第28話 「だからな、もっと、もっと誇れ!!」

 ――山沿いに傾いた夕日が近鉄特急を照らしている。かなり眩しい。


「……なんか、奈良県の吉野町からって、これこそ、やっぱ教授のお仕置きだよね?」

 深田池マリサ、ボソッとぶっちゃけた。

「今頃気が付いたか? ……じゃあ、いっそのこと日帰りで帰るか東京へ」

 杉原ムツキが隣に座っている深田池マリサに、横目で言う。

「まあ、私の計算では、東京に午後10時すぎくらいに着くから、問題ないかと?」

 佐倉川カナンは、相変わらずの数学少女ぶりだ。

「いやいや、そんなのスマホの路線を検索すればいいんじゃ」

 杉原ムツキ、深田池マリサに対してネタバレ。


 それを聞いた佐倉川カナン――

「……ふん。まあ、そうですけどね」

 佐倉川カナン、ちょっとムッとしている。

「いやいや、カナッチさん。俺のアドバイスってなんか間違っているかな?」

「いいえ……べつに」

「いやいや、スマホで検索できる路線なんて、マクドナルドのスマホクーポンでもらえる、朝マックのホットコーヒー一杯無料でしょうが!」


 意味が分からんって……


「まあまあ、2人ともケンカしないでちょうだい」

 その2人に、深田池マリサが両者の間に入って諫めた。

「……もうみんな、今日は橿原のホテルで一泊するんだから。これから東京まで帰るのも結構時間かかるんだって」

 深田池マリサにはポッケからスマホを取り出すなり、

「近鉄で橿原神宮前まで行って、そこから天王寺に行くルート、京都に行くルート、大和八木駅から名古屋に行くルート、の3種類があるけれど。正直言って、この夕方の時刻ではどれも。お勧めしないよ……」

 と深田池マリサが言うと。

「どうして、チウネルさん?」

 佐倉川カナンが聞いてきた。


 それを聞くなり、深田池マリサは、

「だってさ、今現在の時刻が午後の6時でしょ? そこから橿原神宮前までたぶん7時くらいで、そこから京都までは8時30分、新大阪までは9時、名古屋までは同じく9時で、そこから東京まで東海道新幹線で2時間30分くらいで……」

 と、スマホを指で触りながら、検索しながら言っている。


「わかったから、もう言うな深田池マリサさん」

 たまらず杉原ムツキ……珍しく深田池マリサのことを、深田池マリサさんと言って返して彼女を諫めた。

「俺達は立派に、教授のお仕置き――お見舞いをミッションインコンプレーティッドしたんだから。頑張ったんだから。今日はもうホテルでゆっくりと休ませてくれ。お前も疲れたんじゃないのか?」

「トケルン……」

 珍しく杉原ムツキから気遣ってくれた深田池マリサ。

 なんだかそれが嬉しくって……胸キュンするまで5秒前、じゃないけれど。


(トケルン……カッコいい…………)


 ――夕日に照らされている杉原ムツキ……であるけれど。

 これを、この男子を素直にカッコいいと言っていいのかどうか?

