の青い目が嬉しそうに細まった。
「え? 天竜を呼び寄せちゃったの?」
あ、やっぱりこの子犬、天竜さんだったのか。仕事を終えて、自室に戻ってきたオスカーに子犬もどきを見せると、彼は直ぐに分かったらしく、難しい顔だ。
「まずかった?」
「んー……まぁ、数日ならいいかな?」
オスカーが言う。
「天竜は天候を司る神だからね。地上にずっといると悪影響が出る。季節外れの雹が降ったり、雪になったり? だから、適当なところで天に帰してあげてね?」
私はこくんと頷いた。
「天竜さんと仲良くしても大丈夫?」
「それはまぁ、仲良くするのは別に悪い事じゃないよ? 天竜の意志を無視するのがよくないの。天竜が嫌がるような行為をやらせるのが不敬なんだ」
「嫌がる事って?」
「嫌な気分になるから直ぐ分かるよ。君の意識って天竜と繋がってるから、彼の思うことがそのまま君にダイレクトに伝わってくる」
あ、もしかして……。降りてこないでって思ったら、もの悲しい気持ちになったあれ? 自分の身に起こったことを説明すると、オスカーはびっくりしたようだった。
「ビーは本当、天竜に好かれているんだね?」
そう言って笑う。
「天竜から呼んで欲しいなんて、ねだられるとはね。初代天眼の持ち主は天竜の愛し子だったらしいけど、もしかしたら君は、その生まれ変わりなのかもしれないね?」
天竜の愛し子?
「そ、天竜の子供ってこと。その天竜の愛し子が、自分の力を人の世界に貸し与えたのが天眼の始まりなんだ。自分亡き後も、人の世界が守られますようにって願ったらしいね。その願い通り、時折、思い出したように天眼を宿した人間が現れる。けど、もし、天竜が傍にいたいって渇望するのなら、ビーは初代天眼の持ち主だった天竜の愛し子である可能性が高いかなって、そう思う」
まさか。何か話が大きくなりすぎて、困る。私、人間だよ?
「天竜の子供は半神半人なんだ。半分神で、半分人間。気が付かない? 天候を操れるって自体が既に神の領域なんだけどね?」
人間には無理かな、そんな風に言われてしまう。
「私、人間がいい」
「ん?」
「オスカーの傍にいたいから」
ふわふわの天竜さんをぎゅっと抱きしめてしまう。何だかオスカーと引き離されそうで怖くなって、ついそう言ってしまった。オスカーは目を見開き、次いで柔らかく笑った。
「天竜の愛し子が天へ帰らなかった理由を知ってる?」
私は首を横に振る。
「今の君と同じような台詞を言ったらしいよ?」
大好きな人の傍にいたいって、そう願ったんだって。
オスカーの台詞に、どうしてか胸が詰まった。そう言った人の気持ちが、とってもとっても分かるような気がして……。涙をこぼせば、優しいキスがふってくる。
「オスカー……」
「うん?」
「ずっと、傍にいてくれる?」
ずっとずっと傍にいて欲しい、そう言うと、彼の顔にふわりと優しい笑みが広がった。
「もちろん。君がそう望むならね?」
オスカーの抱擁はとても温かい。
ずっとずっと傍にいて。そう願う。きっとそれが私の望みだ。
初代天眼の持ち主、天竜の愛し子さんもこんな気持ちだったのかな? 私は自分が半神半人なんてとても思えないけど、でも、大好きな人の傍にいたいって、そう言った彼女の気持ちは分かるような気がした。オスカーの傍にいたい、彼が傍にいてくれるなら他に何もいらないと、私もそんな風に思うから。
「ところで、ビー。昼間、エレーヌ王女と会ったね?」
そう耳元で囁かれて、私はどきんとなった。恐る恐る見上げれば、優しい藍色の瞳と目が合う。怒ってる? わけじゃなさそう……。どちらかというと気遣わしげな目だ。心配された? オスカーの手がそっと私の頬を撫でた。
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