第34話
緑と花に囲まれたサロンは心地よい空間だったけれど、はなからギスギスした雰囲気に……。しつらえられたティーセットは、とっても可愛らしいのに台無しだ。
花柄のカップを手に固まった私そっちのけで、エレーヌ王女が言う。
「どうしてあなたのような平平凡凡な女が、彼の隣に立っているのよ? ありえないわ。身の程をわきまえて頂戴。もっと相応しい相手を捜したらいかが?」
そう言ったエレーヌ王女は、子供のように頬をふくらませている。二十才ということは、私より一つ年上だ。なのに随分と子供っぽい気がする。妖精の血が入っているからかな? 妖精は好きになったら猪突猛進と聞くし……。
「エレーヌが別れてって言ってるんだから、別れてあげてよ」
不意にそんな少年の声が聞こえて、私は目を丸くする。
見れば、羽の生えた
「君とあのオスカー殿下とじゃ、まったく釣り合ってないしさ。潔く身を引いたら? エレーヌの方が断然綺麗だし」
「そうそう、釣り合ってないよ」
「君じゃ全然駄目だね」
「ちっとも綺麗じゃない。エレーヌが花なら君は雑草もいいとこだよ」
可愛らしい
言うことがきっつい。目にした
「僭越ながら……」
そこへ、侍女のモリーが割って入った。モリーが一つにまとめ上げた自分の赤銅色の三つ編みを、ぴんっと指で後ろに弾く。妙に男らしい仕草だ。
あれ? 彼女がこういう仕草をする時って確か……。
「妃殿下、発言をお許し下さい。この無礼な羽虫、片付けてもよろしいでしょうか?」
そう口にしたモリーの顔が完全に真顔だった。
あああ、やっぱりぃ! 戦闘態勢に入ってる! 目が据わってるし! 待って、待って、モリー! 手にしたケーキナイフが怖い、怖い、怖い!
私は慌てて止めに入った。
「モリー、ケーキを切り分けて下さる?」
誤魔化すようにそう言うと、モリーがしぶしぶと言った感じで引き下がる。
大人しくケーキを切り分けつつも、妃殿下、いつでもお言いつけ下さいませ、このモリーめが、すぐさまあやつらの羽をむしってご覧に入れますと、耳元でそんな事をささやいてくる。ありがとう、気持ちだけもらっておく。むしらなくて良いからね? ちゃんと注意しておかないと気が気じゃない。
モリーは侍女としてここで働いているけれど、魔力持ちの武闘家だ。
多分、区分けするなら、魔法闘士という奴になるんだと思う。
家族の大反対にあって、女騎士の道を諦めて侍女になったらしいけど、多くの優れた騎士を輩出してきた家柄で、小さい頃から彼女も祖父から体術を習っていたと聞く。
元々は病弱だった体を健康にする目的で始めたらしく、あくまで嗜み程度の予定、だったらしいのだが、才能があったのだろう、モリーはのめりにのめり込んで、今では拳一発で大の男も黙るんだとか。
なので素手で蠅を捕まえちゃったりする強者だ。時々カップも握りつぶしてくれちゃったりするけど。まぁ、そこはご愛嬌と言うことで、私は見てみないふりをしている。下手な護衛士より、モリーの方が絶対強いと思う。
「エレーヌ王女殿下は、オスカーのことが好きなんですね?」
彼女に向かって私がそう問えば、
「当たり前よ! あんなに素敵な人、他にいないわ!」
前のめりでそう肯定されてしまう。私もそう思うけど……。
ちらりとエレーヌ王女様に目を向ければ、彼女の目は真剣そのもので、
「オスカーのどんなところが好きですか?」
私は思い切ってそう聞いてみた。
実際は聞く必要などないのかもしれないけれど……。だって、オスカーはもうこの私と結婚しているんだもの。でも、きっと彼女はオスカーが好きで、どうしようもないに違いない。素晴らしい人だから……素敵な人だから……諦めきれないその気持ちが分かってしまって、捨てるに捨てられない。
せめて聞くくらいなら、そう思ったのだけれど……。
「どこ? ああ、どう褒めれば良いのか分からないわ。あの眼差しかしら? 儚げな雰囲気? 美王として名高い妖精王より、彼の方が断然素敵。あんなに美しい人をわたくしは見たことがないわ。このわたくしに相応しいのは、あの方しかいないわね」
エレーヌ王女がうっとりとため息をつく。
その後、エレーヌ王女が口にするオスカーへの褒め言葉が、容姿に関することばかりで、ちょっと辟易してしまった。確かにオスカーは綺麗だよ? もの凄い美人さんだよ? でも、そこばっかり褒められても、ちょっとお腹いっぱいかな。
だって、オスカーは中身美人なんだもの。
彼の美しさの真骨頂はそこだと思う。
懐が深いっていうのか、彼の場合、とにかく傍にいるだけで温かい。魔術師特有の見識の広さを持っていて、たくさんのことに気が付くから、厳しいようでいて、その実もの凄く優しい。情け深いから、どんな人に向かってもオスカーは救いの手を差し伸べる。そういう人だ。
なのに、何故そういった会話にならないのか……。
「あのう、それって見た目、ですよね? それ以外は?」
つい王女様の話を遮ってしまうと、
「それ以外? それ以外の何が必要なの?」
彼女に不思議そうな顔をされてしまった。王女様と見つめ合ってしまう。微妙な空気になった。何だろう? 何か噛み合っていない? 私はぽつぽつと言った。
「優しくて、思いやりがあるところとかは、どうでしょう?」
そんな風に話を振ってみる。
「彼はその、博識で努力家です。周囲にいる人達一人一人を大切にするので、城の皆からも慕われていますよ? オスカーは子供が好きで、人を笑わせるのも好きです。根明、なんですよね、本当は。そういったところとか……」
「いやだ、そんなところ二の次三の次よ。人はね、美しくないと意味が無いの」
え? 思考が停止したように思う。
「不細工な人間なんて生きている価値もないわ。クリムト王家の第一王子がその良い例よ。頭は良いらしいけど……何よあれ、見た目が最低。一緒にいるだけで食事がまずくなるわ。優しい? は、くだらない。以前のオスカーはほんっと酷かったけど、今の彼なら文句の付け所がないわね。このわたくしに愛されるに足る人間よ。だから……」
「オスカーはどこも変わってなんかいないわ!」
エレーヌ王女の言葉を遮って、私は気が付けばそう叫んでいた。思いっきり立ち上がってしまっている。
「以前からハンサムだし、美人だし! 今のあなたよりずっとずっと綺麗だったわ! その彼の価値も分からない人に、言い寄って欲しくなんかない!」
そうよ、ずっと変わってなんかいない! オスカーは中身美人だもの!
子供の時のように涙があふれて止まらなかった。
侮辱されたような気がして。この世界で最も美しいものを否定されたような気がして。見た目なんかどうだっていいの! 骸骨でも根暗殿下でも、中身がオスカーなら私はどっちでも良かった。私が惹かれて止まなかったのは、彼が内に宿した温かさだ。誰にも真似することの出来ない尊いもの。宝石のように美しい、珠玉のように輝くあの輝き。見た目なんか、単なる入れ物じゃない!
「帰って! 二度とオスカーに近づかないで!」
勢いでそう叫んでしまったけど、こういった行為がまずかったと思ったのは、泣いて自室に駆け戻ってから。どうしよう……喧嘩別れって、外交上まずいよね、そう思ったけど、どうすればいいのかわからず、テーブルに突っ伏して悶々としていたら、
「妃殿下、素晴らしいですわ」
モリーに褒められてしまった。いや、まずいでしょう、あれは。
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