 深田池マリサ早まるな……。


 杉原ムツキの黄昏カッコつけ? 発言を真に受けたら、君は将来、黄泉の国で後悔することになるぞ。




「…………………」

 一方のナザリベス。さっきからずっと近鉄電車の帰路――来る時見た吉野川を見ている。

「ナザリベスちゃん? ん?」

 深田池マリサ、ナザリベスの窓を見つめる黄昏の姿に気が付いた。

「…………ナザリベス」

 杉原ムツキも、向かいに座っているナザリベスを見つめていた。

「……ん? 何? お兄ちゃん??」

 チラッと。――ナザリベスが杉原ムツキの視線に気が付いた。


 気が付いたけれどね、

「お兄ちゃんの視線って、7歳の女児に向ける視線って、はっきり言ってやばいよ……」

「やばいって……。幽霊という存在はもっとやばいだろ……」



 クスッ……



 ナザリベスが笑った。



 その姿を見た杉原ムツキ、彼こう言った。

「……お前、今、三途の川を思い出しているんだろう」

「あはは! お兄ちゃん、だいせいかーい!!」

 ……と軽快に解答したナザリベスだ。


 杉原ムツキは続けて言う。

「俺が滑り台から落ちて、三途の川でお前と再会して……」

「何が言いたいのかなーーお兄ちゃん??」

 すかさず、ナザリベスがグイっと! ……自分の体験を聞かれたくないという感じでである。


「もう、ナザリベスちゃん……ほらっ!!」

 深田池マリサが心配して……静かにナザリベスの頭を撫でた。

 いつの間にか、ナザリベスのママ役に落ち着きましたね。

 続けて、ナザリベスの隣に座っている佐倉川カナン。

「いい? ナザリベスちゃん。あなたが悩んでもふてくされても……病気ってね」

「自分にしか治せないでしょ……。カナッチお姉ちゃん?」

 ナザリベスは佐倉川カナンを見上げて……。


「……えっ、ええ。そうよ」

 佐倉川カナン、ちょっとびっくり。

 そりゃそうだ。7歳の女の子(幽霊だけど)その女の子から、天才数学少女としていろいろチヤホヤされてきた自分だったけれど、そんな自分の頭を通り越えたこの女の子から、こんな真実を言われたもんだから……。


「あたしだってね幽霊になってから、だいぶね経つから……。いろんな人の死をね、三途の川で見てきたんだよ」

 ナザリベスはそう言った。



 見てきたんだから――



 ミカミちゃん―― あたしの大切なお友達――

 はとこ―― ミカミちゃん――


 あたしはダメだったけれど


 神様―― どうか、どうかミカミちゃんだけはお救いください



 そして、これから―― もっともっと生きていって――



 早く元気になってね。

 あたしはホントのことを言ったんだった。このあたしが幽霊になって……ホントのことを言う日があったなんてね。


 神様って、どうしてこうもあたしに難しい超難問の謎々をくれるかな~って!!




 ――パパとママのあたしへの気持ちが、あれから……だいぶ経ったけれど、なんだか、だんだんとあたしにも分かってきた。

 パパもママも、あたしの回復を本気で願ってくれていたんだってことが。

 ――あたしが、ミカミちゃんの回復を本気で願うように。

 こんな気持ちだったんだね。あたしが病床にいた頃のパパとママって。


 それなのに―― あたしはウソつき幽霊になっちゃった。




 ――今日は橿原の駅前ホテルで一泊だ。

 ここで作者から問題、さて、橿原の駅前ホテルはいくつあるでしょう?




 ――みんな杉原ムツキの部屋に集まって、窓辺のテーブルを囲んで座っている。その席順は特急と同じ、杉原ムツキの左に深田池マリサ。その向かいに佐倉川カナン、その隣には、つまり杉原ムツキの向かいにはナザリベスである。


「それにしても。やっぱ教授って、なんか変だろ?」

 杉原ムツキが腕を組んで、しみじみ思い言う。

「うんうん! 私もなんだか分かってきた!!」

 と、深田池マリサも同じく腕を組んで。

「――やっぱさ、お仕置きなんだってこと。これって……」

 佐倉川カナンも腕を組んで、しみじみ思って言う。


 みーんな、教授を疑った。


「もしかして、……これってある意味、教授の好みかな?」

 杉原ムツキがひとつ、ポンっと平手にグーでハンコを押して、なにか気が付いたみたいだ……。

「好み? それってプレイってやつ」

 佐倉川カナン、プレイ言っちゃった??


