第27話 「えへへ……。あたしね、こんなことできるんだよ」

「ナザリベスちゃん……」

 病床のベッドに座っているミカミちゃんが、隣に立っているナザリベスの顔を見て言った。

「ミカミちゃん……」

 ……ナザリベスがスッと左手を差し出して、その手をミカミちゃんは握った。

「……んへへ。あたし病気なんだ」

 ミカミちゃんは手を握ったナザリベスを見つめて、笑ってくれた。

「……うん」

 ナザリベスは深く頷く。


「なんで、こんな病気になっちゃったんだろうね……」


「…………………」

 ナザリベスは手を握ったまま、無言だった。

「七五三のお宮参りは、なんだったんだろ?」

 ミカミちゃん、手を握ったまま俯き、

「神様の前で手を合わせたのに……それが原因で病気になっちゃった。なんでだろうね……」

 そう……寂しく呟いた。


「…………うん」

 それを、ナザリベスは静かに頷いて聞いていた。



 ――部屋にはナザリベスとミカミちゃんの2人だけ。

 杉原ムツキ達は、ミカミちゃんのママ、本栖湖ミカンと一緒にお茶を飲みに行った。

 ナザリベスは後をついてはいかなかった……。


 何故かというと、ナザリベスとミカミちゃんは“はとこ”同士だから。その思いはミカミちゃんも同じで、お互い親近感を感じたから、お茶よりもお話がしたいと素直に思ったのだった。

「……ねえ? ナザリベスちゃん」

「なに?」

 ミカミちゃんはちょっとだけ強くナザリベスの手をギュッと握る。その感覚を感じて、ナザリベスはミカミちゃんの目を見つめた。

「ナザリベスちゃんも病気だったんでしょ? さっき聞いたけど」

「そうだよ……」

 ナザリベスは少し後ろめたくそう返事した。

「……でも治ったんだ。良かったね。ナザリベスちゃん!!」

 ミカミちゃんは、そう言うと微笑んだ。


「…………うん。あ、ありがとう」


 あたし……またウソをついちゃった。


 あたしは、本当は治らなかった。自分は7歳で死んだ。

 それがきっかけで、両親は離婚してしまって、墓石には佐倉家と母方の田中家の両方が刻まれている。


 言えない。言いたくなかった。


 あたしが実は幽霊だなんて言っちゃったら……ミカミちゃんは、健康に戻れなくなるんじゃないかって、あたしはその時に、はっきりとそう思ったから。




 おもちゃの―― おもちゃの――


 チャチャチャ――


 ゴーレムちゃん ゴーレムちゃん……



「午後6時00分――ご臨終です」

 あたしが死んだ時刻だ。



 4月4日――その日は奇遇にも、あたしの7歳の誕生日。誕生日に、あたしは幽霊になっちゃった。



 パパとママは、ずっと病弱のあたしを見守ってくれた。

 くれたけれど……。あたしが亡くなってから。パパとママは離婚してしまって。


 あたしはその日から、その原因が、あたしが病弱だったからって思ってきて……



「…………うん。あ、ありがとう」

 一見、普通のお返しの言葉。

 しかし、ナザリベスはこの時、本気のウソをついたのである。


 ――よく人は友達にウソをつくことはいけないと、学校の先生から、あるいは両親から教えられる。

 けれど、ミカミちゃんに対してナザリベスが「あたしは幽霊になっちゃった……」なんて、本当のことを言うことで、それがミカミちゃんの病状に悪影響を与えてしまう可能性は高い。


 ナザリベスの口癖『あたしはウソしかつかなーい!!』という言葉には、深い意味がある。


 初回でチウネル――深田池マリサはナザリベスのことを『生まれてきたことへの罪悪感』と評した。ナザリベスの生い立ち、わずか7歳の人生で感じたエピソードの数々を、今ここで記述することはやめよう。

