第26話 「だから!! あたしを食うなーーーーーーーー!!!!」


 ガチャ……


 玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ミカミ……? お客さん??」

 女性の声が聞こえた。並べそろえてある靴を、一通り見つめている。

「あっ! ママが帰ってきた。そうだよ!! ママ!!」

 ミカミちゃんが大きく返事をした。


 どうやら、その女性はミカミちゃんのママである。


「ああ~。そういえば、教授の教え子達が……もう来たのね」

 と、また、玄関から大きな声が聞こえてきた。

 ミカミちゃんのママは、うんうんと頷き、靴を脱いでスリッパに履き替えた。



 スタスタ……



 スタスタ…………



 スリッパを擦りながら、廊下をこちらへと歩いてくる音が聞こえてくる。そして、

「……あらら? こんなにも大勢だなんて!」

 ミカミちゃんの部屋の入口で、杉原ムツキ一同を見渡して、少し背を反らしながら驚いた。

「東京から、はるばると――遠かったでしょう。私、てっきり、夕方くらいに来るかなと思って、すっかり買い物に時間掛けちゃって……」

 ミカミちゃんのママ、両手にスーパーかどこらの買い物の後なのか、袋を抱えながらそう言った。


「は……はい。あ…………いえいえっ」

 首を左右にフリフリの深田池マリサ。なんか、もじもじしている……。

「……なんか、ちょっと早く来過ぎちゃいましたかと……ご迷惑でしたでしょうか?」

 冷や汗ものの深田池マリサ。

 自分達が先に家に上がっているこの状況を、弁解できる訳もなく。今更ながら失礼だったのではと感じたのだった。

 ……ああ、なんだか自分って、このシリーズでこういう損な役回りしかないよね? と思った。


(そりゃ、もとはといえば、お前の成績不振と赤点が出発点なんだから……)


 ↑


 トケルン



「いいえ……そんなことありませんよ!」

 あははっ、あははってな具合で笑って言ってくれたミカミちゃんのママ――


「改めて――私達、教授のお使いで参りました。深田池です」

 続いて、杉原ムツキ一同が一通りの自己紹介を済ませて、みんな一礼した。

「ああ! うん!! 伺っていますよ~」

 ミカミちゃんのママは、みんなの顔をゆっくりとじ~と見つめて、明るく言ってくれた。


「ママ……。あたしが入れたの」

 ミカミちゃん。ママのブラウスの袖をツツンと引っ張りながら言う。

「そうなんだ……。ミカミ」

 ミカミちゃんのママは、ミカミちゃんの頭を撫でて優しく話す。


「すみません……。なんか成り行きっていうか、勝手にお邪魔してしまって……」

 杉原ムツキがペコり……。

 それを見たミカミちゃんのママ、

「いえいえ……。まあ、吉野町は田舎だからね。鹿も狸も、たまに開いた窓から入って来るくらいですし……」

 と冗談で返した。


「あの……本栖湖ミカンさんですよね?」

 深田池マリサ、恐るおそる尋ねた。そんなに緊張しなくても……。

「はい、そうですよ!」

 彼女の顔をしっかりと見つめて、本栖湖ミカンが大きく頷いた。

「その……この度、教授からのお仕置き……違う!(自分で自分をツッコむ)お使いで、私達がミカンちゃんのお見舞いに来ました」

 深田池マリサもペコりした。

 彼よりも、ちょっとだけ深く……初詣の時の二礼二柏一礼くらい。


「ああ……。そうですか。教授も…………懐かしいですね」

 本栖湖ミカンさんの目が、どこか遠くを見つめている。

「……教授をご存知で?」

 深田池マリサが尋ねた。

「ええ、勿論!」

 本栖湖ミカンさんが、ふっ! と口元を緩めて笑った。

「私は教授のラボの助手をしていましたからね。……そうですか、ミカミの誕生日を覚えていてくれていたんですね」


「あの? ちょっと……」

 ――ここで杉原ムツキ。空気も読まずに。

「山口県の瑞槍邸のご主人とは、どういうご関係で? この家も、その人が設計したと……」

 君は有名人の不倫を追いかけるワイドショーか!?


「ちょっと! トケルンさん。あんたバカか?? いきなり、そんなこと聞くのって失礼でしょ!」

 深田池マリサが杉原ムツキのおもむろ発言に一層緊張してしまい、彼女顔を赤らめて……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。

 大企業の役員勢揃いの謝罪会見に負けず劣らずの平謝りを――


 そしたら、

「あの、チウネルさん? 今更さあ~家に入らせてもらって『失礼でしょっ』って……。あの、俺達始めから失礼無礼の立場なんだからさ……」

 杉原ムツキは空気をまったく読まなかった。まあ元来、そういう男ですから。

「…………」

 深田池マリサ、少し考える……。


「……そう…………だよね? 私達って厚かましいよね」

 なんか納得した深田池マリサ。



 !?



 ……と思ったら。しかーしだった!!


「いやいや、トケルン!? その開き直りこそが失礼でしょ?」

 グイっと迫り、杉原ムツキの目を見つめ、真剣に物申した深田池マリサ!