「アホか!? 女がプレイ言うな!!!」

 杉原ムツキ……少し恥ずかしんだ。


「トケルン? プレイって」

 深田池マリサも聞いてくる。

「……知らなくていいって。お前は」

 杉原ムツキは……たじたじする。


「あ~ら、やっぱ仲がおよろしいことね!」

 まるで平家物語の公家とか女中のように、佐倉川カナンは袖を口元で隠してほくそ笑んだ……。

(作者、自分で書いていて意味が分かりません……)

 言うならば、シンデレラが意地悪姉妹にネチネチと小突かれて、結局、お部屋の掃除をしなきゃいけなくなった状況と同じかと思います……。


「…………………」

 ナザリベスは、部屋でもだんまりしている。

「……ナザリベスちゃん」

 それを見かねて、また深田池マリサがそっとナザリベスの頭を撫でた。


「……ん?」


 ナザリベスが振り向いた。



 深田池マリサが頭を撫でながら……

「……チウネルには分かるよ。ナザリベスちゃんの思いがね」

「……お姉ちゃん?」

 ナザリベスは深田池マリサを見つめて――


 深田池マリサは、さっと……ナザリベスを胸元まで誘う。

「自分は7歳で死んだけれど――同じ7歳の“はとこ”が今病床にいて――自分が病床の時の姿を……絶対にミカミちゃんに見せたくないって思っているんだよね。だって、ナザリベスちゃんは幽霊になっちゃって、だから、ミカミちゃんにはそうなってほしくないんだよね……」


 いい子、いい子……。

 深田池マリサはナザリベスの頭を撫でている。


「……うん」

 ナザリベスは、静かに頷いた。


「でもね、ナザリベスちゃん……。あなたに言ってもしょうがないんだと思うけれど、病気は自分にしか治せないのよ」

「うん……その通りだよ。お姉ちゃん」

 ナザリベスは頷く。病気のことについては自分が一番、よく分かっているのだから。

「お前、そういうことを言うか?」

 杉原ムツキが話に割って入った。

「もう! トケルンちょっと黙っててくれる!!」



「……」 ← トケルン



 深田池マリサは、ナザリベスの髪を撫でて、

「エルサスさんは……私の思いだけれどね、どうして、ナザリベスちゃんの寝室の天井に左右対称に天体を配置していたんだろって。それはね……。ナザリベスちゃんのお父さんは“いとこ”の本栖湖ミカンさんの……その、生を受けたミカミちゃんとね、ナザリベスちゃんの2人を大切に思って……」

 なんだか、上手く言えない深田池マリサ。


「思って??」

 ナザリベスが深田池マリサの目を見つめる。


「ええ……思って、でもねナザリベスちゃんは病弱で、だからさ……」

「だから お姉ちゃん?」

「だから、天体に天体を左右対称に飾ったんだと……」

 深田池マリサ、自分でも何言っているのか分からない。

 けれど、ナザリベスの気持ちを落ち着かせたい一心で話した。


「何で??」

 ナザリベスが率直に深田池マリサに質問した。

 まるで、ナザリベスの謎々みたいだ――


「あなたのことをね、思って飾ったのよ」

 深田池マリサはナザリベスの頭を、しっかりと撫で続け、

「あなたのパパはね、“はとこ”のミカミちゃんを羨ましいと思っていたんだと思うの」

 ナザリベスを見つめた。


「羨ましい?」

 ナザリベスは、ふいっと撫でられた手を振り払って、深田池マリサを見上げてそう言った。


「ええ、自分の1人娘は病弱で、だからパパはね……いとこの本栖湖ミカンさんの子供を羨ましいと思っていた。五体満足だから。ナザリベスちゃんが亡くなった7歳と同じ7歳の――丁度、あなたが亡くなった年に生まれてきたミカミちゃん。ミカミちゃんを、あなたのパパは、ナザリベスちゃん――あなたの生前の姿に重ねて思っているんだと思うの」



