第24話
アロイス・フォレストは目を見張った。
天眼などここ数百年現れたためしがない。
降り出した雨が幻覚でないことを確認し、改めて天眼の力を宿した女を見やった。だが、彼女の瞳は赤くない。じっと目をこらす。やはり黒だ。まぁ、瞳の色は力の加減で変化すると聞くので、そこはさほど問題ではないが……。
本物か? 聖石を使える神官か魔力鑑定士がいないと是非の判断が難しいので判断に迷う。天竜でも現れれば別だが、さて、どうしたものか……。アロイスはさりげなく近づいた。領民が集まっているので、紛れて接触するには丁度いいと思ったのだ。
すると、魔術の防御が張り巡らされている事に気が付く。
周囲を取り囲んでいる領民は気が付いていないようだが、魔術師であるアロイスにはそれが分かった。この輪の中にいる人間が、彼女に不穏な感情を持っただけで、身動きがとれなくなる。まぁ、天眼の持ち主に殺意を抱く人間などいないだろうが、随分と腕のいい魔術師がついているものだと、アロイスは思った。下手な動きをすればたちまち目を付けられる。
殿下という領民の呼びかけで、この国の王子だと理解するも、眉をひそめた。
この国の王太子は確か、貧相な顔立ちの男だったはず。次男のビンセントか? いや、あれは魔術師ではない。魔法剣士だ。武器に魔法の力を乗せるタイプの……。
なら、こいつは誰だ? 目を見張るような美貌の持ち主だ。自分が知っている誰とも符合しない。
「フォレスト様。あれがこの国の王太子です。呪いが解けてああなったんですよ」
今、王宮ではその話で持ちきりですと従者が口にする。なるほど、な。ということはあの女は王太子妃ということか。下手に手を出すと戦争になりかねんな。
「初めまして、王太子妃殿下。お初にお目にかかります。私はルドラス帝国の宮廷魔術師アロイス・フォレストと申します。以後お見知りおきを」
そう挨拶し、王太子妃の手に接吻するも、アロイスはその反応に眉をひそめた。
初めましてと、初々しい笑顔を見せたものの、王太子妃に恥じらう様子がない。
大抵の女は自分の美貌にうっとりとなる。こいつは手強いな……。利用できるものは利用する主義なので、自分の見目の良さはいつも意識的に活用する。この女がこちらに傾倒してくれればやりやすかったのだが……。
「丁寧な挨拶だけど」
例の王太子が割って入る。
「残念ながら、礼儀はあまりなってないね? 普通はこちらに先に挨拶するものだよ」
「こ、これは失礼いたしました。王太子殿下」
急ぎ一歩下がる。
「王太子妃殿下の美しさに目がくらみまして、誠に申し訳ありません。改めてご挨拶いたします。私はルドラス帝国の宮廷魔術師アロイス・フォレストと申します。以後お見知りおきを」
王太子が言う。
「王都じゃなくて、こんなところを見て回るなんて珍しいね?」
「あなたの国の作物の育て方は、大いに参考になりますから」
「ああ、君、植物の育成担当なの?」
「はい。豊穣の女神様ほどではありませんが、実り豊かな国にする役目を負っております」
王太子が笑った。それこそ女性を虜にするような笑顔で。
「それで、つい、ビーに目が行った? でも、礼儀は守ってね? 次はないから」
暗に近づくなと脅され鼻白む。目を付けたことを悟られたか。
「ときに、殿下はたいそうな美男子でいらっしゃったんですな?」
相手を褒め、持ち上げてみる。相手を懐柔する時の常套手段だ。
「呪われてあの姿だったとは、思いもしませんでした。今、王宮ではその話で持ちきりですよ? 誰もがあなたの美しさを褒め称える。あなたの側女になりたいと、そう口にする女が後を絶ちません。いやあ、羨ましい」
王太子の表情に冷たいものが混じり、
「本気でそう思ってる?」
そう問われ、アロイスは言葉に詰まった。美男子だと感じたのは嘘ではない。絶世の美女と形容できるような容姿の持ち主だ。ただ、心の底から褒めたかと言えば、偽りだ。容姿を自慢するナルシストなど吐き気がする。
王太子がうっすらと笑った。
「その様子だと、違うみたいだね? だったら、ああいうおべっかは僕には必要ないから、二度と口にしないで」
こんな反応は予想外で、アロイスは内心舌打ちを漏らした。やりにくい、そう思ったのだ。
「しかし、天眼とは……王太子妃殿下はこれまた素晴らしい能力をお持ちですな。天竜を呼び出すことは可能ですか?」
天竜が姿を見せれば確実だ。そう思ったが、
「出来てもやらないよ?」
王太子にそう言われてしまう。
「何故?」
「むやみに呼び出すのは不敬だからね」
聖職者でもあるまいに、アロイスは心の中でそう吐き捨てた。
自分なら、利用できるものは神でも利用する。他に確かめる方法は……。アロイスは蜂の幻影を作り出し、王太子妃の周囲を飛ばしてみた。反応が無いことを確かめ、アロイスは本物だろうと判断する。
天眼は幻影を映さない。目の前を蜂が飛べば、普通は避ける。
領民に見送られ、立ち去る王太子の背に視線を送りながら、あいつは邪魔だな、アロイスはそう思った。王太子が作り出す魔術の防壁がなんともやっかいだった。突き崩そうとしても弾かれる。このままだと手の出しようがない。天眼の女を手に入れるには、先に排除すべきはあれだろうと、そう考えた。
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