 そんなことよりも、自分はウソしかつかないと言い続けるナザリベスの気持ち……その裏返しにある謎々を出し続けて楽しむ、7歳の幽霊の女の子という存在。


 不条理や理不尽や誹謗や差別を受けた者だけが知る――言葉の可能性


 命懸けのウソを――あたしは、これを今でも正しいウソと信じてる。

 ミカミちゃんを死なせたくない―― 本当にそう思うから――



 ――ミカミちゃんの部屋、とても静かである。

 ナザリベスとミカミちゃんは、“はとこ”というキーワードでお互いテンション高めになっちゃったけれど、それもしばらくしてから、ミカミちゃんが自分の病気のことで困惑していることをナザリベスも理解して、会話は途絶えてしまった。


 すると……、

「あたし、どうなっちゃうんだろうね?」

 病床のミカミちゃん。ナザリベスの手を握りながら問い掛けた。

 ナザリベスは……


「んもーー!! 治るって、絶対にね! 絶対にね!! 絶対にね!!! 絶対にね!!!!」


 ナザリベス、ミカミちゃんの手をギュッと強く握り返して彼女を励ました。

 必死になって励ました。

 ナザリベスは、それしか言えなかった。それを言うしかなかった。治って欲しい……



 はとこ――



 お友達としても……なんとか、ミカミちゃんだけは死なせたくない。


 今日も、新型肺炎で亡くなっていく人々がいる――

 幼い子供達―― まともに医療も受けられない発展途上国の子供達――

 世界では、今日も忙しなく消毒作業が続いている――

 今まで、消毒なんて考えてもこなかった人々が、必死になって生き延びる術を考えている。

 そんな中で――


 幼くして思い病にかかってしまって、その治療のために渡米のために、

 何億という寄付金を集めるために、我が子の生存のために、

 駅前でひたすら頭を下げている両親がいる――


 助けられる命と、そうでない命があるのであるならば、

 神様はどうして、私達人間を、こんなにも不条理に理不尽に作ったのですか?


 医療従事者に対する偏見、差別、

 自分は病気になりたくないという気持ちから――誰だってそうである。

 バスに乗るな! 電車に乗るな! こっちにくるな!


 ――赤十字は闘う姿勢を見せる。



 私達の生存は、いったいどれだけ多くの協力と友情と愛情で保障されているのでしょうか?

 助からなかった命は数十万人です。作者の思いと願いが、どうか伝わりますように――





「……んへへ。ナザリベスちゃん、ありがとうね。あたし頑張って病気を治すからね」

 手は握ったままである。


 ――その握られた手をナザリベスは見つめた。

 何を思ったのだろう?

 

 本当は幽霊なんだけど――それを言いたくない。言ってしまうと、ミカンちゃんも自分と同じように幽霊になっちゃうんじゃないかと、ナザリベスには、その強迫観念が心にあった。

 幽霊になってパパの近くにいても、パパは気が付いてくれないし……。

 パパは、あたしの遺影に向かって、黙って沈黙し続けて、あたしはそのパパの姿を横で静かに見つめて……。


 幽霊になっても、いいことなんて、ほとんどないから。

 だから、ミカミちゃんには生きてほしい。7歳で幽霊になっても、面白いことなんてほとんどないのだから、病気が治ってほしかった。


 生きていれば、いろんなことがあるけれど…… たぶん。

 あたしは7歳で死んだから、言える立場じゃないけれど。


 でも!