「どういうこと? あたし……」

 深田池マリサを見上げたまま、ナザリベスは尋ねた。

「いい? ナザリベスちゃん」

 すると、深田池マリサは――



 天国に行った自分の一人娘を、いとこの子供に重ねて――



「――それって、少し違うんじゃないか?」

 杉原ムツキは謎を解けないと気が済まない。だから、深田池マリサの『謎解きの解』に敏感に反応した。

「ど……どこが? ねえ? トケルン……」

 深田池マリサは、隣に座っている杉原ムツキに振り向いてすぐに質問した。

 身体を隣の杉原ムツキに向けて、グッと近づけて……である。

「ねえ? どこが??」

「まあ聞け……」

 杉原ムツキが深田池マリサを、ドードーと両手で諫める。


「昔話にこんなのがある。ある時、お爺さんが竹藪に入ったら金色に光る竹があった……」

「……竹取物語?」

 深田池マリサ、成績は並の下であるけれど気が付いた。

「その竹を切って、中に入っていたカグヤを育てて、いろんな婚姻話があって、カグヤは無理難題を言って、言い逃れーー最後に月へと帰って行った。なあ、おかしいと思わないか?」


「何が? トケルン??」

 深田池マリサが聞く。


「――そもそも竹取物語には、カグヤが月へ帰る論理的必然性が見当たらない。どうしてカグヤは月へ帰るのか?」

 杉原ムツキ。

「……そんなの分かんないでしょ? トケルンさん」

 佐倉川カナンが話に入る。

「まあ、そう思うよな? 誰でもさ。でもな、……作者不詳だけれど、俺には作者の気持ちが分かる」

「え? 分かるのトケルン」

「分かるの? トケルンさん」

 深田池マリサと佐倉川カナンが同時に返した。


「ああ……。なあ、チウネル。ホタルブクロを知っているか??」

 ――杉原ムツキは深田池マリサに尋ねた。

「……ホタルブクロって、あの夏に咲く?」

 深田池マリサは想像を記憶を巡らせながら、そう答えた。

「そうだ。ホタルブクロの蛍は、それは綺麗で幻想的だ……」

「うん……。そだよね」

 深田池マリサは深く頷いた。

「そうね……。ホタルブクロの光って、青紫色の花の中にホタルと黄緑色の光のコラボレーションが見事なまでに、綺麗ね。まるで――」

「カナッチ、数学でホタルブクロを例えないように……」

 天井を見つめて思い起こしている佐倉川カナンの、その数学によるたとえ話を杉原ムツキは防いだ。

「まあ、それはいいとして……。俺が言いたいことはな」

 っと一呼吸。杉原ムツキは、


「――ホタルブクロから蛍が飛んでいく。竹からカグヤが月へと帰っていく。いいか! ただ、それだけを昔の人は表現したんだ」

 と言ったのである。


「……ただ、それだけ? それと本栖湖ミカンさんと、どういう関係があるの?」

 佐倉川カナン、すぐに質問をする。

 それに対して杉原ムツキは、

「じゃあ! 天才数学少女のカナッチに教えよう……」

 杉原ムツキは左手の人差し指をピンっと上に向けて、少しエッヘンとご自慢のなんでも解けるという優越感を内心抱きつつ、テーブル向かって左側に座っている佐倉川カナンに、こんなことを言いました。