「……お前、近いって! 少し離れろ…………」

 一方、そうか~? な感じで、お前いつも頑張りすぎなんだよ! ってな具合で、しら~とした視線で見つめ体を反らし、視線を横へと反らした杉原ムツキである。


 その両者を互い見て――


「ははっ! ははっ! はははっ!!」

 本栖湖ミカンさんが大笑いしちゃった。

「まったく……。教授から伺った通り、元気活発な教え子ですね。ははっ! はははっ!! ――ええ! 山口県のあの方と私本栖湖とは、“いとこ”ですよ」



「いとこ?」 ← ナザリベス



 本栖湖ミカンは、ナザリベスが自分の言葉に反応したことに気が付いて、両膝を曲げてナザリベスを見つめて、

「ええ、お嬢ちゃん。あの方は私のいとこなのよ」

 と、ニコりと笑った。


「……パパと?」


「パパ?」

 本栖湖ミカン、今度はナザリベスの『パパ』という言葉に反応した。

 すかさずナザリベスは――

「瑞槍邸のパパの子供が、あたしだよ!!」


「パパの子供……?」

 本栖湖ミカン、しばしのシンキングタイム。


「……そう言えば、佐倉兄さんには女の子がいたかな??」

 本栖湖ミカンが両腕を組んで、昔の思い出を思い出そうとしている。

「今年で何歳になるんだっけ? 確か……ミカミより少し年上だったはず……だったっけ?」

 右に首を傾け、左に首を傾け……。本栖湖ミカンさんは思い出を探している。


「ううん……。あたしは7歳だよ!!」

 ナザリベスが首を左右に振って否定して、そう言った。


「そう7歳か。じゃあ一緒なんだ。ミカミと……そっか…………」

 本栖湖ミカンが、なんとかいとこの兄さん、エルサスさんとの思い出を頭の中で探し続けて……。

「…………でも、確か、だいぶ幼い頃に病気で亡くなったって?」

 思い出したのは、その女の子――つまりナザリベスが、病気で亡くなったということを、いとこの兄さんから聞いたことだった。



 それを聞くなり、ナザリベスは――



「……ううんっ!! それも違うよ!!! あれから回復したんだ!! あたしっ!!!!」

 ナザリベスは、少し焦りながら――


 すると、

「ナザリベス……お前!?」

 杉原ムツキがびっくりしたのであった。


 彼がびっくりした理由――ナザリベスは7年前に7歳で病気で亡くなったことを、ナザリベス自身が正直に言わなかったことだった。




 あたしは、目一杯のウソをつきました。


 ほんとバレバレ……バレてもいいかなって。


 なんか…… ウソをつかなきゃいけないような気がしたから。




「……そっか。そうなんだ」

 けれど、本栖湖ミカンさんは納得してくれた。

 彼女には…………どうやらバレなかったようだ(よかったね……)。

「じゃあ!! あなたが佐倉トモミちゃんなのかな?」

 両膝に両手を当てて、屈みながらナザリベスにそう尋ねる。


「うん!! そだよ♡」

 ナザリベスは目一杯の笑顔で返事をした――同時にウソをついた。

 どういうウソか? それは、



 自分は幽霊であること、佐倉トモミではなく『田中トモミ』であること、両親は離婚したこと……などなどをである。

 そう、全部ウソ―― でも、それがナザリベスらしいのだ。 

 なぜなら、【ナザリベスはウソしかつかなーい!!】からである。


「……そっか。そうなんだ」

 ひとつ、大きく頷いて、

「まあ、せっかくお見舞いに来てくれたんだから……。どうぞ、こちらのリビングでくつろいでください」

 本栖湖ミカンは両膝に両手を当てていた姿勢から、むくっと起き上がってそう言った。


「……は、はい。お言葉に甘えて」


 深田池マリサが即答した。

 だって、よく考えてみたら、病室でこんなに騒いでしまっては、ミカミちゃんの回復が遅れてしまう……。そう思ったからだ。

 お見舞いに来て、ミカミちゃんの病状が悪化してしまったら、これ本末転倒である……。


「ほっ……ほら! トケルンもね」

 深田池マリサが、杉原ムツキのTシャツの裾をグイグイと引っ張って合図する。

「……ああ、そうだな。分かった」

 横目で深田池マリサを見た杉原ムツキ、瞬間、彼は空気を読んで深田池マリサの意図を理解した。

(さすが、なんでも解けるトケルンである)


「みなさん、お茶もご用意しますので……」

 本栖湖ミカンは軽快なニコりとした表情で、みんなに言った。

「ああっ……。ありがとうございます。ところで、お茶菓子はミカンですか?」

 杉原ムツキが尋ねた(やっぱ、あんた空気読んでねぇ……)。

「……んもう! トケルンってば!!」

 深田池マリサが慌てて、

「私達はお客なんだから、お茶菓子にミカンですか? とか、橿原名産の埴輪饅頭のミカン味とか、明日香村名産のイチゴとミカンのフルーティーアイスとか……。そんな厚かましいこと尋ねちゃダメだって!」

 と、杉原ムツキの耳元で言う。


(でもね……チウネルさん。みんなに聞こえているよ)


