第24話 「はじめまして。本栖湖ミカンの娘の、本栖湖ミカミです」

 「いいよー。あたし答えるーー」

 ナザリベスは嬉しそうだ。

 謎々と言えばナザリベス。謎々と聞けばナザリベス。

 ナザリベスと謎々は、切っても切れない深い縁があるのだから――

「……ちょっと、ナザリベスちゃん!」

 深田池マリサは状況がイマイチ理解できない。

「俺もいいぞ!」

 杉原ムツキは簡単に状況を把握できたみたいで、そりゃIQ高いし……。潔く承諾する。

「んもう! トケルンってば!!」

 深田池マリサは前屈みにナザリベスに話していた姿勢を、姿勢はそのままで、振り向きざま今度は杉原ムツキに向けて、そうツッコんだ。

 器用ですね……腰痛になりませんように。


 でも、なんで杉原ムツキって男は、こうもぶっきらぼうなんだ……。

 まあ、ナザリベスシリーズで謎々を解けるのはこいつだけだし、主人公でもありますから大目に見てあげてくださいなと、作者は言い訳させてもらいます。


「……私も答えてあげる」

 佐倉川カナンもあっけらかんに、そう快諾した。

「カナッチまで……もう」

 ガクッと肩の力が抜けてしまい、首を下げた深田池マリサである。

 そこへ佐倉川カナンが――

「いいじゃない! 面白そうじゃん!! どうせさ子供が出す謎々なんだから、大した事ないって」


 ふー ふー ふ――


 ネコ型ロボットの不敵な笑み?

「ナザリベスシリーズでね、謎々を甘く見たらダメだよ……カナッチお姉ちゃん?」

 いやいや、その笑みは、勿論、当シリーズのヒロイン(チウネルじゃなくって?)、ナザリベスである。

「お姉ちゃんにはさ、よく分からないだろうけれど、このシリーズ謎々が、プロットそのものといっても過言はないんだよ。だから、謎々は大切な物語のキーワードが入っているんだから。ちゃんと覚えておかないと……だよ」

 ナザリベス……いきなり解説者? まあ、それはひとまず……


「じゃあ、もんだーいです!!」


 その女の子は、インターフォン越しに軽快に謎々を出してきた。

 それが――


「鏡よ鏡よ、鏡さん―― 世界で一番可愛い、私の誕生日はいつでしょう?」

 これが、その女の子からの謎々だった。

「……え! そんなの分かんないって!?」

 深田池マリサのお約束も出ました!

「さあ! 早く答えてください……」


 ――しかし


「6月22日だろ」

 杉原ムツキはあっさりと答えたのでした。

「………………」

 インターフォンの女の子は、絶句している。

 しばらく沈黙してから、

「どうして、お兄ちゃん?」

 その理由を杉原ムツキに尋ねてきた。

「簡単だ……。この家は喜鏡荘というらしいから、――つまり、桔梗草の誕生花の日付が答えなんだろ?」

 杉原ムツキは、あっさりとそう解答した。

 本当に君はなんでも知っているね。桔梗草の誕生花の日付まで……。

「そうなのトケルン?」

 深田池マリサが尋ねた。


「ふー ふー ふふー 半分は、せいかーい」

 インターフォンの女の子がクスクスと笑った。もはやネコ型ロボットじゃなっくって、化け猫じゃね。

 そして、更にその女の子の謎々は続いた。

「私はソロバンで、ずーと誕生日まで勉強していたんだ……。それに画用紙に絵も描いたりして、お絵描きのお勉強も……。さあ? ここはどこでしょうか?」


「UFOの中だ」


 これも、あっさりと解答した杉原ムツキである。


「…………」

 インターフォンの向こうの女の子は絶句。

「……あのトケルンさん。 私は、チンプンカンプンなんだけれど、どゆこと??」

 深田池マリサが、杉原ムツキの肩をちょんちょんとつついて質問した。

「お前、ソロバンの誕生日……っていうか、記念日を知っているか?」

「……知らない」

 やっぱし。――それでも並みの下でも、卵とみそ汁つけりゃおいしいからね。

(それ、作者のド貧乏な東京時代の吉牛秘話じゃん!)

