第七章 最後の最期のナザリベス

第29話 じゃじゃーん!! ナザリベスだよ。

 何処からともなく、女の子の声が聞こえてきた。

 ……我ながら、このパータンはRPG仕込みだと思っている。


「じゃじゃーん!! ナザリベスだよ」


 両手をバンザーイして、7歳の幽霊の女の子――ナザリベス早速の登場である。

「読者の皆さーん! これから始まるナザリベスストーリーが最終章となりまーす! 今まで応援してくれた皆さん……さよならするのは寂しいけれど、ありがとうね♡」

 応援してくれた皆さん、作者からも感謝の気持ちをありがとう。

 ――バンザーイしていた両手を、今度は腰に当ててから、

「今まで、いろんなストーリーがあったよね? 岐阜県は飛騨高山に行ったり、奈良県吉野町にも行ったっけ? ……う~ん、懐かしい思い出の数々」

 飛騨高山では『無銭飲食……』とか言われて、包丁持って追い掛けれらたトケルン。

 吉野町ではゴーレムがビュンビュンで、幼い女の子の命を助けたナザリベス――

「本当に、今までありがとう……。だから、ナザリベスから皆さんへ、感謝の謎々をプレゼントだよ……。じゃあ早速!」


「もんだーい! トケルンとチウネルの恋仲は、最後のサイゴでどーなるでしょうか?」

 作者、これから書くところなのに……、プレッシャーを掛けてくる7歳の幽霊――

「まあ、作者もこれから書くことになるのだから……この最終章を最後まで読めば、自ずと解答は分かるはずだからね……」

 それを書かなければ、作者にあらず――

「じゃ、読者の皆さーん! に、あたしからヒントをあげまーす! ヒントは、『最後まで読んでください』です」

 それを言っちゃあ……ヒントにならんでしょ? ナザリベスよ――

「あたしはウソしかつかなーい!! じゃ……」

 ナザリベスは読者にヒントを残して、スッと消えました……とさ。


 毎度、毎度のやんちゃぶりなナザリベスでしたね。

 それにしても、ウソしかつかなーいって言われても……、それって最終章を読まないでくれという解釈が成立してしまうのだけれど……これでよかったのか? このナザリベスシリーズ??