「そうよ、トケルンさん。だいたいミカンはお茶菓子じゃないでしょ? まあ、ミカン風味の和菓子はいくつかあるけれど。いくらなんでもミカンですかって? それ果実じゃんって!?」

 ほら聞こえていた。佐倉川カナンが至極当然の解答を杉原ムツキに言った。


「俺、ミカン食いたい……そう思っただけだけど?」

 杉原ムツキがぶっちゃけ、お茶菓子というよりビタミンCたっぷりの果実を食べて、ついでにビタミンBが豊富なニンニクとシジミを取って、疲労回復したいな~って――

「別にさ、お茶と一緒にミカンを食べたらいけないことはないだろ?」


「いやいや、トケルン。お茶とミカンってアカンやん」

 深田池マリサが、ないないと右手を大きく横に振りながら応えた。

「いやいや! それこそこの前の飛騨高山の天野さんの時の『宇治金時』の上に乗っていなかったミカンはさ、どーなるんだって」

 杉原ムツキ、なんかムキになっている。

「宇治茶とミカンが合うっていう、合理的状況証拠じゃんか!」

 両手をグーにして猛抗議……。


「いやいや……、トケルンさん。宇治金時の上に乗っていなかったのは…………なんだっけ?」

 天才数学少女――佐倉川カナン、数学以外の記憶はあいまいな様子である。


「……だから、ミカンだって」杉原ムツキ。

「もう! 宇治金時の上に乗っかっているのがミカンでも、ハッサクでも、ダイダイでもなんでもいいじゃない」深田池マリサ。

「いやいや、宇治金時の上に乗っかっているのがハッサクって。アカンやろ」杉原ムツキ。

「ミカンだって、アカンくない? トケルン??」深田池マリサ


「俺はミカンが食いたいって、チウネルって」

「いやいや、ミカンを食うなって、トケルン」


「ミカン食いたい」

「ミカン食うな」


「食いたい! 食いたい! 食いたい!!」


「食うな! 食うな! 食うな! 」




「だから!! あたしを食うなーーーーーーーー!!!!」




「 なんだ? 」    ←  トケルン……

「 いまの? 」    ←  チウネル……

「 あたしを? 」   ←  ナザリベス……

「 くうなって? 」  ←  カナッチ……




「はあ……………、はあ……………、はあ……………」

 一瞬の絶叫の後の沈黙、本栖湖ミカンが肩を切って深呼吸している。


 本栖湖ミカンが絶叫して、杉原ムツキ一同、あっ気に取られてしまった。

 い、いったい。何が起こったんだ??



「……あの心配しなくていいですからね」

 ミカミちゃん、病床からみんなに、

「これママの条件反射ですから。本栖湖ミカンの拒絶反応なんです」

 と、頬に冷や汗を一筋流して、杉原ムツキ一同に弁解したのでした。


(ですって、読者よ………)


「あはは……。そ-なんですか…………」

 杉原ムツキは頬を触ってそう言う。あ~びっくりだった。

 けれど、とりあえず身勝手だけれど納得することにした。


 スタスタと……杉原ムツキと深田池マリサと佐倉川カナンは本栖湖ミカンの後に続いて、ミカミちゃんの部屋を出て行ったのである。



 ――けれど、ナザリベスは、そうじゃなかった。


「ナザリベスちゃん……」

 ミカミちゃんは、かぼそい声で言った。

 鼻には酸素ボンベからのチューブが繋がっている。新型肺炎で継承とはいえども、肺が炎症をおこしているのだから、そりゃ喋り辛いのであった。


 でも、ミカンちゃん。


「――あたし達って」

「――あたし達って」


「“はとこ”なんだね!!!!」 ← ナザリベス ミカミちゃん


 2人は同時に、その同じキーワード“はとこ”をいうなり、お互いを見つめてクスッと笑いました。

 ここで解説。“はとこ”というのは、“いとこ”の子供同士のことです。


「ナザリベスちゃんのパパと、あたしのママっていとこだったんだね」

「うん! そうなんだね。すんごい偶然だね」

「運命だね……。こうしてさ、ナザリベスちゃんとミカミが出逢えたこと」

「うん!!」


 ナザリベスとミカミちゃんは、お互いを見つめてニコニコとクスクスと、なんだかとても嬉しそうに会話を続けた。


「ミカミは7歳だよ」

「ナザリベスも7歳だよ」――幽霊だけどね。

 ナザリベスとミカミちゃん、またクスッと笑いました。


「こういうのをシンメトリーって言うのかな?」

「シンメトリー?」

「うん! 左右対称のことだよ。はとこで7歳だもん。あたし達ってシンメトリーなんだよ」


「……うん。そうだよね。うん! シンメトリーなんだ!! あたしたち!!!!」



 ナザリベスは思った。それに『病床』というキーワードも含めてシンメトリーだということをである。

 でも……ミカミちゃんは幽霊になってほしくない。それだけは、シンメトリーになってほしくない。

 ナザリベスが幽霊になって7年―― ミカミちゃんにできることは何なのか……


 最大の試練が始まる。





 続く


 この物語はフィクションです。

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