「……だろうな。8月8日、パチパチの日だ。これ有名だぞ」

「そうなの? トケルン……私?? ねえ? パチパチって??」

 深田池マリサは、なんだか頭の中がピヨピヨってしてきた。


「いいから、22日から8+8を引いてみろ」

「……6だよ」


「……つまりさ、6月6日がUFOの日だ!!」

 したり顔! 決まった……と内心思っている杉原ムツキ。

 うわー俺ってスゲー。俺って男は、どこまでも謎が解けるんだーっていう優越感。

 はっきり言って、ナルシシズムの極みだね……。

「ねえ? トケルンさん。……なんで、この日がUFOの日なの??」

 佐倉川カナン、さすがの天才数学少女も、この日がどうしてUFOの日なのかは分からない様子だ。


(こいつら若いね)


「じゃじゃーん!! お兄ちゃん。あたしその意味知ってるよ! ネコ型ロボットの絵描き歌だよね??」

「そうだ!」

「……正解です」

 インターフォンから、かぼそい声が。



 ガチャ!



 刹那、扉が開いた……。


「うわ! 開いたねーートケルン」

 深田池マリサ、なんだかうれしそう。現状は、玄関の扉が開いただけなのだけれど。

「見りゃわかるだろ……」

 杉原ムツキはボソッとそう言うと、玄関の扉を押して、中へと入って行った――


 続いて、深田池マリサもちょちょ待ってよ! と前屈みにそう言いながら同じく中へと入っていき、佐倉川カナンとナザリベスは、お互い顔を見つめ合って、そして、何も交わすことなくスタスタと中へ入りました――




       *




 ――中に入ると、やっぱし普通の一戸建てである。

 でも、ひとつ違ったのは、


 チックタック…… チックタック……


 という、玄関に置時計があることだった。


 チックタック……


「…………おじゃましまーす」

 杉原ムツキ、誰も迎えに来ない玄関で、独り言のように少し大きめの声でそう言った。

「……トケルン。山口県のお屋敷の玄関と同じだね」

 杉原ムツキに続いて入って来た深田池マリサが、玄関を大きく見渡してから言った。……来たけれど、杉原ムツキの背中に恐るおそる身を隠しながらの防御策を整えて……。杉原ムツキは矢面かい!?

「……そりゃそうだろ。建築家の趣味なんじゃね?」

 杉原ムツキも玄関をいろいろと見渡していた。


 ――どこをどうみても、今風の玄関。古びれてもなく、奇抜でもなく、普通だ。


「エルサスさんの好み? ……かな」

 恐るおそる、まだ身を隠しながら深田池マリサが杉原ムツキに聞いた。

「……そういう風に、似合うようにっていうか、玄関は置時計があったほうがいいとかいってのことなんじゃ」

 と、杉原ムツキが言うと。

「それ、なんかさ、お節介じゃん? ペアルックっていうか、自分の建築の軌跡を残したいからというか……よくあるわよね。デザイナー特有の美意識……というかナルシシズム」

 後から入ってきた佐倉川カナンが、同じく入り口を見渡しながら言うと……。


 チックタック…… チックタック……


 みんな一斉に、玄関から向かって右隣りになるその置時計を見た。

 ――見ると、時刻は6時丁度。つまり、長い針と短い針が垂直に一直線に揃っていた。


 チックタック…… チックタック……


「これ? 時刻変じゃない。トケルン??」

 深田池マリサ。彼女は思った。そして気が付いた(正確には思い出した)。

 あのお屋敷――瑞槍邸の玄関の置時計の時刻もおかしかったことをである。


 そういえば、瑞槍邸の玄関の置時計も物語の後半で、いきなりボ~ン、ボ~ンと時報が鳴って杉原ムツキと深田池マリサは驚いたっけ?

