武蔵野の神様?

今村駿一

第1話 武蔵野の神様?

「お父さんが他の女の人達と仲良くなったから一緒に住めなくなった」

 小学生の頃母が学校から帰ってきた私に向かって唐突に言った。

 他の女の人ではなく他の女の人達、というのがだいぶ引っかかったのだが普段あまり帰ってこない父だったのでまぁ良いか、と思ったのを覚えている。

 その日から僅か数日で私と母は大阪から東京へ引っ越す事になった。



 引っ越す道中、母親が運転する外車の中から見た初めての東京。

 大きなビル群、高速道路、綺麗な公園。

 物珍しさもあってキョロキョロ周りを見渡したものである。

 子供だったが街に勢いを感じた。

 東京に入ってすぐ。

 武蔵野台地の南西部小金井、小綺麗なアパートが私と母の住処になった。



 転校した先は随分上品な子ども達がいる小学校だった。

 全くそりが合わず、友達が出来なかった。

 家に帰っても母は夜の水商売なので日中は疲れている事が多い。

 仕方がないので自転車であてもなく走り回った。

 


 そのうち近所に小さな神社を見つけたのでそこで夜になるまで1人で遊んだ。

 毎日1人だった。

 ある日とても寂しくなって鳥居の横、大きな木の下で膝を抱えて座って大阪の事を思い出していた時の事。

「あなた何でそんな暗い顔をしているの?」

 突然話しかけられた。

 見上げると女の子が私の事を見下ろしていた。

「ねぇ、何でそんな顔をしているの」 

 不思議そうな顔をしながら話しかけてくる。

「友達がいないんだよ……」

 正直に言った。

「何で友達がいないの?」

「……引っ越してきたばかりだから」

 失礼な子だな、と思ったが久々に母親以外の人と話せるのが嬉しく正直に話した。

 すると女の子は少し考える仕草をした後、

「じゃあ来て」

 私の手を引いた。

 とても暖かかったのを昨日のように覚えている。



 その日からその子が毎日遊んでくれた。

 この武蔵野台地にある小金井という所は当時新しい家や団地が次々に建ち、商店、スーパー、美味しいレストラン、大きな公園、何でもあった。

 それらを女の子が日の暮れるまで案内してくれた。

 勿論僕達はお金なんて持っていなかったから外から見るだけだったけど。



 ある日の土曜日の夕暮れ時、

「明日良い所に行かない?」

 こんな感じで誘われた。

 二つ返事で了解したと思う。

「じゃあ明日の朝6時半、またここで」

 そう言って女の子はどこかへ帰って行った。

 この日の夜は楽しみで眠れなかった。



 次の日の朝。

 神社の横を見るともう女の子は立っていた。

「よし、行こう」

「どこへ?」

「いい所よ」

 それだけ言うと女の子は歩き出した。

 僕もその後ろを慌ててついていく。

 

 

 季節は夏だった。

 綺麗なサイクリングロードを2人で歩く。

 道の両脇には花が咲き、新緑を携えた木々は瑞々しかった。

 大阪にはこんな道無かったなぁ、東京も良い所なんだなぁ、と素直に思った。

『ここでは自転車を降りて下さい』

 こんな感じの標識をいくつも越えて歩く。

 凄い距離を歩いたと思うのだが不思議と疲れは感じなかったし、女の子が大きな水筒を持ってきていて休憩しながらだったので喉も乾かなかった。



 どの位歩いただろうか。

 目の前に綺麗な水面が広がった。

「さぁ着いたわよ」

 女の子は走り出した。

 僕も走り出す。



 そこは湖だった。

「うわー、きれい」

 思わず声が出た。

「そうそうその顔」

 女の子はそう言って僕の顔を見た。

 僕は何の事だかわからず、そして女の子の顔が近かったので目をそらした。

「だってあんた小金井に来てからずっと暗い顔をしていたでしょ。武蔵野はね」

 湖に近づき、

「とっても素敵な、明るくて希望の街なんだから」

 振り返ってそう言った。

 彼女がとても神々しいくらいに綺麗だったのをまだ覚えている。

 