 それは、幼い頃の近所の親友との青春の思い出とか、夏休みのいとこと遊んだ思い出とか――


 つまり――


 つまり、そういうものだってことだ。



「そういう? まったく答えになってないじゃん」

 佐倉川カナン、数学的疑問をトケルン――杉原ムツキにぶつける。

「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ具体的に教えるぞ!!」

 杉原ムツキは続けて、


 エルサスさんは、いとこの子供のミカミちゃんが。その思いを無意識込めて天体を天井に飾った。

 どうか、我が娘が天国に行ってもという気持ちと―― ミカミちゃんの面影を我が子トモミに重ねて――

 どうかミカミちゃんは、いつまでも健康であってください。という祈りだ……。


 だから、天井の天体にそれを、その思いを願った。


 どうか、この1人だけでおすましくださいと……………



「いいか、ただそれだけを表現したかった……。いとこ同士。幼い頃は夏休みとか、一緒に遊んだんだと思う。喜鏡荘の設計をするくらいなんだからな」

 杉原ムツキはそう言うと、ホテルの部屋に差し込む月明り――窓辺からの月夜を見上げた。


「トケルン……」

 その姿を見る深田池マリサ。

 幼馴染としてずっと杉原ムツキと生きてきたから……彼のそういうファジーな言葉の中かから、彼女は彼が言わんとする気持ちを、

「そうだよね……。仲が良かったんだ。純粋に……というか、自分なりにさりげなくさ、ナザリベスの寝室の天井に左右対称の天体を飾ったんだ」

 なんとなく……という、かなんだかくっきりと理解できたのだった。



 月を見上げる、お爺さんとお婆さんのように……


 ホタルの光は…… いざ さらばってことだ。



「でも、……それってさ? 地球から遠ざかっていくハレーすい星を見送る感じなのかな?」

 佐倉川カナンがここで……でも、これ以上は言わない。これ以上、数学のことをいうような空気じゃないなって。ここは感傷的に……かんしょうてきってどう書けば?? ま、いいか」


(いやいや、あんた三流作家が書かなきゃ……お前、四流作家になっちゃんですけど ← 担当編集)


(担当編集、今日は黙っていてください ← 作者)


「ハレー彗星は、また太陽系に戻ってくるだろ」

「ああ、そうか」

 杉原ムツキの簡潔な解答に、深田池マリサ、うんうんと何度も深く頷いて納得した。



「例えるならば…………………人類の存在証明を記録して太陽系から飛び立った、ヴォイジャー2号だ」


 ――杉原ムツキは姿勢を正して、向かいに座っているナザリベスをしばらくじーっと見た。

「……俺、ナザリベスに言ったっけ? 『生と死は同一 死は生の裏返し』という言葉を??」

 杉原ムツキの話は更に続いた。

「ううん、違うよ。お姉ちゃんが回想で言った言葉でしょ?」

 ナザリベスが首を左右に大きく振って言った。


「そうだったけ?」

 少し目線を上げて、思い出しながら……。

「お兄ちゃん?」

 ナザリベスが首を傾ける。


「まあいいか。つまり、実態と虚像……例えば鏡。鏡に映る自分は左右が対称だ。それに対して、カメラに映っている自分比べると、なんだか見た目が違っていることに気が付く。つまり、鏡に映る自分は自分じゃないけれど自分でもある。他人が見ている自分じゃないけれど、自分でもある」


「……うん。お兄ちゃん」

 コクりと深く頷いたナザリベス。

 7歳の幽霊に理解できるのか? ――と読者は思うだろうけれど、そもそも7歳で難解ななぞなぞを出せること自体が凄いことなのだ。

 だから、ナザリベスには杉原ムツキの言葉の意味、真意が勿論のこと理解できているのである。


「……こういう話がある」

 更に、杉原ムツキは話を続けた。左手の人差し指をピンっと上に向けたままで。

「人の死の定義は曖昧だということだ。――生きている人と死んでいる人の違いは、ほとんど無い。寝たきりの人低体温の人、心不全や脳死の人。人体の骨の機能は肉体を支えること……だとしたら、亡くなって棺桶の中の遺体の骨は、しっかりと肉体を支えていることになる。つまり、生前と何も変わっていないと俺は言おう」



 つまり生と死は同一と言っていい――



「有名人が亡くなっても、動画にたくさんの映像が記録されている。いつでも再生できる。芥川龍之介の小説もネットで検索すればいつでも読める。――要するに死んでいるのだけれど、死んではいない状態が、これからも永遠に続いて行くんだ。だから、何も違いは無い……」

 杉原ムツキは少し間を開けて、ひと呼吸した。


 それから、

「ナザリベス。寝室の天井に飾られていた左右対称の天体――興味深いのが太陽と月の対称性だ」

「どういうこと? お兄ちゃん。あたしの寝室の天井の天体が、どう興味深いの!?」

 ナザリベスが杉原ムツキにズズっと体を寄せながら、更に少し前かがみになって尋ねた。

「これ神話の『天照大御神』と『月夜見』を表しているんだと思う。それも潜在意識――無意識で表したのだろう」



 お釈迦様は生老病死と仰った……


 老子は無為自然と仰った……



「……………」

 ナザリベスは杉原ムツキの顔を見上げたまま、だまって聞いている。

「ホタルブクロに入ったホタル……飛んでいくホタル……生と死は同一。この世の命は意識ではなく無意識――潜在意識で生かされている。それを本質的に理解して表現したのが、ナザリベスの寝室の天井の天体だったのだと、俺は思う。