「よく気が付いたな。……そう、どうして振り子は動いているのに針は動かないんだろうな」

 杉原ムツキは始めから気が付いていた様子だ。


「……お兄ちゃん。あの玄関の置時計はね、あたしがいたずらしたからだよ」

「それは知ってるぞ。ナザリベス。お前は幽霊になってから、ずっとさみしい思いをしていたんだからな……」

 杉原ムツキがナザリベスの頭を撫でて言った。


 えへへ…… ナザリベス嬉しそうだ。とくにトケルンお兄ちゃんと触れ合っている時は。


「どうぞー こちらへ……」

 すると、奥から声が聞こえてきた。

「は……はい。おじゃましまーす」

 深田池マリサが、その奥から聞こえてきた声に反応して返事した。

 玄関で靴を脱いで、横に立て掛けてあるスリッパを取り、それを履いてから……。


 スタスタ……


「どうぞー こちらへ……」

 その部屋は一階の奥から聞こえくる。どうやら、インターフォンの女の子の声と同じである。

「はい……。今しばらく……」

 深田池マリサは、その女の子からの言葉に返しかえしながら、スタスタと廊下を声する方へと歩いた。

 他のみんなも、同じく声する方へと歩いていく。



 ――そんなに広くも長くもない廊下を歩いている。

 廊下の脇には、高級そうな絵画も飾られていないし、花瓶もない……。普通の住宅と同じような廊下である。

 少しだけ違うところといえば、段ボールが資材置き場のように廊下の隅に置かれているくらいだった。

 なんだか、引っ越ししてきたばかりのような段ボールが数点。いくつかの段ボールは封が開いていて、その中に見えているのは、A4サイズの白い紙の束だ。


 スタスタ…… スタスタ……


 やがて、ドアにたどり着いた。


 コンコン! コンコン!


 深田池マリサが代表して、そのドアをノックした。


「……どうぞ」


 ドアの向こうから、やはりインターフォンの女の子の声が聞こえてきた。どうやら、同じ人物のようだと、皆はお互いを見つめ合い確信する。


 ガチャ!


 みんな部屋に入った――




「…………こんにちは」

 深田池マリサは挨拶を……同時に正直、驚いてしまった。

「…………」

 杉原ムツキも……。そして、佐倉川カナンも……ナザリベスもであった。

「……ああっ。ママから伺っています。今日来るっていう大学生の人達のことを。皆さんがそうなのですね!」

 その人物は女の子だった。――女の子は明るく話し掛けてくれて、

「……あははっ。こんな姿でごめんなさい (*^_^*)」

 そう、皆に応えてくれた。


「別に……その、謝らなくていいのよ。謝ることなんて何もないんだからね」

 佐倉川カナンが毅然と言った。数学を志している者故の論理的発言である。


「はじめまして。本栖湖ミカンの娘の、本栖湖ミカミです」


「は……はじめまして。本栖湖ミカミちゃん…………」

 深田池マリサは頭を下げてそう挨拶すると、改めて驚いたのである。


 彼女が驚いた理由――それは、

 ミカミちゃんはベッドに横たわっていた。

 見た目は幼い。丁度ナザリベスと同じくらい――7歳の容姿の女の子だった。


 しかし、驚いた理由は、ベッドのそばに酸素ボンベが2つあることであった。

 そのボンベからチューブが伸びて、ミカミちゃんの鼻へと繋がっていた。

 ミカミちゃんは、その酸素ボンベからチューブを使って呼吸していた。

 客観的に見ても、健康的な女の子ではないことが分かる。




「……ミカミちゃん? 具合悪いの??」

 ナザリベス、唐突にミカミちゃんに聞いた。

「こらって! ナザリベス。あからさまにそんなことを聞くもんじゃないの」

 佐倉川カナンがナザリベスをこっちへと振り向かせて、しっかりと目を見つめて、きっちり言った。


「……いいんですよ。……あなたは」

 ミカミちゃんが、ナザリベスを見て尋ねた。

「じゃじゃーん!! あたしはナザリベスだよ!!」

 両手を目一杯に挙げて、ナザリベスは自己紹介をした。


「……ああっ! さっきのあたしの謎々を答えてくれたのが、ナザリベスちゃん?」

 ベッドに横たわりながら、ミカミちゃんは首を傾けて問い掛けた。

「そだよーー ミカミちゃん」

 めいいっぱいに両手を広げたまま、ナザリベスは応える。


 それを見て、

「そうなんだ~ ふふふっ」

 ミカミちゃんは、ナザリベスを見つめて微笑んだ。





 続く


 この物語はフィクションです。

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