 否――読んでもらわなければ困ります。

 折角書いた本格的な……最終章の物語なのだから……。


 ですので、最後まで読んでもらえたら幸いな作者なのですよ。




       *




「えー! またエルサスさんの瑞槍邸みずやりていに、私達がお使いに行かなきゃいけないんですか?」

 ……と、大声出したのはチウネル――深田池マリサである。

 ちなみに、エルサスさんとは初回で瑞槍邸にお使いに行った時の主人だ。

 つまりは――ナザリベスの父親である。


「……ってね。トケルン! 私は教授にさ、苦痛感情たっぷりに言ってやったんだ」

「お前さ、落ち着けって。今更さ、言ってもしょうがないだろ? もう着いちゃっているんだから……」

 駅のベンチで胡坐を組み、頬杖ついて……。これもまた叫んだのはトケルン――杉原ムツキだ。

「まあ……トケルンってば、そうなんだけれどね……」

 ガクッと肩の力を落として、渋々呟くチウネルだった。

 その姿のままで、同じく彼女もベンチに腰掛ける。


「いくら……この無人駅に誰も人がいないからって……、そんなに大声出さなくてもいいんじゃね?」

 ふ~っと吐息を漏らして、隣に座った深田池マリサを白々と横目で見た。

「いいじゃない? トケルンさん……ストレス解消なんだから」

「ストレス解消って……そんなの、俺のいないところで叫んでくれよ!」

「何よ! ついさっきもトケルン、私に向かって『落ち着け!』って叫んだばかりじゃないの」

 両腕を胸で組みながら頬を膨らまして、彼をじーっと凝視している深田池マリサ――


 そんな彼女の、ストレス発散のための道具になることを拒否って――杉原ムツキは、


「相変わらず……。ここは平和だな」

 天を見上げて、杉原ムツキが笑顔になる。

「……もう! トケルンってば、私達またあの山奥の瑞槍邸まで、この重い荷物を……」

 足元に置いてあるのは、深田池マリサのリュックである。

 ……なんだかギュウギュウ詰めで、今にもチャックから押し出てきそうな勢いだ。

 まるで家出を計画する年頃の乙女が、旅行鞄に洋服や下着等を押し込めて……、ああ閉まんない。――と深夜ドラマかビデオドラマに出てくるようなワンシーン。

 その彼女のリュックを、これも白々しく横目で確認する杉原ムツキ――

「お前、そのリュックちゃんと自分で背負えよな」

「え~! トケルン背負ってくれないんだ」

「当たり前だ!」

 組んでいた両手を、今度はギュッと祈りポーズで握り締める深田池マリサは、おねだりして自分は楽に行こうという魂胆見え見えのポーズで、

「今回はさ、俺の罰ゲームでもなんでもなくて……ただの付き添いじゃんか」

「……まあ、私のテストの点数が」

「そういうことだろ……。自業自得だぞ」

 再び天を見上げる杉原ムツキ――


 しばらくして、

「お前さ……、なんだかんだ言って教授に好かれてんじゃね?」

 ボソッと流れる雲を一つ一つ、目で追いながら呟いた。

「好かれてる?」

「俺はうとまれているけどな……」

 杉原ムツキは見上げ続けている。

「もう! トケルンってば、それ考えすぎだって言ってるでしょ」

 世話焼きな深田池マリサ、彼が教授からいいように思われていないことを、彼自身が気にしているのも事実だと知っているから。

「大体――トケルンが教授に愛想良くしないからでしょ。それはトケルンが悪いです」

 ギュッと握っていた手を両膝に戻して、

「トケルンもさ、少しは英語を……」

「……俺は英語が苦手だしな」

 雲間に見える高く飛んでいる鳥を、それも目で追う杉原ムツキ――


「って、嫌いなだけでしょ? あんた……。教授だってあんたに英語の面白さを教えたいと、本音では思っていると思うよ」

 ……よっこいしょと。

 深田池マリサの隣に座ってきたのはカナッチ――佐倉川カナンだ。

「嫌いっていうよりか……カナッチよ」

 鳥を追っていた目を、深田池マリサの向こう隣りに腰掛けている佐倉川カナンに変えて。

 これも横目で白々しくだけれど……。今日のトケルンは、ご機嫌斜めなのか?

「あんたはさ、英語が自分の人生に不必要だって思ってるだけでしょ?」

 佐倉川カナンは足を組んでから、両手を膝の上で重ねて――

「……私が自分の人生で必要としている数学も、私がどれだけ面白さを教えても、誰にも正確には理解してくれないように」


「そ、そんなことないよ! カナッチ!!」

 彼女の肩に手を乗せて、深田池マリサは――

「そりゃ……カナッチの数学は私達にとって、とっても難解だから……着いて行けない所もあるけれど……。それでも、凄いよカナッチは――」

「……凄い?」

 自分にとっては当たり前である難解な数学の問題――それを解くこと。

 自分では別に凄いことなんって……思ったことも感じたこともなかった佐倉川カナン。

 今、隣座る深田池マリサからそう言われて、数学では解けない曖昧な解答を聞いたようで困惑したのだった。


「そうよ……、私達が解けない数学の問題をさ、カナッチはあっさりと解けちゃうんだから……。私達にはできないこと、決して辿り着けない境地に立っているカナッチって、やっぱ凄いよ」

 しばらく――佐倉川カナンは彼女の真剣な眼差しを見る。


 数回程……瞬きをするカナッチ。それから、


「……ありがとう。チウネルさん。なんか……、なんか私嬉しくなっちゃった」

 と、佐倉川カナンは頬を赤くしたのであった。

 ……いまいち深田池マリサの感情論が、数学的に理解し難く思っていたのが本音の彼女であったのだけれど。


 まあ、チウネルの言葉はそもそも数学論じゃないから……、いいかって。


「まあ……、俺に解けない事なんて、何も無いけどな!」

 2人がそう話している最中、杉原ムツキはずっと天を見上げていた――

「あー! トケルン!! トケルンでも、数学の謎々は無理でしょ?」

 グイッと身体を前屈みにして、そんでもって天を見上げているその顔を……両手でグイッと正面を向かせ深田池マリサが強引に尋ねる。いえ、彼を正そうと――

「そんなことないって、俺には解けないものなんて……」

「そんなことありますって、トケルン認めなさい」

 グイッは継続中で……、両手で彼の顔を抑えながら深田池マリサが、彼の鼻につく態度に食って掛かった。

「ないってば……。だって、俺だって数学のいくつもの難解な謎々を解いてきた。チウネルも俺とその時一緒にいたじゃないか?」

「ありますって! だったらトケルン? 微分方程式とかなんとか……ノーベル賞級の難解な数論とか、そういう難問を解けるんですか?」


「それは……無理だな」

 あっさりと負けを認める杉原ムツキ。

「ほら~! やっぱりトケルンにも解けない事があるんでしょ?」


「まあ……。トケルンもチウネルも落ち着いて」

 まあまあと……。

 佐倉川カナンが2人の間に割って、落ち着かせようと……。




       *




「まあ……、それはいいとして」

 平和だなという表情を気持ち良く、それを天を見上げて作るトケルン――杉原ムツキ。

「ええ……、それはいいとして」

 同じく深田池マリサも自分の成績の不甲斐なさで、教授から言い付けられたこの“お使い”をしばし忘れようと。

 ――彼と同じく、彼女も天を見上げながら小声になり呟いた。

「いないんだよな……なあ、チウネル」

「ええ……いないよね。トケルン」


 見上げていた顔を下してから、2人同時に『は~』と大きく深呼吸する。

 それから、お互い顔を見合った――


「トケルン……チウネルさん。あの7歳の女の子のこと?」

 辺りをキョロキョロして、佐倉川カナンが2人に問い掛ける。

「何処に行っちゃたんだろうね? トケルン……」

「俺には分かるけどな……」

 この時、なんでも解けるトケルン――杉原ムツキには、本当に分かっていたのである。


 何故なら……、

 かつて滑り台の上で『幽霊画』が風で煽られて、それを逃すまいと体制を崩して、病院に運ばれて――

 そう! 初回の最終場面『地獄編』の会話で、その幽霊――が何を本音と思い極楽へと旅立って……。

 正確には旅立とうと思ったけれど、やっぱし未練なのか?