 宇宙人へ、地球から人類のメッセージを届けようと飛び立ったヴォイジャー2号って、自分の遺伝子――思いや記憶をなんとか伝えて残したいという。遺伝子に内在している本能なのだと思う。決して死ぬことはない。死なせたくない……という潜在意識が求める本能の機能なのだと思う」


「そうかな……? お兄ちゃん。あたしのパパって、そこまで……」

 と言うと、ナザリベスは少し顔を下げたのだった……。


 思うことは――それはね、君だけの心に感じるパパ、そしてママからのメッセージなのだから、君だけが思うだけでいいんだよ。作者はこれ以上……




(――ナザリベスという幽霊は『生と死は同一 死は生の裏返し』このキーワードのシンボルです。そして、作者のナザリベスに込めた青春期の思い出への感謝の思い。作者の個人的な思いですけれど……。だから、最高傑作のキャラクターと言わせてください)





 ♫♪~ ♫♪~  ♫♪~ ♫♪~


 ♫♪~ ♫♪~  ♫♪~ ♫♪~



 ――深田池マリサのスマホに電話が掛かってきた。


 ガチャリ!


「はい………………ああー、どうも! その節は、本当にありがとうございました」


「はい……」

「はいはい……」


「えっ そうなのですか!! ……うわ~!! それは良かったです」

「はいはい。勿論、あの子にもちゃんと伝えますから……」


 それでは……ご連絡ありがとうございました。



 ガチャり。



「ナザリベスちゃん!!」

 と、いきなりだった!!

「み、ミカミちゃんがね」


「な、なに? お姉ちゃん??」

 ナザリベスもびっくり。


「ミカミちゃんが回復したって!! もうね!! 大丈夫なんだから!!!!」

 深田池マリサがすんごくはしゃぎながら、ナザリベスの両肩に手を当てて言う。

「…………………! うん!!!」

 ナザリベス。なんだか急展開のこのハッピーエンドに驚いている。

「ナザリベスちゃん! ミカミちゃんは快方するんだよ!!」

 深田池マリサがさらに興奮しながら言う。



「うん……ミカミちゃん。よかったね…………」



 すぐに、ナザリベスはこう思った――

「あっ……ありがとう。神様……。ミカミちゃんを助けてくれて……本当にありがとう」

 ナザリベスの目から涙が……泣いていた。

 無意識に涙が流れていた。


 自分は幽霊なのに、それでも……涙を流すことができるなんて、ナザリベス自身も気が付かなかった。

 三途の川も見た自分だけれど、それでも精一杯に自分の友達――ミカミちゃんの快方に、神様に感謝をした7歳の幽霊のナザリベスだった――




 あたしは、渾身のウソをついて……良かったんだ。


 本当に、あたしはウソつきで良かったんだ。


 幽霊になって、よかったんだ。 ……神様。


 でも……、本当はね。あたしはホントを言ったんだけれどね。


 それもさ……、ヒミツでいいよね♡







「なあ……ナザリベス」

「何、お兄ちゃん」

「ホタルブクロも、桔梗草も夏くらいに咲いたっけ?」

「? お兄ちゃん??」



 幼い命を救ったナザリベス。

 その両者の花言葉を教えてやろうと思う。



「うん……」

「それはな、ナザリベス……」






 人当たりがいい愛らしさ――






「田中トモミ――ナザリベスよ。お前のことだぞ」

「お兄ちゃん……」


「だからな、もっと、もっと誇れ!!」





 終わり


 この物語はフィクションです。

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