「……ミカミちゃん」

 今度はナザリベスがミカミちゃんの手を、両手でギュッと強く握り返した。

「あたしからね、謎々を出してあげる!!」

 ナザリベスにとって、この謎々は『親友』へのプレゼントだ。


「謎々?」

 ミカミちゃんは思った。

「うん! 玄関でミカミちゃんから受けた、謎々のお返しだよ」

 ナザリベスは微笑んだ。

「お返し――うん! なんか面白そう!!」

 ミカミちゃんが笑った。はとこ同士……とても似ている。


「じゃあ、謎々行くよー!!」

 ナザリベスは自分の両手を、今度は自分の腰に当てた。そして――



 むかーし むかし おじいさんは山へ芝刈りに

 おばあさんは川へ洗濯に行きました

 おばあさんが川で洗濯をしていると 川上から



 どんぶらりん…… どんぶらりん……



「さ~て! 何が流れて来たでしょう?」

 これが、ナザリベスの謎々だ。

「……んへへ! そんなの簡単。大きな桃でしょ!!」

 ミカミちゃんが、とびっきりの笑顔で解答する。けれど……

「そうだけどね……。そしたら、お婆さんがその大きな桃を、よっこいせと取り上げて、家まで持って帰ったんだよ」


「えー、まだ続きがあるの?」


 深田池マリサみたいなツッコミである。当然そうなる。

「うん。お爺さんも家に帰って来て、大きな桃を見て驚いた。そして、その桃を食べようってお爺さんが言って、お婆さんは鉈で、その桃を2つに切り分けました」

 ナザリベスは淡々と謎々の続きを言った。

「さーて、中には何かな?」

 ナザリベスは目一杯の笑顔で、ミカミちゃんに謎々をしている。


(この謎々のやり取りの瞬間が――ナザリベスにとって幸せなんだ。生きて、幸せになりたかったナザリベスなのだから)



「……桃太郎でしょ?」

「違うんだな! これが!!」

 本当に、ナザリベスの謎々はいつも難解である。


「ええー! 何でーー??」

 ミカミちゃん、まったくのお手上げ状態だ。

「何でもだよ……」

 ナザリベスは嬉しそうだった。

「じゃあ! ミカミちゃんにヒントを2つ出してあげる!!」

「ヒント! うん。ありがとう」

 ミカミちゃん、とびっきり笑顔になった。


「ヒント1 胎児だよ」

 人差し指で1を作るナザリベス。

「たいじ……?」

「そだよ!」


「たいじ…………う~ん」

 ミカミちゃん、首をゆっくりと左右にゆらしてシンキングする。


「……ヒント2はね」

 中指で2を作る。つまり、ピースサインを作った。



 おもちゃの笛で おもちゃの笛で


 みんな すやすや眠るころ~



「……だよ。ミカミちゃん」

 優しく、[おもちゃのチャチャチャ]の替え歌を唄ったのでした。


「……うーん。……分かんないや。分かんない!」

 ミカミちゃん降参だ。

「それってミカミちゃん! ファイナルアンサー??」

 ナザリベスが聞く。


 すると、ミカミちゃん。

「……うん。分かんないから……ファイナル……ア……」





 その時――





「ゴーレム!!」

 


「――中にはさ、ゴーレムの人形が入っていたんだろ。ちなみにヒント2は[ドラクエ1]のゴーレムだ! ナザリベス、お前って、ヒント2の方が分かりにくいだろ!?」

 杉原ムツキが登場! 彼はミカミちゃんの病室の入り口に立っていて、そう堂々と言った。

「お……お兄ちゃん? どうしてここに??」

 ナザリベスは杉原ムツキの声に驚き、振り返って、杉原ムツキにそう叫んだ!


 杉原ムツキは、一つと大きく深呼吸をして、

「みんなダイニングにいるのに、お前だけ来てないから、俺がこうして呼びに来たんだ……」

 彼には珍しくニコッと微笑みを見せて、ナザリベスに言ったのだった。


 一瞬、病室に沈黙が続いてから、

「ゴーレム……。お、お兄ちゃん! 正解だよ!! さっすが~お兄ちゃん!!!!」

 ナザリベスは満面の笑みを浮かべて、キャッキャと飛び跳ねた。

(こらこら、ここは病室なんだからね……)


「正解なの? ナザリベスちゃん??」

 なんだか、よく分からないミカミちゃん。

 ナザリベスの袖を引っ張って、尋ねた。

「うん! 正解だよ。ミカミちゃん!!」

 ナザリベスは自分の笑みを、ミカミちゃんに見せてそう応えた。


 ――杉原ムツキ。フッと口元を緩ませる。

 見つめる先には、いつもの元気闊達なナザリベスの姿、そして、なんだかよく分からないけれど、ナザリベスが嬉しそうだから自分も喜んじゃあおう! 的なミカミちゃんの笑顔があった。