 この世界へと戻って来た幽霊――


 本音を知ったからこそ、彼には解けるのである――


「うっそだー。じゃ何処なの? トケルンさん」

 佐倉川カナンがひょいと前屈みになり、チウネルの横から興味有り気に尋ねてくる。

「ああ! トケルン!! それくらいなら私にも分かるって」

 勢いよく自信有りと胸に手を当てて、自分にも分かったことに深田池マリサは1人燥はしゃいでいる。

「ナザリベスちゃん! あの八幡様の上の、社の奥にあるお墓場に行ったんでしょ?」

 深田池マリサはそう言うと……すかさず立ち上がり駅から見える小高い丘を指さして。……しかし、

「それは甘いな……チウネルよ」

 ムクっと姿勢を正しくして杉原ムツキは起き上がり、目前に立つ深田池マリサを『この未熟者めが……』という感じで見つめた。


「ええー! 何が??」

 これが正解でしょ! と思ったのも束の間だったね……。


 自分をジト目で見ている彼に顔を下げ、思わず首を大きく傾げた深田池マリサである。

「だって、私達のお使いの目的って……今日が4月4日でナザリベスちゃんの命日だから……。だから、代わりに手を合わせてくれって教授から頼まれて――」

「……まあ、お前の赤点のツケを清算するってのが、本当のお使いの目的だけどな」

 あはは……。この人って自分の成績不振のせいで、俺達が巻き込まれているのに何言ってんだか?

 一筋の汗を流して、悲観論が脳裏をよぎった杉原ムツキだ――


「もう、それ言わないでって!」

 一方、深田池マリサは彼に本当のところを、胸にグサッとくる感じで言われたもんだから、それをかわす余裕を作ることもできず、赤面してしまった。


「……まあ、チウネルさんも一所懸命に勉強した結果の赤点だから……。しょうがないじゃない」

「カナッチって。 それ、フォローになってないぞ」

 ないない……って具合に、右手を左右に振って全否定。

「だってさ、今日が4月4日でナザリベスの命日だから……、あいつがお墓場にいるってのは矛盾じゅん」

「矛盾って? トケルンさん……」

 天才数学少女――佐倉川カナンに対して堂々と矛盾と言い放つ勇気は、ある意味無謀だと思うけれど。

 矛盾の前には論理が付くもので、つまりは論理矛盾。

 ……論理というのは、数学で計算できるものだ。

「……だってさ、自分の死んだ日に自分の墓参りするか?」

 そう言うと、杉原ムツキは両腕を組んで独り納得して頷く。

 よほど、自信たっぷりの解答だったのだろう。


「ああ……、そっか!」

 ポンッと手の平にグーを押したのは深田池マリサ。


「じゃあ、トケルンさん? ナザリベスちゃんは今、何処にいるの?」

 佐倉川カナンが端的に彼に尋ねる。

「そっか……、天才数学少女のカナッチにも分からんか」

「……だって、私はここに来たのが今日が初めてだし。分かる訳ないでしょ」

 ゆっくりと目をつむって、杉原ムツキはじみじみとそう返してきて、対して佐倉川カナンは自分は間違ったことは言ってないという自負を、小さく何度も頷いて確認している。


「まあ……、しゃーないか?」

 と思ったら、すぐに目を開けた。

 ……隣に座る2人をしばらく見つめてから、杉原ムツキはベンチから立ち上がった。

「あいつは……ナザリベス――田中トモミは、今度こそ“お別れ”を言いに来たんだ」

「お別れを……?」

 深田池マリサが聞き返した。

「運命ってのは分からないものだな。今日、こうして命日に教授から手を合わせに行ってくれってのも……運命だと思う」

 うんうん……。杉原ムツキは首を上下に動かす。


 彼が心に思う“運命”とはどういうものなのかは、彼にしか分からないのだろう。

 もしかしたら、ナザリベスと数々の謎々対決をして、闘ったからこそ分かるもの――

 ナザリベスという7歳の幽霊の女の子が心に抱く、わずか7歳の人生という“運命”と、共に過ごしたからこそ分かった――


「どういう……」

 佐倉川カナンには、彼の言葉の意味はよく分からなかった様子で。

 でもこれは、しょうがないのだろう――

 彼女にとっては今回が初の、山口県長門市の山奥にある瑞槍邸だからだ。


「あのさあ……」

 杉原ムツキは2人を見つめて――


「もしもさ……。ナザリベスが……生き返ることができたとしたら。……それって、凄いことなのかな?」





 続く


 この物語は、フィクションです。

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