 湖を見ながらお昼にしようという事になった。

 女の子がお弁当を作ってきてくれた。

「ねぇ、飲み物は何にする? そこで買ってくるから」

「えっ! 僕お金持っていていないよ」

「いいわよそんなの」

 そう言って小さなリュックから出した財布にはたくさんの小銭が入っていた。

「お金をこんなに持っているんだ」

 子どもでこんなにお金を持っている事に驚いた。

「……まぁ私の為にくれたものだから多少使ってもいいでしょ」

 よくわからない事を言って女の子は僕の分のジュースも買ってくれた。



 帰りが大変だった。

 僕はどっと疲れが出てしまった。

「仕方がないわね」

 帰りは途中からタクシーに乗った。

 車が好きな僕は大興奮だった。

「なぁに元気じゃない」

 女の子は呆れ笑いをしていた。

 車の窓越しに夜の東京を見ると、そこはとても素敵な世界だった。



「あなた友達できたでしょ」

 次の日母に言われた。

 いつも暗い顔をしていた僕が急に明るくなって、しかも昨日は早朝に出かけたので気づいたのだと思う。

「お母さん日曜休みだからお昼に連れてきなさい。唐揚げ山ほどやってあげるから」

 世界一美味しい唐揚げ。

 僕は元気よく返事をした。



 次の日の日曜日。

 女の子が僕の家に来た。

「あら? 女の子なの?」

 驚く母親。

「早くもお父さんに似て来たかしらねぇ」

 僕を見て苦笑いをしていた。

 昼食は美味しい唐揚げ。

 僕も女の子も勢いよく食べた。

「美味しい?」

「はい、とっても」

 女の子もとても喜んでくれた。



 彼女が帰った後、

「ところであの子どこに住んでいるの?」

「えっ」

 そういえば聞いていなかった。

 わからない、と正直に言う。

「そう。電電団地の子だと良いわね」

 片付けしながら呟くお母さん。

 そういえばあの子の名前も知らなかった。



 その後もその女の子と遊んでいたがある日、公園のブランコ周辺でクラスの男子が集まっているのが見えた。

「どうしたの?」

 不思議そうに女の子が僕に近づいてくる。

「やっぱトモちゃんが作るガンプラは凄い」

「そうだよな」

 クラスで1番人気のあるトモちゃんのガンプラを見てみんなで褒めあっていた。

 僕もガンプラは大好きだったので凄く羨ましかった。

「仲間に入りたいんでしょ」

 笑いながら僕の顔を覗き込む女の子。

 無言で頷いた。

「じゃあ声かけてみれば?」

「……僕みたいなよそ者は入れてくれないと思うよ」

 少しうつむいて言った。

「何言ってんのよ。この小金井周辺に住んでいる人なんて殆どの人はよそ者よ」

「……そうなの?」

「そうよ」

 そうなのか。

 その言葉が物凄い勇気を与えてくれたのは間違いなかった。

 

 

 次の日もみんなブランコの周囲の鉄柵に座ってガンプラを見せ合っていた。

「ほらっ、行ってきなさいよ」

「えーでも……」

「何よ、あなたも持ってきたんでしょ」

 僕のガンプラを見て言う女の子。

 お父さんがお母さんの出勤日に女の人と一緒に家に帰ってきた時、

「この人の事はお母さんには内緒な」

 と言って渡してくれた珍しいガンプラ。

 結局僕が「昨日お父さん達帰って来たよ」と言ってしまった所、女の人と帰ってきたのがばれてしまい、それからお父さんはあまり帰ってこなくなったけど僕には大切なガンプラ。

 これがあれば仲間になれそうな気がする。

 しかし1歩を踏み出す勇気が無かった。

「あのねぇ」

 イライラした口調で女の子が言う。

「この街素敵でしょ?」

「うん……」

「でもね、最初は凄く田舎だったのよ。昔から人だけは多く住んでいたけど。それに水の便が悪い所もあったし、農業だってあまりうまくいかない時期があったのよ」

 何だかよく知っているなぁ、と思いながら彼女の言葉を聞く僕。

「でも変わろうとしたの。変わろうとして今のこの街があるの。あなただって」

 そう言って私の両肩を掴み、

「変わろうと思えば変われる」

 真っすぐと僕を見て言った。

 それで決心がついた。

「よし……行って来る」

 足を踏み出した。

 後ろから暖かい風が吹いた気がした。



「あっあの……」

 ついに声をかけてみた。

「何だよ?」

 不審な目で僕を見るトモちゃん。

 トモちゃんの周りには4、5人の男子が集まっていた。

「あ、あの……僕もガンプラ好きで……珍しい物持っているんやけど……」

 そう言ってみんなの前に差し出した。

「はぁ?」

「なにこれ?」

「ジム? の新型?」

 みんな不思議そうに僕の持ってきたガンプラを眺める。

「おいっ!!」

 トモちゃんが大きな声を上げた。

「こんなガンプラ見た事無いぞ!! これ、試作品じゃねーの」

 かなり興味深そうに僕の持ってきたガンプラを見た。

「うちの兄ちゃんの図鑑見たら載っているかもしれないから調べてみようぜ」

「そうだな」

「そうしようぜ」

 そう言ってみんな歩き出した。

「何やってんだよ、お前も来いよ」

 振り向いてトモちゃんが僕を呼んだ。

 やった。

 仲間になれた。

 嬉しくなって女の子のいる方向を見たらいつの間にかいなくなっていた。

 あれっ?

 どこ行っちゃったの?

 キョロキョロしてみたがどこにもいなかった。

「おい行くぞ」

 トモちゃんがまた呼んでくれたので僕は走ってついて行った。

 因みに図鑑にも載っていなかった。

 僕はこの日からなぜか図鑑にも無い新型のガンプラを持っている凄い奴という事になって小学校のみんなとお友達になる事ができた。

 遠い日のモビルフォースガンガ〇(ガンプラのパチモノ)の思い出。

 

 

 その次の日から神社の横に行っても女の子はいなかった。

 どうしたんだろう。

 おかしいなぁ。

 そう思いながらも学校が楽しくなった僕は次第と女の子の事を忘れていってしまった。


 

 あれから約30年が過ぎた。

 ガンプラ大好きの僕は小さな保険代理店を経営する普通のおじさんになっていた。

 仕事でたまたま所沢に行った帰り道、立派な建物が目に入って来た。

 それはまるで子どもの頃に僕が好きだったガンダ〇のホワイトベースにも見えた。

 懐かしくなった僕は少し足を伸ばして昔住んでいた所に向かった。



 友達がいない頃、よく1人でいた神社に着いて車を降りる。

 当時は大きく見えたのに今は小さく見えた。

 女の子の事を思い出す。

 あの子の言っていた、変わろうとする事。

 今の僕は出来ているかな。

 そんな事を考えていたら後ろから優しい風が吹いて僕を包んで抜けて行った。

 何気なく神社を見る。

 ああ、そういう事だったのか。

 やけに合点がいって僕は歩き出した。

 空と武蔵野の地は優しい夕日に包まれていた。

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