「ほら! ナザリベス元気出せ!! お前が元気出さないとミカミちゃんも元気にならないぞ。だから、ほら、これ!!」

 と言うなり、杉原ムツキがポッケの中か取り出したのは――



 ♡の5



 の、トランプカードだった……。


「ああ!! お兄ちゃん。まだ、それ持ってたの?」

「ああ……持ってたぞ」

 この辺りの詳しいことは、初回のラストの辺りを読んで参考にしてください。



 ♡の5とは『e』である。



「これで、そのゴーレムに命を与えることができる……。そうしたいんだろ? ナザリベス」

 杉原ムツキは腕を組んで、

「そして、いつでもゴーレムが動くようにしたいんだろ。ミカミちゃんの回復のために。そうしたいんだろ?」

 ナザリベスを見つめて言った。

「……うん!! そうだよ!!! お兄ちゃん。だいせいかーい!!」

 ナザリベスは少し……涙腺が緩んでいるのか? ちょっとウルウル……している。



 ――ほんと、杉原ムツキはなんでも解けるんだね。



「はははっ! すごーい。おもしろーい!!」

 ミカミちゃん、ベッドの上でぎゃははって笑ったのだった!!

「たのしいー!! ありがとうね、ナザリベスちゃん。あたしのためになぞなぞだしてくれて!!」

 ミカミちゃん、再びナザリベスの両手をギュッと強く握った。

「うん!! あたしこそ、ミカミちゃんに出逢えて幸せなんだからね!!」

 もちろんナザリベスも、ギュッとしっかりとミカミちゃんの手を握り返した。


「うん! ナザリベスちゃん」

「うん!! ミカミちゃん」


 ナザリベスとミカミちゃんは、お互いの顔を見合って、そして笑顔になった。



 ――お兄ちゃん。ありがとう





 ナザリベスは、そのトランプカード『♡5』を、ミカミちゃん隣に置いてあるゴーレムの人形額に当てた。

「ナザリベスちゃん?」

「まあ、見てて……ミカミちゃん!」

 ナザリベスは、ゴーレムに向かって両手を当てる。




 ▽+△




 ナザリベスは呪文を唱え始めた……。


「ナザリベスちゃん?」

「えへへ……。あたしね、こんなことできるんだよ」

 呪文を唱えながら、ナザリベスはミカミちゃんを見た。

「…………へえ。こんなことできるんだ。すごーい!!」

 ミカミちゃんは、ナザリベスの魔法をあっさりと受け止めてくれた。


「…………………」

 ナザリベスは……それだけでも嬉しかった。

 自分は幽霊で、こんな呪文も唱えることができるのだけれど、こんな自分を、ミカミちゃんは受け入れてくれているんだってことをである。


 しばらくして……





 ゴーレムが動く……


 それは、まるでおもちゃのように、ミカミちゃんのベッドの上を、威勢良く、飛び跳ねる。




 ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~

 ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~




 おもちゃの―― おもちゃの――


 チャチャチャ――




 ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~

  ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~




「あははっ! うわ~ゴーレムちゃん、動いてる」

 ミカミちゃんがベッドの上で、ゴーレムちゃんが動き回っている姿を見つめてはしゃいだ。




 ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~


 ♫♪ ♫♪ ♫♪♪ ♪~



「早く元気になってね、ミカミちゃん!!」

 ナザリベスは……そう言った。それは、ナザリベスのウソのないだった。

「うん! ありがとうナザリベスちゃん!! あたし、うれしいよ。うれしいよ♡♡」

 ミカミちゃんは、それからずっと、ずっと、はしゃいでいた――



 まるで、おもちゃ箱から飛び出した、おもちゃ達のように、いつまでも――





 続く


 この物語はフィクションです。また、[ ]の内容は引用です。

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