第22話
おやまぁ、相変わらず嘘泣きがうまいもんだ。
王妃の泣き顔を見てあきれかえる。見てくれは完全に弱々しい悲劇の女を演じてるけど、あれは嘘泣きだとあたしは知っているから、同情心なんか欠片も覚えない。むしろ、あれにだまされる男が多くて辟易だよ。
エミリアンもその一人かね? そう思いたかないけど、あれの色香に迷ったのは事実だし……。あたしもいつまで引きずっているのやら……。
「……許してやらないのかい?」
王妃の手を振り切ったオスカー殿下に近づき、そう聞いてみた。
別にあたしは、あの性悪女がどうなろうと、知ったこっちゃないが、オスカー殿下は基本お人好しだ。大抵のことは許してやるのに、どうして頑なに王妃の謝罪を受け入れないのか不思議に思って、そう聞いてみると、
「駄目だよ。だって、あれ、嘘泣きだもの」
しれっとそう言い切った。あたしは、思わずぽかんと口を開けちまったね。あれを見抜ける男がいたとは驚きだ。
「母上の本当の泣き方はね、もの凄くみっともないの。鼻水だらだら。それが嫌で、体裁取り繕ってる時点で、駄目でしょ?」
「……よく知ってるね?」
「僕、幻惑の魔術師だもの。隠れるのうまいんだよね?」
ああ、つまり、あの馬鹿王妃が、ギャン泣きするところを目撃したと。なるほどね。そりゃばれるわ。あれの本当の泣き方は、もうこっちがドン引きするくらいだからねぇ。まぁ、あたしに言わせりゃ、体裁を取り繕った白々しい嘘泣きよりも、あのギャン泣きの方が、ずっと可愛げがあるけどね。見た目、みっともないけど。
部屋に帰ると、また花が届いている。ここ最近ずっとこんな調子だ。オスカー殿下もまめだね。あっちこっち気を使ってつかれないか? 一応礼を言いに行けば、
「僕じゃないけど?」
そんな答えが返ってくる。おや、違う? なら、このあたしに花を贈る酔狂な奴は誰だ? 使い魔を飛ばして調べてみて、何とも言えない気持ちになる。送り主は国王のエミリアンだった。どういうつもりなんだか……。
直接会う気にならず、テラスにいたエミリアンの所へカラスを送り込む。
『どういうつもりだ?』
カラスの口を通して文句を言えば、すぐにあたしだと分かったようで、
「うん、まぁ。何となく」
煮え切らない答えだ。まったく変わっちゃいない。
『よりを戻したいなんて言わないだろうね?』
「それは全然ない」
言い切られて腹が立つ。
テラスの外の風景を眺めつつ、エミリアンが言った。
「君に会わせる顔がないからね。ただ、思い出せないから、ついね……」
『思い出せない?』
「君の名前。どうしても思い出せない」
ふんっと鼻を鳴らす。そりゃ、魔術で奪ったからさ。あたしを知っている者達全員から、あたしの名前を奪った。そうして、魔力の底上げをしたんだ。今じゃ、あたしの名前を知ってるのは、あの嬢ちゃんだけさね。
「こう、喉元まで出かかって、しぼむ。その繰り返しさ。ずっと、やってるんだけどねぇ……駄目だね。どうしても駄目だ」
『暇だね、あんたも』
「はは、そうかも、な」
カラスの目を通したエミリアンは年を取っていたけど、やっぱりいい男で、
『お幸せに』
嫌みたっぷりに言ってやったら、
「君がいないから、無理かな」
そんな言葉が返ってきて、驚いてカラスの目を向ければ、エミリアンは既に背を向けて歩き出していた。カラスが羽ばたいて、エミリアンの肩に止まる。
『あんたは、あのくそ王妃が好きなんだろ?』
「うん、まぁ……」
これまた煮え切らない答えだ。
「なぁ、夕闇の魔女。私は一生言わないつもりだったんだよ。隠し通せると、そう思っていたんだけど、女ってのは鋭いね」
エミリアンがうっすらと笑った。
「王妃は呪われた時、どうして私のところへ来なかったんだろうね?」
『どうしてって、骸骨になった醜い姿を見せたくなかったんだろ?』
見栄っ張りなんだよ、あの女はと言うと、
「……それだけかな?」
『それ以外に何かあるのか?』
「私に呪いは解けないと、そう思ったんじゃないのか?」
つい、言葉に詰まって……。そこまでは考えなかった。そういや、そうだ。エミリアンは運命の相手とか、浮かれ騒いだあのくそ女のことだ。真実の愛で呪いが解けると言えば、エミリアンのところへ走って行っても可笑しくはない。
なのにどうしてだ?
自分がエミリアンに真実愛されている、とは思っていなかった? あのくそ女が? だから、息子に呪いを押しつけて知らんぷり? まぁ、呪いを息子に押しつけたって行為だけで、十分くそだけど……でも……。
「夕闇の魔女」
『何だよ?』
「ここだけの話だ。もう二度と口にしないから、許して欲しい」
エミリアンが笑った。
「私が真実愛したのは、夕闇の魔女、君だけなんだよ」
言うだけ言って、立ち去った。翌日、嬢ちゃんにびっくりされちまったよ、まったく。エミリアンがあんなことを言うからだ。
「スカーレットさん! どうしたんですか? その顔」
泣きはらして腫れちまってて、どうにもこうにも……。美女になっても老婆になっても腫れはとれない。当たり前だけど。冷やしたタオルを持ってこられて、心配されちまった。やんなるよ、もう。
「新しい恋でもしようかね……」
美女の姿でぽつんとそう呟くと、嬢ちゃんは嬉しそうに笑って、スカーレットさんに迫られて断れる男の人はいないですね、なんて可愛いことを言ってくる。エミリアンにはふられたけどね、そう心の中だけで付け加えた。
悲恋は嫌いだ。ハッピーエンドがいい。自分の人生がそうなりゃ、なお結構。
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